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ハーレクインもどき −番外編(8)−
 ファーレンハイトとビッテンフェルトが、二人で現れたと聞いた時、ロイエンタールは少々意外だった。独り者の彼等は、てっきり皇帝に随行してくるものと思っていたからである。しかし、その後で執事がすかさず、ご婦人をお連れになっていると耳打ちしたので、得心がいった。
 建国の労を共にした僚友の来訪を、ロイエンタールは、妻と一緒に正面玄関のホールに出迎えて歓待した。
 ファーレンハイトが同伴した女性は、ロイエンタールも顔見知りのビッテンフェルトの姉でもある軍医だった。女ながら佐官階級の彼女は、オレンジ色のショートヘアに薄い茶色の瞳を持つなかなかの美女である。エルフリーデは、その鮮やかな髪の色と、理知的な薄茶色の瞳に、どこか見覚えがある気がしていたが、すぐに思い出せなかった。
 二人の仲は、既に十数年にも及んでいて、軍内でも半ば公認だった。ベルタというこの女性を、ファーレンハイトは、妻だと言って紹介した。
「実は、昨日入籍をしまして・・・」
『こいつもとうとう観念して、自ら棺桶に入ったか・・・』
 自分のことを遥か棚の上において、そんな皮肉を心中で浴びせながら、珍しくも少し照れた様子の僚友を、ロイエンタールは、固い握手で祝福した。
 まだ身内と主な幕僚と副官以外に伝えていないそうで、本日この場を借りて、皇帝への報告を以って正式発表したい意向であるという。
 エルフリーデは、パーティに華を添えるサプライズを歓迎したい一方、ファーレンハイトに憧れ、妄想を膨らませている友人達を思うと複雑だった。
 これまで公式の場では、軍医の制服姿しか見せたことのなかったベルタだったが、この日は、夫の瞳の色と同じ淡い水色の光沢のある生地のドレスを着ており、オレンジ色の髪とのコントラストで一段と映えていた。スリムなマーメイドラインのドレスをスレンダーなボディで見事に着こなしていて、復古主義な型に嵌った帝国女性ファッションの中では異彩を放っている。
『ステキ・・・!』
 エルフリーデは、ファーレンハイト夫人のセンスに目を見張った。
 付き合いの長さや、年齢的なものもあるのだろうが、二人の様子からも、夫との対等な関係が伺え、保守的なエルフリーデにも、新しい時代の大人の女性を感じさせた。保護者と被保護者のような自分達と比べて、遥かに先進的でカッコイイと思える。
 それでも、エルフリーデは、丁寧に旧式の作法に則った祝辞を述べると、ファーレンハイト提督夫妻も、礼を尽くして応じた。
 続いてロイエンタールが、隣のビッテンフェルトに握手を求めた。
「まさか、卿も結婚の報告か?」
「そうしたいのは山々なんだが・・・」
 ロイエンタールの冗談交じりの挨拶に、猪猛将は意外な程真剣な眼差して答えると、ちらりと隣の若い女性に視線を送った。
 ビッテンフェルトがエスコートしてきた女性は、濃褐色の髪と蜂蜜色の瞳が印象的なコケティッシュな美貌の持ち主だった。年齢は、ファーレンハイト夫人よりもずっと若いようだが、自分よりは年長者だと見たエルフリーデは、こちらも礼儀正しく歓迎した。
「ビアンカ」と、ビッテンフェルトにファーストネームで呼ばれている彼女は、工部尚書の秘書官で、こちらも軍ではよく知られた仲だった。二年前の「神々の黄昏作戦」の頃からの付き合いで、フェザーン育ちだというだけに、帝国人女性でありながら自立し、聡明そうな瞳が、生き生きと輝いている。
 しかし、何よりも周囲を驚かせたのは、ファーレンハイト夫人よりも更に斬新な、この日の彼女のファッションだった。
 ビアンカ嬢は、髪を結い上げずに下ろして、小さな花を散らせる形で飾り、深いガーネットのような赤色のドレスを着ていた。膝上の短いスカート丈から、長い肉感的な足が伸びている。深い胸の谷間も露わで、ホルターネックの背中に深いスリットが入るデザインは、ストール外すと、免疫のない堅物の若手軍人等の目を点にさせた。
 二組のカップルを中庭へ案内しながら、エルフリーデは、自分の幼さに若干のコンプレックスを感じていた。
 7時が近づくに連れ、更に賓客が次々と現れると、“ロイエンタール夫妻”も対応に追われることになった。
 ミッターマイヤーの両親も現れて、息子夫婦と再会を喜びあう。
 陽が落ちてくるに連れ、段階的に設定されたライトアップが、徐々に点灯し始めると、黄金獅子と戦艦のトピアリーが、幻想的な影を創り出し、圧巻の風景となっていく。ミッターマイヤーの父は、自分の作品に満足げに頷いた。
 シェフハウゼン子爵家とゲルラッハ子爵家の人々がほぼ同時に現れると、エルフリーデは、目頭が熱くなる思いがした。シャフハウゼン家の二人の息子は、戦艦のトピアリーに夢中になり、子爵夫人ドロテアは、久しぶりに会った伯母のシュヴァイツァー夫人と歓談している。ゲルラッハ夫人は、何年ぶりかの華やかな場に、昔を懐かしむように目を細めた。
 程なくして、宮内尚書のベルンハイム男爵が来場し、皇帝一行が新無憂宮を出立し、間もなく到着する旨を伝えて来た。到着予定時刻は、19時05分で、随行者にシルヴァーベルヒ工部尚書に、オーベルシュタイン元帥と、その配下の高級士官5名、メックリンガー上級大将、ワーレン上級大将、ルッツ上級大将、ケスラー憲兵総監とシュトライト中将、親衛隊長のキスリング准将と警備の親衛隊員が20名程、次席副官のリュッケ少佐等計34名と、ヴェストパーレ男爵夫人も一行に加わってるとのことだった。ゴールデンバウム王朝時代の皇帝行幸とは比較にならないほど簡素な警備に、質素な車列だった。尚、首席秘書官のフロイライン・マリーンドルフと、その父で国務尚書マリーンドルフ伯は、都合で15分程遅れて到着すると付け加えられた。


「大きくなったわねぇ」
 中庭に出たベルタは、夫に向ってそう慨嘆して見せた。
 まさか一度会っただけの平民の女医のことなど覚えていないだろうと思って黙っていたが、ベルタは10年ほど前、一度エルフリーデに会っている。親族の提督の閲兵式を見に来て怪我をした、当時まだ6歳の幼女だったエルフリーデの傷の手当てをしたのが彼女だった。幼いながらもノーブリス・オブリージュとやらを実践する令嬢は、その後かなりの間、ベルタの記憶に鮮烈に残っていた。とはいえ、、ロイエンタール元帥が結婚すると知り、その相手の名を聞いても、当初は何も思い出せず、気づいたのは、後から式のニュース映像を見た時だった。同時に、あの時の幼女が、訳ありの早婚とはいえ、いつの間にか美しい少女になり、ファーレンハイトの僚友と結婚するとあっては、光陰矢のごとしを感じずには居られない。
 今更焦りを感じたというわけでもなかったが、結果的にロイエンタールの結婚は、彼等の背中を押すことになったのである。
 ファーレンハイトのファッションモデルのような細身の長身が現れると、たちまち少女達が集まっている一角からざわめきが起こった。彼女達の視線は、ファーレンハイトと、彼にぴたりと寄り添う女性に注がれていた。
「ねえ、あの人が噂の恋人かしら?」
「そうみたい」
「ステキなドレス・・・」
「バカね、敵を褒めてどうするのよ」
「だって・・・」
『ファーレンハイト同盟』の少女達が、そんな会話を交わしていると、丁度叔父のゴットルプ子爵夫妻を案内しながら、エルフィリーデが近づいてきた。
「あ、エルフィー、ファーレンハイト提督がお連れになっている女性はどなた?」
 一人のメンバーの少女が、エルフリーデを捕まえて問う。
「あ、あの方は、提督の奥様よ。昨日、ご結婚されたんですって。軍医をしていらして、ビッテンフェルト提督のお姉様でもあるのよ」
 エルフリーデは、友人達を気遣って、務めて淡々と事実だけを述べたが、メンバーの衝撃と落胆ぶりは、大きかった。じわりと涙を浮べてハンカチで目を押さえる者もいれば、呆然と立ち尽くして動けない様子の者もいる。
「もっと早くお会いしたかった・・・」
「そうね・・・奥様より早くお会いできていたら、私だって・・・」
「でも、これが運命というものなのかしら・・・」
 隣で聞いていたロイエンタールは、いつもの冷笑を通り越して、吹き出しそうになってしまった。
『お前らが生まれた頃に出会ってるんだぞ。あの二人は』
 エルフリーデは、それでも何とか友人達を慰めようとした。
「みんな気を落とさないで。ファーレンハイト提督は、確かに素敵な方だけど、他にも若くて有望な提督方もたくさんいらしているのよ」
「ダメ。私、もう恋人なんていらないわ」
「私も。一生一人でいるわ」
「私は、恋人は欲しいけど、このショックから立ち直るには、5年はかかりそう」
「私は、10年は立ち直れないわ」
「戦わずして全艦撃沈・・・!」
 次々に、絶望を口にする友人達に、エルフリーデが言葉を失っていると、メンバーの一人が、涙目を押さえながら毅然と言った。
「でも、せっかくこうしてお目にかかれる機会を得たのだから、やっぱり皆で紹介して頂いて、記念にサインを頂きましょうよ。私は、この本にして頂くわ」
 そう言って、ハンドバックから一冊の書籍を取り出した。
 その本は、『極貧提督の仰天時短&節約術』というタイトルのファーレンハイトの著作だった。先月、フェザーン資本系の出版社から発売されて以来、電子版、ペーパー版共に好調な売れ行きらしい。内容は、一言で言えば、「生活の知恵」の類で、貧乏子沢山一家の長男に生まれたファーレンハイトが、幼少時から軍最高幹部に登りつめた現在に至るまでに身に付けた、様々な節約方法が披露されている。特色は、単なるケチにならず、周囲の人に節約してると感じさせずに、最小限の労力で、最大限の成果を上げる効果的な倹約方法が具体的に書かれている点だった。その内容と、ファーレンハイトの貴公子的風貌との激しいギャップとが一般市民の興味を刺激し、たちまちベストセラーとなった。もっとも、実際に執筆したのは、ファーレンハイト自身ではなく、編集者が彼から聞き取りした内容を、彼の一人称に起こしたものだった。元々は、新体制の軍幹部や閣僚達を特集するお堅い雑誌のインタビューに答えた時、何気なく喋った士官学校時代の話が掲載されたところ、大反響を呼び、今回の出版に至ったのだった。
 エルフリーデは、約束通り崇拝者の少女達をファーレンハイトに紹介することになった。『ファーレンハイト同盟』のメンバー達は、一人づつファーレンハイト夫妻の前に進み出ると、行儀良く結婚を祝う口上を述べ、持参した著書やハンカチ等にサインを求めた。 隣の妻が目で笑う中、ファーレンハイトは、一人一人丁寧に応じてサインを書いてやった。
 

 ファンファーレが鳴り、皇帝一行の到着が知らされると、庭園全体が一瞬静まりかえった。
 来客達は、所定の位置で、若き君主を迎える為に、全員威儀を正す。
 ランドカーが到着し、赤絨毯の上に太陽神が舞い降りると、楽団は国歌を演奏し始めた。
 フラッシュが一斉にたかれた。招待客個人への取材はしないことを条件に、一部メディアを皇帝の到着時から30分間に時間を限定して、所定位置のみへの立ち入りを許可していた。
「本日は、臣の住居へ玉体をお運び頂き、恐悦の極みでございます」
 ロイエンタールが、臣下としての型通りの口上を述べると、ラインハルトは、今宵は無礼講なので、皆が楽しめればそれでよいと鷹揚に答えた。
「伯爵夫人にも、ご健勝で何よりだ。お招きに感謝する」
 ラインハルトは、ロイエンタールの隣のエルフリーデにも儀礼的に声をかけた。
 エルフリーデは、やはりまだこの若者と目を合わせる気持ちになれず、「勿体無いお言葉を賜り恐縮でございます」と、定型文を言って平伏した。
 ロイエンタールが、皇帝にグラスを手渡しながら何事か耳打ちすると、ファーレンハイトがベルタを伴って御前に歩み出た。
 ファーレンハイトから思いがけず結婚の報告を受けると、若き皇帝はグラスを高々と掲げて祝福した。
「予の忠臣にして戦友でもあるファーレンハイトが、新たな家庭を築くこととなった。帝国の未来にとって誠に目出度いことである。今宵、ここに集まった皆と共に、ファーレンハイト夫妻の結婚を祝えることを、予は慶びに思う。――――プロージット!」
 皇帝の掛け声に呼応して、人々は一斉にグラスを掲げた。
「プロージット!!」
「ファーレハイト夫妻に乾杯!」
 楽団が、結婚行進曲を演奏し始めると、邸内に充満した歓喜は最高潮に達した。
 マスコミのカメラも、競ってファーレンハイトとベルタにカメラを向ける。
 間を置かずに、ウエイターとウエイトレスが、総動員で急遽用意されたシャンパンのグラスを配って回る。取材の記者やカメラマン等のマスコミ陣にも振舞われた。
 つい先ほど、ロイエンタールが執事に指示したものだった。彼から僚友へのささやかな結婚祝いのつもりだったが、一本が一般庶民の月給並みの金額もするシャンパンを、即座に何十本も惜しげもなく出すのは、金満家のロイエンタールならではの発想だった。滅多に味わえない代物に、来客達の大半は大喜びだったが、エルフリーデ達未成年者には、ノンアルコールの炭酸入りジューズが出されたのは言うまでもない。


「なるほどな。こういうことだったのか。うまくやったな」
 シルヴァーベルヒは、シャンパングラスを呷ると、いかにも納得したという顔で、自分の秘書官に向って言った。
「あら、これは計算外ですよ。まあ、うれしい誤算ではありますが」
 ビアンカはそう言うと、こんな機会でもなければ一生縁がないと思われる高級シャンパンを味わいながら上司に答えた。
 レッケンドルフから、この夜会への招待状を受取った工部尚書の秘書官は、何を隠そう彼女である。そして、いつになく熱心に、渋る上司を説得して出席させたのも彼女だった。
 ビアンカの隣では、ビッテンフェルトがミッターマイヤー一家から姉の結婚を祝福されている。
 姉の幸せをずっと願ってきたビッテンフェルトにしても、今夜は感無量だった。
「これで、卿とファーレンハイトは、義兄弟になるわけか」
「ああ。まあ、あっちにしてみれば、不肖の弟ができて先が思い遣られるといったところかもな」
 ミッターマイヤーの言葉に軽口で応じたビッテンフェルトだったが、その目は普段よりも穏やかだった。
 和やかな時間が流れる中、ふと、ミッターマイヤーとビッテンフェルトに、ある共通の疑念が湧いた。
『・・・ファーレンハイト。・・・卿、まさか、結婚披露宴費用を節約・・・? まさか・・な。いや、でも・・・』
 
 
 ロイエンタール邸の夜会は、まだ始まったばかりだった。


***************
えー今回、ゆうやんさんのご好意により、ゆうやんさんちのキャラをお借りいたしました。
原作では全く女っ気なかったファー様とビッテン、ずっと嫁を世話したいと思ってきたものの、私の貧弱な想像力では、どうしても具体像が思い浮かばなかったんです。
漠然と願望としてあったのは、どちらも自立した大人の女性であって欲しいということと、お姫様ではなく、一般人の感覚を持った人がいいということくらいでした。
もう一つ言わせていただけると、よしりんの処女崇拝のせいか、主役級キャラのお相手がやたらと処女だらけだったんで、普通に男性と付き合った経験のある等身大の女性キャラだったらいいなぁと思ってました。
そんな中で、ゆうやんさんが作り出されたベルタ先生とビアンカ嬢は、まさに私の理想とするファー様とビッテンのお相手でした。
今回、こんな駄文に快く出演を許可して下さったことに、心より感謝しております。
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