egotop
Egoist
Mail
HomeAboutMainLinkLog&PresentBlog
サビーネの死・その後 〜ベルタ編〜
作: ゆうやん様

ファーレンハイトが公用車から降りると官舎の窓に明かりがともっていた。
時刻は夜の9時前。フロイライン・リッテンハイムの主治医に任命されたベルタが帰ってくるには早すぎる時間だった。
(そうか・・・。ついに、ダメだったか。)

「ただいま。」
扉を開けると家の中に甘い匂いが立ち込めている。
何かやりきれないことがあると、ベルタはいきなりケーキを焼く。もちろん戦場に出ているときはできない。
ただ無心に計って混ぜて焼く。あまり甘いものは好きではないけれど。
薄茶色の瞳が、怒りや強い感情ではなく静かに見えるのはその奥に渦巻く感情を隠しているせいだ。
「悲しい」とか「悔しい。」とか口にすればいいと思った時期もあるが、それは昔のことだった。
だから黙って傍にいて、焼かれたケーキを口にする。それが自分にできる精一杯だと知っている。
ただ、逝ってしまった少女の年頃にこの香りはいかにもふさわしい、となぜか思った。

「終わったのか?」
それだけ聞いてみる。
「うん。安らか・・・だったと思う。私が思いたいだけかもしれないけど。」
患者を、自分よりも歳若い者が逝くのを見るのは、見守るしかないのはいつまでも慣れない。
だからほんの一瞬でもいい無心になってしまいたい、とどうしても思ってしまう。
ふとファーレンハイトの肩にあごを載せて寄りかかってみる。大きな手がそっと髪をなでてくれるのが心地よい。
肌と肌の触れ合いは安らぎをもたらすものであるべきなのに、それによって蹂躙された命を思うとやるせない。
自分たちが望んだ新しい社会の影に散っていった命があること、戦場以外でも悲劇は起こることを刻みつけていかねばならない。

(どうか願わくば・・・この安らぎがすべての人に。)
祈りにも似た思いが胸を締め付け、いつまでも二人は黙って寄り添っていた。
TOP
footer
Copyright(C)2010 Jeri All rights Reserved.