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小さな貴婦人
作: ゆうやん様

閲兵式に怪我人なんて出っこないから気楽なもんさ。
そう言って提督の縁戚というコールラウシュ伯爵からの酒をあおっていた医務室に呼び出し音が響いた。

一人振る舞い酒を飲まずにいたベルタは上からの呼び出しで艦橋へ行くはめになった。

閲兵を見にきた貴族のチビ、もとい令嬢が怪我をしたらしい。どうせ艦橋と遊び場との区別もなくはしゃいだに違いない。
貴族にとっては兵士の命がけのこの艦も、単なる暇つぶしや社交の場程度にしか思っていないに違いない。だから子連れで平気で来るのだ。

給料分だから仕方ないか、とベルタは舌うちしたい気分を抑えて艦橋へ急いだ。

艦橋では蒼白な艦長と見るからに高級な服を身に纏った幼女にその御付きらしい少女と母親らしき貴婦人がいた。
少女の方は顔色が遠目で分かるほど青い。不自然な左手の長さは脱臼らしい。
貴婦人の方はベルタが女性であることとその若さに驚きを表したが、すぐに娘へ視線を戻した。


どう見てもメイドの方が重傷だったが、艦長は幼女の方へベルタを押しやった。

(全くくだらない。)
それでも促されて幼女の足元にひざまづいて怪我の確認をしようとすると、その手をはねのけられた。
平民が気に入らないのか?とムッとした瞬間、意外な言葉が響いた。

「私はいいの。私のせいでエラが怪我したの。だから先にエラを治療なさい。」
幼いながら凜とした声である。人に命令しなれている様子は少々鼻にきたが不思議に不快ではない。

傍らで母親がため息をついて頷いたのでベルタは改めてメイドを診た。
脱臼と痛みからの貧血、主人を庇った擦り傷を確認すると手早く処置をした。肩をはめるのはかなりの力がいるし、患者には激痛がくる。メイドは気絶し医務室に運ばれた。

「これで終わりです。次はフロイラインですね。」
ドレスを捲ると幼女でも貴族令嬢という立場を慮って大の男が目を逸らす。
雪のように白い肌が打ち身で充血しているのに冷却剤をあてる。
手の甲の擦り傷を消毒した時にわずかに顔をしかめたが泣かずに堪えたのにベルタは思わず感心した。

(気が強いだけと思ったが、たいしたもんだね。)

「以上で終わりです。よく我慢なさいましたね。フロイライン」
頭に手をやろうとしたが、やめにした。不敬にあたるかもしれないし、幼くとも誇り高そうな彼女に相応しくないだろう。

「騒ぐなんて見苦しいことはしません。それに父上たちから言われました。エラたちが私たちに尽くすのは、我々が彼女たちを守ってあげるから、だと。上に立つ者には義務があるのです。」

ベルタはもう一度感心した。貴族精神というものをこんな幼子に見るとは意外だった。


何か答えようとしたが、艦長が目で「早く下がれ。」と言うのに気がつくと一礼して艦橋を後にした。

(私には礼もなしかい。ま、貴族だから当たり前かしらね。今夜のいい肴ができたわ。アル何て言うかしらね。)
ふとそう思い付くとベルタは苦笑し、口笛をひとつ吹いて医務室へ戻った。
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