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ハーレクインもどき −番外編(6)−
 午後5時になると、エルフリーデは、髪を結って化粧を施し、本番用のドレスに着替えた。
 程なくして、60名から成る帝国交響管弦楽団が到着し、中庭の一角に設えた場所で、調律を始めた。
 エヴァンゼリンの言葉通り、ピンクのドレスを着た彼女は、その名の通りまさに妖精だった。膝下丈の裾が、形の良い長い足を露出させ、バレリーナのような体型と若さを際立たせていた。
 しずしずと階段を降りてきたエルフリーデに、ミッターマイヤー夫妻は率直な感嘆と、賞賛の視線を送ったが、ロイエンタールは、何と言葉をかけていいものか思い至らず、咄嗟に少し赤らめた顔を背けてしまった。
 そう、実は彼は、最初に一目見た時から、妖精のような容姿でいながら、きつい眼差しで彼を睨み付ける娘に、すっかり心を奪われ、岡惚れしてしまっていたのである。ただし、そのことに、相手はおろか当人でさえ全く気づいていないという喜悲劇になってしまっていたのだ。
『やっぱり、この男、内心で私を哂っているのね』
 激しい誤解は、二人の間で止まることを知らない。
「まあ、本当にすてきですわ。エルフィー」
「ありがとうございます。エヴァ」
 女性二人がそんな言葉を交わしている時、執事が、アイゼナッハ夫妻の来訪を告げに来た。結婚から数年が経つこの夫婦は、まだ小さな子がいる為、午後7時に行幸する予定の皇帝に挨拶を済ませたら、引き上げる予定でいたので、代わりに少し早めに来て、双璧夫妻と歓談したい旨を申し出ていた。無論、それをヴィジホンで伝えたのは、アイゼナッハ本人ではなく、彼の副官だった。
 ミッターマイヤー夫妻は、上級大将以上の軍首脳の中で妻帯している者同士ということもあり、以前から付き合いがあったが、ロイエンタール達は、結婚式で儀礼的な挨拶を交わしただけで、夫人とは初体面に近かった。
 アイゼナッハ夫人は、寡黙過ぎる夫を補って余りある程に、饒舌で明るい・・・・という表現では足りない程の女性だった。
 予てから、いったいどのような夫婦なのかと軍内外でも謎だったが、今、はじめてそのベールが剥されようとしていた。
「まあぁぁぁぁぁぁ!!!ミッターマイヤー夫人。ご無沙汰しております。今日はまた、一段とお美しくていらっしゃるわ。まあぁぁぁぁぁぁ!!!コールラウシュ伯爵夫人は、なんて可愛らしいんでしょう。結婚式でお目にかかってから更に美しくなられた感じですわ。ロイエンタール元帥が、一目で結婚なさりたくなったのも無理ありませんわぁ。喧嘩するほど仲がいいって、言いますものねぇ。本当に、帝国中で泣いている大勢の女性達も、今日の伯爵夫人の映像を見たら、きっと諦めもつくでしょう。いえね、私の友人やその姉妹なんかにも、ロイエンタール元帥の結婚で食事も喉を通らないなんて方が何人かいるものですから。この分だと、皇帝が皇妃を娶られる時は、さぞ大変でしょうと、昨日も母と話していたものですから・・・・」
 サロンのソファに腰掛けるより早く、アイゼナッハ夫人コンスタンツェは、立て板に水の如く喋り捲った。
『何で知ってる?』
 ロイエンタールは、ぎょっとなり、一瞬険しい目をしたが、以前から内情を知っていたミッターマイヤー夫妻は平然としている。夫であるアイゼナッハは、いつものように無言のまま、ハンカチで額の汗を拭っていた。
 エルフリーデは、今まで遭遇したことのない種類の人間を前に、きょとんとして固まってしまった。
「それにしても、素晴らしいお邸ですわねぇ・・・・! ほら、うちなんか、フォンとついてはいるものの名ばかりの『一応貴族』でございましょう? こんな立派なお邸で、しかも本物の伯爵夫人と目の前でお話できるなんて、数年前までは考えられませんでしたから、ほんとに夢のようですわ。お庭の戦艦の形に刈ってある、あれ・・・なんて言うんですって? トピアリーですか? あれも本当に楽しいですわ。流石にミッターマイヤー元帥のお父様ですわねぇ。しかも、宅の主人の旗艦もあるなんて、光栄ですわ。子供達ももう少し大きかったら連れてきてあげたかったわ。きっと大喜びだわ。ねえ、あなた、あとであの前で写真撮って頂きましょうよ」
 夫人はそう言って、はじめて隣の夫に目を向けた。夫の方はと言えば、苦笑とも困惑ともつかない表情で、相変わらず無言のまま頷くだけだった。
「え? カメラ持って来なかったの? ダメねぇ・・・あなたって」
 アイゼナッハが、更に無言で額の汗を拭くと、ミッターマイヤーが助け舟を出した。
「それでしたら、私が撮ってあとで転送しますよ」
 彼だけは、尉官時代に一度アイゼナッハと一緒に勤務した経験があり、まだ結婚前だったが、このカップルの特異な事情を、軍部内ではアイゼナッハの副官や高級幕僚を除いて唯一知っていた。
「まあ、ミッターマイヤー元帥にそんなことをして頂くなんて、申し訳ないですわ。でもお言葉に甘えさせて頂きます」
 そう言って、コンスタンツェは、ほほほ・・・と笑って、また延々を喋りだしそうな雰囲気になった。しかし、これだけ一方的に喋りに喋りまくっても、不思議と他人に不快感を与えないのが、彼女の人徳の成せる業なのだろう。彼女は、とにかく明るいのだ。その場にいるだけで、澱んだ空気さえ光に変えるような、一種独特の雰囲気を身に纏っている。彼女が現れた瞬間、真夏の明るい陽射しの中、更に蛍光灯が百本一斉に点灯したような錯覚さえ起こる。もっとも、この時代の人間の語彙に『便所の裸電球』という言葉はなかったが。
 放っておくと、帰るまで喋り続けそうなコンスタンツェに、エヴァンゼリンがやっとのことで口を挟んで、客人達がくる前に、伯爵夫人にお庭を案内して頂きましょうと、エルフリーデに目線で了解をとりながら誘うことに成功した。
 女達が去ると、男三人は、同時にふーと溜息をついた。
「・・・・卿も、それなりに苦労をしていたのだな・・・」
 ロイエンタールの同情のこもった言葉に、アイゼナッハは、やはり無言で汗を拭く。
 一方、軍首脳の令夫人三人は、白い日傘をさしながら庭を散策していた。
 アイゼナッハ夫人は花壇の花や見事なトピアリーにいちいち感心してみせた。
「アイゼナッハご夫妻は、提督が士官学校を卒業されて、任官されたばかりの頃から、ずっと奥様のお宅に下宿されていたご縁でご結婚されたんですって」
 エヴァンゼリンが、エルフリーデに向って言い、さりげなく会話の主導権を握った。
 疾風ウォルフの妻に相応しい、見事な速攻である。
「まあ、それでは、かなり長いお付き合いですのね」
 エルフリーデも話を合わせた。
「いいえぇ〜、それがねぇ、お互いに知り合ってからは長いのに、あの人ったら、ああゆう人でしょう? なかなか進展しなくて」
『それは、あなたが、相手に話す隙を与えないからじゃ?』
 と、エヴァンゼリンとエルフリーデは同時に思ったが、さすがに口に出せなかった。
「でも、私を気にしている視線はずっと感じてたんですのよ。それで、うちに来てから、かれこれ5、6年経ったころかしら? 私の方から彼の気持ちを確認して、それで結婚したんですのよ」
「まあ・・・!」
 エヴァンゼリンとエルフリーデは、率直に感嘆した。男社会の帝国では、求愛は男の方から女へするものというのが建前だった。
 もっとも、アイゼナッハ夫妻の場合は、真相は若干異なる。

 4年前、煮え切らない当時大佐だった彼に、コンスタンツェは問い質した。
「あなた、もしかして、私のこと、好きなの?」
「・・・・」(ぽっ)
「まあ、やっぱりそうなのね?」
「(汗)・・・・」(ぽっ、ぽっ)
「じゃあ、私達、結婚しましょう」
 こうして、3ヵ月後、二人は周囲に祝福され、結婚式を挙げたのである。

「私なんかより、ミッターマイヤーご夫妻の方が、ずっとロマンチックでいらっしゃるでしょう? 黄色い薔薇のプロポーズは、今では軍の中で流行ですらあるそうですわ」
 今度は、ミッターマイヤー夫妻の馴れ初め話に話題が移った。
「お恥ずかしいですわ。主人もあの頃は、若くて、花言葉なんて無頓着で・・・」
 エヴァンゼリンの鈴を転がしたような屈託無い笑い声が、耳に心地よい。
 だが、エルフリーデの心は、同時に激しく落ち込んだ。
『やっぱり、みんな、結婚するまでには、ちゃんとそれぞれドラマがあるんだわ。それに引き換え、私とあの男は・・・』
 愛も恋もない(と当人は思っている)、互いの気持ちを確かめるような過程も存在しなければ交際期間もない。単なる取引でした結婚を、自分で決めたこととは言え、こうして他人様の普通の恋愛から結婚に至る話を聞くと、なんだかとても悲しくなった。まして、自分はあの男が大嫌いで(と当人は思っている)、あの男も自分のことを嫌っているはずだ。そんな歪んだ関係である自分達が、とても情けなく思えた。
「そんなことありませんよ。嫌いな相手と一晩に5回もできないでしょう?」
 コンスタンツェが、エルフリーデにだけ聞こえるよう耳打ちする。
「え?」
 驚愕の表情で振り返ると、アイゼナッハ夫人の邪気のない笑みがあった。
 どうして?と問いかけようとした時、侍女が、「ご学友の方々がいらっしゃいました」と、伝えに来た。エルフリーデは、仕方なくエヴァンゼリンとコンスタンツェに、「ゆっくりしていらして下さい」と言うと、正面玄関に百名近くに膨れ上がった「ファーレンハイト同盟」「ミュラーファンクラブ」「ビッテンフェルト組」「カイザーの寵姫を目指す会」のメンバー達を出迎えた。
 開始時間の午後6時までには、まだ30分以上の時間がある。そのことからも、彼女達の気合が伺えた。
「皆様お早いのね。皇帝ご一行は、7時にいらっしゃるご予定ですので、他の提督方も同じ頃だと思いますわ。それまでは、どうぞ、飲み物を用意してますから、お庭でもご覧になってらして。ミッターマイヤーご夫妻とアイゼナッハご夫妻もいらしてますのよ」
 エルフリーデは、女主人として、母親のパーティーでの振る舞いを思い出しながら、完璧なホステス役を演じようとしていた。
 ウェイターが、客人達にウェルカムドリンクを配っていると、友人の一人がロイエンタールの最新映像を撮らせて欲しいと言ってきた。母と姉と叔母と従姉に頼まれたとのことだ。
「いいわ」
 軽く応じたエルフリーデに、「私も撮らせて」とどんどん友人達が集まってくる。結婚しても帝国軍一の漁色家の人気は健在らしい。結局、その時点で来ていた友人のほぼ全員がカメラを取り出した。
 あんな男の写真くらい、いくらでも撮ればいいのよと、心の中で毒づきながら、エルフリーデは夫の姿を探して、一旦柱の影に引っ張った。
「なんだ? こんなところで逢引か?」
「冗談じゃないわ。そんなことよりお前、いつ昨夜のことをアイゼナッハ夫人に話したの?」
「何のことだ?」
「とぼけないで。さっき、アイゼナッハ夫人に言われたのよ。その・・・昨日の・・・夜のこと。・・・5回って・・・」
 顔を真っ赤にして、最後は消え入りそうな声のエルフリーデの言葉に、ロイエンタールは漸く状況を理解した。
「ああ、それは俺ではない。あの夫人の特殊能力だ。お前はすぐに考えてることが顔に出るから余計に読みやすかったんだろう」
「なんですって?」
 エルフリーデが憤慨すと、ロイエンタールは意に介さず言葉を続けた。
「旧歴の時代には、エスパーとかいう名称で呼ばれるものだったらしい。旧王朝の時代は、そういったものは完全否定されていたから、なかなか公にならなかったんだろう」
 そう言われてしまうと、エルフリーデにも反論の余地がなかった。確かに、この男が、あんなプライベートなことを、こんな短時間で他人に話すはずがない。
「ああ、それから・・・」
 気を鎮めて会場へ戻ろうとするエルフリーデを、ロイエンタールが呼び止めた。
「5回ではない。6回だ。数え間違えるな」
 パシーーーーン!と、頬を平手打ちするいい音が、真夏の空に響いた。
「お前は、最低の男だわ!」
 折りしも、オーケストラが最初の曲の演奏を始め、ロイエンタールの頬を打った音も、エルフリーデの罵倒も、その音にかき消されて来客の耳に届かなかったことは幸いだった。
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