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食うために軍人になった女達 −ハーレクインもどきスピンオフ小説(5)−
 帝国歴1年8月30日午前5時、ヘレーネ達4名は、コンラート・リンザー大佐が起居する軍の佐官用宿舎の前に集まった。
 昨夜遅く、4人は、それぞれの上司から極秘任務の指令を端末で受取ると、打ち合わせて私服で集まった。
 指令内容は、全てワーレン艦隊司令部のリンザー大佐の指示に従うようにとのことで、直接命令書を出した直属の上司でさえ詳細を知らない。
「やあ、今日はよろしく頼む」
 気さくに声をかけて現れたリンザー自身も、Tシャツにジーンズという格好だった。
 サビーネの心情に配慮し、軍服姿を見せないようにと考えた結果だった。
 ヘレーネは、恋人と友人達の細やかな心遣いに感謝し、リンザーが用意した中型の自動運転ワゴン車に5人で乗り込んだ。
 途中、市街地から少しはずれたオトフリート3世通りと、シュテッテン大通りの交差点で、病院から配車された寝台車と合流した。
 中には、抗菌防護服を着た運転手と、女性看護師が2名、女性救急救命医1名が同乗しているはずである。
 2台の車の斜め前方と、ぴたりと後につけているシルバーグレーのごく普通の自家用車2台が、警察の覆面警護車だと教えられていた。
 カルツ夫人には、夕べの内にヘレーネの方から電話し、全て話してある。
 夫人は、声だけでわかるくらい、ほっと脱力している様子だった。
 そして、実はサビーネが一昨日から高熱を出し、解熱剤を飲ませても全く下がらず、ヘレーネに連絡しようか迷っていたところだったことも打ち明けた。
 その容態は、すぐさまリンザーを通じて搬送予定の病院へ知らされ、万全の受け入れ体制を整えているとのことだった。
 専門医によると、罹病の感染症の末期症状だという。
 一刻を争う事態に、軍、病院、警察が連携し、素早く動いた。
 平日で、道が空いていたこともあり、1時間半足らずでサビーネの住む家に着いた。
 まず、ワゴン車から降りたヘレーネが家に入り、カルツ夫人とサビーネの寝室へと向った。
 寝台の上で、真っ赤な顔で苦しげに息をするサビーネの様子を、ヘレーネは、当初直視できなかった。
「サビーネ・・・!」
 気を取り直して、あらためて顔を覗き込むと、爛れた皮膚は腫れ上がり、所々化膿しているのが身体中に広がっている。
 ヘレーネは、すぐに外に出て寝台車から降りてきた看護師と救命医に向って、ストレッチャーの用意を要請した。
 医師は、直ぐに応じると、ベアトリス等3人もワゴン車から降りてきて、サビーネの身体を移動させるのを手伝った。
 男のリンザーは、なるべく姿を見せず、カルツ夫人が昨夜のうちにまとめておいた荷物をワゴン車のトランクに詰め込んだ。
「後は我々で行います。准尉方と付き添いの方は、念のため、消毒処理をさせて頂きます」
 看護師の一人がそう言うと、手早くストレッチャーを寝台車に運び入れた。
 サビーネは、毛布で包まれ、全身を固定された形でストレッチャーに乗せられ、酸素マスクを装着された姿で寝台車に乗せられた。
 彼女の近くで接触したヘレーネ達とカルツ夫人は、警察の覆面警護車に同乗してきた民政省の保険局の職員だという人間に、マスクを渡され、霧状の消毒液を全身吹きかけられた。
 サビーネの罹っている病気は、空気感染はしない種類のものの可能性が高いとはいえ、念を入れたとのことだった。
 カルツ夫人もヘレーネも、寝台車に同乗することは許されず、一緒にワゴン車に乗り込むと、少し離れたところにいた警察の覆面警護車が、側面に貼ってあったシートを剥がし、リンザーもワゴン車に同じことを行なった。
 剥がしたシートの下からは、それぞれ帝国警察の紋章と、帝国軍の紋章が現れた。
 先頭と最後尾を走る警察車両2台が、車の上にサイレンを取り付けると、4台の車両は住宅街を静かに発進した。
 大通りに出ると、前後の警察車両が、けたたましくサイレンを鳴らし、周辺の車を蹴散らしていく。
「緊急車両が通過します。走行中の車は、端に寄って下さい」
 婦人警官が拡声マイクで同じ言葉を連呼しながら、信号も渋滞も無視して、4台のランドカーは、医療チームの待ち構える都内のジークリンデ皇后恩賜病院をひたすら目指した。


 出発してから一度も停車することなくフルスピードで走り続けたおかげで、病院には1時間弱で到着した。
 普段使われない要人専用の入り口に寝台車を中心に横付けされると、主治医を任命されたという最近週刊誌で話題のファーレンハイト軍医中佐らしき女医と、数名の医療スタッフが入り口で待ち構えていた。
 警察車両2台は、それを見届けると、再び走行して去って行き、ワゴン車の者は、ヘレーネとカルツ夫人のみが、院内に入ることを許可された。
 リンザー他3名は、この後、大本営のヒルダの元に出頭し、任務完了の報告と、新たな指令を受ける予定である。
 サビーネは、建物の最上階にある、厳重にロックされた関係者以外立ち入り禁止区域にある特別病室に移された。
 隣には、付添い人が寝泊りできるホテル並みの設備の部屋もあり、食事も厨房から直接物搬用の専用エレベーターで搬入出が可能な為、感染の可能性のある人間を完全に隔離することが可能だった。
 サビーネの容態が落ち着くと、ヘレーネとカルツ夫人は、医療チーム控え室脇の小会議室で、主治医であるファーレンハイト軍医中佐と、この病院の感染科長でる男性医師から説明を受けた。
 案内役の心療内科医によると、最新医療設備での検査の結果、これまで無数にある類似の症状の中から、正確な感染菌が初めて特定されたということだった。
 ヘレーネ達は、その知らせに、希望を持った。
 だが、会議室で向かい合った専門医の言葉が、彼女達を一気に奈落の底に突き落とした。
「結論から先に申し上げます。フロイライン・リッテンハイムの症状は、現時点の医学では、完治は不可能です。恐らく、もってあと10日前後かと思われます」
「そんな・・・!」
 ヘレーネとカルツ夫人は、同時に息を呑んだ。目の前が真っ暗になった気がした。
 余命宣告をした専門医も、主治医のファーレンハイト軍医中佐も苦悶の表情を浮かべている。
 元宮廷女官で常に威儀を崩さないカルツ夫人が、わっと泣き出した。
「私が・・・私が悪いんです。私が、もっと早く姫様を・・・私が・・・」
 ヘレーネは、夫人を慰める言葉が見つからなかった。
 名乗り出れば逆に処刑という事態も懸念される中、サビーネの容態を見守りながら、ヘレーネ自身もずっと彼女と一緒に逡巡してきたのだ。
 こんなことなら、オーディンに戻った時点で助けを求めればよかった。
 だが、どんなに後悔しても、もう遅い。
「ここでは、無理でも、フェザーンの最先端医療なら、何とかなりませんか? あちらでは、帝国の復古主義で廃れてしまったような医学も普及しているというし・・・」
 ヘレーネは、最後の望みを託して、縋るように二人の医師を見詰めた。
 しかし、医師達の表情は硬いままだった。
「それは既に、行なっております。第一、今のご令嬢の状態では、恒星間航行など到底不可能せす。ローエングラム体制に入ってから、旧王朝の非合理な医療制度が見直され、有効な治療法ならフェザーンのみならず同盟の技術までも取り入れています。少なくとも、ここや軍病院の医療レベルは、フェザーンに劣りません。令嬢の罹っているTIEG−36型は、まだ特効薬が開発されておりませんが、臨床試験で、遺伝子的にこの細菌に近いものに効果があった抗生物質を投与しております。間もなく、熱も下がり皮膚表面の化膿も収まるでしょう。ですが、既に脳内まで菌が侵食していて、内臓の一部が壊死しています。残念ですが、今の我々にできることは、1日でも延命し、できるだけ苦痛を感じずに、安らかな死を迎えられるようにして差し上げることだけです」
 主治医のファーレンハイト軍医が、サビーネの体内のスキャン映像を見せながら、聡明そうな薄茶色の瞳に憂いを湛えて、事務的に説明を行なう。彼女自身、怒りを懸命に堪えながら、医師としてのインフォームド・コンセント果たそうとしているのが、ヘレーネにも解った。
「私は、地球教徒ではありませんが、こういう症例と向かい合う度に思うのです。もしかしたら、人類は、まだ、母なる地球から巣立つには幼すぎたのではないかと」
 感染科部長を務める40代の男性医師が、深く瞑目しながら、職業に似合わない哲学的な台詞を吐いた。
 人類が宇宙に進出し、その生活圏を他惑星に拡大していった歴史は、同時に、入植地の惑星に自生する未知の細菌やウィルスとの戦いの歴史でもあった。
 この千年の間に発見された人間や家畜に感染するこれらの菌は、1000万種とも2000万種とも言われており、必然的にワクチンや特効薬の開発は、罹疾数が多く感染力の強いものから優先されていった。
 発見された新種の細菌は、発生地と疾病の種類をアルファベットで表記され、発見順に番号が振られて命名される。
 サビーネを襲ったTIEG−36型という細菌は、彼女が身を隠していた領地惑星と同じ星系の辺境惑星で、30年ほど前に最初の感染者が発見された。
 Tは、その星系の頭文字、Iは惑星の頭文字、EGは性病(Eine Geschlechtskrankheit)の略で、この惑星で発見された36番目の性病感染菌であることを示している。
 空気感染も口腔感染もせず、性行為によってのみ感染するらしいという性質と、原生地が、首都星から離れた辺境惑星であることから、オーディンはおろか、ヴァルハラ星系内でも滅多に感染者が出ることがなく、医療機関からも製薬会社からも注目されることはなかった。その為、この病気については、有効な治療法も、菌の詳細も判っていない。
 空気感染はしないというのは、これまでの少ない経験上からの予測であって、本当のところは不明だった。医療チームを含めて、ヘレーネ等にも過剰なまでの滅菌措置を施しているのもその為だった。
「この病気は、自覚症状が出た時点で、既に手遅れだったのです。オーディンに着いてすぐにここで治療を受けたとしても、結果は変わらなかったでしょう」
 ファーレンハイト軍医中佐の言葉は、多少なりともカルツ夫人への慰めが含まれていた。半分は事実だが、半分は異なる。もし、あと半年早かったら、少なくとも1、2年の延命措置が可能だったことだろう。その間に、奇跡的に特効薬が開発される可能性もゼロではない。しかし、いずれにしても、サビーネが、元の彼女に戻ることはない。彼女の身に起こった忌まわしい出来事を思えば、むしろ、今の何も判らなくなっている状態のまま逝くことの方が幸せなのではないかと、新婚のファーレンハイト軍医中佐ことベルタは、珍しく感傷的になってそう思った。


 ヘレーネは、カルツ夫人に後を託して一旦軍務省に戻ると、直属の上司に本日の任務完了報告を行った。
 しかし、その後彼女を待っていたのは、まだ一度も足を踏み入れたことのない軍務尚書執務室への出頭命令だった。
 ヘレーネは、いよいよ出自を隠して任官したことを問われるのを覚悟した。
 しかし、緊張して部屋に入ると、意外にもベアトリスが先に来ており、義眼の軍務尚書の脇には、調査局長兼官房長官を務めるフェルナー准将も控えている。
 軍務尚書オーベルシュタイン元帥は、全く感情のない声で、二人の准尉に直々に新たな命令を下した。
 ヘレーネに対しては、リッテンハイム候の娘である件には一切触れず、引き続き旧王朝の皇位継承権を持つ重要人物であるサビーネの警護の為、収容先の病院に終日詰めるようにとのことだった。毎日の定時連絡と、何か変わったことがあれば、逐次フェルナー准将に報告する旨を命じられた。
 これは、休暇をとらずに任務扱いで、ヘレーネが余命宣告をされたサビーネの傍に、最期まで付き添えることを意味していた。いったい誰の配慮か知らないが、今はとにかくそのことが有り難かった。
 また、カルツ夫人から、サビーネ達が襲撃された事件を、出来る限り詳細に聴取し、文書にまとめて提出することも合わせて命じられた。
 ベアトリスに対しては、今回の件を知ってしまった人間の一人として、リンザー大佐や、他の二人の准尉と共に、本日付で大本営内に非公式に立ち上がった『TIEG−36型感染拡大防止対策室』に出向し、臨時室長に就任した皇帝首席秘書官マリーンドルフ伯爵令嬢の傘下に入るよう指令が出された。
 この対策室は、サビーネの存在を公表する時期に合わせて各関係機関から専門家を招集し、体制が整った時点で皇帝の名に於いて正式に発足する予定とのことだった。
 実は、まだ情報規制を敷いていて、一般には知られていないが、この1年の間に、オーディン都内でこの型の性病に罹った患者が百数十名も報告されていた。
 発症していない者を合わせれば、数はその数倍になるであろうし、このまま放置されれば、感染は無限に拡がる恐れがある。しかも感染者の7割以上が軍人とその関係者であることから、明らかに発生源は軍内と考えられた。
 これまでヴァルハラ星系内での発症例がなかった為、政府はこれを重く見て、警察と軍が連携して密かに感染経路の調査を行なっていた。その軍側の調査責任者が、他ならぬフェルナーだった。
 その結果、感染源は、宇宙港付近の数件の娼館らしいということまでは何とか突き止めたものの、どうしてもその先へ進めず、正確な割り出しが暗礁に乗り上げていたところだった。
 それが、今回のサビーネの件で、一気に全容が見えてきたのだ。
 ほぼ間違いなく、サビーネを襲った私兵達の中に保菌者がいたのだろう。
 リップシュタット戦役終了後、賊軍の門閥貴族達の領地惑星に、戦後処理部隊が派遣されたのは、戦役終結後間もなくのことだったが、それでもキルヒアイスの死亡事件や、リヒテンラーデ派の粛清などがあり、実際に各隊が到着した時は、終結から既に1ヶ月近く経過していた。
 ラインハルト自身、既に敗れた門閥貴族達の親族や臣下などに興味は薄く、その為、派遣された者達も、殆どマニュアル通りの処理をしたのみだった。無論、連座制を適用するつもりもなく、そのことを通達すると、どの惑星でも抵抗は皆無で、従順に降伏し、事はスムーズに運んだ。
 それでも、首謀者であるブラウンシュバイク公の領地惑星と、リッテンハイム候の領地惑星での戦後処理には、シュタインメッツ艦隊に所属するの分艦隊の精鋭部隊がそれぞれ派遣されたが、この2惑星のみは、流石に他の貴族の領地惑星のようにはいかなかった。
 ブラウンシュバイク公には、ヴェスターラントの件で、リッテンハイム候には、ガルミッシュ要塞宙域での味方の補給部隊砲撃の件で、それぞれ怒りを爆発させた領民達が、館を襲撃していて、制圧部隊は、特にブラウンシュバイク公領の館では、凄惨な現場に直面することとなったのである。
 館の中には、使用人や忠義者の私兵の腐敗した遺体が累々と横たわっていたが、公の妻でフリードリッヒ4世の皇女であるアマーリエ公妃と思われる遺体も、その娘のエリザベートらしき遺体も遂に発見されなかった。
 その為、今もこの二人は行方不明のままである。
 制圧を任された戦後処理部隊は、それでも、この件を略奪・暴行・殺人の刑事事件として調査を開始したが、事件の関係者は誰も硬く口を閉ざし、結局、特定の人間の逮捕には至らなかった。
 被害者達には気の毒だが、戦時下の特殊な状況の中では、これもままある話として、巨大な歴史の砂の中に埋められることとなったのである。
 それでも、優秀なローエングラム陣営の制圧部隊は、遺体の記録を一体一体データ化して保存した上で埋葬し、館を修復、清掃すると、そこをこの星域の新たな行政庁舎として、後から民政省が派遣してきた行政官達に引き渡して、任務を完了した。
 リッテンハイム候領に関しても、ほぼ同じ事情だった。
 違っていたのは、暴徒化して館に乱入した領民達を、警護の私兵部隊が激戦の末、何とか追い払い、鎮圧したと報告したことだった。
 その過程で、残念ながらリッテンハイム候の妻であるクリスティーナ妃が死亡し、令嬢のサビーネが行方不明というものだった。
 勿論、これは真っ赤な嘘である。
 しかし、既に、この時点では、死亡したクリスティーナや使用人達の遺体は埋葬された後で、しかも暴徒の主だった首謀者達も、襲撃事件の後、武器で勝る私兵の幹部達に「主の仇を処刑した」として口封じに殺害されていた為、制圧部隊も彼らの話を信じるしかなかった。
 この時、83名の元リッテンハイム候の私兵達は、その場で恭順の意を示し、ローエングラム陣営に投降すると、後に正規軍に組み入れられた。
 こうして、サビーネを襲った野獣どもは、その後、何食わぬ顔で、ローエングラム軍の軍人として禄を食んでいたのだ。ヘレーネには、そのことが身震いするほどおぞましかった。
 彼等は、それぞれ新たな所属先に割り振られていったが、その内の約半数がランテマリオ星域会戦やバーミリオン会戦で戦死している。
 残った41名の内、6名の人間がTIEG−36型を発症して退役しており、この時点でその内の2名が既に死亡していた。残りの4名も、郊外の専門病院で隔離され、治療中であるが、サビーネ同様、それぞれ数日から数ヶ月の余命宣告を受けていて、事情聴取が困難だった。
 残る35名中、現在、一番多い16名が、元々彼らの制圧部隊が所属していたシュタインメッツ艦隊に在籍し、ガンダルバ星系に駐屯している。
 彼等の中で、今をもって発症の報告がないところを見ると、どうやらこの中には、保菌者も感染者もいないと見ていい。ただし、間違いなく事件の真相を知っていることから、早々に召還し、事情聴取が行なわれることになる。
 その他は、7名がレンネンカンプ高等弁務官の配下としてハイネセンに居り、12名が、宇宙艦隊司令部、即ち、ミッターマイヤー艦隊の所属として、今日、フェザーンへ進発する予定である。
 当初、この12名を即出頭させ、オーディン都内に於いて隔離する案が検討された。
 しかし、結局、オーベルシュタインの作戦を採用し、何も知らせず、一旦彼らを予定通り出立させることとなった。
 この措置には、保菌者の可能性の高い人間達を閉鎖空間にまとめて留め置くことで、事情聴取の効率を高める狙いがあった。
 彼等は、予めこの作戦を知らされているミッターマイヤーと少数の幕僚の指示で、同じ艦の同一居住区に配属されると、宇宙に出た時点で艦隊に帯同している憲兵隊によって逮捕され、厳しい尋問を受けることになる。
 尋問内容は、襲撃事件の真相と、元リッテンハイム候領惑星を出てから今朝までの性生活について、細大漏らさず述べろというものである。
 そして、その内容は、FTLで事細かにオーディンの感染拡大防止対策室に報告されることとなる。
 12名は、逃げ場のない戦艦の中で拘束され、フェザーンに到着次第、軍病院で検査を受けた後、警察に引き渡される予定である。
 皇帝ラインハルトも、ミッターマイヤー元帥も、何よりもこの手の犯罪を嫌悪する男である。軍律に則って裁けば、全員即刻処刑されるところだが、彼等が犯罪を犯した当時は、正規の帝国軍人ではなく、リッテンハイム候の私兵とはいえ、法的には民間人だった。 その為、「公正な裁判と公正な税制」を標榜するローエングラム王朝としては、心情的な面を押し殺し、民間人の起こした凶悪犯罪として、彼等を司法の手に委ねることにしたのである。
「そのような者どもが、予の軍隊にいると思うだけで汚らわしい! 即刻全員を銃殺刑にせよ!」
 当初、そう叫んで、つい感情的になり、皇帝の勅命を以って特例での処刑を主張したラインハルトをヒルダが懸命に諌めた。
 ここで、彼等を殺してしまっては、感染ルートの解明が困難になるばかりか、法と秩序の遵守を保てなくなる。ヒルダがそう説得すると、ラインハルトは、自らの激昂を反省し、冷静さを取り戻した。
 オーディンでの感染防止対策は、皇帝の本体が出立する9月17日以降は、民政省に引き継がれ、保険局長が室長の任に就く予定である。その前に、時期を見計らって、感染状況を公表し、国民に注意を喚起する。
 性感染症は、ただでさえ偏見が根強い上、男女間のプライベートな問題が絡んでくる難しい面もあった。公表に当っては、感染者は個人情報と人権が保証されること、全て国費で治療が受けられることと、自身で感染の疑いのある者は、無料で検査が受けられる旨も、布告される予定である。
 また、類似の症例のワクチン開発で実績のある製薬会社3社に対して、政府から莫大な補助金を出し、特効薬の開発を急がせることにした。ただし、各社の研究機関によると、いずれも、臨床試験段階までいくのに早くて2年、実用化までは更にそれから1年ほどかかるだろうとの見解だったので、残念ながら現時点で発症している患者が助かる可能性は殆どゼロに等しかった。
 襲撃事件の全容解明と、容疑者達の取調べ及び裁判は、敢えて帝国内よりも衛生設備が充実し、司法制度が発達したフェザーンに於いて行なわれることとなった。
「公正な司法」を謳ったローエングラム王朝ではあったが、実のところ、500年近くも封建社会が続いた後では、一般市民にとって、そもそも何を以って「公正」とするのかすらよく判らないところががあった。
 そこで、現在、将来の首都星となるフェザーンでは、かの地に元からあった先進的な司法制度と帝国流のそれとを上手く組み合わせて、新たな裁判制度を導入する試みがなされている。その意味で、今回の事件は、格好の試験台と言えた。
 ハイネセンとガンダルバ星系から召還を受けた者達も、オーディンではなく、フェザーンへ出頭することとなる。
 彼等は、事情聴取を終えた後、全員軍籍を剥奪され、民間人の犯罪者として起訴され、一人づつフェザーンの裁判所で裁かれることになる。
 裁判は一審制で、控訴も上告もできない。この部分は帝国流の即行解決の利点が採用された。
 しかし、帝国の裁判と決定的に違うのは、裁判自体が一般に公開されることと、被告人一人一人に弁護士が付き、減刑嘆願や釈明を訴える機会が与えられることだった。
 また、裁判官の他に、一般市民の中から無作為に選ばれた陪審員がいて、判決に国民感情を反映させる役割を担うという。
 更に、その事件ごとに応じた有識者会が組織され、裁判官や陪審員へ専門知識が提供されることにより、より公正な判断材料となる。
 今回の事件では、恐らく、性病や感染症が専門の医療従事者や、心理学者、辺境星系の風土に詳しい学者などが召集される見込みだ。
 更に、被害者遺族として、ヘレーネや乳母のカルツ夫人、サビーネの治療に当った医師団なども証人として法廷に呼ばれるはずである。
 そして、最終的には、裁判官と陪審員とで話し合って出した判決を、司法尚書が承認し、更に皇帝の名で結審する。この最終的な部分も帝国流だった。
 万が一、冤罪を訴えたい場合や、量刑に納得がいかない場合は、司法尚書や皇帝に直訴することが控訴代わりになるというわけだ。
 皇帝と司法尚書のみが、独断で再審理を命じる権限を持ち、直訴を受け入れれば、裁判官と陪審員を総入れ替えして再審が行なわれる。
 これが、新王朝の司法省が構想する新たな裁判制度の骨子だった。
 ヘレーネは、サビーネをこんな目に遭わせた奴等が、即刻死刑にならないことに多少の不満を覚えたが、大学で法律も学んでいた彼女は、フェザーンの法や市民感情に照らし合わせても、彼らの犯した罪は、極刑に間違いないことを知っていたので、ここは我慢して受け入れることにした。
 フェルナーが、ヘレーネとベアトリスそれぞれに対して命令書を手渡すと、クールビューティーの異名のあるベアトリスの表情が、はにかんだ少女のように緩んだ。
 しかし、部屋を退出し、サビーネの診断結果を告げると、途端にその顔が引き攣り、硬く結ばれた唇を微かに震わせた。
「それで・・・・フロイラインの様子は?」
 ベアトリスは、低く呟くような声で訊くと、ヘレーネは、俯いて首を左右にゆっくりと振った。
「今投与できる最善の薬で、熱は下がるし、表面上の腫れや化膿も収まるらしいわ。少しだけなら会話も可能になるかもしれないって。でも、もう内臓や脳が、手の施しようがなくて、元々根本的な治療法が確立されていない病気だから・・・」
「そう・・・」
 二人はそれっきり言葉が続かず、どちらからともなくエレベータで2階下のフロアに下り立つと、この建物内では数少ない女性用の化粧室に入った。
「うっ・・うう・・」
 ヘレーネは、洗面台の脇に手を付き、嗚咽を漏らし始めた。
 サビーネとは、姉妹らしい交流など皆無で、こんなことになる前までは、彼女の事を妹だと思うことなどないと思ってきた。実際、あのまま旧王朝が続いていれば、自分とサビーネは、血は繋がっていても、一生別世界の人間として生きていただろう。
 しかし、今のヘレーネは、紛れもなく、たった一人の肉親を失おうとしている。
「しっかりして。あなたが、最期までフロイラインを看取ってあげて。できるだけ安らかに、ヴェルハラへ旅立てるように。私にできることなら、何でも協力するから」
 ベアトリスが、涙声でヘレーネの頭を抱きしめた。
 ヘレーネは、親友の胸の温かさに、素直に身を委ねた。
 二人は、そうして暫くの間、化粧室で、薄幸の少女の為に泣いていたのだった。
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