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ハーレクインもどき −番外編(5)−
夜会当日午後。オーディン都内の某伯爵邸では、「ファーレンハイト同盟」の出陣式が執り行われていた。
「よくって? みんな。今夜は、第一ラウンドよ。お互い、フェアプレイで行きましょう」
 盟主の呼びかけ一下、全員が頷く。
 その盟主の少女がさっと右手の甲を前に伸ばすと、他の少女達も次々にその上に、同じように自分の手を重ねていった。
 その数総勢16名。ロイエンタール邸に、エルフリーデを訪ねた時よりも、明らかにメンバーが増えていた。全員、このご時世の中、かなりの無理をして、この日の為に誂えたドレスを身に纏い、髪型からアクセサリー、ハイヒールやハンドバックに至るのは勿論のこと、化粧もバッチリと決めた気合の入れようである。
「私、牡牛座だから、本来はアーダルベルト様とは相性がよくないらしいのですが、今日の午後からは、互いが気になる存在なんですって」
 一人の夢見る乙女が、うっとりと呟く。
「あら、私だってAB型で、相性微妙だけど、今日のラッキーカラーの紫を身につければ意中の人が気づいてくれるんですって」
 とは、バイオレットのドレスを着た少女の言。
「では、皆様。参りましょう」
「ええ」
 華やかな一団が、待機していた数台のリムジンに分乗すると、車は静かに走り出した。
 同じ頃、別の貴族の邸では、「ミュラーファンクラブ」「ビッテンフェルト組」「カイザーの寵姫を目指す会」等が、それぞれ当初のメンバーを倍増させつつ、同様の儀式を行っていた。
 実は意外に体育会系な帝国貴族令嬢達であった。


 晴天のこの日、ロイエンタール邸の上空には、朝から取材用のマスコミのヘリが数機旋回していた。
 経済活性化の起爆剤となることを期待し、一部メディアの取材を時間限定で許可したのである。
 中庭では、ミッターマイヤーの父が昼過ぎまで、中央にメインオブジェとして飾られる黄金獅子のトピアリーに最後の仕上げの鋏を入れていた。
 同業者への気配りも怠らない彼は、利権を独占することなく、今回の仕事を仲間の造園業者にも声をかけて分業した。それでも、一週間強の短期間での大規模工事だったため、夜を徹しての作業にも関わらず、ここまで時間を要したのだった。
 今回の工事を、ミッターマイヤーの父は、自らの造園技師としての集大成とするべく、設計に趣向を凝らした。
 黄金獅子の東西両側には、ブリュンヒルトやトリスタン、ベイオウルフをはじめとする、帝国軍の主要旗艦のトピアリーを配し、その下には、星々の海に見立てた色とりどりの花が植えられた
 作品が完成すると、周囲に集まっていた作業員や邸の人間達全員から拍手が沸き起こった。
 邸の主人も出てきて、親友の父を労う。
 庭が完成すると、待ち構えていたバンケット業者が、百人近い従業員に指示を飛ばし、素早い連携でテーブルセッティングを始める。
 夜会は、午後7時から始まる為、ミッターマイヤーの父は、一旦自宅へ戻って着替え、夫人を伴って出直してくる予定である。
 午後3時過ぎに、彼が同業者仲間と邸を去ると、入れ替わりに彼の息子夫婦が、やってきた。
 いい機会なので、他の客の来る前に、ミッターマイヤー夫妻に早めに来て頂いて、お茶でも飲みながら交流を深めたらどうかという老執事の提案に、シュヴァイツァー夫人らも後押しするので、ロイエンタールとエルフリーデも素直に従った結果だった。
 何と言っても、これから新体制の中で生きるエルフリーデにとっては、他の軍首脳の家族と知己を得るのは不可欠である。まずは、夫の親友であるミッターマイヤー元帥とその夫人と親しくなるのが肝要だと、周囲の大人たちは若い伯爵夫人に助言した。
 エルフリーデは、朝から機嫌が悪かった。
 ミッターマイヤー夫妻を迎え、四人でテラスのテーブルを囲んでも、誰とも目を合わせようとせず、終始無言でそっぽを向いている。
 気まずい雰囲気が流れる中、給仕が、ミッターマイヤー夫人から頂いたお手製のいちごタルトと紅茶を運んでくると、エルフリーデは、瞬間、ぱっと顔を輝かせて、慌てて平静を装った。ロイエンタールは、れいによって少し唇の端を上げて苦笑しただけだったが、ミッターマイヤー夫妻には、その様が好印象を与えたらしい。
「喜んでいただけて、うれしいですわ。伯爵夫人」
 エヴァンゼリン・ミッターマイヤーの涼やかな優しい声に、エルフリーデは、はじめて向かいに座るクリーム色の髪の女性と視線を交わした。
『お母様だわ・・・』
 自分と同じ色の髪をした、優しく美しかった母の記憶が蘇る。
 無論、亡くなったエルフリーデの母は、目の前の女性よりずっと年上で、もっと気品のある美貌の持ち主だったが、相手を労わるように優しく話しかける声と、柔らかな髪の色が、エルフリーデに既視感を感じさせた。
「いちごタルトは、大好物ですわ。ありがとうございます。ミッターマイヤー夫人。・・・・私のことは、エルフィーと呼んでよくってよ」
 歳若い貴婦人の不器用な親愛の情に、ミッターマイヤー夫妻は、思わず顔を見合わせて微笑んだ。
「では、私のことは、エヴァとお呼び下さいね」
 エルフリーデは、「ええ」と頷くと、自然と笑顔が零れた。家族を失って以来、恐らく、初めて彼女が他人に見せる表情だろう。
 ロイエンタールは、隣で不思議なものを見るように、暫し妻の横顔を眺めていた。
「私のお部屋へ行きましょう。エヴァ」
 エルフリーデは、夫をつんと無視して、エヴァンゼリンを促すと、傍らに控えていた侍女に、紅茶とタルトを自分の部屋に運ぶよう指示した。
「ええ、そうですわね。元帥方は、お菓子よりお酒の方がよろしいようですし」
 エヴァンゼリンは、そう言うと、あうんの呼吸の隣の夫に軽く目配せして席を立った。 二人が去ると、心得ている給仕が、さっとテーブルの紅茶といいちごタルトを片付け、代わりに黒ビールと軽いつまみを並べた。
 ロイエンタールが、自分達の分も含めて、残りのタルトはシュバイツァー夫人と侍女達で食べるよう伝えて給仕を下がらせると、ミッターマイヤーが小声で疑問を口にした。
「おい、奥方と何があったんだ? 新婚早々で、早速夫婦喧嘩か?」
 ロイエンタールとの付き合いは、10年になるが、女性が彼の前で不機嫌そうな顔をするなど見たことがなかった。女は彼を目の前にすると、老いも若きも、皆最上級の笑顔と媚態を以って接する。それが、15も年下の幼な妻の機嫌を損ねるなど、考えられないことだった。
「別に、その逆さ」
 ロイエンタールは、少しバツが悪そうに呟いて、黒ビールを呷った。
「逆?」
「ああ、昨夜ちょっと、かわいがり過ぎた。おかげで、今夜着る予定のドレスが着られなくなったと、えらくおかんむりでな。朝から口もきいてくれん」
 ミッターマイヤーは、上半身全体を使って吐息し、蜂蜜色の髪を片手でかき回した。
 これをどう解釈してよいものか、彼なりの妻への愛情表現なのだろうか?
 それにしても、愛情(とミッターマイヤーは解釈した)を示し過ぎて逆に機嫌を損ねるなど、帝国軍一の漁色家にあるまじき失態ではないか?
「まあ、今回がはじめてではないし、卿に心配してもらうほどのことではない。結婚以来、顔を合わせると大概口喧嘩になっているからな」
 ロイエンタールは、本気で心配してくれている親友を安心させるつもりで軽く言ったが、聞いたミッターマイヤーの方は唖然とした。
 帝国元帥にして、国家の元勲ともあろうものが、15、6歳の子供と喧嘩か?
 ミッターマイヤーの心配をよそに、ロイエンタールは涼しい顔で黒ビールを注ぎ足した。
 夫達が、そんな会話を交わしている時、二人の元帥夫人は、エルフリーデの自室のサロンで、あらためて向き合っていた。
 侍女が淹れ直してきた紅茶を運んでくると、エルフリーデは早速いちごタルトを頬張った。
「美味しい・・・!」
 少女らしい仕草に、エヴァンゼリンは目を細める。
「よろしかったら、今度はガドーショコラかケルシーのケーキをお持ちしましょう」
「え?これ、エヴァが自分で作ったの?」
 エルフリーデは、心底感心した。平民とはいえ、仮にも目の前の女性は、帝国元帥夫人である。お菓子作りはおろか、家事をすること自体が、エルフリーデの常識では考えられなかった。
「私は平民ですから、これが楽しみでもあるんです。うちは使用人もおりませんので、今でも家事は私が全部やっているんですよ」
 エルフリーデは、今度こそ本気で感心した。
 ラインハルトが台頭する以前の身分制度の厳しい旧体制でも、成り上がり者が全くいないわけではなかった。特に実力主義がある程度幅を利かせる軍部に於いては、数十年に一度くらいのごく稀な例ではあるが、平民出の将官が生まれることもあった。しかし、そういった人々は、大抵、生まれながらの貴族以上に豪華な邸に住みたがり、必要以上の数の使用人を私邸に雇って派手な生活に走ることが殆どだった。そして、最後にはどこかの貴族と縁戚関係を結んだり、典礼省に賄賂を贈り、血統の途絶えた貴族の家名を買って、名実供に本物の貴族となるのである。エルフリーデ達生粋の門閥貴族は、こうった成り上がり者達の成金趣味を、卑しいと軽蔑していた。
 ミッターマイヤー夫妻は、夫が30歳という若さで元帥の地位にまで登りつめたにも関わらず、相変わらず中級仕官時代と変わらぬ生活レベルで暮らし、それを当たり前のように楽しんでいる風である。
 ローエングラム王朝は、旧王朝の貴族制度自体を完全撤廃しなかったので、本来なら、三元帥や上級大将は、武勲や役職に応じて爵位を授けられてもおかしくないのだが、ミッターマイヤー元帥は、「フォンなど付けたら語呂が悪いではないか」と言って、取り合わなかったらしい。その清廉な精神に、エルフリーデは心を打たれた。
 案外、彼等のような人間こそが、本物の貴族に相応しいのかもしれない。
 だんだんと打ち解けていった時、ふと、エヴァンゼリンが、部屋の奥のドレスを着た二体のトルソーに目を向けた。
 供に最高級のシルク生地を使ったオートクチュールだったが、二着は全く正反対の雰囲気のものだった。
「今夜のご衣装ですの?」
 優しげに問いかけるエヴァンゼリンに、エルフリーデは気落ちした様子で「ええ」とだけ頷いた。
 昨日まで、彼女が今夜の夜会の為に準備していたのは、向って右側のトルソーに着せられた、21世紀風の深紅のロングドレスだった。背中とデコルテ部分の開いたエルフリーデの年頃としては、少し背伸びしたデザインだったが、自分は既に伯爵夫人であり、既婚者であるという自負もあって選んだ。
 このドレスを着て、髪も大人っぽく夜会巻きに結い上げて、貴婦人として立派にパーティーを仕切るのをこの一週間、ずっと楽しみにしてきたのに・・・。その計画を「あの男」がぶち壊した。
 昨夜、「あの男」は、ベッドの中で、何度もやめてと言うのを無視し、執拗に刻印を刻み続けた。服で隠れる部分ならいいが、肩口や首筋、胸元、背中と唇を這わせ、うなじにはしっかりと歯型までついてしまったので、髪を上げることもできなくなってしまった。
『わざとだわ。私が楽しみにしていたのを知ってるくせに、わざとこんな嫌がらせをしたのよ・・・!』
 思い出すと、また、じわりと涙が浮かんでくる。
 エルフリーデは、「ごめんなさい」と呟いて、指で涙を拭うと、今夜着るのは左側のピンクのドレスだと言った。サテンの生地にレースとシフォン生地で作った薔薇を散りばめ、背後のウエスト部分に大きなリボンがアクセントになっている、スカート部分がチュール地のペチコートで膨らみを持たせた膝下丈の可愛らしいデザインだった。この上に、白いレース地のボレロを着て、ボディファンデーションとネックレスで、首筋と胸元についた忌々しい痕は、何とか誤魔化せる。元々は、女学院の卒業式後の謝恩会で着る為に作っていたものだったので、夜会を主催する女主人のものとしては、いかにも子供っぽく感じられて、エルフリーデは不満だった。しかし、ボディーファンデーションで隠し切れないうなじの歯型を隠す為には、髪を後ろに下ろす形に結わなければならず、デザイン的にどうしてもこちらを選ばざるを得ない。
「まあ、これなら確かに、今夜の主役に相応しいですわね」
 エヴェンゼリンの感嘆の声に、エルフリーデは思わず「え?」という目を向けた。
「だって、このドレスを着こなせる女性は、今の帝国の高官夫人の中で、伯爵夫人、いえ、エルフィーだけですわ。一番目立つことは、間違いありませんわ。カイザーに皇妃がいらっしゃらない以上、私達軍首脳の妻も、各尚書のご夫人方も、今夜は皆、あなたの引き立て役ですわ」
「ほんと?」
 沈んでいたエルフリーデの表情が、僅かに緩んだ。
「ええ、きっと報道されれば、今夜のベストドレッサーと評されますわ」
「・・・・そうかしら?」
 今日初めて、エルフリーデの表情に生気が宿った。
 部屋の端に控えていたシュバイツァー夫人と侍女達も、女主人のご機嫌が良くなったことにほっと胸を撫で下ろした。
『ミッターマイヤー夫人・・・・』
 彼女達が別の時代に生まれていたら、その後に『グッジョブ!』と続けたことだろう。「このお色も、きっと映えますわよ」
 ライトブルーのカクテルドレスを着たエヴァンゼリンは、そう言って優しく微笑した。
「ありがとう、エヴァ。そう言って頂けると、なんだか本当にそうなるように思えてくるわ」
「ほほほ・・・・楽しい夜会になりそうですわね」
 和やかな時間が流れた。
『やっぱりこのドレスを着て来て正解だったわ』
 エヴァンゼリンは、一人胸の裡で頷いていた。


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 今朝方チェックした彼女の星座の「今日の運勢」を思い出していた。
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