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ハーレクインもどき −番外編(4)−
 翌日、ロイエンタールは、招待状の束を持参して就業後に海鷲に行くと、主要提督達の殆どが集まっていた。
 昨夜、彼は妻からこの件の“報奨”をしっかり前払いして頂いたので、機嫌が良かった。お堅い家に育っただけに、彼の幼な妻は、門閥貴族にしては珍しく、契約を律儀に守る女だった。紙切れの一枚程度、見知った同僚や部下に配ってやるくらいの労力は使ってやっても惜しくない。ふと、これも結局、あの女のペースに上手く乗せられているような気がしないでもなかったが、まあいいかと思える程心に余裕が生じているのは何故なのだろう?
 彼は妻を完全に支配下に置いているつもりでいた。
 しかし、彼は知らなかった。今の状態が、世間では「尻に敷かれている」というのであることを。何故なら、ロイエンタールは、所詮そんな庶民的単語とは無縁のお坊ちゃま育ちだったからである。
 とは言え、エルフリーデからは「○の人には、お前自身で手渡し」と厳命されていたが、流石にオーベルシュタインとシルヴァーベルヒの二人には持参する気になれず、結局、副官のレッケンドルフに押し付けた。
 処理能力に優れたレッケンドルフは、オーベルシュタイン宛の招待状を副官のフェルナー准将に、シルヴァーベルヒ宛のそれは、工部尚書の秘書官に渡して、上司を上手く動かしてくれるよう頼んだ。しかし、頼んだレッケンドルフ本人でさえ、シルヴァーベルヒはともかく、オーベルシュタイン元帥が、ロイエンタール邸の夜会に出席などという奇跡は、全宇宙が原子に還っても起こり得ないだろうと予測していた。


 まだ午後6時前だと言うのに、海鷲は盛況だった。
 ざっと店内を見渡せば、軍務尚書を別にすれば、高等弁務官としてハイネセンに在るレンネンカンプと、ガンダルバ星系に駐屯するシュタインメッツを除いた軍首脳全員の顔があった。普段はあまり一緒にならない大将以下の若手将官も珍しく雁首揃えている。
 ロイエンタールは、軽く右手を挙げて迎えたミッターマイヤー等のいる席に着くと、彼にしか出来ない典雅な所作で、席にいる一同に招待状を配った。
 本来、このような催しを毛嫌いしていた皇帝も、この度は行幸するとあって、その場で全員が出席の意思を表明した。
 造園業者の父の件のあるミッターマイヤーは勿論のこと、数少ない妻帯者でもあるアイゼナッハもゼスチャーで妻同伴の出席の意思を示した。
「しかし、正直なところ、堅苦しい貴族のパーティーなんぞ、俺には似合わんし、陛下のお伴でなければ、ご免被りたいところだ」
 ビッテンフェルトが率直な感想を漏らした。
 隣のミュラーも同意して頷く。
「まあ、そう言うな。料理にも趣向を凝らすらしいから、美味いものを食べるつもりで気楽に来ればいい。それに・・・」
 と、ロイエンタールは、エルフリーデの○△×リストを思い出して続けた。
「卿とミュラーとファーレンハイトには、是が非でもご出席頂くようにとの伯爵夫人の仰せなんでな。学校の友達に頼まれたらしい。交際を望んでいるご令嬢方が多数いるそうだから、紹介したいとのことだ」
「え?」
 と、生真面目な砂色提督が一瞬動揺の色を見せた。
 ふと、ロイエンタールに、堅物の僚友達をからかいたい悪戯心が芽生えた。
「売約済の我々と違って、独身の将官は女子学生達の注目の的らしぞ。特にミュラー提督は、一番人気らしい。ビッテンフェルトとファーレンハイトにもそれぞれ崇拝者がいるとのことだ」
「そんな・・・私が、十代の貴族のご令嬢なんかと・・・」
 女ッ気のないミュラーが、嬉しさと戸惑いが半々の表情でぽっと頬を染める。
 言ってしまってから、目の前の元帥が、まさにその十代の貴族令嬢と結婚していることを思い出し、慌てて「失礼しました」と小声で詫びる。
 こいつは、思った通りの反応だ。ロイエンタールは満足げに唇の端を少し上げた。
「俺は丁重にお断りする。願わくばあと5、6年熟成させて頂きたいものだ」
 とはビッテンフェルト。どうやらフェザーン出身の妙齢の文官といい仲だという噂は本当らしい。ファーレンハイトに至っては、何も言わず軽く微笑してバーボンを呷っただけだった。こちらも、小娘なんぞに興味を持つ男ではない。
「ああ、卿等にもいい出会いがあるかもしれんぞ」
 ロイエンタールは、そう言うと、隣の席で上官達の会話に耳をダンボにしていたバイエルライン達にも招待状を渡した。バーミリオン会戦の失態で閑職に追いやられたものの、統帥本部で再び台頭しつつあるトゥルナイゼンと、ロイエンタール艦隊のシュラー提督、レンネンカンプ配下から皇帝直営艦隊に異動になったばかりのグリルパルツァーとクナップシュタインの両提督、珍しいことに常に皇帝の傍にあるキスリング准将まで同席している。
『お前らは△なんだがな』
 ロイエンタールが、そう言葉には出さずに、流麗な装飾文字で印字された書状を渡すと、全員目を輝かせて押し戴いた。
「まあ、考えてみれば、伯爵夫人のご学友なら、我々世代よりも卿等の方が似合いではないか」
 ミッターマイヤーの言葉に、若手将官六名の脳内は、一気にお花畑と化した。
(ど、どうしよう・・・・貴族の、しかも16、7歳のご令嬢だなんて・・・・)by バイエルライン&シュラー&キスリング。
(きれいだったもんなぁ・・・・ロイエンタール元帥の花嫁は。透き通るように色が白くって、まるで人形みたいな顔してて。おまけに手足がすっごく長くて。フロイライン・マリーンドルフといい、やっぱ、上流貴族の娘って、根本的に創りが違うっていうか・・・)by グリルパルツァー&クナップシュタイン
(ふっ、これで今度の夜会の主役は俺で決まったな。何と言っても将官の中では門閥貴族出身は俺だけだし。やはり付き合うには、お互いの育った環境って大事だろ。きっと俺目当てのご令嬢方がいっぱい来るんだろうな。まあ、気に入った娘がいれば、付き合ってやってもいいか)by トゥルナイゼン
 妄想は、女子学生の専売特許ではなかった。
 普段真面目なバイエルラインと、清教徒のようであると評されるクナップシュタインの妄想は、更に暴走を始める。
(伯爵夫人のご学友って、やっぱり夫人と同じような感じの子ばっかなのかな? 16歳なら、肌も瑞々しいんだろうな。柔らかいんだろうな。いい匂いするかな。ペンより重いもの持ったことなくて、華奢で、抱きしめたら折れそうで・・・・。ダメだ、そんな不埒なことを考えては・・・でも・・・しかし・・・もし、そんなご令嬢に告られたりしたら、俺、何て言おう・・・)by クナップシュタイン
(しかし、待てよ。16、7歳で、しかも深窓のご令嬢ってことは・・・・当然、男なんて知らないんだろうし、俺が初めてってこと? そんな・・・・俺、玄人しか相手したことないし、壊しちゃったりしないよな? いったいどんな感じなんだろ?・・・どうしよ、もし、そんなことになったら・・・・そんなことになったら・・・・)by バイエルライン
 堅物二人は、それでも妄想が止まらず、鼻血が出そうになるのを懸命に平静を装って堪える。
『お前らは、所詮△なんだぞ』
 ロイエンタールは、皮肉を込めて若者達を一瞥した。
 実はエルフリーデにリストを見せられた時、彼もミッターマイヤーと同じようなことを言った。お前らには、バイエルラインの青二才あたりの方が似合いだと。それに対してエルフリーデも、皇帝は別として、もっと若い人の方が話し易いのではと奨めたらしい。しかし、友人達の返答は、いずれも「却下」だった。
「青いわね。私のタイプじゃないわ」
 とは、ファーレンハイト同盟のご令嬢方のバイエルライン評である。
「お前等が言うか?」と、言ってやりたかったが、ロイエンタールは黙っていた。
「存在感が格が違うわ」
 とは、ビッテンフェルト組の某令嬢のクナップシュタイン評。
「睫引っ張って遊ぶのにはいいかも」
 とは、ミュラーファンクラブの某令嬢のグリルパルツァー評。
「シュラー提督? それ、どなた?」
「私、オーベルシュタイン閣下以外の方には興味ありませんの」
「ルッツ提督しか目に入らないわ」
 いずれも、けんもほろろだった。それでもエルフリーデは、何人かに同じ門閥貴族出身のトゥルナイゼンを推してみたと言う。
「ああ、あの『僕有能です』オーラ出まくりの人ね」
「んー、悪くないんだけど、なんか、今更って感じなのよね」
「そうそう、この期に及んで、何でこの人?って感じ」
 彼女等に言わせると、トゥルナイゼンは、軍人としては才能があるのかもしれないが、一人の男として見た場合、昔からよくいる門閥貴族の、ちょっと目端の利く次男、三男の域を出ないのだそうだ。せっかく新帝国になり、世の中が大きく変わろうとしているのに、そんなステレオタイプの男なんてつまらない、というのが、彼に○が付かなかった理由だった。
 当ってるだけに、ロイエンタールも何も言えなかった。同時に、妄想女子学生達の意外な観察力に密かに感心した。
「ははは・・・いいじゃないか、若いもんは夢があって」
「そうだな。我々にも、ああゆう時期があった」
 何も知らずに妄想を膨らませる△男集団を横目に、自分達には無関係な話と思い込んでいるルッツとワーレンが、大人の余裕を見せながら黒ビールをグラスに注いだ。
「そうでもないぞ。実はルッツ、卿にも紹介を請うている女学院の上級科のご令嬢方がいるそうだ。ワーレン、卿の後添えに立候補したいという二十代の子爵令嬢もいるそうだぞ」
 卿等は○だからな、と思いながらロイエンタールが言う。
 ルッツの瞳の色が、藤色の彩りを帯びる。この時、彼の脳裏に浮かんだのは、帝国中の女の子が憧れるグレーを基調にした貴族女学院の清楚な制服だった。そう、本人が自覚を持つのは、もう少し後のこととなるが、彼は制服姿の女性に異様に萌えてしまう、完全なる制服フェチだった。ちなみに、ワーレンは、地上にいると、三日に一度は再婚話が持ち込まれるので、平然としている。
「あ・・・いや、その・・・小官には、良家のご令嬢など、吊り合わないのでは・・・」
「そう堅苦しく考えるな。一応紹介だけする約束だそうだから、会うだけ会ってみるがいいさ」
 少し狼狽して頭を掻く制服フェチに、手フェチの男が応えた。
 その後、ケスラーとメックリンガーにも、それぞれにマニアックなファンがついていることを告げると、ロイエンタールの仕事は終わった。
 メックリンガーは、何事か思案しているようだったが、ケスラーは、この時点では、女学生達の間で意外に人気があることを告げられても、さして心は動かなかった。
 暫く歓談しているところへ、レッケンドルフがやってきて、ロイエンタールに何事か耳打ちした。
「何?」
 目を見開く金銀妖瞳の元帥に、僚友達の視線が一斉に集中した。
 レッケンドルフが一礼して去ると、ロイエンタールは、グラスを一度呷ってテーブルに置いた。
「軍務尚書閣下もご出席下さるそうだ」
「何ぃ!?」
 今度は、全員が目を剥いた。
「なに、奴の事だ、きっと何か思惑があるんだろうよ。あいつが、パーティーを楽しむ為に出てくるわけないからな。案外、酒が入って口が軽くなった言質を取って内国安全保障局に何かでっち上げさせる機会でも狙ってのことではないか?」
 ビッテンフェルトの偏見に満ちた意見に、皆が納得して頷いたが、次のロイエンタールの冷笑を含んだ言葉に、誰もが一瞬息を呑んだ。
「そうとも限らんぞ。奴もこの際、うら若きご令嬢と誼を通じたいのかもしれん。なにせ、奴を見初めて、結婚を前提に付き合いたいという娘がいるくらいだからな」
「何だってぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!???????」(全将帥の声)
 先ほどの十倍の音量が響いた。
「確かなのか?」
 公明正大なはずのミッターマイヤーでさえ、非難するような口調でロイエンタールに問う。
「ああ、俺も驚いたが。女という生き物は理解できん。それとも、世の中は広いと言うべきか」
 一同絶句する。
「許せん! 何で、あのオーベルシュタインが女に、しかも女子学生に好かれるんだ!」
 ルッツが怒りを露わにして拳を握り締める。
「そうとも。オーベルシュタインのくせに生意気だ!!」
 ビッテンフェルトの言葉は、最早意味不明だった。
 彼等にとって、「オーベルシュタイン×十代の令嬢」のカップリングなど、帝国の崩壊と同じくらいあってはならないことなのだ。隣で聞いていた△組も、流石に声に出して言うわけにはいかなかったが、思いはビッテンフェルトと同じくしていた。


 同時刻、エルフリーデは、シャフハウゼン子爵夫妻と、ゲルラッハ子爵家、ヒルダ、ヴェストパーレ男爵夫人宛の招待状を、直筆で書いていた。それぞれに心を込めた手紙を添え、書面の端に、簡単なイラストを描いた。その出来栄えを満足して眺めていると、一週間後に迫った夜会が、本当に楽しみになってくる。
 
 こうして、様々な人々の思惑が交錯する中、ロイエンタール邸での夜会は、いよいよ当日を迎えた。
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