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かごのとり
作: 宮川 幸様

エルフリーデはふと顔を上げた。
和やかな食卓であったことなど一度としてなかったが、気がつけば男の視線が自分の手元を凝視していた。
「何よ」
男の視線が重く、暗く、熱をはらんだもののように感じられたのは気のせいだったのか。
「いや、お前は、女にしてはよく食べるのだな」
男は軽く顎を上げ、いつもの冷たい、こちらを馬鹿にしたような目を向けて冷笑を浮かべた。
この男が女と食事を共にしている姿を想像し、エルフリーデは胸が焼け付くように痛んだ。
女たちは、うっとりとこの男に見惚れたのだろうか。
女たちに、この男は優しい言葉を囁いたのだろうか。
これは怒りだ、とエルフリーデは思う。女たちは、馬鹿だ。こんな男に騙されるなんてどうかしている。
「お前のところの食事は、私の口に合うわ。ただそれだけよ」
「そうか」
それきり男は沈黙し、ワイングラスをかたむける。
エルフリーデは唇を噛む。
この男は、屋敷の中で、エルフリーデにいっさいの不自由をさせない。
ただ、夜ごとに彼女の寝室を訪れ、彼女を苛む。そして彼女に外出を許さない。
それだけだ。


彼女の意識を引いた視線を、エルフリーデは見たことがあった。男は気づいていないに違いない。あれは、ベッドの中でエルフリーデにときおり見せる目だった。
獣にかみ殺される獲物のように、エルフリーデは男に体を許した。全力で抵抗しても敵わないことは承知の上で、けれど、易々と受け入れるにはエルフリーデの誇りは高すぎたのだ。波打ち際に砂の城を築くように、エルフリーデの誇りは、男の熱い肉体が持つ圧倒的な熱と質量によってねじ伏せられ打ち砕かれる。彼女はそのかけらを拾っては築き続ける。その果てしない繰り返し。
寝室に紗をとおして朝日が差し込む頃、エルフリーデは数える。屋敷を出て行こうと思えば出て行けるだろう。あの流刑星から逃げ出したように、死に物狂いで探せば隙はあるはずだ。
なのに、そうしない理由を。この男の側にいる理由を。幾朝も幾朝も数え続ける。
いつかその理由がなくなってしまいそうで、その日常を受け入れてしまいそうで、
――それが何よりも、怖かった。
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