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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(5)
『結婚・・・・私が・・・・』
 一方、エルフリーデの方は、叔父にはああいったものの、部屋に帰ると冷静さを取り戻した。
 確かに、叔父の言うことは一理あるかもしれない。
 帝国中枢の勢力図が急速に描き変わっていくのは、世間知らずなエルフリーデにさえ感じられるくらいだ。
 そんな中で、最高権力者たるローエングラム公が、潜在的敵対勢力として、自分達を一掃したがっているとしたら、身を守るには叔父の提案が最も有効かもしれない。現に公の姉君の友人であるシャフハウゼン家は、こうして安泰なのである。
 エーリッヒが亡くなって、自分はもう結婚などしないつもりだったが、考え方を少し変えてみれば、エーリッヒ以外なら、誰としても同じだとも思える。
 最早、帝国貴族の栄光は地に落ち、エルフリーデが自分に相応しい身分と器量を持つと認められるような男性は存在しなくなったと言っても過言ではない。
 嘆かわしいことに、今、帝国を支配しているのは、下賎な身の下級貴族と平民達であるのだ。ならば、一族を守る為に、不本意だが自分が彼等の誰かと結婚するのも、已む無しではないか。元々自分達貴族は、愛情よりも政略で結婚してきたのだ。
「結婚」というものが、まだ書類上や法律上のものとしてしか実感できないエルフリーデは、一夜考えてこう結論付けた。
 また、エルフリーデにとって、早く結婚することは、他にも利があった。
 家族を一度に失い、自動的に家門を継ぐことになった伯爵令嬢に、典礼省は、良識的な裁可を下した。即ち、彼女はまだ未成年であり、女性であるので、爵位を正式に継ぐのは、成人後か結婚後とする、というものだった。
 成人するのを待つとすれば、あと5年近くある。すぐにでも一族を流刑地から解放し、伯爵家の資産を自由に使って彼等を保護したいエルフリーデには、5年は長く感じられた。
 ならば、結婚するのが一番の近道だ。
 自分はもうすぐ16歳になる。背だって昨年から5cmも伸びたし、胸も膨らみを増して女らしい体型になった。もう大人だ。結婚だってできるはずだ。16歳の少女の無邪気さで、エルフリーデは、そう考えた。
 しかし、現実は、彼女の思い通りにはいかなかった。
「それは、いくら何でも無理ですよ。フロイライン。あなたはまだ15歳ではありませんか」
 出来るだけ早く結婚したいので、条件に合った相手を探して欲しいと願い出たエルフリーデに対し、シャフハウゼン子爵は、困惑ぎみに否定した。
「どうしてですの? 来月には16になります。私自身が結婚したいと言っているんです。早く結婚するには、できるだけ早くお相手探しをした方がいいでしょう?」
 エルフリーデには、何事も慎重を期する子爵の態度が、時に歯痒い。
「それは、確かにそうですが、今、民政省が民法の改正に関する法案をまとめている最中です。婚姻に関しては、今まで年齢についての法的な規制がなかったのを、ローエングラム王朝では男女共に18歳以上に定められる見通しなのです。ですから、その時期にまだ18歳以下のご令嬢が無理に結婚などしたら、かえって公のご不興を買うことに・・・・」
 ゴールデンバウム王朝下では、歴代の皇帝が10代半ばの少女を後宮に入れる例が絶えなかったこともあり、法律で結婚可能年齢を定めていなかった。その為、後宮の外でも、幼女の人身売買まがいの婚姻の例がしばしば見られた。カール・ブラッケ等の開明派の官僚は、これを社会道徳上好ましくないとし、長年法規制を主張してきたが、フリードリヒ4世の治世下では実現しなかった。それが、ローエングラム公が実権を握り、漸く民法の改革に着手できる運びとなったのだ。元々、姉の後宮入りが切っ掛けでゴールデンバウム王朝の打倒を決意し、後宮制度に強い嫌悪感を抱いているラインハルトも、この法案を積極的に支持し、新王朝の発足と同時に施行される予定だった。
「じゃあ、18歳以下の者は、どんなに望んでも結婚できないということですか?」
「いえ、16歳以上で特に本人同士が強く望み、それを所轄の民事裁判所に申請して認可されれば可能ではあります。或いは、皇帝陛下の格別の思し召しがあれば・・・・」
 子爵は言葉を濁した。この場合の『皇帝陛下』とは、既にラインハルト・フォン・ローエングラムを指していた。つまり、法律はどうあれ、彼自身と彼が認めた人間に限っては、法の制約を受けないということである。
 帝国騎士生まれの男が、皇帝になること自体、エルフリーデには許しがたかったが、今は耐えるしかないとも思っていた。
「では、16になったら皇帝陛下に願い出て結婚します。条件に合った方で、結婚を承諾して下さる方を探して下さい」
 まるで職の斡旋でも頼むかのような言い方に、子爵は苦笑を禁じえなかった。
 エルフリーデが出した結婚相手の条件は、非常に明快だった。
 まず、皇帝となるラインハルトは除外された。
 本来なら、彼女の目的達成の為には、ラインハルト本人を配偶者とするのが最も手っ取り早いはずであった。にも関わらず、それを真っ先に回避したのは、ラインハルトがエーリッヒを処刑した張本人であったことに他ならない。また、エルフリーデは、同級生達が揃って憧れていた比類なき美貌の若者に、何故かあまり魅力を感じなかった。美男子と評判で、社交界で人気だった叔父のゴットルプ子爵に対しても、なぜあんな軽い男を貴婦人方が持て囃すのか、理解できなかった。きっと、自分は、見た目では異性に惹かれないタイプの人間なのだと、エルフリーデは自身をそう分析して結論付けていた。
 エルフリーデが望む配偶者の第一条件は、新体制内で権力と政治力を併せ持ち、新皇帝も一目置く程の重臣であることだった。無論、その妻の一族を簡単に粛清したりできないような重要人物という意味でもある。
 そして、できればコールラウシュ伯爵夫人の称号を持つ自分に少しでもつり合うよう、爵位を持っている人物が望ましい。が、平民と下級貴族を重用するローエングラム王朝ではそれが難しいなら、最低『フォン』の付く貴族であることも条件だった。
 更に言えば、これは決して子爵には言えないことだったが、何時の日かローエングラム公に取って代われるだけの実力と野心を兼ね備えた男・・・・自分の一族に、再び栄光を齎してくれる男・・・・それがエルフリーデが真に望んだ夫の条件だった。
 年齢や容姿については、特に希望は述べなかった。
「わかりました。何人か条件に合う方に打診してみましょう」
 シャフハウゼン子爵は、根負けしたように頷くと、記憶にある若手官僚や軍首脳部の独身者を思い浮かべた。
 しかし、エルフリーデの言う条件を満たすのは、容易なようで、実は非常に難しかった。
 まず、シャフハウゼン子爵が見当をつけたのは、新王朝で入閣が確実視されている閣僚と次官クラスの官僚の中の独身者及び、既婚者の子息だった。官僚貴族の一族に生まれ育ったエルフリーデには、やはり官僚の妻が似合いと考えたのである。
 しかし、30代から50代の彼等の中で貴族の独身者は一人もおらず、逆にその息子となると、子供か十代の少年で、まだ縁談など持ち込める年齢ではなかった。唯一、内務尚書に内定しているオスマイヤーには25歳になる息子がいたが、生憎と婚約者がいた。しかも、彼は貴族ではなかった。かといって、次官以下の部課長クラスの官僚となると、平均年齢はぐっと下がり、貴族の子弟も多い半面、エルフリーデが望む権力や新皇帝も一目置くような政治力を有している者などいなかった。第一、元々軍部独裁の傾向が強いローエングラム体制の中で、文官の地位は、名目上はどうあれ、武官に比べて低く、新皇帝に対する影響力の点でも比較にならなかった。
 それでもシャフハウゼン子爵は、何人かの貴族出身の官僚に、秘密裏に縁談を持ち込んだが、皆、エルフリーデの「結婚するに際して、未だ流刑地にあるリヒテンラーデ一族の釈放を皇帝に嘆願する」という条件に、尻込みしてしまう。
 せっかく運良くリップシュタット戦役を生き延びた彼等にしてみれば、下手に旧体制派を擁護して、同僚達から孤立するのは避けたいところなのだ。それに何より、そんなことを具申して、新皇帝の不興を買うのを怖れた。今は誰もが、余計な敵を作りたくないと思っているご時世である。
「ならば軍人でも構わないわ」
 シャフハウゼン子爵が、芳しくない首尾を伝えると、エルフリーデは迷うことなくそう言った。
「しかし、ローエングラム公の幕僚達は、皆平民か下級貴族です。門閥貴族のご令嬢と、生活できるとは思えませんが・・・・」
「子爵、私は夫になる人と大恋愛をして、仲良く暮らす為に結婚したいのではありません。全てはマリア・アンナ達を流刑地から戻して、リヒテンラーデ一族の名誉を回復させる為です。その為なら、何だって我慢できるわ。そうよ、収容所に入れられた友人達のことを思えば、軍の官舎にだって住めます」
 15歳の少女の言葉とは思えぬ過酷さに、シャフハウゼン子爵は唖然とした。
 この目的遂行の為には、自らの犠牲も厭わず手段を選ばない冷徹さは、流石にリヒテンラーデ一族の血と言うべきか、それとも、まだ結婚することの意味を認識できていない子供故のものなのか、シャフハウゼンには暫し判断がつかなかった。
 脇から、それまで黙って話しを聞いていた子爵夫人が思わず口を挟む。
「私は、フロイラインの将来のことを心配しているのです。今、結婚を急がれて、後々後悔することになりはしないかと。フロイラインはまだお若いし、こんなにもお美しいのですから。この先まだまだ楽しいことだっていっぱいあるはずです。いつか、フロイラインに相応しい殿方が現れて、恋をすることだって・・・・」
 その言葉には、平民と貴族の身分を越えて結婚に至った女性の実感がこもっていた。
「いいえ。私は後悔なんてしません。それに、私、恋なんてしないわ。私は貴族なんですもの、結婚は家の繁栄のためにするものと思っています」
 幼さの残る声で精一杯の虚勢を張る令嬢に、子爵夫妻は同時に嘆息した。
「わかりました。フロイラインがそこまでおっしゃるなら、軍首脳の独身の方に話しをしてみましょう。ただ、あなたが望まれる条件を備えた人物がいればよいのですが・・・」
 シャフハウゼンは、そう言って渋々令嬢の要求を聞き入れた。


 翌日、シャフハウゼン子爵は、軍内部の事情に通じているエルフリーデの叔父ゴットルプ子爵エドアルドと、ゲルラッハの逮捕と同時に職を解かれた元政務補佐官ワイツ、そして、新王朝の侍従長に内定している弟のハッセルバック男爵の3人を自邸に招き、エルフリーデの結婚の件を相談した。
 シャフハウゼンとしては、本音を言えば、条件に適う相手がいないか、いても相手の方から断ってくるかして、エルフリーデに結婚を思い留まらせたかった。
 しかし、現体制の中で完全に脇に追いやられた元リヒテンラーデ派のワイツとしては、この話しに飛び付きたいところだった。
「いっそのこと、新帝陛下のお妃候補として推挙しては?」
 ワイツは勢い込む。
 しかし、それをエドアルドが言下に否定した。
「それは、ダメですね。エルフリーデ自身がそれだけは承知しますまい。あれにとって、何と言ってもローエングラム公は、親族の処刑を命じた当人なんですから。それに、我々がリヒテンラーデ一族の娘を新皇帝陛下の妃に冊立するべく画策をしていると知ったら、あの義眼の総参謀長閣下がどう思われるでしょうかね?」
 後半の一言で、ワイツは身震いした。
 冗談ではない。ゲルラッハが自裁させられた時、首の皮一枚で命が繋がったというのに、あの冷酷無比なオーベルシュタインに睨まれては今度こそ命はない。
 幸い、当のエルフリーデがローエングラム公に良い感情を持っていないと知り、ワイツは即座に自分の提案を取り下げた。
 実は、エルフリーデがラインハルトを忌避したのは、エーリッヒの件以外にも理由があった。
「不敬罪になりかねないから、ここだけの話しだけど、宰相閣下は、もしかしたら特別な嗜好の持ち主なのかもな」
 過日、エドアルドが訪問した際、茶飲み話にそんなことを言っていたのを聞いたからだった。ここで言う『特別な嗜好』とは、ルドルフ大帝以来、ゴールデンバウム王朝下では迫害され続けてきた同性愛嗜好者のことである。それは、旧体制の価値観を絶対視するエルフリーデにとって、唾棄すべき輩だった。
 ラインハルトは、その巨大な権力と地位にも関わらず、女性関係の噂が全くと言っていいほど聞こえてこない。エドアルドは、宰相府で彼の傍近く仕えるようになって、それが厳重にプライバシーをガードされた結果ではなく、本当に女性との接触がない為であることを知って驚いた。エドアルドの立場上、宰相閣下に近づく為に娘や妹を差し出そうとして失敗した貴族や官僚を何人も見ていたのだ。どうやらローエングラム公は、全く据え膳を食わないらしい。かと言って自分から女性を求めるふしもなく、公と並んでも見劣りしない程に美しい首席秘書官に対しても、今のところ職場の上司と部下の線を越えていないようだ。このようなラインハルトの性癖が、エドアルドのような人種にとっては理解不能であり、故に同性愛者ではないかと誤解するのも無理からぬことではあった。
 また、危険を察知する嗅覚に優れたエドアルドは、旧体制を象徴する立場である自分の姪を新皇帝の妃にすることで、No.2不用論を標榜するオーベルシュタイン総参謀長の粛清リストに名を連ねることを怖れた。既に新帝国の軍務尚書に内定しており、誰よりも謀略に長けた男を敵に回すには、リスクが大き過ぎる。故にエドアルドは、同性愛嗜好に関しては実のところ半信半疑ではあったが、さりげなくエルフリーデの気持ちがローエングラム公から遠ざかるように仕向けたのである。
「しかし、そうなると、ご令嬢のご期待に添える御仁などおりますまい」
 そう言ったのは、ハッセルバック男爵である。
 軍部の中で、エルフリーデが望むような権力や新皇帝への影響力を持つ人物となると、最低でも将官クラスということになる。
 旧体制下に比べ、実力主義が徹底されるようななった軍部は、人事が刷新され、若い将官が増えたが、それでもエルフリーデと年齢的につり合うような人物は稀で、ましてそれに独身者であることと貴族であるという条件が加わっては、対象者は皆無だった。
 先の出征前の時点では、最も条件を満たしていると思われた男爵家の次男、イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン中将は、バーミリオン会戦の失態で閑職に追いやられてしまい、新政権内での権力も発言力も失ってしまった。
 若く有能で、人物も申し分ないとされるミュラー提督やバイエルライン提督は平民の出だった。
 結局、その場に集まった4人の男達が導き出した結論は、エルフリーデの出した条件を満たしている人物は、以下の3名しかいないということだった。

 元帥、軍務尚書に内定しているオーベルシュタイン上級大将。38歳。
 元帥、統帥本部総長に内定しているロイエンタール上級大将。31歳。
 上級大将への昇進が確実視されているファーレンハイト大将。34歳。

 いずれも「建国の功臣」と言うべき最高首脳だが、この3名はそれぞれに難があった。
 まず、オーベルシュタインは、謀略と政治手腕はローエングラム陣営中随一の存在であり、敵に回せば恐ろしい男だが、逆に味方にすることができれば、一族の安泰を図るのには最も好都合と言えた。その点ではエルフリーデの目的に適う。ただし、彼は先天性の障害の為両目共義眼という身体であり、優生学上の問題からも結婚相手としての適正を欠いていた。本人もそれを自覚しているのか、貴族であり、あれほどの地位にあるにも関わらず家庭を持つ意思を見せないし、彼の為人を知る周囲の誰も結婚を勧める者はいなかった。38歳という年齢も、亡くなったエルフリーデの母親と同年であり、それもシャフハウゼンには抵抗があった。
 次にロイエンタールは、3人のうちで最も若く、ローエングラム公の信頼の篤さでも一番と言えた。単なる軍人に留まらず、政治力もあり、彼が具申すれば、恐らく新皇帝も流刑に処されているリヒテンラーデ一族に恩赦を与えると思われる。身分は下級貴族だが、母親は伯爵家の出身であり、父親からの莫大な遺産で、門閥貴族に劣らぬ豪奢な生活を営んでいるらしい。権門の伯爵令嬢であるエルフリーデが、最も無理なく生活を共にできそうな相手と言えた。ただし、彼が漁色家であることは有名であり、その素行の悪さにに眉を顰める人間も少なくない。
 最後にファーレンハイトだが、勇将と謳われるわりに穏やかな人格で、僚友の信頼も篤く部下にも慕われる人物として知られている。ただし、彼は良くも悪くも生粋の軍人であり、エルフリーデが期待するような政治力の持ち主ではない。一応貴族ではあるが、家は貧しく「食う為に軍人になった」と言って憚らない男である。今は将官用の立派な官舎に住んでいるものの、昔の習慣が抜けきらないのか、生活は質素であるらしい。
 以上を鑑みて、シャフハウゼン等は、議論の末、この縁談をロイエンタールに持ち込むことに決めた。シャフハウゼンとしては、漁色家の彼が断る可能性が高いことを前提としてのことであったが、エドアルドとワイツの二人は、あわよくば、名将の中の名将と言われる次期統帥本部総長と誼を通じることを期待した。
 ロイエンタールには、次期侍従長であるハッセルバック男爵から、ローエングラム公にも一応ことわった上で、この縁談を持ち込むことにした。
 互いを引き合わせるのは、戴冠式の6月22日、新皇帝即位の祝賀パーティーでという手筈となった。
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