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食うために軍人になった女達 −ハーレクインもどきスピンオフ小説(4)−
 翌8月29日1900時、ヘレーネは、統帥本部ビルのロビーにいた。
 昨夜、コンラート・リンザーに全てを打ち明けた彼女は、その後、彼と話し合い、サビーネを専門医に診せた上で、軍属の家族として、9月17日発の民間船でフェザーンへ搬送する相談を明け方までした。
 その結果、まず、サビーネの現状をリンザーの上官のワーレン提督を通じて憲兵隊と皇帝に正直に報告し、現在、彼女が罹っている病気の研究が帝国内で最も進んでいて、フェザーンの病院とも連携できるジークリンデ皇后恩賜病院の感染症科での診察が可能になるよう要請することになった。
 当初、カルツ夫人から聞いたリヒテンラーデ一族の子供が処刑されたことを理由に、サビーネの存在を明かすことを躊躇っていたヘレーネに、リンザーは、いざとなったら、この身に替えても守ると言って説得した。
 また、ローエングラム王朝になってから、連座制が法的に廃止され、皇帝もそれに従う意向であることから、万が一にもサビーネを秘密裏に処刑したりしないだろうと言う。
「俺は、リヒテンラーデ一族の事はよく知らないし、皇帝陛下には一度しかお目見えしていないが、少なくとも今の陛下が何の力もない15、6歳の娘をわざわざ法を破ってまで処刑したがるとは思えないんだ。それに、俺は、俺を助けてくれたキルヒアイス提督と、今の上官のワーレン提督を信じている。だから、お前も俺を信じて欲しい」
 熱く語るリンザーに、ヘレーネは、じっとその目を見詰めながら頷いた。
「ええ、わかったわ。あなたが信じる人達を、私も信じます」
 こうして、ヘレーネは、サビーネの件をリンザーの助言に従って動くことに決めた。
 リンザーは、翌29日は、彼の司令部への初登庁日でもある為、さすがに出仕しないわけにいかなかったが、いっそ早い方がいいと考え、思い切ってワーレンに面会して、サビーネの事を話した。
 ワーレンは、少し驚いたものの、やはり彼が予想した通り、罪に問われることはないだろうと言うと、皇帝には今日中に謁見を申し込み嘆願することも約束してくれた。17日発の民間船のチケットも、事情が事情故、優先して取れるよう取り計らってくれるという。
 リンザーは、恐縮して敬礼すると、ワーレンは、「ただし、」と言って一瞬厳しい目を向けた。
 歴戦の勇者の威厳に、リンザーの背筋に緊張が走る。
「現在も、憲兵隊の一部署では、旧王朝の王位継承権上位保有者で、所在不明の者の行方を捜している。この件は、俺から憲兵総監にも報告させてもらう。令嬢には、身辺警護が付くことになるだろう」
 リンザーの表情が一瞬曇ると、ワーレンは、いつもの親しみ易い紳士の顔に戻って微笑した。
「安心しろ。これはむしろ、ご令嬢の安全の為だ。本人にその気が無くとも、担ぎ出そうとしそうな輩が、まだ完全にいなくなったとは言い切れんのでな」
 ワーレンの説明で、リンザーもやっと納得した。
「卿には、明日、そのシェリング准尉とやらと一緒に、寝台車で令嬢を搬送するよう命じる。時間や護衛の兵士の数は、追って連絡させる」
 リンザーは、その言葉に、何か言いかけたが、ワーレンは、義手でない方の手でそれを制した。
「ああ、わかっている。令嬢の警護には、憲兵隊の兵士ではなく、警察から私服の婦人警官あたりを派遣するよう要請するつもりだ。病院の担当医も、出来る限り女医にするよう言っておく。それでいいか?」
 リンザーは、ワーレンの意外に細やかな気遣いに感激しながら、再度敬礼して部屋を辞去した。
 リンザーは、早速、首尾をヘレーネの端末にメールで知らせると、後ほど詳細を直接話して決めることにした。
 ヘレーネは、いよいよ事態が動き出したことを実感すると、アンナとアレクサンドラにも、今まで隠していたことを打ち明けねばならないと思った。
 ベアトリスを入れて、退庁後に4人で会うことになったが、話の内容が内容だけに、アデナウアー家で夕食を摂りながらということにした。
 この日、4人の中で一番仕事が長引くことになったアレクサンドラを待つ為、彼女の勤務する統帥本部ビルのロビーに集合することになったのだが、19時過ぎになって「あと20分待ってて」というメールが入った。
 ヘレーネを含めた3人は、ロービーの端のソファーに腰掛けて、フェザーン移転に伴う業務のこと等、当たり障りのない話をしてアレクサンドラを待っていたが、ふいに入り口付近でざわめきが聴こえ、3人とも声のする方に目を向けた。
 現れたには、派手ではないが、いかにも高級そうな仕立てのいい薄いブルーのドレスを来た、クリーム色の髪の美少女だった。
 あまりに場違いな風情に、彼女が有名人でなければ、ビルを間違えて入ってきたと誰もが思ったことだろう。
 少女が受付に近づくと、係官は問い掛けられる前に立ち上がって敬礼し、近くの椅子を勧めた。間もなくして、専用エレベーターから佐官の制服を着た軍人が現れると、彼女を案内して2人はエレベーターに消えていった。
「コールラウシュ伯爵夫人じゃない? 何しに来たのかしら?」
 アンナが興味深げにエレベーターの方を覗き込んで言った。
「何って、ロイエンタール元帥のところに来たに決まってるでしょ? 旦那様の仕事が終わるのを待って、これからデートじゃない?」
 ベアトリスが、平凡な答えを言うと、アンナはふぅっと、溜息を吐いた。
「いい気なものね。勝ち組は。あのドレスだって、きっと、私達の月給分くらいするわよ。持ってるハンドバックも、多分、オーダー品よ」
 元は貴族相手に高級品の販売をしていた豪商の娘であるアンナが、目利きを発揮した。
 隣で黙って聞いていたヘレーネも、密かに同意せずにいられなかった。
 門閥貴族達が滅び、民衆の為の新政権が誕生したと言っても、彼らが完全に滅びたわけではなく、こうして一部は未だ政権の中枢で健在である。
 その粋たる例が、あの歳若い伯爵夫人と、マリーンドルフ父子であると言われている。
 特に、国務尚書という閣僚の筆頭に就いたマリーンドルフ伯爵に至っては、親の七光りならぬ娘の七光りだと密かに陰口を叩く人間も少なくなかった。
 確かに、建国の功臣に相応しい功績のある娘と違い、これまで中央政界で何の実績もなく、公職にすら就いていなかった人物がいきなり国務尚書となれば、いかに皇帝親政の体制とはいえ、それも致し方なしと言えた。
 ただ、幸いにも、マリーンドルフ伯は、その温和な人柄と人徳とで、職務を無難にこなしていたので、大きな不満に発展することはなかった。
「そうそう、今度、皇帝首席秘書官のフロイライン・マリーンドルフが、私達女性同期20人を招いて、フェザーン移転前にお食事会を開いたいんですって。それで、みんなの都合を聞いてまとめるよう言い付かったんだけど、どう?」
 大本営勤務のアンナが、思い出したように2人に訊いた。
 ヘレーネは、即座に、
「今、そんな暇ないわ。私は欠席にしておいて」
 と、素っ気無くと断った。
 これだから、門閥貴族のお姫さまは困る。早速、私達を家来扱いかと内心憤った。
「あら、彼女の知己を得ておいて損はないと思うわ。完全な軍人ではないとはいえ、なんてたって、大佐待遇のお方よ。准尉の私達からしたら、普通ならなかなか口も効けない雲の上の方じゃない。彼女が女性でありながら、佐官待遇になったことで、私達にも将来の先鞭がつけられたことになるわ。それに未来の皇后陛下かもしれないし。出世を考えるなら、仲良くしておいて絶対お得な相手よ。暇がなければ無理にでも作ればいいわ」
 屈託なく打算的な発言をするアンナに、ヘレーネとベアトリスは同時に苦笑した。
「それでも、私は、そこまでしてあの人に好かれたいとは思わないわ。それで出世できないなら、別にそれでもいい。第一、彼女が大佐待遇だからと言って、この男性社会の帝国で私達にも同じチャンスがあるなんて思うのは甘いわ」
「あら、ヘレーネは、フロイライン・マリーンドルフが嫌いなの? 私も話したのは、初めてだったけど、彼女感じのいい人よ。サーシャが言っていたけど、学生時代から、貴族令嬢なのに気さくで、平民や下級貴族の同級生にも分け隔てなく接してたって。ほら、サーシャ、学部は違うけど、同じ大学の出身だし」
 ヘレーネにとって、マリーンドルフ伯爵令嬢は、好き嫌い以前の問題だった。
 彼女は、根本的に門閥貴族という人種を信用していない。
 昔は、末端の平民として育った人間の本能的な不信感に因るものだったが、自分を見捨てた父親や婚約者の仕打ち以来、更に門閥貴族不信は根深いものとなっていた。
 勿論、頭では、貴族にも色々な人間がいるし、彼らにも彼らなりの気苦労もあることは承知している。実際、男爵家の養女として過した2年半あまりの日々も、決して楽しいことばかりではなかった。
 だが、理不尽な方法で肉親を次々と奪われたヘレーネにとって、自分達は絶対安全な場所に居ていくらでも正論を吐ける立場の人間に、心を許すことはできなかった。
 そして、誰よりも、そういう安全圏にいる貴族を否定し、自ら先頭に立って戦うことで平民兵士たちの支持を得てきたはずのラインハルト・フォン・ローエングラムが、いかに智謀に優れていようと、門閥貴族の女性を、側近として重用しているのを知って、彼も所詮男なのだなと思った。建前では、貴族を否定しながらも、本音では美しいお姫様を求める。それはきっと、あのお人形のような伯爵夫人を妻にしたロイエンタール元帥とて同じなのだろう。
 ヘレーネは、そう思いながらも、特に自分と同年代のヒルダに対しては、嫉妬心もあって偏見で見ていることも充分に自覚している。
 少し前に、民営放送のソリビジョンをつけていて、偶々見たマリーンドルフ国務尚書のインタビュー映像で、娘のことに話が及んだ時、彼の娘への愛情を垣間見て以来、自分の実の父と比して、尚更その思いを強くしていた。
 インタビュー自体は、そろそろお年頃でもある令嬢の結婚についてどう思うかという、少々ゴシップ的な他愛のないものだったが、それに対して伯爵が、娘の意思を尊重し、特に年齢には拘っていないし、本人が望むなら、独身のままで仕事を続けても構わないとさえ言い切った。
 温和な口調で、良識的なことを言っているが、これは名門の帝国貴族の当主としては、革命的とも言える発言だった。
 ヘレーネが知る限りでは、自分がそうであったように、門閥貴族にとって、娘など政略の手駒に過ぎず、当人の意思など無視されるのが当たり前だ。
 伯爵の言葉に、インタビュアーも視聴者の殆ども賞賛を惜しまなかったであろうし、実際そのような主旨で作られた番組だったが、ヘレーネは、何ともいい様のない、怒りにも似た気持ちが胸の底から湧き上がった。
『世の中には、こんな幸せな女性もいるのか』
 創造主とは、何と不公平で残酷なのだろう。
 この帝国で、生まれながらに何不自由のない暮らしができるだけでなく、あくまでも彼女の意思を尊重してくれる優しく立派な父親を持ち、美貌と才知に恵まれた女性。おまけに、このご時世にも関わらず、家門も財産も安堵され、何一つ失っていない。勿論、門閥貴族故、ヘレーネのように、近しい身内の戦死という悲劇とも無縁だろう。
 フロイライン・マリーンドルフという女性個人は、きっと、性格も気質も申し分のない人物なのだと思う。だが、彼女が現在のところ、皇帝のお妃候補ナンバー1であるとの報道を見聞きする度、ヘレーネは、国家権力によって遺体も戻らぬまま葬儀を執り行った従兄弟達や、門閥貴族に人生を翻弄された母のことを思い出さずにはいられなかった。それは、この帝国の平民の殆どが多かれ少なかれ経験している痛みでもある。
 そして、皇妃ヒルダ待望論を聞く度に、いつもこう思うのだ。
 
 この痛みを知らない女性が、また、我々帝国人女性100億人の頂点に立つのか、と。
 無論、ヒルダとて、自分で選んで門閥貴族に生まれてきたわけではないことは、解っているし、同じリスクを背負っていない人間には従えないというのも、間違っているとも思っている。しかし、ヘレーネの思いは、いみじくも、自ら前線に出て、敵の砲火に身を晒しながら戦功を立ててきたラインハルトを多くの一般兵士達が支持する心境と通じるものがあった。
 だいたい、フロイライン・マリーンドルフという人は、何の不満があって、わざわざ自分が特権を享受していた世界を壊す側に廻ったのだろう?
 非主流とはいえ、門閥貴族の彼女は、自分達平民のように、権門や国家による理不尽など経験していないはずである。
 今や対極の立場にいるサビーネの無残な姿を思うと、その動機不明な行動も、ヘレーネがヒルダに心酔できない理由の一つだった。
「あの人のことが、好きとか嫌いとかじゃないのよ。私は権勢を振るっている門閥貴族が嫌いなだけ。彼女は、所詮特別なのよ。身分制度が事実上崩壊したと言っても、私は必ずしもそうは思わないわ。だいたい、彼女の才知が、最初に当時のローエングラム候のお目に留まったのだって、彼女が伯爵令嬢だったからじゃない? もし、私達が『お味方します』と言って元帥府を訪ねたって、門前払いだったわ。いくら智謀に長けていても、まず、それを、決定権を持つ人間に見せられる場所まで辿り着かないことには始まらないでしょう? 彼女と我々とは、スタート地点からして違うのよ」
「まあ、確かにね。彼女は私達みたいに、面倒な採用試験なんて受けていないんだし・・・」
 ヒルダ擁護だったアンナが、論破された形で意気消沈すると、ベアトリスの冷静な声が割って入った。
「私は、2人とは少し違う見方をしているの。私は、むしろ、今のフロイライン・マリーンドルフの地位は、低すぎるくらいだと思っているわ。だって、考えてもみて。彼女のハイネセン奇襲作戦がなければ、ローエングラム王朝そのものが存在しなかった可能性が高いのよ。彼女の功績は、軍の階級で言えば、3元帥にも匹敵すると言っていいわ。それなのに、彼女は、元帥どころか、将官待遇にもなれず、大佐待遇で、首席とはいえ秘書官のままだわ。軍で元帥にしろとは言わないけど、文官なら尚書クラスの待遇が然るべきと思うわ。これは、つまり、女は所詮、男と同じかそれ以上の働きをしても、男と同じ基準での出世はできないという証明ではないかしら?」
 目から鱗とはこのことだと、ヘレーネとアンナは思った。
 ヒルダに対する反発心とは別として、出世の男女間格差という点では、確かにベアトリスの言う通りかもしれない。
 神々の黄昏作戦以降に従軍した他の軍首脳は、皇帝即位後、皆上級大将以上に昇進しているにも関わらず、彼らに劣らないどころか、功績第一と言って過言でないヒルダが、大佐待遇で、各艦隊の副官クラスの階級というのは、どう考えてもおかしい。
「フロイラインのお歳で、尚書というのはあまりにも飛躍しているから、代わりに父親のマリーンドルフ伯を・・・ということになったんじゃない?」
 アンナがこじつけのような意見を言ってから、すぐさま自分で「違うか・・・」っと、笑った。
 23歳の下級貴族出身の青年が皇帝に即位した王朝である。22歳の尚書が生まれても、何の不都合もないはずである。あるとすれば、やはり女性だという点に尽きるだろう。500年近く、女性閣僚も女性提督も存在しなかった帝国に於いては、女が男の中で働くということは、まだまだたくさんの壁があるのだろう。
「でも、大佐待遇ということは、彼女、私達の10倍は給料貰ってるわよ。父親は国務尚書で、家門も財産も残ってるのに、その上まだ稼ぎたいのかしらね」
 ヘレーネは、やっかみと自覚しつつ、ぼやいてみせた。
 自分も他の3人も、皆家族を養い、自分自身が食べて行くために働いている。そんな自分達からしたら、ヒルダのさぞ優雅であろう生活が、どうしても癪に障る。
「もう、このくらいにしておきましょう。こんなところで、話す話じゃないわ。誰に聴かれているかもわからないでしょ?」
 ベアトリスが、周囲を見渡しながら小声で促した。
 年齢は若くても、一番大人なベアトリスの発言に、他の2人も素直に頷く。
 ローエングラム政権になって以来、不敬罪を除いて言論の自由が認められたとはいえ、まだまだ軍や体制に対する批判ともとれる発言には、憲兵隊が目を光らせている。どこに盗聴器が仕掛けられているとも限らない。
「それもそうね。軽率だったわ。まあ、私達、こうして仕事があって給料が貰えるだけ、幸運な方よね。それさえ叶わない人達が、まだ大勢いることを思えば」
 アンナの前向きさに、ヘレーネもすぐに同意した。
 その時、再びざわめきが起こり、周囲の軍人たちが一斉にその場で敬礼をした。
 ヘレーネ達3人も、対象が判らないまま条件反射で立ち上がって敬礼をしたが、すぐにそれが、専用エレベーターから降りて来た元帥に向けられたものであることが判った。
 ついこの前まで、電子週刊誌の常連であった美丈夫が、まだ幼さの残る妻と腕を組んでビルの正面出口へと歩いていく。
 ヘレーネは、つんと取り澄ました伯爵夫人に、時折視線を向ける帝国軍一の漁色家の姿を少し意外な気持ちで見ていた。
 彼女の直感では、元帥の方が、随分と妻にご執心に見えたのだ。
 そう言えば、この前、サビーネを訪れた時、カルツ夫人から、彼女とサビーネは、貴族女学院の同級生で仲が良く、内戦前はよく互いの邸を行き来していたと聞いていた。
 コールラウシュ伯爵家は、宰相だったリヒテンラーデ公の急死後、当時のローエングラム候に忠誠を誓約したか否かで明暗を分けた一族の中で、上手く立ち回って粛清を免れた家の一つだった。ただし、その後、門閥貴族派残党による爆弾テロで、令嬢一人を残して一家は全滅した。唯一生き残った令嬢も、他家の庇護下で、流刑になった一族の赦免に奔走していたが、最終的にロイエンタール元帥との政略結婚で、その望みを果たした。
 カルツ夫人も、オーディンに戻った当時、貴族としての資産を安堵されている彼女に助けを請おうか迷ったそうだが、結局、当人よりも周囲の大人達の思惑を把握できず、危険と判断して思い留まったそうだ。
 しかし、そんなことに何時までも注意を払っている間もなく、すぐ後のエレベーターからベルゲングリューン大将等と共に、アレクサンドラ・シェスターの姿が現れた。


 無人タクシーに相乗りし、午後8時ジャストにアデナウアー家に着いた4人は、そのままベアトリスの母が用意してくれた夕食で、食卓を囲った。
 席に着くや、ヘレーネは早速、本題を切り出した。
 まず、自分の父親がリッテンハイム候であることを告げると、ベアトリス以外の2人は、暫し絶句して驚いた。
 しかし、すぐに、アレクサンドラが、
「そんなこと、隠すことなかったのに。私は、誰が父親でも、あなたを友人と思う気持ちに変わりはないわ」
 と言うと、アンナもすかさず、
「私だってそうよ。外で話せない重大な話があるって言うから、何かと思ったら・・・」
 と、小さく笑って同意した。
 それに対してヘレーネは感謝の意を示しつつ冷静に言い放った。
「私も、リッテンハイム候のことを父親だなんて思ったことはないけど、国内の世論ってものがあるでしょう。それに、リップシュタット戦役で戦った兵士や、候に砲撃されて亡くなった味方の補給部隊にいた兵士達に近しい人達だって、帝国内には大勢いるはずよ。私は今のところ、自分から軍を辞めるつもりはないけど、そういう人達に配慮して、今後、退役を余儀なくされる可能性もあると思うの。もし、残れたとしても、昇進や配属で、何らかのハンデを負うかもしれない。そうなった時、私と親しいことで、あなた方まで何か不利益を被ることがあって欲しくないの。だから、その時は、遠慮なく私と距離を置いて頂戴」
「見損なわないで!」
 ヘレーネが、皆まで言い終えないうちに、アレクサンドラとアンナは同時に持っていたスプーンを置いて叫んだ。
「そんな狭量な帝国軍なら、こっちからお断りだわ。それに、私の上司だって、そんなことに拘る人じゃない」
 無人タクシーの中で、今日初めてベルゲングリューン大将と話すことができたと言って喜んでいたアレクサンドラが、猛然と反論する。
「サーシャの言う通りだわ。私も、そんな職場なら未練はないの」
 意気込むアンナに、ヘレーネは尚も冷静だった。
「今はそう思ってくれるかもしれないけど、現実問題として、私達は全員自分や家族の生活の為に働いているのでしょう? 収入が無くなっても困らないフロイライン・マリーンドルフあたりとは訳が違うわ。気持ちは嬉しいけど、奇麗事だけじゃ済まないことだってあると思うの」
「じゃあ、もし、退役することになったら、フェザーンの企業にでも就職するわ。幸い、昔の商売の伝があるの。案外そっちの方が給料いいかも。ただ、カッコイイ制服がある会社となると限られるなぁ・・・」
 さらっと言ってのけたアンナに、さすがにヘレーネも目を丸くして押し黙ってしまった。
「あ、それ、私も乗せて。こう見えてもフェザーンの商法にも詳しいのよ。同盟標準語だって、ビジネス会話可能よ」
 アレクサンドラまでが、そう言い出すと、ベアトリスが、堪えきれずに笑いを漏らした。
「どうやら、ヘレーネの方が、頭が固かったみたいね。私達は、帝国で最高レベルの教育を受けた数少ない若者達なのよ。仕事なんて、その気になればいくらでもあるわ。何も軍にそれ程拘る必要なんてないじゃない? それは、一生懸命やった採用試験の勉強が無駄になるのはちょっと残念だけど、長い人生で考えれば、大した時間じゃないわ」
 ヘレーネは、今度こそ開眼する思いだった。
 自分は、安定した軍隊に就職できたことが嬉しくて、いつの間にか、視野が狭くなってしまっていたようだ。そう言えば、リンザーにも、昨夜「ビアホールの女房でもいいか」と訊かれて、頷いたばかりではないか。
「・・・そうね。私が間違っていたわ。ありがとう・・・みんな・・・」
 薄っすらと涙を浮かべたヘレーネを、他の3人が気遣い、あらためて4人の変わらない友情に、白ワインで乾杯した。


 食事を終え、コーヒーを飲みながら、ヘレーネは、引き取っているサビーネの身に起こった2年前の出来事を語り、彼女の現在の状況を説明した。
 アンナとアレクサンドラは、今度こそ言葉を失った。
 大まかな話は以前聞いて知っていたベアトリスも、初めて訊く生々しい惨劇に、一瞬身を震わせて目を伏せた。
 全てを話し終えたヘレーネに、タイミングよく、リンザーから携帯端末に連絡が入った。
 リンザーは、まず、サビーネに関しては、本人も含めて誰も処罰対象にはならないことをワーレンを通じて皇帝から直々のお墨付きがあったので、安心するようにと伝えた。
 その言葉にヘレーネが、ほっと安堵の息を漏らすと、明日、彼女を早速、ジークリンデ皇后恩賜病院へ搬送する手配が整ったこと、サビーネの件は、第一級の機密事項として扱い、この件を知る人間を最小限に留める為、当初の予定を変更して、自分とヘレーネを含めたそこにいる4名とで隠密裏に行なうことなどを告げた。
『よかった・・・。これでやっとサビーネは、助かるわ』
 ヘレーネは、ふっと緊張感が解けて脱力しそうになる。
 現在、サビーネを知る軍関係者は、リンザーとヘレーネ達4人の他には、直接報告を受けたワーレンと皇帝、憲兵総監のケスラー上級大将と、皇帝首席秘書官のマリーンドルフ伯爵令嬢、軍務尚書と統帥本部総長の両元帥に留めているとのことだった。
 受け入れ先の病院関係者にも、まだ患者の身元は伏せているとの話だった。
 間もなく、4人の端末の業務用アドレスには、それぞれの上司の名で明日、現場直行で特殊任務を遂行するよう命令書が届くはずである。
 リンザーとの会話を切ると、ヘレーネは、早速3人の友人に、明日の段取りを説明した。
「こんなに早く4人で共同任務に就けるとは思わなかったわ」
 アンナの弾んだ声に、一同は思わず微笑んだ。
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