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食うために軍人になった女達 −ハーレクインもどきスピンオフ小説(8)−
 サビーネの最後の時は、突然訪れた。
 9月14日、昨日まで小康状態が続いていたサビーネだったが、早朝から高熱を発し、午前9時頃には、呼吸も苦しくなって、意識が混濁し始めた。
 医師団は、懸命に治療を続けたが、どういうわけか、今まで使用していた抗生物質をいくら投与しても効かなくなっている。
「やはり、変異しています」
 感染科長の医師が、検査結果のデータを見ながら鎮痛な表情で宣告する。
 それは、これ以上の治療方法がないことを意味していた。
「他の・・・他に効く薬はないのですか?」
 予てから、この感染菌が、治療中に変異し、これまでの薬が効かなくなる可能性を告げられていたヘレーネ達だったが、それでも最後の望みを託した。
 医師は、「残念ながら・・・」とだけ言って首を振った。
 それでも、ヘレーネとカルツ夫人は、苦しそうな息のサビーネの額に冷却シートを貼り、交代で汗を拭った。
「姫様、姫様、苦しゅうございますか? 大丈夫でございますよ。もう少しご辛抱下さい。先生方が、必ず直して下さいますから・・・きっと、お元気になられますから・・・」
 カルツ夫人が、実現不可能な望みを口にして、懸命に励ましている。
「姫、大丈夫ですよ。すぐに楽になりますから、どうか・・・どうか、がんばって下さい・・・」
 ヘレーネも一緒になって同じように励ました。
 サビーネも、ずっと献身的に仕えてきたカルツ夫人のことだけは、脳が菌に犯されていても判るのか、苦しい息の下、掠れた声で「ナニィ・・・ナニィ・・・」と呼んでいる。
 看護師が、呼吸が苦しそうなサビーネに、酸素マスクをはめようとした。
 その時、サビーネが少し首を振り、マスクの装着を拒否する動きをしたと同時に、ベッド脇で彼女の左手を握り締めていたヘレーネの手を力いっぱい握り返したのだ。
 ヘレーネは、突然のことに驚いた。今まで殆ど反応がなく、瀕死のこの状態にあって、どこにこんな力が残っていたのだろうと思う。
 サビーネの口が、必死に何かの言葉を作ろうと動いた。
 看護師は、マスクの装着を一時止め、ヘレーネは、耳を口元に近づけ、懸命に最後の言葉を聞き取ろうとした。
「・・・あ・・・・・・が・・・と・・・」
 ヘレーネは、辛うじて聴こえてくる音声から、それでもサビーネが、自分に礼を言おうとしていることを理解した。
「有り難いお言葉でございます。姫」
 ヘレーネは、少し涙ぐみながら、いつものように臣下としての返事をすると、もう一度両手でしっかりと異母妹の手を握り返した。
 しかし、サビーネは、まだ何か言いたいことがあるのか、口を動かすのを止めなかった。
 ヘレーネは、もう一度全神経を聴覚と視覚に集中させる。
「・・・お・・ねぇ・・・さ・・・ま・・・」
 言葉は、意外なほどはっきりとヘレーネの耳に届いた。
 サビーネの灰色に濁った瞳が一瞬精気を取り戻したように輝き、すぅっと一筋の涙が伝った。
 しかし、やがて瞳は静かに閉じられると、二度と開くことはなく、そのまま意識を失っていった。
「サビーネ・・・!」
 ヘレーネは、久しぶりに妹を名前で呼んだ。
「サビーネ・・・サビーネ・・・サビーネ・・・!!」
 ヘレーネは、箍が外れたように、大粒の涙を流しながら、何度も異母妹の名を叫んだ。
 覚悟はしていたつもりだった。
 帝国軍人の端くれとして、決して取り乱さず、静かに見送るつもりで心の準備をしてきたはずだった。
 しかし、別れの時を目前にしたヘレーネは、そんな理性を保っている余裕など吹き飛んでしまった。
 今のヘレーネには、今度こそたった一人の肉親を亡くそうとしている悲しみだけしかない。
 この子は、私の妹だ。私達は、この世でたった2人の姉妹だ。たとえ私たちを繋ぐものが、あの最低な父親だけだったとしても、この子は、紛れも無く私の妹だ・・・!
 しかし、酸素マスクを装着されたサビーネの口からは、二度と次の言葉が発せられることはなかった。
 午前11時9分、モニターが心肺と脳波の停止を表示すると、主治医のファーレンハイト軍医中佐が、ペンライトで瞳孔の確認をし、臨終を告げた。
「姫様! 姫様・・・!」
 カルツ夫人が、痩せ衰えた主の身体に縋って号泣した。
 ヘレーネは、動かなくなった妹の手を握り締めたまま、暫く立つことができないでいた。
 サビーネ・フォン・リッテンハイム、享年16歳。
 銀河帝国の皇帝の孫として生まれ、時代の潮流に翻弄された少女は、乳母と庶姉に看取られながら、その短い生涯を閉じた。


 ヘレーネとカルツ夫人に、臨終直後のサビーネの遺体と過す時間は、そう長く与えられなかった。
 感染菌が変異している以上、一刻も早く遺体を密封し、完全に滅菌処理を施さなければならない。
 サビーネの遺体は、臨終後、清められて棺に納められる為に、処置室へと運ばれて行った。
 ヘレーネ達は、残りの医療スタッフと共に、滅菌室で全身を念入りに滅菌すると、それぞれの持ち場へと戻っていった。
 ヘレーネは帝国軍人として、サビーネの遺体が戻るまでの時間を無為に過すことは許されなかった。
 直ちに、サビーネの死をフェルナー准将に報告すると、次いで、対策室のリンザーと友人3人にもメールで知らせた。
 その時、受付とのホットラインが鳴り、コールラウシュ伯爵夫人が見舞いに訪れていることを告げた。
 サビーネの死は、埋葬が済むまで一般公表しないことが決定していた為、簡単に死亡を伝えられない。
 ヘレーネは、いつものようにお通しするように言うと、応接室でカルツ夫人と一緒にエルフリーデに対面し、つい先ほどサビーネが亡くなったことを告げた。
 エルフリーデは、成層圏の青の瞳を最大限に見開くと、やがてハンカチでそっと涙を拭った。
 ヘレーネは、サビーネの遺体とはもう暫く対面できないことと、埋葬が済むまで公表できないので、秘密を守れる人間以外に、死亡したことを知らせることができないことを伝えた。
 エルフリーデは、軍首脳の夫人故、特別に事実を教えたが、許可が下りるまで、誰にも話さないよう口止めした。
 エルフリーデは、秘密厳守を約束させるから、ここに見舞いに訪れたクラスメイトや親族の子爵夫人と、元使用人等だけは、最後の対面をさせてやってくれないかと逆にヘレーネに頼んだ。
 ヘレーネは少し逡巡した後、自分では判断できないので、少し待って欲しいとだけ言って、一旦応接室を出た。
 ヘレーネ自身も、できれば妹の死を親しかった人々に一緒に悼んで欲しい気持ちはあった。
 表向きは、姉としてではなく、軍から派遣されている護衛役として詰めているヘレーネは、事務的な仕事は怠っていない。見舞い客には、必ず身分証明書を提示してもらい、名前や連絡先、サビーネとの関係等をリストにしてデータ化してある。
 ヘレーネは、この7日間に訪れた19名程の見舞い客のリストをフェルナー准将へ送信し、特別に葬儀への列席を許可してくれないか打診した。
 フェルナー准将からは、すぐに返信があり、公開されるまで他言無用を厳重に申し付けることを条件に、あっさり許可が下りた。
 尤も、簡単に許可された背景には、軍も政府も、それほど厳重に情報規制をしようという意図が最初から無かったこともあった。
 旧王朝の時代から、致死率の高い感染症患者の遺体は、死後24時間以内に火葬することが義務付けられている。
 サビーネの遺体も、処置が施された後は、真空状態の棺に納め、明日の午前中には火葬された後、午後には埋葬される予定である。
 リッテンハイム候への国民感情を考慮し、埋葬場所も公表されないことに決まっている。
 その為、機密事項と言っても、この一両日中のことであり、もしマスコミが嗅ぎ付けたとしても、その時には既に機密ではなくなっている可能性が高かった。
 ヘレーネは、応接室に戻り、見舞い客全員には、こちらから伝えるので、伯爵夫人からは誰にも話さないで欲しいと告げた。
 エルフリーデは了承すると、何か思いついた様子で、一旦邸に帰ってからまた戻ると言って、部屋を後にした。


 午後2時少し前になって、処置を終えたサビーネの遺体が病室に戻ってきた。
 棺に入れる前に、ヘレーネとカルツ夫人だけには、特別にもう一度遺体と対面することが許された。
 サビーネの遺体は、きれいに整えられていて、窶れて痩けた頬に綿が詰められ、少し昔の面影を取り戻していた。
 ヘレーネは、暫く体温を亡くしたサビーネの身体に触れて心の中で語りかけていた。
『あなたは、私のことがわかっていたの・・・?』
 ヘレーネは、サビーネから聴いた最後の言葉を思い出していた。
 父親の若気の至りで誤って生まれてしまった姉など、皇女を母に持つサビーネにとっては、ただの一臣下に過ぎないと思い込んでいたけど・・・それは、私の心が卑屈なせいなの? それとも、こんな風になって初めて私を姉と思うようになったの?
 永遠に答えの出ない問いを、ヘレーネは、異母妹の遺体に向って呟いていた。
 ヘレーネとカルツ夫人は、サビーネの顔に化粧を施す為に、ヘレーネが化粧道具を取りに自室へ向うと、スタッフが、コールラウシュ伯爵夫人がお戻りになったと伝えてきた。
 応接室で再会したエルフリーデは、大きな白い箱を抱えていた。
「これを、サビーネに着せてあげて下さい」
 箱から取り出したのは、ソリヴィジョンで何度も流されて見ていた、エルフリーデの贅を尽くしたウェディングドレスだった。
「よろしいのですか? こんな高価なものを」
 ヘレーネが、つい平民の貧乏性を覗かせてしまうと、エルフリーデは、大きく頷いた。
「はい。私は、このドレスを着て結婚して、幸せになれました。サビーネにも次に生まれ変わったら、幸せな結婚をしてもらいたいんです」
「わかりました。ありがとうございます。伯爵夫人のお心遣いに、妹もきっと喜んでいることでしょう」
 ヘレーネは、涙ぐみながら、有り難くドレスを受取ると、病室へと戻っていった。
 ヘレーネは知るはずもないことだったが、エルフリーデが、現在の自分を真情から幸せだと他人に言ったのは、これが初めてのことだった。
 当初は、一族の為の不本意な結婚のはずだったが、その男と、やっと心を通わせることができたのだ。サビーネの身を思えば、今の自分を幸せでないなどと思ったら、罰が当るというものだ。エルフリーデは、この何日かで、そう考えられるようになっていた。
 ヘレーネは、病室へ戻ると、色素沈着した顔だけでなく、デコルテ部分にもリキッドタイプのファンデーションを塗り、カルツ夫人と共に、サビーネを出来る限り美しい姿にしようとした。
 色素沈着の目立つ場所には、コンシーラーを塗り、仕上げにおしろいを叩くと、昔のサビーネの肌色を取り戻した。
 薄くアイメイクを施し、チークを頬をつけると、顔に精気が蘇る。
 最後に、ピンク系の口紅を丁寧に輪郭を描いてつけると、昔のままの彼女が眠っているように見えた。
 化粧が済むと、看護師達にも手伝ってもらい、エルフリーデが持ってきたドレスを着せると、まるで童話の中のお姫様が、眠っているように見えた。
「コールラウシュのお嬢様のドレスが着られるなんて・・・」
 着せ終えたカルツ夫人は、少し複雑な表情でそれを見詰める。
 エルフリーデとサビーネは、身長は同じくらいだったが、エルフリーデの方が、人一倍骨格が華奢で、彼女の服を着られる人は、同年代では少なかった。
 サビーネは、中肉で少し骨太だった為、本来ならエルフリーデの寸法で作られたオートクチュールなど絶対に入らなかっただろう。
 しかし、余分な肉が全て削げ落ちた身体は、すんなりとファスナーが上がったのだ。
 2年前までは、いつもエルフリーデの体型を羨ましがっていたサビーネが、まさかこんな形で彼女のドレスを着るとは、なんという運命の悪戯だろう。
「でも、とてもきれいよ。サビーネ・・・」
 ヘレーネは、妹を見詰めてそう言うと、サビーネの細くなった指を胸の下で組ませて、最後の容儀を整えた。
 もう一度看護師達に手伝ってもらい、用意された真空仕様の棺に遺体を入れると、棺は、今まで一度も入ったことのない、やけに肌寒い広い部屋に運ばれた。
 ヘレーネは、少し間を置いて、そこが遺体安置室だということに気づいた。
 今からサビーネの病室は閉鎖され、一時的に部屋を真空にして完全滅菌される。
 明日、火葬場に搬送されるまで、サビーネの棺はこのモルグに置かれ、死を知らされた人々との最後の対面もここで行なわれる。
 ヘレーネとカルツ夫人は、もう一度自分達の滅菌を済ませると、エルフリーデの待つ応接室に向った。
 部屋には、エルフリーデの他に、ベアトリス達3人と、対策室長のマリーンドルフ伯爵令嬢が来ていた。
 ヘレーネは、ヒルダの前に立って敬礼すると、大佐待遇の伯爵令嬢は、白い百合の花束を抱えたまま、丁寧にお辞儀を返した。
「この度は、お悔やみ申し上げます。私も、せめて一度はお見舞いしたいと思っていたのですが、仕事の都合上なかなか時間が取れないうちにこのようなことになってしまって・・・」
 顔を上げた伯爵令嬢の瞳は、深い悲しみを湛えて潤んでいた。
 ヘレーネは、自分の中で育てた彼女のイメージと違うことに気づいた。
「フロイライン・マリーンドルフは、毎日、対策室に籠もって、私達が帰った後も、ずっと残って仕事なさっていたのよ。お陰で、感染の拡大は抑えられているし、感染経路もほぼ解明されたわ」 
 ベアトリスの言葉に、ヘレーネは初めて間近に見る伯爵令嬢と目が合った。
 潤んだブルーグリーンの美しい瞳は、本当に何日もろくに睡眠をとっていないのだろう。少し充血し、よく見ると目の周囲には化粧でも誤魔化し切れない隈が見え、せっかくの美貌を少し損なっていた。
 ああ、この人は、本当に誠実な人なんだ。
 ヘレーネの直感は、目の前の貴族令嬢が、決して自分の父親や最初の男と同類などではないことを感じ取っていた。
「軍のご配慮のおかげで、こうして勤務扱いで、妹の傍に最後まで居てやることができました。・・・・悲しいことではありますが、悔いなく看取ることができて、感謝しております」
 ヘレーネは、指で目尻を押さえながら、そう言った。
 本音を言えば、後悔が全くないわけではない。サビーネのことを最初から何も解らなくなっていると思い込んで接してきたので、もっと彼女の言葉を真剣に訊いてやるべきだったとの思いもあるし、何より、もう少し早く助けを求めて最善の治療を受けさせていれば、違った道があったかもしれないとの思いも拭いきれない。
 しかし、ヘレーネはカルツ夫人のことを考えて、その気持ちを封印することにした。
 あの状況下では、2人共あれが精一杯だったのだ。
「あなたの処遇も、フロイライン・マリーンドルフのご好意なのよ」
 アンナが脇から言うと、ヘレーネは、はっと顔を上げた。
 そうだ。なぜ今まで気づかなかったのか。
 軍病院ではなく、この介護者にとっても快適な環境を有する帝立病院に収容し、自分を警護と言う名目で任務のまま妹の看護ができるようにして、フェザーン行きの件も一時保留する。そんな細やかな配慮をし、且つそれを実行できる権限を持っている人間など、軍内にたった一人しかいない。男の高級武官には思いつかないだろう。
 ヒルダは、慈愛のこもった瞳を少し細めると、
「そう思って下さって何よりです。私に出来ることは、そのくらいしか思いつきませんでしたから、他にもっと何か良い方法があったのではと、気になっていたのです」
 と言って、そっとヘレーネの手を取った。
 白く美しい貴族令嬢の手は、予想外に温かかった。
「どうか、妹君の分も、お幸せになって下さい・・・」
 搾り出すように発せられた声は、震えていた。
 触れた手から伝う温かさが、その言葉が本心からのものであることを語っていた。
『この人は、自分の幸せを追求するよりも、他人の為に生きる人だ』
 ヘレーネは、生まれて初めて本物の、統治者の器を持った人間に出会った気がした。
 比類なき覇者である皇帝は、身近に接したことがないので、遠い偶像でしかない。
 だが、今直接自分が触れている女性は、紛れもなく目の前の現実だった。
 ヘレーネは、胸の内のこととは言え、一度でも彼女の不幸を願った自分の心の醜さを恥じた。
 フロイライン・マリーンドルフが、なぜ恋人でも愛人でもないのに、軍に身を置き、皇帝の傍近く仕えているのかは、今もわからない。だが、この人がそうするのは、決して女としての野心でも、門閥貴族復権の野望でもなく、きっと自分には思いもつかない事情があったのだろうと、ヘレーネは思い直した。
 ヒルダから伝わってくる、強靭な意志の力のようなものから、この女性の強い覚悟を感じ取れた。
 この女性は、たとえ自分が与した陣営が破れ、敗走するような場面になったとしても、決して、父のような卑劣な醜態は晒さないだろう。
 たとえ形勢が逆転し、自分が処刑される立場になったとしても、毅然としてそれを受け入れる人だ。
 その凛とした生き方に、ヘレーネは、性別を超えて惹かれていた。
 ヘレーネは、エルフリーデにあらためてドレスの礼を述べると、3人の友人達と順に、無言で固く抱き合った。
 間もなく、7名の女性達は、安置室でサビーネの遺体に対面し、眠るような美しい顔にそっと触れた。
「よく似合っていてよ。サビーネ」
 エルフリーデがそう言うと、他の人々も同意した。
「本当に・・・本物の花嫁のようだわ・・・」
 ベアトリスが、ハンカチで目を押さえながら言った。
「かわいい子だったのね・・・」
 窶れきった姿しか見ていないアンナも、そう言って涙を拭った。
「今度は、絶対に幸せになるのよ・・・」
 サーシャが言葉を継ぐ。
 ヒルダは、抱えていた白百合の花束をそっとサビーネの組んだ手の上に置いた。
 まるでブーケを持った花嫁のようだった。
「はじめまして。フロイライン。あなたのような方を、二度と出さない為に、一命を懸けることをお誓いいたします。どうぞ、安らかにお眠り下さい・・・」
 ヒルダが憂いを帯びた目で、厳かに宣言した時、ヘレーネはやっと、この女性の気高い志を理解した。
 5人が明日の葬儀への出席の意思を伝えて、病室を去ると、知らせを受けた人々が、次々とやってきた。
 皆、花束を抱え、それぞれが棺の中へ入れていくと、瞬く間にサビーネは花の中に埋もれた。
 夜8時になると、リンザーが一人でやって来た。
 ヘレーネは、誰もいない応接室で、彼の胸で初めて思い切り泣いた。
 ヘレーネが落ち着くと、リンザーは、初めてサビーネと対面を果たした。
 暮らしていた家から搬送する時も、病院に収容されてからも、サビーネの心理状態を気遣って、一度も彼女の前に姿を見せなかったリンザーだが、明日の朝、出発するまで、今夜一晩、ヘレーネとカルツ夫人と一緒に、ずっと遺体に付き添うつもりだと言う。
「俺の義妹になるんだから、当然だろ」
 というリンザーに、ヘレーネは言葉がなかった。
「私・・・あなたが思ってるような女じゃない。本当はとっても嫌な女なの。他人のことを羨んだり、妬んだり、不幸になればいいなんて思ったりする卑しくて浅ましい女なのよ・・・だから、あなたに相応しくない・・・あなたみたいな人に、私は似合わない・・・」
 再び泣きじゃくってそう言ったヘレーネの言葉を、リンザーは一蹴した。
「俺の方こそ、お前が思ってるほど高級な人間じゃないぞ。俺だって、士官学校の同期の奴が将官になった時は、次の出征で戦死しちまえって一瞬本気で思ったさ。しかもそいつは、同じ平民で、特に俺より有能だったわけでもない。運とチャンスと上官に恵まれて、今じゃ宇宙艦隊司令部で大将閣下さ。今度准将に昇進しても、まだまだ追い付けない。正直、その点では、これでも腐ってるさ」
 笑い飛ばすように言ってのけるリンザーに、ヘレーネは思わず一緒に小さく笑ってしまった。
「いいか? 俺もお前も、長所も欠点もあるただの人間だ。天才だの英雄だのと言われる方々とは程遠い。だが、それがどうした? 凡人には凡人の幸せってもんがある!」
 ヘレーネは、泣き笑いのような表情をした。
 そして、「あなたは、凡人ではないわ」と、言おうとしてやめた。
 この男自身もまだ気づいていない非凡さに、自分は気づいているということを、少しの間だけ、自分だけの宝物にしておきたかった。


 翌9月15日早朝、サビーネの棺は閉じられ、秘密裏に病院の裏口を出て郊外の軍用火葬場に運ばれて行った。
 白いドレスを着て、天に昇って行く妹を見上げながら、ヘレーネは、最後の涙を拭いた。
 小さな骨壷に納められたサビーネの遺骨は、ヘレーネとカルツ夫人の意向が訊き入れられ、リッテンハイム家代々の廟ではなく、親しい者達が墓参し易い都内の共同墓地に名前と生没年のみの墓標を立てて葬られることに決まった。
 また、最近フェザーン資本の会社が始めた、遺骨の一部を入れたアクセサリーを作るサービスを利用し、ヘレーネとカルツ夫人が常にペンダントとして身に着けるようにした。
 墓へは、参列した同級生や、元使用人達が、常に手入れと花を絶やさないことを約束してくれた。
 ヘレーネは、サビーネの姉として、最後に参列者の前で深く頭を垂れて、感謝の言葉を述べた。
 午後、軍服に着替え、半月ぶりで軍務省に出仕したヘレーネは、新たな辞令を受けた。
 元通り、軍務省の経理装備局付准尉として、9月30日にオーディンを発つ後発部隊に帯同して、フェザーンへの異動を命ずるというものだった。サビーネの件で、引越し準備が整っていないヘレーネの事情が考慮されたものだった。
 これで、17日に発つリンザーやベアトリス達とは、約2週間の後にフェザーンで再会できることになる。
 尚、到着後は、フェザーンにも設置される予定の、TIEG−36型感染拡大防止対策室への出向も合わせて命じられた。
 神々の黄昏作戦以降、人的交流が活発になった分、感染症の拡大速度も増した。
 フェザーンでも、一昨日、性病患者の中から、TIEG−36型が検出されたという報告が、大本営にFTLで齎されたばかりだという。
 ヘレーネは、この件に深く関わった人間として、フェザーンでの新たな仕事に強い使命感を覚えた。
 この日は、彼女の事情を汲んで、辞令を受取った後すぐに退庁を許可された。
 ヘレーネは、その足でジークリンデ皇后恩賜病院へ向うと、滅菌処理が終了した部屋で、荷物を纏めているカルツ夫人を訪ねた。
 ヘレーネは、30日にフェザーンへ出発することを告げると、夫人にも一緒に来ないかと打診した。
 向こうで将官に出世するリンザーには、広めの家が官舎として借り上げられる予定だという。ヘレーネも彼と結婚し、そこに住む予定だが、仕事を辞めるつもりがないので、一緒に住んで家を守ってくれる人がいれば助かると持ちかけた。これは、リンザーの希望でもあった。
 身寄りのないカルツ夫人は、それを自分への気遣いと理解し、数瞬迷った様子だったが、やがてゆっくりと宮廷式のおじぎを返した。
「謹んでご好意をお受けいたします。この後の人生を、ヘレーネ様にお仕えさせて頂きます」
 ヘレーネは、それをすぐに否定し、使用人としてではなく、家族として一緒に暮らして欲しいのだと言った。
 その言葉に、ずっと階級社会で生きてきた夫人は、感激の涙を浮かべた。
「わかりました。ヘレーネ様がお産みになるお子様達のお世話をさせて下さい」
「え?」
 今度はヘレーネの方が意表をつかれる番だった。


 9月17日、ヘレーネは、皇帝の本隊と共に発つリンザーを宇宙港に見送りに来ていた。
 オーディンでの最後の抱擁の後、軽く口付けを交わすと、ヘレーネはふと思いついてリンザーに問いかけた。
「ねえ、もし、私達に女の子が生まれたら、サビーネってつけていい?」
 リンザーは、穏やかに微笑すると、
「ああ、もちろんだとも」
 と言って、もう一度ヘレーネを強く抱きしめた。

Ende

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50000ヒット記念のはずが、書いてるうちに60000を越えてしまいました。
しかも4回のはずが結局8回ww
この分だと、100000ヒット記念に書くはずのエリザベート編に、思ったより早く取り掛からなければならないかも。
それにしてもここのカウンタは、よくあるレンタルカウンタと違って、自分でポチポチ連続押ししても上がらないようにできてるのに、なぜ?
しかも同じIPで1時間以内にもう一度アクセスしても、上がらないよう設定されてる。
そのくらい正確に訪問者の数をカウントしたいのと、SSIを使って各ページ共通のカウンターを表示しているので、必ずしもトップページにリンクを貼ってない人が来ても、しっかりカウントされるようになってる。
お気に入り登録は、出来るだけトップページにして欲しいのが本音だけど、人様にそこまで強要できないので、こんな形にした。
ブログに直接登録してる人、倉庫に直リンしてる人、様々だけど、みんなしっかりカウントされてるよぉ〜
さて、このスピンオフもいよいよ最終回を迎えたので、近々に倉庫へ収納します。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
引き続き、ハーレクイン本編をよろしくお願い致します。

Ende
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