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育児にまつわるエトセトラ 〜エル出産後のある日をご寄稿〜
作: ゆうやん様

 それはエルフリーデには衝撃的な発見だった。
 赤ん坊というものは人間というよりも猿に近くて、さらにあけすけに言うと愛を傾けがいのないことペットの方がマシ、と感じる時すらある。だから夫が帰宅後半ば義務のように息子を抱くことに特に疑問は感じていなかった。もう少し大きくなってくれば変わるだろうと暢気に構えていたのだ。
 では今日みたことは何だったのか?ファーレンハイトは端正な美貌で妻子持ちとしては珍しくも独身時と変わらぬ人気を女性に誇る。公務の一環とはいえ仲睦まじく公衆の場に出る機会の多いロイエンタール元帥夫妻に比べ、夫人が公職に着いているため比較的露出が少ないことで生活の匂いが少なく、それなのに著作から近寄りがたい印象からは遠いのである。

 今日エルフリーデは息子をシュバイツァー夫人とナニィに預けてファーレンハイト家を訪問していた。ファーレンハイト夫人のベルタに試験内容で聞きたい点がありメールで、と思っていたのだが思いがけず招待されたのだ。息子と離れるのは久しぶりで少し寂しく思いながらも、少なからぬ解放感を感じているのも事実だった。

「今日はご家族の方はいらっしゃらないのですか?」
珍しく人の気配の少ないファーレンハイト家にエルフリーデは不思議そうな顔をした。
 ファーレンハイトには扶養家族が多い。通常成人すると家を出るのが一般的だが彼らは両親と未婚の弟妹と共に招きよせたフェザーンでともに暮らしている。息苦しく思いがちだが産休を利用して公務や地球医学の勉強をしているベルタは不自由を感じていないらしい。乳母や子守を雇わずに家族だけで赤ん坊の世話ができるのもいい、と言う。
「こういうと何ですが、ファーレンハイトの両親がかわいがってくれるので、娘に近づけない日もあるんですよ。なんだかうちには父親が2人と母親がたくさんって感じですね。今日は私たちが公休日なので、ガビィ抜きで外出されてるんですよ。娘は夫が見てくれますのでご心配なく。」
「え?ファーレンハイト閣下がご自身で?ナニィとかはいらっしゃいませんの?」
ベルタが答えようとしたところに、この家の主でもあるファーレンハイトが姿を現した。エルフリーデの夫も端整な美男子だが、彼もまた多くの女性をうっとりとさせる容貌である。
「今日はたまの休みだからあの子といようと思いまして。まぁ、挨拶くらいはかまわんでしょう。お勉強のお邪魔はしないようにすぐに退散しますよ。」
 ラフな格好をした父親に抱かれたファーレンハイト家のガビィは他人から見ても愛らしい乳児である。上質の磁器のように真っ白な肌、もぎたての白桃のような頬に薄い水色の丸い瞳をしており、古い絵画の天使のようにすら見える。ぐずるガビィをあやしたファーレンハイトは彼女の機嫌がよくならないのを見て、エルフリーデが驚愕することになんとオムツの臭いをかいだ。
「ガビィ、気持ちが悪いんだな。よしよし変えてやるからな。」
そう言うとファーレンハイトは目を丸くしたままのエルフリーデに軽く会釈をして書斎を後にした。
「せ、先生・・・。だ、だんな様はいつもなさるのですか?その・・・オムツ換えなど。」
「いつも、と言うわけではないですが。何か不思議なことでも?自分の子だから当然でしょう?」
ベルタの方には別段何の疑問も不審もないようだ。結局疑問と驚きばかりがグルグルと脳内を駆け巡りつつ、午前中の勉強を終えたのだった。

 誘われるままに昼食を共にすることになってエルフリーデは感じた疑問をガビィに食事をさせているファーレンハイトに直接ぶつけてみた。
「家にいる限りは。いずれ触れなくなりますからそれまではと。何か問題でもありますか?」
ファーレンハイトが不思議そうに尋ねた後で何かに納得したように笑みを浮かべたが、すぐに娘に向き直った。
「ほら。ガビィ。ご飯ですよ。お口あけてな。おぉお。お前なかなかのグルメだな。俺の手料理を拒むとは。」
「グルメもなにもないでしょ?何言ってんだか。」
そんな娘がかわいくてならないのか、ファーレンハイトは器用に抱き上げて柔らかい頬に唇をあてたりしてはあやす。
「あぁ。こら。ご飯はご飯で集中させてよ。ってかアル、そんなのくっつけてガビィに触らない!」
 盛大に顔に吐き出された離乳食(もちろんファーレンハイトの手作り)を拭いもせずに笑っているファーレンハイトにベルタは肩を竦め、エルフリーデは唖然としてもはや出る言葉もなかった。

その日の夜、ロイエンタール家の主は帰宅後寝室にて鬱々とした妻に迎えられることになった。
「どうした?今日はファーレンハイトの家に行ってきたのではなかったのか?あの女に何かしょうもないことを吹き込まれてきたか?」
ロイエンタール的には悪魔の尻尾が生えているとしか思えない女の顔を思い出したのか、ロイエンタールの表情が厳しく変わる。
「違うわ。」
そう言うと初めはポツリポツリと最後は怒涛のようにファーレンハイト家の様子を語った。
「で、お前は俺にどうしろと言うんだ?」
「そんなこと聞くなんて。言わないとわからないなんて・・・やっぱり私が産んだ子じゃかわいくないのね・・・」
「ち…ちがっ。俺にファーレンハイトの真似は似合わんだけだっ!」
常になく悄然としてしまったエルフリーデの機嫌を直すのにロイエンタールは多大な努力を必要とすることになったのであった。

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