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ハーレクインもどき −番外編(9)−
「それにしても、よくもまあ、こんなところに一人で住んでたもんだな」
 ビッテンフェルトは、中庭からロイエンタール邸の広大な敷地を見渡してそう嘆息した。平民とはいえ、そこそこ裕福だったビッテンフェルト家が、裕に10軒は収まってしまいそうな広さである。貴族趣味とは聞いていたが、これ程とは想像してなかった。これでは趣味ではなく貴族そのものだ。
「いいじゃない。結婚して二人になったんだし。これなら子供が10人産まれて、その子達一人一人に乳母とか養育係とかつけても余裕で住める広さよ。伯爵夫人は若いし、15人くらいいけるかも」
 隣のビアンカが、上目遣いに見て笑った。
「俺は、家族の顔が見える広さで充分だが」
 ビッテンフェルトが、そう言うと、二人は自然に視線を絡ませて微笑を交わす。
「私も、10人はさすがに多いわ。3人くらいで充分」
 その言葉の意味を察して、ビッテンフェルトは自然に頬が緩んだ。
 ふと、ビッテンフェルトは、『10人の子持ちになるロイエンタール』の図を頭で描こうとして、小さく首を振った。
「いかん・・・想像できん・・・」
 そんな二人のところへ、噂の伯爵夫人が近づいてきた。
「ビッテンフェルト提督、フロイライン。お話中申し訳ありません。私の友人達が、提督にお目通りを願っております。よろしければ、紹介させて頂けませんか?」
 ここで断るのは礼儀に反するし、男が廃る。
 からかうように軽く肘でつつくビアンカを横目に、ビッテンフェルトは了承を伝えた。
『ビッテンフェルト組』の令嬢達は、ファーレンハイト同盟のメンバー同様、一人づつ行儀良く猪提督に自己ピーアールを始める。総勢12名。くじ引きで順番を決め、一人所要時間2分と取り決めていた。
 ビッテンフェルトは、戦場での勇猛さからは想像できないような細やかな気配りで、ファン一人一人に対応してやっていた。
「あの・・・お二人は恋人同士なんですか?」
 一人の少女が、勇気を振り絞って決定的な質問を発した。
 他のメンバーも固唾を呑んで答えを待った。
「ああ、小官はそのつもりでおりますが・・・」
 ビッテンフェルトは、小さく、だが、ためらい無くそう答えると、ビアンカの方へ視線を移す。
 既に付き合い始めて1年以上経ち、黒色槍騎兵艦隊内でも知られた仲の二人だったが、面と向って第三者に「恋人です」と言うのは初めてで、些か照れる。
「私も、一応そのつもりですが・・・」
 少女たちが大きく落胆する吐息が聞こえた。
 しかし、それでも一人のメンバーが、意を決したように、今度はビアンカに向けて質問を投げかけた。
「あの・・・あの・・・フロイライン・・・。そのドレス、とってもステキですわね。どちらでお求めに?」
 その問いかけに、他の少女達も堰を切ったように質問を浴びせる。
「私も、最初に見た時からずっと気になっていましたの」
「私もそんなドレス着たいですわ。ぜひ、お店かデザイナーの名前を教えて下さい」
「新しい時代が来たんですもの。復古主義の動き難いドレスより、フロイラインのように着こなしたいですわ」
「フロイライン、よろしければ、血液型と生年月日を教えて頂けませんか? ビッテンフェルト提督との相性を占って差し上げます」
 少女達の関心は、急速にビアンカ自身と、彼女のフェザーン発の最新ファッションへを移行していき、次いでビアンカの仕事内容を質問し、興味深く聞いている。貴族の不労所得特権がほぼ撤廃された現在、自分達も働かなくてはならないという危機感を抱いているらしい。卒業後は、大学に行った方がいいか、何か専門職を目指した方がいいかなど、質問が具体的だ。 不思議なことに、彼女達の顔に、代々の特権を奪われた悲壮感はなく、それどころか、未来への希望に満ちている。
 貴族の優位性に拘って滅びた彼女等の父や祖父等よりも、ご令嬢方の方が、よっぽど柔軟性に富み、精神的に逞しいようだ。
『そういえば、人間は女の方が男より環境への適応力に優れていると、昔何かの本で読んだな』
 見かけによらず、実は読書家のビッテンフェルトは、そんなことを思って感心して見ていた。
 ビアンカは、正直に血液型と生年月日を答え、ドレスは、ファザーン人の新進デザイナーのもので、購入したのは、最近オーディンにオープンした直営店だと答えた。スタイリストは自分自身で、このヘアスタイルも自分で考えたものだと言うと、少女たちから一斉に賞賛と憧憬の視線が注がれた。『ビッテンフェルト組』のメンバーが、何時の間にかビアンカのファンに様変わりしているころ、エルフリーデは、残りの級友達を、同じ段取りで、ミュラー、メックリンガー、ルッツ、ワーレン、ケスラー、オーベルシュタインと紹介していき、最後に『寵姫を目指す会』のメンバーを、皇帝に拝謁を願って許可された。
 皇帝の御座所近くでは、アイゼナッハ夫妻が、予定通り先に退出する非礼を詫びて、会場を後にしようとしていた。
 帰り際、アイゼナッハ夫人とエヴァンゼリンが何か言葉を交わしていたが、やがて、夫妻が去ると、エヴァンゼリンは、夫のミッターマイヤーのところへ戻ってきた。
「またあの奥方に捕まってたのか?エヴァ」
「ええ。でも、いいこと聞きましたのよ」
「何を聞いたんだい?」
「ロイエンタールご夫妻のことですわ。あなた、心配してらしたでしょう。門閥貴族の令嬢なんかと、しかも出会って何日もしないで結婚なんて、上手くいくのかって」
「ああ、今日見ても、とても仲がいいとは見えないしな」
「それが、違うんですって」
「違うって?」
「お二人とも、思い合っていらっしゃるんですって。でも、まだ互いにご自分のお気持ちに気づいてらっしゃらないみたいなの。ロイエンタール元帥も、伯爵夫人も。だからつい、傍から見ると素直じゃない態度になってしまうんでしょうね」
「なんだって?」
 ミッターマイヤーは、何かの間違いだとばかりに目を剥いた。あの色事にかけては達人のロイエンタールに限って、まさかそんな中学生のようなことはあるまい。だが、考えてみれば、思い当たるふしもある。第一、あれ程結婚や家庭といったものに、偏見と忌避感を抱いていたはずのロイエンタールが、どういう事情であるにせよ、結婚したのだ。無自覚の恋愛感情だとしてもおかしくはない。それに、アイゼナッハ夫人の能力は、今までも実証済みだ。
「ふふっ・・、お互い初恋だったみたい。私達と同じね」
 流石にこの言葉には、ミッターマイヤーも異議を唱えた。
「伯爵夫人の方はともかく、ロイエンタールに限っていくらなんでもそれはないだろう。君も世間の噂くらいは知っているだろう?」
「ええ、でも、どんなにたくさんの女性と付き合っても、本当の恋はしていなかったのかもしれませんわ。伯爵夫人は、元帥のお母様に似ていらっしゃるんですって」
 妻の言葉に、ミッターマイヤーは、暫し考え込んだ。
 ロイエンタールがこれまで付き合った一個中隊程の女たち全員はさすがに知らないが、何人か交際中を見ている女はいた。しかし、いずれも女たちはともかく、ロイエンタール自身は最初から長く付き合うつもりがないとしか思えなかった。それが、こんなに急に、しかも政敵の一族の娘を娶ろうなど、彼の中に余程の変化が生じたと見るべきだろう。 そう、ロイエンタールは、遅い、遅い、遅すぎる初恋を31歳にして経験したのである。あまりにも遅すぎた為、それが何という感情なのか、本人にも判らないほどの遅咲きの初恋だった。
「もし、そうだとしたら、めでたいことだが・・・」
 本当は、「笑えることだが」と言いたいのを、理性で押し隠してミッターマイヤーは、妻に向って呟いた。
「ええ、私達は、結婚に関しては7年も先輩なんですもの。お二人が上手くいくように、協力しましょう。今はまだ、ロイエンタール元帥の思いの方が強すぎて、お若い伯爵夫人がついていけない部分があるみたいですが、いずれお互いのお気持ちが通じる時がきますわ。相思相愛なんですもの、きっと仲良くなれますわ」
 ミッターマイヤーは、そうなってくれれば自分も嬉しいと思いながら、無言で妻に頷いた。ロイエンタールの決して幸福でない幼少時を聞いているミッターマイヤーにしてみれば、彼が愛する女性と温かい家庭を持ってくれることが何よりの救いだと思ったのだった。同時に、アイゼナッハ夫人を別にすれば、本人自身でさえ知らないロイエンタールの秘密を握ったような気持ちになり、密かな満足感を得ていた。
『蟹座と蠍座ですもの。財産と子宝に恵まれる相性ね。蟹座の女性は良く家庭を守り、蠍座の男性は、昼も夜も良く働くって。・・・・ちょっと羨ましいわ』
 エヴァンゼリンは、心の中でそう呟いていた。


 ナイトハルト・ミュラー上級大将の周囲は、30名ほどの女子学生達で花園状態だった。 エルフリーデが、一人一人紹介を済ませると、女性を同伴していない砂色提督に、矢継ぎ早の質問が飛んだ。
「ミュラー提督。どなたかお付き合いしている方はいらっしゃるのですか?」
「いえ・・・私は生憎と独り身で・・・」
 バカ正直に答えるミュラーに、ファンクラブの面々が一斉に色めきたった。
「では、今募集中ということなのですか?」
「あの・・・私とメアド交換していただけません?」
「ずるいわ。私もお願いします」
「私も」
 先を争うとする少女達を、ミュラーは、ギムナジウムの教師にでもなった気分で、やんわりと制した。
「ご希望とあれば、皆さんとさせて頂きますよ。順番にお願いします」
 少女達が「きゃあ」と歓声を上げる。彼女達は、明日、ミュラー提督とメアド交換したことを学校中に触れ回って自慢して歩くだろう。
 メアド交換が終わると、ミュラーは、皇帝に挨拶に出向く為に、一旦その場を離れた。
「おい、適当にしておけ。後で仕事にならんぞ」
 御前を辞して、元居た場所へ戻ろうとするミュラーをロイエンタールが見かねて忠告した。
「大丈夫ですよ。これでも、仕事用とプライベートのアドレスは分けてあるんですから」
「そういう問題じゃない。まさか全員と付き合うつもりではあるまい。面倒なことになるぞ。その気がないなら、きっぱりと突っぱねろ」
「そうは言っても・・・みんなまだ子供ですし、あんまり冷たくするのもかわいそうじゃないですか」
 そう言って、戻って行くミュラーの背中に、ロイエンタールは「知らんぞ」と低く呟いて見送った。
「ねえ、提督は、恋人いらっしゃるの?」
「どんなタイプの女性がお好み?」
「ご結婚は、考えてらっしゃるの?」
「今度ぜひ我が家の晩餐にご招待差し上げたいのですが」
「あら、抜け駆けはずるいわ。我が家にもいらして下さるでしょう?」
 令嬢達の直裁な質問に、決して女性慣れしているとは言い難い生真面目なミュラーはたじたじだった。
 ロイエンタールの予測通り、態度をはっきりさせないミュラーは、崇拝者達から脈ありと見られたらしく、翌日から昼夜を問わず激しいアプローチを受け、それは大本営のフェザーン移転まで続くことになる。


 ミュラー等の対角では、ワーレンとルッツが、彼等を目当ての令嬢たちをそれぞれ紹介されていた。
 再婚話を断り慣れているワーレンには、余裕があったが、独身で女ッ気のないルッツは、終始そわそわと落ち着かない。
 しかし、彼の視線は、美しく着飾った貴婦人や令嬢を飛び越えて、忙しく立ち働く制服姿のウエイトレス達に注がれていた。
 この性癖の為、結局ルッツに齎されたこの日の見合い話は、全て破談になったのは言うでもない。彼の春は、あと1年後だった。


 随所でモテモテの上級大将達を、指を銜えて見ている△組は、エルフリーデが、友人達を先導して紹介を申し出てくるのを今か今かと待ち構えていた。
 見かねたミッターマイヤーが、エヴァンゼリンを通じてエルフリーデにそれとなく伝えると、仕方なく壊滅状態にあるファーレンハイト同盟とビッテンフェルト組の級友達の中から適当に数名チョイスして、近くにいたバイエルラインとグリルパルツァーに紹介した。
『△の人達は後回しなんだけど仕方ないわ。早く工部尚書を探さなくちゃ』
 軽く自己紹介を済ませると、令嬢たちは、それでも帝国軍の若き将帥に、最大限の社交辞令を以って応じた。
「お目にかかれて光栄ですわ。バイエルライン提督」
「私もですわ。提督は、今、恋人はいらっしゃるの?」
 生まれて初めて複数の素人女性、しかも十代の貴族令嬢達に取り囲まれたバイエルラインは、コチコチならぬガチガチに固まってしまっていた。
「しょ・・小官は・・・軍が、恋人でありまして・・・」
 数瞬、囲んでいた令嬢達に沈黙が走る。やがて、それが、くすくすという笑い声に変わると、バイエルラインも流石に気まずくなった。
「あのバカ・・・」
 近くで聞き耳を立てていた、ミッターマイヤーが、呆れて頭を抱える。
 そのすぐ隣では、グリルパルツァーが同じ状態にあった。
「ごきげんよう。グリルパルツァー提督」
「はじめまして。帝国軍きってのインテリと名高い探検家提督にお目にかかれて光栄ですわ」
「地理学者としてもご高名でいらっしゃるんですってね。今は、どんなご研究を?」
 気をよくしたグリルパルツァーは、得意げに、先日、帝国地理学会に提出した自信作を披露した。
「たいしたものではないのですが、『アルメントフーベル星系第二惑星における造山活動および大陸移動の相互関係を証明 する極地性植物分布に関しての一考察』と申しまして、まあ、簡単に言えば・・・」
 部外者には全く意味不明の専門用語をふんだんに使って、自分に酔いながら滔々と話しまくるグリルパルツァーに、義理で集まった令嬢達は、たちまち一人、また一人と引いていく。気が付けば、周囲には誰もあらず、一人グリルパルツァーだけが取り残されていた。
『だからお前等は、△なのだよ』
 ミッターマイヤーの隣でワインを空けながら、ロイエンタールはまたもや冷笑を浴びせた。


 ロイエンタール邸の夜会は、まだまだ続く。
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