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ハーレクインもどき −番外編(3)−
 ヴァルハラ星系内の地方視察からオーディンに戻り、早朝、そのまま統帥本部に入ったロイエンタールは、秘書官を兼ねる副官レッケンドルフ少佐から、7日後に、皇帝行幸の栄に浴することを通達する宮内省からの公文書の提出を受けた。
 怪訝な顔で受け取る上司に対して、レッケンドルフは、ロイエンタール邸で大規模な夜会が開かれることは、目下のところ帝都中の話題の中心であることを告げた。
『あの女・・・・!』
 彼は、即座に貴族然とした幼な妻の顔を思い出して、軽く舌打ちした。
 自分の知らないところで、こんな話が進んでいることに、気分がいいはずがない。
 彼は元々、その貴公子的風貌に反して、パーティーだの舞踏会だのといった貴族的なバカ騒ぎが大嫌いだった。
 上司の不機嫌を見て取ったレッケンドルフは、新帝国が発足し、政情の安定と経済効果を民間に還元する為にも、帝国元帥の立場として良いことではありませんかと、とりなした。
 それでも不服そうに頬杖をついて、「ふん」と横を向いてしまった上司に、若いレッケンドルフが数瞬の間、途方に暮れていると、救いの神のように宇宙艦隊司令部のミッターマイヤー元帥からヴィジホンが入った。
「やあ、ロイエンタール、今度の件は、本当に有り難い。親父も喜んでいて、よく礼を言っておいてくれと念を押されたよ」
 蜂蜜色の髪の親友の爽やかな笑顔に少々困惑しながらも、ロイエンタールは何となく状況が理解できた。貴族や裕福な平民相手の贅を尽くした庭園も、貴族社会の崩壊と供に消滅していった。必然的に彼等を相手にしている造園業等は斜陽産業となり、ミッタマイヤーの父親もその影響を少なからず受けているのは、想像に難くない。
 ミッターマイヤーによると、ロイエンタール家から、金に糸目をつけない大規模な庭園改装の発注を受けたのは、一昨日のことであったらしい。
「奥方にもよろしく」と言ってヴィジホンを切ったミッターマイヤーに頷いた瞬間、ロイエンタールの中で、夜会中止案はあえ無く破棄されたのだった。


 午後に自邸に戻ったロイエンタールは、早速、エルフリーデから各提督達への招待状の束を手渡された。
 招待者は、一応、夫婦の連名になっているが、妻であるエルフリーデの方が上位に記名されており、印章もコールラウシュ伯爵家のものが、ロイエンタール家のものよりも上に刻印されている。
 彼女にとって、自分達は、帝国元帥とその夫人であるよりも、女伯爵と帝国騎士の夫なのである。そのことに苦笑しながらも、ロイエンタールはなぜか不快感を現さず、黙って四十通に及ぶ封書を受取った。
 同時に、エルフリーデは、自分で作ったらしい一枚のリストを見せた。
 招待する提督達の名前の一覧表の隣に、○、×、△の印が入っている。
「これの○印のついた方々は、絶対に来て頂けるように、お前自身で招待状を手渡して。△印の方は、なるべく来て頂きたいけど、絶対ではないわ。×は、どっちでもいい人達よ」
 見ると、○がついているのは、ミュラー、ファーレンハイト、ビッテンフェルト等の独身者で、△印もバイエルラインやトゥルナイゼンなど独り者に限られている。既婚者のミッターマイヤー夫妻やアイゼナッハ夫妻は、×印だ。
 ロイエンタールが、暫しの間、リストを眺めていると、それを補足するように、エルフリーデは、この数日の出来事を語って聞かせた。
 ファーレンハイトに憧れる集団に始まり、カイザーの寵姫を狙うツワモノから、ビッテンフェルトの意外な人気ぶり、ミュラーに惹かれる堅実派まで、女学生達の間での同僚達の評価に冷笑してみせた。
「すると、この○印のついた連中には、実際に求愛者がいるというわけか」
「そうよ。私も伯爵夫人として、友人に頼まれた以上、誠意を見せなければいけないでしょう? だからお前も協力しなさい」
 宇宙広しと言えども、国家の元勲にして名将の中の名将ロイエンタール元帥に対して、この物言いは、彼女くらいだろう。しかし、その驕慢過ぎる態度に、なぜかロイエンタール当人も腹を立てている素振りが全くないのが、銀河帝国の七不思議の一つだった。
「これは、何かの間違いではないのか?」
 ロイエンタールは、リストのオーベルシュタインの欄に○がついていることに目を留めた。
「間違いではなくってよ。昨日、一級上の先輩にお願いされたの。ぜひ、結婚を前提にお付き合いしたいんですって」
「ばかなっ!」
 ロイエンタールは、思わず叫んだ。彼にとって、オーベルシュタインは、恋愛とか結婚という類のものの対象になる人間ではないという絶対的な固定観念があった。
「いったいどんな酔狂な女だ? お前の一級上ならまだ16、7だろう?」
「ごく普通の真面目な方よ。乗馬とピアノがお上手な子爵家の次女で、かわいいタイプ」
「・・・・」
 ロイエンタールは言葉を失った。そんなバカな!“あの”オーベルシュタインが、若い娘から異性として興味を抱かれるなどと、彼にとっては有ってはならないことだった。
「そんなに意外かしら? 私も結婚式の時、ちょっと会っただけだけど、オーベルシュタイン元帥、別に嫌な感じしなかったわ。お前よりずっと第一印象は良かったわよ」
「何ぃ!?」
 ロイエンタールは、一瞬、エルフリーデがたじろぐ程凶暴な目つきになる。
 まったく、これだから、女って生き物は、訳がわからん。
 ロイエンタールにとって、オーベルシュタインは、万人に好かれない人間として決定付けられていた。オーベルシュタインに出会ったほぼ全ての人は、彼に好意的にはならないと頭から決めてかかっていたし、それが正しいとつい先ほどまで信じていた。それが、よりによって自分の妻がそれを突き崩したのだ。
「すると、このメックリンガーやワーレン、ケスラーにも崇拝者がいるというわけか?」 ロイエンタールは、再びリストを見直すと改めて一人一人の僚友達の名を確かめた。
「ええ、そうよ」
 エルフリーデは事も無げに言う。
「ワーレンは、俺と同い年だが、妻を亡くした寡だぞ。確か息子がいると聞いた。メックリンガーとケスラーは、お前たちから見れば親子程の歳の差だろう」
「それがどうしたの? 結婚も恋愛もお互いの気持ちでしょう? 20歳くらいの歳の差なんて、大したことではないはずよ。お前の両親だって歳が離れていたそうじゃない?」
「20も歳の離れた男に喜んで嫁ぐ女がいるか!?」
 ロイエンタールは、根拠のない自論を展開した。
 エルフリーデは無意識に、彼の一番痛いところを突いてしまったのだった。
 実は、ロイエンタールとラインハルトには、恋愛や結婚について、互いの持つ強いトラウマが原因で出来上がってしまった共通の絶対方程式があった。即ち、「年齢差のある男女に愛は芽生えない」である。
 実にバカバカしい思い込みだが、本人達は真剣そのものだった。いかに英雄といえども幼少期に受けた心の傷は深いということだろう。
 年齢差と言っても、人によって感覚が異なる。7、8歳で離れていると考える者もいれば、30歳差までOKという感覚のものもいるだろう。
 ロイエンタールの場合、自分の両親が20歳差だった為、かぞえで16歳離れているエルフリーデは、微妙な位置だった。一方のラインハルトは、姉が父親より年長の皇帝に奪われたことで、父娘以上の歳の差、即ち25歳前後を無意識のボーダーラインとしていた。
 彼等がいま少し独裁的であったなら、皇帝と帝国元帥との間で、「年齢差結婚禁止令」なる法律の施行を真面目に論じたかもしれない。
「お前、バカ? どうして年齢なんかにそんなに拘るのよ。大切なのはお互いの心だし、愛情を育んでいけるかでしょう?」
 言ってみて、エルフリーデは急に空しくなった。
 元々利害関係が先に立って結婚した自分達には、そんなものは最初から期待できない。でも、だからこそ、せめてこの不安定な時代に激変した環境の中で懸命に未来を模索している友人達には、一人でも多く幸せになってもらいたいと願っているのだ。
 エルフリーデによると、今日もクラスメイトの一人が母親と姉と訪ねて来て、24歳になる姉娘をワーレン提督の後妻に推薦して欲しいと頼まれたのだそうだ。親が決めた婚約者が、リッテンハイム候の縁者であった為、婚約破棄となり、大学で古典文学を学んでいるうちに、貴族令嬢としては薹が立った年齢になってしまったということだ。宇宙港でたまたまワーレンを見初め、その実直さと剛毅さに惹かれてしまい、先妻の残した息子のよい母親になりたいとも言っているそうだ
 男気がありそうで、優しそう。あれだけの地位に登っても、亡き奥様を愛していて貴族との再婚話をいっさい受け付けなかったという話が、かえって彼の人柄や誠実さの証に思えて、この方を一生支えていきたいと思ったのだそうだ。
 メックリンガーには、数年前彼の絵画の個展を見て以来、ずっとファンだったという同級生が訪ねて来て、ヴェストパーレ男爵夫人との仲をしきりに気にして質問攻めに遭い、もし、男爵夫人との結婚話がないなら、ぜひ自分を売り込みたい意向なのだそうだ。
 更にリストを見ていくと、武官に混じって一人○印の文官の名前があった。
 つい先日、異例の特進で工部尚書に抜擢されたブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒである。
「ああ、この方も絶対に来て頂いてね。ご紹介を願っているご令嬢方が、20人以上いて、最多なのよ」
「なんで工部尚書に俺が頭を下げて夜会に招待せねばならんのだ? お前の友人の趣味に俺がそこまでする必要を認めん」
「お前のせいだからよ!」
「どういう意味だ?」
 エルフリーデによると、ロイエンタール元帥の結婚が決ってからというもの、何日も食事が喉を通らずに衰弱し、一時は命の危険に晒された女性が、オーディン市内だけでも数万人は下らなかったのだそうだ。中には生きる希望を無くし、自殺を考える娘も後を絶たなかったらしい。エルフリーデの級友達も、それに近い思いの者が何名かいたらしいが、幸いにも年齢的に離れすぎていたこともあり、あまり現実的に思いつめずに、傷はすぐに癒えた。むしろ、彼女達の姉や叔母の方が重症者が多く、勝手に妄想を抱きながら今も悲嘆に暮れているとのことだった。
 その彼女達の大半が、新たな工部尚書として就任したシルヴァーベルヒのニュース映像を見た途端、再び生きる希望を取り戻したのだそうだ。
「ハンサムで、有能で、野心的で、文官なのにワイルド系なんて、最高にステキよ」
 というのが共通見解らしい。
 エルフリーデに対しては、皇帝を別にすれば、ロイエンタール元帥という帝国最高の色男を独り占めしているのだから、そのくらいの労をとってくれてもいいでしょうと、半ば脅迫的に迫った。どうやらこちらの集団は、年齢的に高く、若干の焦りが見てとれた。
 その他では、ワーレンの双子の弟こと、ルッツ提督の人気も高く、やはり恋人の有無や好みの女性のタイプなどを何とか調べられないかと打診されていることも打ち明けた。

 ロイエンタールは、女達の逞しさと厚かましさに辟易しながらも、このバカ騒ぎに協力する代償に、今宵はどのようにしてかわいがってやろうかと、4日ぶりの閨を密かに楽しみにしていた。
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