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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(6)
「結婚?」
 オスカー・フォン・ロイエンタールは、次期侍従長と次期宮内尚書の二人の男爵を前に、僅かに唇の端を上げて薄く笑った。
 旧帝国歴最後の年の6月19日、エルフリーデの実質上の保護者であるシャフハウゼン子爵は、実弟であるハッセルバック男爵を介して、宮内尚書に内定している旧友ベルンハイム男爵とローエングラム公に対し、エルフリーデと元帥に昇進するロイエンタールとの縁組を打診した。
 シャフハウゼンの意を受けたハッセルバックは、その際、この結婚に政治的な思惑はなく、家族をいっぺんに失くした令嬢が、早く家庭を持ちたい故の希望だということを強調した。旧王朝的な政略結婚等を毛嫌いしているラインハルトの気性を見越しての配慮である。
 ラインハルトはもとより臣下の私生活に干渉しないことを信条としており、二人の男爵が、誰より善良で政治的野心が皆無なのを知っていたので、見合いさせることに関しては同意した。ただし、「結婚についてはあくまでも当人同士の気持ちを優先するように」と、一応念を押して、彼のこの分野に於ける潔癖性を顕した。
 弟からラインハルトのお許しが出たことを知らされたシャフハウゼンは、早速、ベルンハイム男爵にロイエンタールへの使者に立ってもらった。
 しかし、間もなく主となる統帥本部のオフィスで対面した漁色家の青年提督は、案の定『結婚』の一言に眉を顰めた。
 彼がこれまで一個中隊ほどの人数の女性と付き合いながら、家庭を持つ気持ちがないことは、帝国の軍部や官僚社会では知る人ぞ知る事実だった。
 シャフハウゼンもハッセルバックも、果たしてこの縁談がエルフリーデにとっていいことなのか、正直心が揺れていた。
 ロイエンタールは、彼女が結婚したい相手の条件に適う殆ど唯一と言っていい男だった。しかし、年齢も倍ほど離れており、女性関係のスキャンダルに事欠かない人物でもある。いくら本人が、政略結婚を承知の上とはいえ、令嬢の将来を考えた場合、結婚しても不幸なだけではないかとの思いが拭いきれない。
 しかし、一方で、若い頃に女遊びが激しかった男が、いいかげん覚悟を決めて結婚したら、落ち着きが出て平和な家庭を築くといった話しはままあることだ、とも思える。
 ロイエンタールは、国家の元勲であり、新帝国最大の功臣の一人でもある。その彼が、身を固め、家庭を持ったことでこれまでの行状が改まれば、帝国にとっても喜ばしいことである。そう言ってこの結婚話しを後押したのは、「新帝国の重臣は品行方正であって欲しい」と常々思っている大審院判事のブルックドルフであった。彼は、新政府の司法尚書に内定している。
「そう、堅苦しくお考えになるほどのことではありません。ご令嬢はまだお若いですし、今すぐにというわけでは・・・・。ただ、めでたき日に、閣下に美しい女性を一人ご紹介させて頂きたいと・・・・」
 ベルンハイムは、あくまでも低姿勢だった。
 実質的な権力がないとはいえ、仮にも男爵であり尚書に内定している男にここまで言われては、いかにロイエンタールと言えども粗略に断れない。まして、ラインハルトにまで話しを通しているとあっては尚更である。
「いいでしょう。ご紹介頂きましょう」
 ロイエンタールは、半ば投げ遣りな口調で了解の意思を伝えた。
 どうせ結婚などする気はないのだから、後で体よく断ればいい。あるいは、相手が寄ってくるなら、また適当に付き合って飽きれば捨てればいいとも思っていた。深層の令嬢なら、自分の漁色家ぶりを知れば向こうから断ってくるかもしれない。いずれにしろ、どうでもいいことだ。その時のロイエンタールは、そう軽く考えていた。
 また、相手がリヒテンラーデ一族の女と聞いて、多少の興味を覚えたことも固辞しなかった理由かもしれない。果たしてその令嬢は、自分が一族の10歳以上の男子の処刑を直接指揮した男だということを知っているのだろうか? いや、多分知らないだろう。後からそれを知ったらどうするだろう・・・・? ロイエンタールの悪い癖である嗜虐癖が表層意識に顔を出し始めた。
 当初、ロイエンタールはこの話を持ち込まれた時、「やれやれまたか」というのが正直な感想だった。とにかく彼には、記憶を辿る限りで、思春期に入ったあたりの年頃から、引っ切り無しに女性が寄ってきた。数年前までは、直接本人からアピールされたものだが、流石に将官に出世し、周囲を警護される立場になると、今度は軍の高官やローエングラム陣営と懇意の貴族達のコネを使って近づこうとする女が増えた。
 今度の話しもその類だろうと思ったものだが、次期侍従長の歯切れの悪い言葉が、それだけではないことを雄弁に物語っていた。ハッセルバック男爵は、この話しに政治的な意図はいっさいないといいつつ、一方で遠慮がちに、
「ご令嬢は、2年前のテロでご家族をいっぺんに失くされております。今、ご令嬢の親族の多くが流刑地にあり、1年間身を寄せられたゲルラッハ伯爵は、爵位を返上の上に自裁させられていますが、夫人とご長男夫婦は幸いにもご健在です。ご令嬢は、ご自分の結婚を期に、それらの方々とまた交流を深めたいとのご希望なのです」
 と、言葉を選んで交換条件を突きつけた。
 ゴールデンバウム王朝の貴族制度を誰よりも嫌悪しているこの俺に、よりによって結婚を餌に凋落した一族の返り咲きを要求するとは、随分と度胸がいいというか、無謀な女だと、ロイエンタールは胸の裡でまだ見ぬ令嬢に冷笑を浴びせた。
 そう思うと、ますますそのバカな貴族女の顔を見てやろうという意地の悪い感情が頭をもたげる。
 ロイエンタールは、二人の男爵に、戴冠式後の祝賀パーティーで令嬢の紹介を受けることを約束して、賓客を慇懃に執務室から追い払った。

 一方、ハッセルバック男爵から、ロイエンタールがエルフリーデ嬢に会うことを承諾したと知らせれたシャフハウゼン子爵夫妻の心境は複雑だった。
 女漁りを止めそうにないロイエンタールが、誰とだろうが結婚する意志はないからと断ってくることを半分期待していたのだった。
 しかし、こうなったら腹をくくって、令嬢の品位を下げないよう、精一杯の仕度をして、一番美しい彼女を元帥となった男の前に立たせるしかない。
 こういう事態になると、男達よりも俄然、女性陣の方が張り切った。
 子爵夫人は、ファッションリーダーでもある友人のヴェストパーレ男爵夫人を呼んで、エルフリーデのドレスのデザインについて相談し始めた。勿論、本人のエルフリーデの希望に添って選ぶつもりだったが、いくつかの候補の中から彼女が選んだのは、オーソドックスなローブデコルテだった。まだ、社交界デビューもしていなかったエルフリーデには、このような場合、どのような装いが相応しいのか、よくわからなかったし、家族の喪が明けたばかりであまり華やかな格好をするのも気が咎めた。
「そんなのはこれからいくらだって着る機会はあるわ。こういう時こそ、お嬢ちゃんは、今しか着られないものを着なくちゃ」
 ヴェストパーレ男爵夫人が示したのは、淡い水色のシルクをベースにした、フリルとピンクやオレンジのシフォンのリボンをポイントに散りばめた、まさに10代の少女にしか着こなせないカクテルドレスだった。
「少し、派手すぎませんか?」
 あまり乗り気でないエルフリーデを説き伏せて、早速試着させてみると、まるで彼女の為に誂えたようにぴったりとはまった。
 普通の女性が着れば、ややもすると下品になりかねないフリルやリボンも、バレリーナのような細く長い手足のエルフリーデが身に付けると、かえって上品な可愛らしさを演出した。
「これで決まりね」
 ヴェストパーレ男爵夫人が言うと、エルフリーデも子爵夫人も異存がないことを伝えるべく頷いた。
 ドレスに合わせたハイヒールも揃え、アクセサリーは、子爵夫人からパールのイヤリングとネックレスを、男爵夫人からはティアラをそれぞれ借りることになった。
 本当なら、全て母親から譲られるはずのものだったが、自邸の爆破と共に全て失ってしまった。それを思い出すたびに、エルフリーデは、悔しさと悲しさがこみ上げてくる。
「あ、ごめんなさい。子爵夫人、男爵夫人。お二人のお心が嬉しくって・・・・」
 エルフリーデは、そう言って僅かに目じりに浮かんだ涙を指で拭った。


「叔父様は、ロイエンタール提督という人に会ったことがおありですか?」
 翌日、エルフリーデは訪ねてきたエドアルドに向って訊いた。
 政略結婚とはいえ、一応、夫となるかもしれない男のことは気になる。
 勿論、叔父などよりも真っ先にシャフハウゼン子爵夫妻に尋ねたが、二人共「比類なき名将で立派な方です」というような仲人口しか言わず、どこか歯切れが悪い。この時点でエルフリーデが聞かされていたのは、国家の元勲で間もなく元帥になるということと、31歳という男の年齢だけだった。
 子爵夫妻の歯切れの悪さを、何か自分に教えたくない事実があると直感したエルフリーデは、世情に通じている叔父に問うたのである。
「話しをしたことはないが、何度か傍で見てるよ。軍人としては、宇宙で最も智勇のバランスのとれた男と言われている。彼に戦場で勝ち得るのは、この世に5人といないだろうともね。それくらいの男さ。なんせ30そこそこで元帥になるんだから。おまけに単なる軍人の枠に収まらず、政治手腕にも優れているらしい。味方にできればお前の願いを叶えられる力を持った男だよ」
「そう」
 エルフリーデは満足した。彼女の目的は、あくまでも一族の赦免に力を発揮してくれる男との結婚である。だが、それでも夫となるかもしれない人間について、地位や能力以外に気にならないものがないわけではない。それに、子爵夫妻の奥歯にものが挟まったような態度も気になる。
 エドアルドは、そんな姪の気持ちを察したのか、本題を切り出した。
「いずれわかることだから言うが、オスカー・フォン・ロイエンタールという男は、軍人としてだけでなく、ゴシップ誌の常連でね。特に女性向けのその手の雑誌に彼のことが載らない日はないくらい有名人さ。帝国軍一の漁色家としてね」
「漁色家って?」
「女癖が悪いという意味だよ。女に言い寄られて、短期間付き合ってはあっさり捨てるのを繰り返して、そんなのが200人とも300人とも言われている。で、中には有名なモデルとか女優とか、名家の未亡人なんかがいたりしてね。もう10年以上も週刊誌にその手の話題を提供し続けてる男さ」
 エルフリーデは押し黙ってしまった。
 保守的で厳格な家庭で育った彼女は、その手の雑誌を低俗と教えられていて、今まで手に取ることもなかった。また、そのような雑誌に載る人間自体が、ふしだらで軽蔑すべき人種だと思ってきたのだ。
「まあ、そんな顔しなさんな。帝国軍一の漁色家は、ローエングラム公を別にすれば、帝国軍一の美丈夫でもあるのさ」
 エルフリーデの表情を見て取ったエドアルドは、取り成すような口調で、持っていた電子雑誌をテーブルの上に開けた。
「ロイエンタール提督さ。どうだ、気に入っただろう?」
 帝国軍の華麗な軍服に身を包んだ長身の男の立体映像が浮かび上がった。
 艶やかなダークブラウンの髪、彫像のように均整のとれた肢体。貴公子のように典雅な美貌でありながら、屈強の武人としての剛々しさが一人の人間の中で見事に調和している。何より目を引くのは、彼の瞳だった。右目は黒く、左目は青い。
 エルフリーデの瞳は、数秒、持ち主の意思に反して、その姿に吸い寄せられてしまった。
 あの太陽神に例えられるラインハルト・フォン・ローエングラムにでさえ、自分は惹かれなかったというのに、この男はいったい何者なのだろう?
 エルフリーデは、自分が何か得体の知れないものに侵食されていくような気がして、微かに戦慄した。


 新帝国歴1年6月22日。ラインハルト・フォン・ローエングラムは、新銀河帝国皇帝に即位し、ローエングラム王朝初代皇帝ラインハルト一世となった。
 半神の趣さえある金髪の覇者は、自ら戴冠し、玉座に座ると、この世のものとは思えぬ美しさと威厳に、列席した高官たちは皆、惜しみない賞賛とゆるぎない忠誠を誓った。
「ジーク・カイザー」「ジーク・ノイエ・ライヒ」の声が黒真珠の間から、新無憂宮全域に響き渡る中で、エルフリーデは、シャフハウゼン子爵夫妻と共に、広間の末席で新皇帝を仰いだ。はじめて化粧をし、髪を結い上げ、ドレスに身を包んだ彼女は、まるでソリヴィジョンの童話の世界から抜け出してきた妖精か姫君のようだった。後に振り返れば、彼女にとっては、この時の正装が、少女時代の最後のものとなったのだった。
 前王朝の華美を嫌った新皇帝の意向で、戴冠式も祝賀会も質素なものだったが、それでも出席者の顔ぶれは、豪華絢爛を極めた。
 不躾に自分を見る人々の視線を体中に感じ、大人の世界に初めて足を踏み入れた少女は動揺した。だが、そんな彼女の気持ちとは関係なく式典が終わり、祝賀会へと場を移すと、シェフハウゼン子爵夫妻の元へは、お連れのご令嬢を紹介して欲しいと寄って来る高官が後を絶たなかった。子爵夫妻は、それを曖昧な笑顔でかわしながら、エルフリーデをさりげなく元帥の礼服に身を包んだ長身の男の前へ誘った。
 金銀妖瞳の元帥の前に立った時、エルフリーデは、軽く膝を折るだけの略式のお辞儀をして、青く輝く瞳で真っ直ぐに相手を見据えた。自分は伯爵号を持つ身であり、相手は元帥といえども下級貴族だという階級意識から、何としても抜けようとしないのが、彼女の意地でもあり矜持でもあった。
 ロイエンタールは、その根拠のない気位の高さに僅かに失笑を見せると、それでも礼に従って、型通り令嬢の手を取って接吻した。
 軽く握った手はどこまでも、白く細く子供のように小さかった。
 幼さの残る瑞々しいデコルテからは、他の女達のような香水の匂いがしない。その代わりに、彼女自身のミルクのような甘い香りがして、ロイエンタールをほんの少し悦ばせた。
 大きな青い瞳に映える透き通る白い肌が、少女らしい弾力性を感じさせている。
 ロイエンタールは、令嬢の正確な年齢を聞いていなかったが、想像していたよりもかなり若い娘であることは、この時に確信できた。
「伯爵令嬢におかれましては、ご機嫌麗しく。小官ごとき卑賤な者にお目通り叶い、光栄の極みですな」
 毛の先程も有り難がってなどいない男の皮肉に、エルフリーデは途端に気分を害した。 まだ、感情の抑制が効かない気性の激しい少女は、その感情が即顔に現れてしまった。 ロイエンタールの金銀妖瞳が、妖しく光る。どうやら、この女は、自分の立場というものを理解できていないらしいと、彼は思った。
 エルフリーデの手を取り、その燃えるような瞳で睨みつけられた時、「この女は、レオノラだ」と、ロイエンタールは思った。
 事情は異なるが、家の為に、年上の身分の低い男と愛のない結婚をする。
 母は、父の財産を目当てに、この女は、俺の権力を欲して。
 面白い。ロイエンタールは何時に無く気分が高揚している自分に気づく。
 親族などというただ血が繋がっているだけの人間が、それほど大切か?
 まして、そんな奴等の為に、自分の人生を捨ててまで愛してもいない男と結婚するなど愚かというものではないか。
 ロイエンタールはそう言ってやりたかったのを呑み込むと、彼流の皮肉を以って応じた。
「まあ、世の中が大きく変わる時は、いかに勝者についていくことができるかで、運命が決まる。フロイラインの叔父上のようにな。権門の伯爵令嬢も、身分卑しき男に身売りしてまで、一族の安泰図る時代なのですからな」
 言い終わるやいなや、パシッと乾いた音を周囲に居た数名が聞いた。
 エルフリーデがロイエンタールの左頬に平手打ちを食らわせた・・・・つもりだったのだが、幸いと言うべきか、残念と言うべきか、彼等の身長差からか、エルフリーデの右手は、ロイエンタールの下顎を僅かに掠ったに過ぎなかった。
 それでも、叩いた姿勢のまま、男を憎々しげに見詰める令嬢の姿は、少し離れた位置にいた人々の関心を買うのにも充分だった。
「お前なんかと誰が結婚なんてするもんですかっ!」
 激情に駆られたエルフリーデは、気が付くと、ドレスを摘まみ上げ、祝賀会場の外へ飛び出していた。
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