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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(8)
 ロイエンタール邸に入ると、玄関ホールの両脇に、ずらりと並んだ使用人達が、主夫妻を迎えた。
 元々結婚に感慨のないロイエンタールは、使用人達の祝福にも御座なりな態度で応じると、「一つ今日中に片付ける仕事がある」と言って、早々に自室に引き上げてしまった。 エルフリーデが、少しほっとしていると、先に邸に入っていた四人の侍女達が、口々に祝いの言葉を述べた。
 侍女頭のシュヴァイツァー夫人は、シャフハウゼン子爵夫人の叔母にあたる人で、今年68歳になる温和で聡明な白髪の未亡人だった。その立場故、平民でありながら、シャフハウゼン家では、使用人というよりも身内同然に扱われていた。亡くなった夫は、長年子爵家が所有する鉱山の管理会社を任されており、今は息子達がそれを引き継いでいる。
 エルフリーデが嫁ぐにあたり、子爵夫人は、彼女についてロイエンタール邸に入る侍女の人選に腐心した。熟慮の末、子爵夫人は、悠々自適の老後を送るはずだった叔母に、世間知らずで、あまり人当たりのよくないエルフリーデを支えてくれないかと打診したのである。それに対して、老夫人は、「最後のご奉公」とばかりに、快く侍女頭を買って出てくれたのだった。他の三人の侍女は、いずれも30歳前後と若く、シャフハウゼン家のメイドの中から、気の利く者が選ばれた。若いとはいえ、彼女達も夫を戦争で亡くした戦争未亡人であり、実家に幼い子供を預けて奉公に出ている者達だった。それ故、子爵家に対する忠義の心も強く、子爵夫妻の信頼も篤かった。
 エルフリーデの部屋は、二階の南側に位置し、元は賓客用の客間だった部屋を改装したものだった。
 ニ間続きの部屋で、重い樫の扉を入ると、洒落た家具で統一された彼女専用のサロンがあり、奥が天蓋付きの豪華な寝台と広いバスルームのある寝室になっている。
 若い伯爵夫人に相応しいように、淡いベージュとピンクで統一した温かみのある内装の部屋で、ロイエンタール家の家令の配慮に、シュヴァイツァー夫人等も感謝していた。
 ロイエンタールとは寝室を別にすることになっていたので、この部屋が自分一人のものであるというのも、エルフリーデには気に入っていた。
「お疲れでしょう。今日はゆっくりお休み下さい」
 シュヴァイツァー夫人は、一日式典尽くめだったエルフリーデを労うと、侍女達に就寝の準備を指示した。
 エルフリーデが、侍女の助けで化粧を落とし、衣装を脱いで髪を下ろすと、浴室の準備が整っていた。
 ゆっくりとバスタブに浸かって一日の疲れを癒すと、白いシルクの夜着を身に付け、長い髪をリボンでゆるく一つに束ねた。
 侍女達を退がらせ、寝台に入ろうとした時、ふいにドアをノックする音がした。
「伯爵夫人には、ご機嫌うるわしく」
 どこか皮肉を帯びた聞き覚えのある声と共に、マントと肩章を外した軍服姿のロイエンタールが現れた。
 エルフリーデの背筋に緊張が走った。
 ロイエンタールは、片手を払うと、無言で侍女達に退出を命じた。
 そんな仕草でさえも美しいことが、エルフリーデには悔しかった。
「大丈夫ですよ。全て旦那様にお任せすればよろしいのです」
 シュヴァイツァー夫人が、別れ際、そっと耳元で囁いた声を、エルフリーデは遠くで聞いていた。
 エルフリーデは、夫になった男と、初めて二人きりになった。
 典雅な足取りで、ゆっくりと男が近づいてくる。
 不覚にも、エルフリーデはその姿に見惚れ、慌てて視線を逸らした。
「さてと。伯爵夫人には、この結婚と引き換えに、リヒテンラーデ一族全ての放免をお望みとのことだが?」
 冷笑を含んだ声に、エルフリーデは男を睨み返した。
「ええ。そうよ」
 挑むような娘の視線に、男は金銀妖瞳を僅かに細めた。
「その為なら、愛してもいない、爵位もない男に抱かれるのか?」
「ええ・・・そうよ・・・」
 エルフリーデの声が、少しトーンを落として発せられた。
 ロイエンタールは、意地の悪い微笑を浮かべると、用意していたとどめの一言を投げ付けた。
「では、その男がリヒテンラーデ一族の男を処刑した当人でもか?」
「!!」
 途端、エルフリーデの全神経が戦慄し、青い瞳が最大限に見開かれた。
「では、お前が・・お前が、エーリッヒ様や伯父様達を・・・」
 男は黙って唇の端を少しだけ上げて冷笑し、彼女の問いを肯定した。
『そうか、それが、お前が本当に結婚したかった男の名か』
 エーリッヒの名を耳にしたロイエンタールは、即座に合点がいった。
 やはりこの娘は、自分の母親と同じた。
 そう思うと、益々目の前の娘に対して嗜虐的になる。
 ロイエンタールは、そのまま数歩歩みを進めてエルフリーデに近づくと、刹那、彼女の腕を掴んで引き寄せた。
 後ろから抱きすくめられ、男の低い声が耳元で囁く。
「逃げてもよいのだぞ。その代わり、お前の一族は、まだ当分流刑地だ」
 エルフリーデは、固く目を閉じると、観念したように全身の力を抜いた。
 それを合図に、身体が宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には、乱暴に寝台の上に投げ出されていた。
 エルフリーデは、男に身を任せる決意をして、そっと眼を閉じた。
 ここまで来て、もう引き返せないことは、彼女にもわかっていた。
 既に二人は法的に認められた夫婦であり、それに伴う恩赦も出ている。この結婚は、エルフリーデ一人の問題ではなく、赦免された一族やゲルラッハ家をはじめとする旧リヒテンラーデ派全ての人の運命を担っているのだ。
 薄暗い照明の中で、ゆっくりと目を開けてみると、今日夫となった男の金銀妖瞳が、妖しく輝いていた。
 ロイエンタールは、優雅な程に余裕のある仕草で、身に着けていた軍服を脱ぎ捨てては寝台脇のカウチに放っていく。エルフリーデは、その様を正視できず、顔を背けた。
 しなやかな長い腕が伸びてくると、エルフリーデの顎を取り、正面を向かせた。
 戦場で、自ら戦斧を揮ってきた男の上体は、軍服の上から窺い見るよりも遥かに逞しく、厚い筋肉の鎧を纏っていて、エルフリーデを威圧した。
 生まれてはじめて至近距離で感じる男の裸体が、微かなコロンの香と共に熱を帯びて、エルフリーデを惑わせた。
 不安と恐怖、そして何かわからない感情に捕われ、心臓が壊れそうなくらい高鳴った。
「伯爵夫人には、怯えておいでか?」
 ロイエンタールの独特の抑揚をつけた声が、深夜の寝室に嘲笑を伴って響く。
「怯えてなんかいないわっ!」
 エルフリーデは、キッと目を剥いて睨み返した。
 ここで弱みを見せるなど、彼女の誇りが許さなかった。
「結構だ。では、契約を履行してもらおうか」
 頭上で低い声が酷薄に聞えると同時に、エルフリーデは両腕を押さえ込まれ、唇を塞がれた。
「や・・・」
 声を発する間もなく口内に侵入してきた熱い肉塊に、反射的に首を振って逃れようとするが、侵入者はどこまでも追ってきて、彼女の口内を嬲り続けた。
 こんな口づけを、エルフリーデは知らなかった。
 父や大叔父が頬にくれた軽く唇が触れる挨拶代わりのキス。
 出征する前日に、エーリッヒが額にくれた優しいキス。
 それがエルフリーデの知識の中にある接吻だった。
 恐怖と困惑の支配から漸く開放されると、何時の間にか夜着と下着が剥ぎ取られ、気が付けば、生まれたままの姿を男の体の下で晒していた。
 男の上体が再び覆い被さると、耳元に熱い息を吹き込まれる。
「エルフリーデ・・・」
 初めて名前で呼ばれ、エルフリーデは首を竦めて全身を硬直させた。
 けれどそれは、どこか甘美な響きを持ち、媚薬のように惑わせる。
 男の唇が、耳元から首筋に移り、男の左手が未成熟な乳房を愛撫し始めると、エルフリーデは固く眼を閉じて、じっとそれに耐えた。

ロイエンタールは、ほの暗い部屋の寝台の上で、ナイトスタンドの淡い照明に晒された瑞々しい娘の肢体を暫し鑑賞していた。
 身体の線はまだ硬く、成熟に至っていないことはすぐにわかる。
 しかし、陶磁器のような極上の滑らかな肌と、少女特有の芳香が、ロイエンタールの嗅覚を刺激し、珍しく彼の征服欲を掻き立てていた。
 せっかく二週間もの“おあずけ”の後に手に入れた戦利品だ。今夜は、彼の性技の限りを尽くして、その身体に己の刻印を刻み込んでやろうと決意していた。
 ロイエンタールは、身体を硬直させながら、じっと目を閉じて耐えるエルフリーデの全身に唇を這わせ、印をつけていく。
 ツンと上を向いた硬い乳房に手を掛け、薄紅色の頂を唇で軽く挟むと、エルフリーデは、小さく声をかみ殺し、本能的に逃れようと身を捩った。
 ロイエンタールはそれを許さず、圧倒的な力で少女の華奢な身体を押さえ込んだ。
 
 逃げてはいけない。これは契約なのだ。一族の為、自分は義務を果たさなければならないのだ。
 身体の上を、何か得体の知れない生き物が這って行く感覚に恐怖しながら、エルフリーデは、自分自身に懸命にそう言い聞かせていた。
「やっ・・・・!」
 エルフリーデが思わず声を上げて、覆い被さる男を払いのけようとしたのは、足を割られ、自分の身体の上を這う生き物が、彼女の最も触れられたくない部分を摩った時だった。
 こんな恥ずかしいことは、教科書にも載っていなかったし、授業でも習った覚えはない。ソリビジョンドラマのシーンにさえなかった。
 いったい、この男は、何てことをするのかっ!?
 屈辱と羞恥で怒りに震えながら、エルフリーデは懸命に逃れようとするが、屈強な男はびくともしなかった。
 男の唇と舌が、繊細に動いて彼女の秘所を愛撫していくと、エルフリーデの身体から、徐々に力が抜けていった。
 やがて、今まで感じたことのない、ぞくぞくと背筋を犯すような感覚が走ると、自分の中から何かが溢れてきた。
 ロイエンタールは、それを確認すると、彼の長い中指を、エルフリーデの中心へ滑り込ませた。
「・・・・!!」
 エルフリーデは、微かに顔を歪めたが、最早強く抵抗する力を失っていた。
 それどころか、差し入れられた男の指が出し入れされる度、身体は硬直と弛緩を繰り返し、自分の意思で制御できなくなっていく。
 頭の中に、次第に深い霧が立ち込めていくような感覚に襲われ、どこかふわふわと別の世界を漂っているようだ。
 しかし、次の瞬間、エルフリーデは、瞬時に現世に引き戻された。
 男に足を大きく左右に開かされると、硬いものが彼女の中に侵入してきたのだ。
 鈍い衝撃と鋭い痛みが同時に襲ってきた。
「くっ・・・」
 エルフリーデは、唇を噛み締め、涙を堪えながら懸命に苦痛に耐えていた。
 伯爵夫人として、見苦しい真似はできない。この男に、自分の醜態を見せるわけにはいかない。歯を食い縛って矜持を保とうとする娘に、侵略者は容赦なく侵攻した。
「力を抜け」
 ふと、動きを止めた男の冷めた声が命じる。
 エルフリーデは、素直に従うことに抵抗を感じる余裕も無く、少しでも苦痛から開放されたくて、言われた通りに身体を預けた。
 刹那、男の動きが激しさを増した。
「はっ・・・・う・・・・!」
 シーツを掴みながら声を噛み殺すエルフリーデの内部で、侵略者が熱く蠢いた。
 男の動きが更に加速し、内壁を抉る度、エルフリーデは激しい痛みと、先ほど感じた背筋を登る正体不明の感覚とを交互に与えられていた。
 それでも、固く目を閉じながら、エルフリーデは無限に長く感じられる時間にひたすら耐えた。
 やがて、動きが止まり、身体の奥で小さな爆発が起こると、男は漸く身体を離した。
 義務を果たした安堵感と共に、エルフリーデが薄っすらと目を開けると、色の異なる両目で自分を眺める男の隆々とした上体が視界に入った。
 エルフリーデは、何故かその目が、「まだ足りない」と言っているように思えて戦慄した。
 ロイエンタールは、一瞬目が合った“妻”に冷笑を投げ掛けると、再び身体を重ねてきた。
 最初よりも更に執拗で激しい愛撫に、エルフリーデは途方に暮れながら、男の行為にじっと耐えるしかなかった。
 右足を開かされ、左足首を掴まれ、垂直に持ち上げられると、今度は真上から突き刺された。
 エルフリーデは、反射的に身を反らせたが、それがかえって男を奥深く迎え入れる体勢にしてしまう。
 男と繋がっている場所から発せられる淫らな音が、夜の静寂の中に響いた。
 エルフリーデは、五感の全てで、夫となった男を感じさせられていく。
 今、自分とこの男が、どのような姿で交わっているのかと考えるだけで、気が狂いそうだった。

 獣の饗宴は、明け方近くまで続き、4度目の行為の後、エルフリーデは漸く開放された。


 夜も明ける頃、男は無言で部屋を出ていった。
 扉の閉まる音が聞こえると、エルフリーデの目尻から一筋の涙が伝った。
『何を泣くことがあるのか。結婚し、相手の男と夫婦の契りを結んだ。ただそれだけのこと・・・』
 そう自分に言い聞かせてみたが、涙はまた溢れた。
『どうして・・・?』
 何が悲しいのか、エルフリーデ自身にも、わからない。
 ただ一つわかるのは、自分が一つ大切なものを失ってしまったということだけだった。
 一人残されたエルフリーデは、痛みと屈辱に身を焦がしながら、それでも長い夜を終えた安堵感でまどろみ始めた。


 窓から射し込む明るい夏の陽射しに、ゆっくりと覚醒すると、エルフリーデは、一瞬見慣れぬ部屋の景色に戸惑い、すぐに我にかえった。
 枕元の置時計は、午前10時を示していた。疲れが出たのか、随分長く眠っていたようだ。
 昨夜、自分は結婚し、夫となった男に抱かれた。
 下半身に残る鈍い痛みと、身体の中心に空洞が存在するような違和感とが、昨夜のことが現実であることを否応無く知らしめていた。
 侍女達を呼ぼうとして止める。こんな惨めな姿を他人に見られたくなかった。
 エルフリーデは、重い体を起こしながらシーツを引き寄せ、そっと寝台を下りた。
 一歩踏み出す毎に、身体の中心に痛みが走る。
 バスルームに入ると、女になった自分の姿が鏡に映った。
 背中まで伸びた豊かなクリーム色の髪は無造作に下ろされ、少し充血した青い瞳と、白い肌に点々と残る男の刻印が眼に入った。
 昨夜の行為が生々しく脳裏に蘇り、頭の中で懸命に振り払う。
『負けるものか』
 エルフリーデは、鏡に向って心の裡でそう言い放った。
 私は何も変わっていない。あんなことくらいで自分を変えられはしない。
 自分の役目は果たした。あとは、あの男が約束を守る番だ。
 エルフリーデは、痛む身体を引き摺りながら自らを叱咤すると、髪を束ね上げ、少し熱めの湯を張ったバスタブに身を沈めた。
 身体中に残る男の印が目に入ると、また自然と涙が溢れてきた。
 自分は、エーリッヒや一族の多くの者を殺した男の血塗られた手に抱かれた。もう元には戻れない。
 覚悟はしていたつもりだった。
 男と女が何をするのか、女学院の授業でも習って知っているつもりだったし、親に内緒で時々見ていた大人向けのソリヴィジョンドラマからも知識を得ていたつもりだった。
 しかし、実際の行為は、エルフリーデの想像を遥かに超えていた。
 夫である男の前で、エルフリーデは、野獣に捕われた哀れな獲物だった。
 誰にも見せたことのない屈辱的な体勢をとらされ、男を迎え入れさせられた。
 男は、おおよそ年若い新妻を労わる素振りを見せず、欲望のままに処女を貫いた。
 自分はこれからずっと、あのような恥ずかしい行為をあの男にされるのだろうか?
 世の夫婦というのは、皆ああいったことをするものなのか?
 誰にも訊けるわけがないけど、亡くなった自分の両親も、シャフハウゼン子爵夫妻も、ゲルラッハ子爵夫妻も、皆そうなのだろうか? そう考えはじめた途端、あまりのことに赤面して思考を停止させる。
 16歳になったばかりのエルフリーデにとって、男女の営みはまだ未知の世界のものだった。
 エルフリーデは、湯の中で膝を抱えると、まだ痛みが残る下腹部に手を充てて、暫くの間じっとそうしていた。
 肌触りのいい大判のタオルを巻いてバスルームを出ると、電子呼び鈴で侍女を呼んだ。
 侍女頭のシュヴァイツァー夫人を筆頭に、四人の侍女達は、一分と間を置かず部屋に現れた。タイミング的に、ずっと近くの部屋で待機していたと思われた。
「おはようございます。奥様」
 シュヴァイツァー夫人の慈愛に満ちた声が、エルフリーデの心を僅かに和らげた。
 夫人は、他の三名の侍女達にてきぱきと指示をし、エルフリーデの身支度を整える介添えをする。
 侍女が二人係でドレッサーの前で髪を結い上げ、化粧を施し、夏物の薄手のドレスに着替えると、もう一人の侍女が、隣室にブランチの支度が出来ていることを告げた。
 ふと寝台を見ると、破瓜の印の付いたシーツは、何時の間にか換えられ、ファブリックがきれいに整えられていた。
 エルフリーデは、侍女達の手早い仕事ぶりに満足して、続き部屋になっている自分専用のサロンで遅い食事を摂った。
「あの男は?」
 ふと思い立って、エルフリーデは侍女達の誰にともなく尋ねた。
「あの男」という言い方に、若い侍女達は一瞬顔を見合わせたが、シュヴァイツァー夫人がすぐに気づくと、
「今朝早くご出仕されました。本日は、御前会議が開かれるとかで」
 と、孫娘のような女主人に伝えた。
「そう」
 エルフリーデはそれだけ言うと口を閉ざし、黙々とそら豆のスープを口に運んだ。
 デザートの洋梨に手をつけようとした時、シュヴァイツァー夫人が部屋を退室した。彼女が向ったのは、一階のTV電話室だった。夫人はシャフハウゼン家に繋ぎ、エルフリーデの身を案じているであろう姪夫妻に報告をするつもりだったが、番号を設定しようとした途端にコール音が鳴り、TV画面にシャフハウゼン子爵夫人の姿が映し出された。
 シュヴァイツァー夫人は、努めて感情を押し殺した声で、昨夜無事に、エルフリーデが名実共にロイエンタール元帥の妻となったことを告げた。
 報告を受けた子爵夫人の心境は複雑だった。エルフリーデよりも15も年上の元帥が、或いは大人の余裕と寛大さで、まだ幼さの残る新妻を不憫に思い、暫くは形だけの夫婦でいてくれるのではないかという淡い期待を抱いていたのだ。しかし、ロイエンタールという男は、女性に対してそのような優しさは持ち合わせていなかった。
 子爵夫人は、今後はくれぐれも、エルフリーデの懐妊の兆しを見逃さないよう叔母に頼むと、今、夫が別の電話で宮内尚書と話をしているので、多分、今日中に良い知らせを持って訪ねられるだろうと言ってTV電話を切った。
 シュヴァイツァー夫人は、エルフリーデの部屋に戻ってくると、午後にシャフハウゼン夫妻が朗報を持って訪問する旨を伝えた。「朗報」という言葉に、エルフリーデの期待は膨らんだ。
 午後三時に、子爵夫妻はやって来た。
「フロイライン・・・・いえ、伯爵夫人・・・」
 子爵夫人は、エルフリーデの姿を見た途端に涙ぐみ、細い肩を抱きしめた。
 叔母からの報告で、初夜を終えたことを知った夫人には、16歳の彼女が痛ましかった。
 エルフリーデは、少し憂いを湛えた青い瞳で、縋るように子爵夫人を見つめた。
 たった一日ぶりだというのに、子爵夫人には、そんなエルフリーデの表情が、急に大人びて感じられた。
「おめでとうございます。ご一族の方々が、全員流刑地から戻ってこられますよ」
「え?」
 エルフリーデの大気圏最上層の青い瞳が、驚きで見開かれた。
「全員って、本当に全員ですの? マリア・アンナも、アウグスチーネやヨーゼファ、ファルツ家の方々も・・・」
 残りの一族の赦免は、今後段階的に折を見て行われるというのが、暗黙の了解だっただけに、この措置は俄かには信じ難かった。
「ええ。元帥閣下が今朝、直々に皇帝陛下にお願いして下さって、陛下の特別なお計らいだそうです。明日、流刑地からオーディンへ向うそうですから、二週間もすれば再会できますよ」
 シャフハウゼン子爵が、脇から説明してくれた。
 エルフリーデは、全身の力が抜けていき、へなへなと床に崩れた。
 この二年間、切望してきたことが、やっと叶った瞬間だった。
 自身の純潔をも犠牲にし、辛い夜に耐えたことが報われたのだ。
「ああ・・・」
 エルフリーデは、声にならない声を絞り出した。
『戻ってくる。戻ってくるんだわ。私の世界にいた人達が・・・私の愛している人達が・・・』
 子爵夫人とシュヴァイツァー夫人に支え起こされたエルフリーデの青い瞳から、熱い涙が止め処なく流れ、頬を濡らしていた。
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