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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(35)
 ゴットルプ子爵一家と使用人達と一緒に、要人用の軌道エレベーターを降りたエルフリーデは、待ち構えていたマスコミを避けるように、空港の専用口から外に出ると、前後を護衛車に挟まれた軍の公用車に乗り込んだ。
 奥の座席には、数日ぶりに見る夫の姿がある。
 旗艦クラスの戦艦のみは、直接地表に着陸した為、かなり長い時間待ったと思われた。
 音もなくドアが閉まると、車列は、統帥本部総長の宿舎として用意された邸に向かった。
 邸は、大本営にも近く、統帥本部から徒歩でも10分程のフェザーンで最上級の邸宅街の中にあった。その中でも一際目を引く大豪邸に、元帥夫妻を乗せた車両を真ん中にして車寄せに車列は停止した。
 昨年、フェザーン屈指の大商人が、若い後妻と余生を過ごすつもりで建てた部屋数が30以上ある白亜の城だったが、完成し、いざ引っ越しという段階になって齢80歳になるその老人は急逝した。
 未入居のまま残った広大な建築物は、一人残された後妻の女にも、既に壮年に達し、父の事業をそれぞれ受け継いでいた先妻の子供達にも手に余る代物だった。
 しかも、折からの政変の影響で、業績が芳しくない。
 遺族達が、この無用の長物の始末に思案に暮れながら半年以上放置状態にあった時、知人の不動産業者が、妙案を提示した。
 この邸を、大本営移転でやってくる新皇帝の個人的住居、即ち、臨時の皇宮として新政府に買上げさせようというのである。
 贅を尽くした邸は、個人宅としては、都心部で随一の広さと豪華さを誇り、全宇宙の支配者たる皇帝の居城としては小規模だったが、本物の皇宮が完成するまでの仮住まいとしては、申し分のない建物のだった。
 最新のセキュリティシステムを備え、地理的にも大本営として接収されたホテルに近く警備面での都合もいいはずである。
 遺族達は、即座にこの話に飛び付き、先発隊に帯同して本体を迎える準備を進めていた工部省に打診した。
 工部省は、この話に、最初乗り気だった。
 というより、設備面でも立地面に於いても、皇帝の住まいとして、これ以上の物件はないと言ってよかったからだ。
 ラインハルトも、もしアンネローゼを伴っての移転ならば、或いはこの邸を仮皇宮とすることに同意したかもしれない。
 しかし、独り身で、しかもエミール少年以外特に個人的に身の周りの世話をする人間のいないラインハルトは、結局この決済にサインしなかった。
 困ったのは、期待していた遺族と不動産業者である。
 何とかならないかと、工部省の係官に再度泣きついた結果、それならば誰か別の高官にということで、ロイエンタールにお鉢が回ってきたのである。
 ちなみに、他の平民出や下級貴族出身者ばかりの上級大将以上の軍首脳は、物件のデータを送った段階で全員断ってきた。
「そんなところに住んだら、かえって落ち着かない」
 と言ったのが、ファーレンハイトだったのか、ミュラーだったのかは、定かではない。
 尚書クラスの文官で今回の移動でやってくるのは、工部尚書のシルヴァーベルヒと、宮内尚書のベルンハイム男爵だけだが、いずれもオフィスまでの交通に不便との理由で断られている。
 こうして、先に到着していたロイエンタール家の執事だけが、FTLで主人にお伺いを立てた上で入居を承諾してくれたのだ。
 遺族や不動産業者は勿論のこと、工部省も大いに面目を保ってこの件は落着した。
 新王朝の元勲の中で、その生活を「王侯の風格」と評されたロイエンタールならではのことであった。
 車のドアが開くと同時に玄関の自動扉が開き、懐かしい執事やシュヴァイツァー夫人が出迎えた。
「奥様…奥様…!」
 事前に懐妊を知らされていたシュヴァイツアー夫人と侍女のミミが、感涙にむせびながらエルフリーデを抱きしめた。
 船内での最後の検診によると、エルフリーデの懐妊は、既に6週目に入っている。
 従僕達が手際よく荷物を運び込み、執事の指示で片づけ始めている。
 その一糸乱れぬ職務遂行力は、個人の邸宅の使用人のレベルを越えていた。
「さあ、さあ、お疲れでございましょう。お部屋の準備は全て整っておりますよ」
 シュヴァイツァー夫人は、そう言って、執事と一緒に主夫妻を二階東南の三間続きの部屋へと案内した。
 ここは、この邸を建てたフェザーン商人が、最も拘りを持って造らせた主人用の部屋だった。
 キングサイズのベッドに広いバスルームを持つ寝室を真ん中に、左右の扉はそれぞれ書斎と専用サロンの部屋へと繋がっている。
 内装は、ゲルマン風一辺倒な帝国風とは異なり、モダンで機能的なオリエンタル式が主体となっていたが、邸の外観やフェザーンの街並みにもマッチしていて、センスの良さを感じさせた。所々に置かれた、帝国では見たことのない東洋的な調度品やオブジェもいいアクセントになっている。
 寝室の壁には、オーディンから運び込んだ、マリーンドルフ家からの結婚祝いの品である「比翼連理の絵」が掛けられていた。
 オーディンでは寝室を別々にしていた主夫妻の生活を考え、当初、執事もシュヴァイツァー夫人も、部屋割に悩んだ。
 しかし、急な結婚で、どこかまだギクシャクしてしている2人に、この際、部屋を共有してもらうことで距離が縮まることを期待して、ここをそのまま夫妻の部屋とすることにした。
 どうしてもいやだと言われたら、書斎を必要としないエルフリーデに、西側の次に広い部屋に移ってもらうつもりだった。
 だが、オーディンに残っていた家令から、懐妊の知らせを受けて、また2人の老人は悩んだ。これから大事な時期に入るエルフリーデが、夫と寝台を共にすることで悪影響がないかと心配したのである。
 しかし、結局夫婦間のことは当人達に任せるべく、2人を同じ部屋へ案内したのだった。
 どちらか、或いは2人共からクレームをつけられることを半分覚悟していた執事だったが、意外にもロイエンタールもエルフリーデも何も言わず、この部屋を自分達の共有とすることをすんなり受け入れた。
 使用人達が荷物を運び終えると、ロイエンタールは、大本営に出仕する為に邸を出ていった。その後は、統帥本部へ顔を出し、幕僚達を前に訓示する予定なので、帰りは遅くなるとのことだった。
 エルフリーデは、早速シュヴァイツァー夫人に屋敷内を案内してもらい、フェザーンの最新設備を体験した。
 オーディンで使っていた携帯端末も、新たに契約し直し、大学受験の為の本格的な資料収集もできるようにした。
 帝国内よりも遥かにインフラが整備されているフェザーンでは、殆どの講義がオンライン受講で可能であり、学生は月に一、二度ある登校指定日と、期末試験と卒業試験の日以外通学の必要がない。レポートの提出も、基本的に送信で行う。
 その為、有名人や幼い子供のいる主婦でも大学に通うことが容易であり、懐妊が確定したエルフリーデも、大学進学を諦めずに済みそうだった。
 あとは、どこの大学にするかを決め、まず、第一段階である入学資格試験に合格することである。
 エルフリーデは、第一志望を密かに、フェザーンの最高学府、フェザーン帝国大学(旧名フェザーン大学)地球学部と決めていた。
 先月受けた模試の結果による合否判定では、合格の可能性はまだ45%ほどで、恐らくこのままでは合格は難しいだろう。
 亡命者以外で、帝国貴族の令嬢がこの大学に入学した例はなく、実現すれば初の快挙となる。帝国内よりも遥かに女性の大学進学率の高いフェザーンに於いてさえ、女子学生の割合は全体の1割強とのことだった。
「あの男に言ったら、また無謀な女だとか言って笑われるわ」
 オーディン帝国大学と並ぶ難易度を誇るこの大学は、学科試験のみなら士官学校の比ではない。しかも、最近需要の多い地球学部は、一昨年出来たばかりの新設学部にも関わらず、医学部、法学部を抑えて一番人気の為、最難関だった。
 それでも、エルフリーデは、あえてその高い山に挑むことを決めた。
 王朝交代により、生活の為に必死に生きている同級生達や、無残な死を迎えたサビーネのことを思い、より困難な道を自分自身に課したのだ。
『大丈夫よ。私はリヒテンラーデ一族の人間なのだから』
 代々、その殆どの男子が、オーディン帝国大学へ進み、官界に一大派閥を築いてきた一族の誇りを胸に、エルフリーデは揺るぎ無い決意を固めていた。



 帰りが遅くなると言ったロイエンタールは、その夜、意外に早く午後8時少し前に帰宅して、エルフリーデと新たな住居で夕食を共にした。
 彼は、出仕した大本営で顔を合わせたミッターマイヤーに懐妊のことを伝えると、蜂蜜色の髪の親友は、我が事のように喜んでくれた。
 逆に、ロイエンタール自身は、どこか罪悪感に似た気持ちが先に立っていた。
 子供を望んでいるにも関わらず、結婚後7年を経ても恵まれない親友夫妻に対し、たった2ヶ月での懐妊は、些か後ろめたさもあったが、隠せるものではない。遠からず公表しなければならないことでもあり、仕方なく自分から話したのだ。
「創造主というものは、余程粗忽なのだろうな。本来なら卿等夫婦の方に授けるべき子を、よりにもよって、人の親になる資格のない俺と、まだ子供のような女のところへ間違って遣わすとは…」
 軽い自嘲の気持を含めて言った言葉に、誠実な親友は、灰色の瞳に僅かな怒りの色を浮かべた。
「おい。まさか、その言葉、奥方の前で言ってはおるまいな?」
「どうした? 気を悪くしたか?」
「当たり前だ!」
 そんなやり取りの後、新銀河帝国の統帥本部総長は、宇宙艦隊司令長官に懇々と説教される羽目になった。
 ミッターマイヤーは、親友の妻となった伯爵夫人の話が出る度に、つい、同じクリーム色の髪を持つ愛妻エヴァンゼリンが、同年齢だった頃のことを考えてしまう。
 彼は、両親が引き取った遠縁の娘として出会った、当時まだ12歳の彼女に最初から惹かれていた。もちろん、将来に対しての漠然とした淡い期待も心のどこかにあった。
 しかし、伯爵夫人と同い年の頃のエヴァンゼリンは、中等学校を卒業したばかりの子供で、彼女に好意を持ちつつも、とてものこと性的な対象として見ることなどできなかった。
 その壁を、彼の親友はあっさりと越えてしまったのである。
 しかも、結婚後まだ3ヶ月しか経っていないのに、早くも懐妊したという。
 付き合いも結婚生活もある程度の時間を過ごし、成人した女性であるならば、早い妊娠は無条件に目出度い出来事であるはずだが、ロイエンタール夫妻の場合、事情が違う。
 7年の時を経て、相思相愛の末結ばれたミッターマイヤー夫妻であったが、初夜の晩、初めて夫を受け入れる19歳のエヴァンゼリンは、寝台の上で小鳥のように震えていた。
 互いに初めてのことであるから、ミッターマイヤーも上手く彼女の緊張を解してやることができず、2人は一晩長い時間をかけてやっと結ばれたのだった。
 時が経ち、夫婦生活に慣れてきて、互いに子供を望むようになってからも、もし、妊娠した場合の不安を、エヴァンゼリンは時々ふと漏らすことがあった。
 帝国では、復古主義の退化した医療の為、恒星間航行が可能なテクノロジーがあるにも関わらず、死産や乳児死亡率が極めて高い。出産時に母親が亡くなるケースも少なくなかった。
 主婦として7年目、ベテランとまでは言わなくとも、そろそろ中堅の部類に入りつつあるエヴァンゼリンでさえ、妊娠、出産のリスクと不安は常に付き纏う。
 現に僚友であるワーレンは妻を長男の出産時に亡くしている。
 そんな中で、まだ16歳になったばかりの伯爵夫人が、いかに万全の体制を整えるとはいえ、どんなにか不安でいることだろう。
 妊娠は、帝国人女性にとって、慶事であると同時に、命がけの仕事と言って過言ではない。
 それなのに、肝心の彼女の夫は、その懐妊を祝福するどころか、まるで何かの間違いのような言い方をしているのだ。
 ただでさえ不安が付きまとう妊娠に、夫が子供の誕生を喜んでいないような素振りを見せたら、深層育ちの姫君は、どれほど心細いであろうか。
 結局、理屈では親友が正しいことを十分に理解しているロイエンタールは、ミッターマイヤーに一切反論できず、統帥本部での訓示と決済事項を早々に切り上げ、若妻の待つ宿舎へ帰っていったのだ。
 夕食後、2人はそのまま寝室に入った。
 侍女を呼ぼうとするエルフリーデをロイエンタールが制し、慣れた手つきでドレスを脱がせにかかった。
 エルフリーデには、二週間ぶりの男の香りと体温が、とても懐かしく感じられた。
 強く抱き締められ、唇を貪られていると、自分はこんなにもこの男に慣らされてしまったのかと改めて思う。だが、それは彼女にとって最早不快な感覚ではなかった。
 やがて、そっと身を話すと、バスルームに手を引かれて連れ込まれた。
 自動化の局地に達した最先端の入浴設備は、あっという間にミスト状の液体が全身を洗浄していく。
 エルフリーデは、全裸で向き合う男を見上げながら、自分自身の変化を改めて感じていた。
 つい数ヶ月前の自分は、他人の男と裸で一緒に風呂に入るなどという行為を想像すらできなかった。今、それを何の抵抗もなくしている自分が、別人になってしまったように思えてならない。
 抱き抱えられる体勢で、円形の広いバスタブに2人で浸かるのは、先月の新婚旅行以来のことだった。
 ロイエンタールは、まだ全く変化を感じさせない幼妻の身体の線を確かめるように左手を這わせると、少し丸みを帯びた尻を撫でながら、右手で湯を掬って象牙色のうなじに軽くかけてやった。
「どうだ? フェザーンは気に入ったか?」
 ロイエンタールは、話の切っ掛けを求めて、そんなことを訊いた。
「ええ。帝国とは何もかも違っていて、かえって馴染めそうだわ」
 エルフリーデは、湯面に視線を落としたまま低く答えた。
 生まれ育ったオーディンには、愛着もあるが、辛い思い出が多すぎる。
 この男と新たな生活を始めるには、いっそ別世界のようなこの星の方が相応しい。
「そうか。それはよかった。いずれここが新しい帝都となる。マイン・カイザーは、単なる征服者ではなく、有意と判断されれば、フェザーンの優れた先進技術や思想も積極的に取り入れ、帝国との融合を図った上での統治をお考えだ。お前も、ここで大学に行きたいなら、フェザーン人の習慣や考え方を早く理解することだな」
「それは、私もそう思って、船の中でも色々と見てきたわ。どうやら、フェザーン人の価値観では、私はとても不幸な女で、お前は幸せな人間ってことになるらしいわ」
 エルフリーデは、少し不満そうな口調で、青い瞳を夫に向けた。
「なんだ、それは?」
「恋も知らずに結婚する帝国人女性は可哀想な女で、恋愛経験の多い人は幸せなんですって」
 エルフリーデによると、半月強に及ぶ船旅の間、彼女はフェザーン屈指の豪華客船の娯楽施設を大いに利用して楽しんだ。
 懐妊していることでスポーツはできないので、ふさぎがちなフレデリーケを誘って、主に体感型ゲームや、ソリヴィジョン映画の鑑賞をした。
 ロイエンタールには言わなかったが、特に後半の頃は、ダンネマン夫人と顔を合わせるのを避ける為、頻繁に映画館に足を運び、上演されている人気作品をほぼ制覇した。
 但し、一番の話題作は、R18指定であった為、鑑賞できなかったことが唯一悔やまれた。
 航程の後半は、ほぼ毎日行動を共にしていたフレデリーケによると、フェザーンは元々帝国よりも自由な気風で、思想統制も緩かった為、映画は世相やその時代の人々の価値観を強く反映しているという。
 かつて、短い間フェザーンを訪れた経験があるというフレデリーケによると、フェザーンという星や、フェザーン人を手っとり早く知るには、ソリヴィジョン映画は最適な媒体だという。
 そう言われて観た映画は、歴史スペクタクルからサスペンスもの、恋愛ものなど幅広かった。
 ローエングラム王朝に代わり、検閲が緩和されたこともあり、旧体制下では上映不可能だった作品が次々と発表され、多くの傑作を生んでいた。
 だが、それらの作品で、ほぼ共通して語られるのが、封建社会での結婚や後宮制度、側室制度に対しての批判的姿勢である。
 大雑把に解釈すると、フェザーン人の価値観では、恋もしたことがなく、家柄や身分を優先させて、家同士の結びつきとして結婚するのは不幸なことであり、自由に多くの恋愛経験を経て成長し、最後に理想のパートナーに出会うのが最も幸福な人生であるということになる。
 ロイエンタールの人物よりも、彼の権力を欲して結婚したエルフリーデも、側室に世継ぎが産まれたフレデリーケも、そんな場面を観る度に複雑だった。
「お前は、たくさん恋愛をしてきたから、フェザーン人的には幸せな人間なのね」
 最後に私と結婚したことが幸せなのかどうかはわからないけど。という言葉をエルフリーデは、呑みこんだ。
「でも、そんな風に決めつけられると、何だかいい気分じゃないわ。私達、別にフェザーン人に同情される程みじめではないもの。結婚は、当人達だけの問題じゃないし、互いの家のことも重要だわ。恋愛する人がそんなに偉いのかしらって」
 黙って聞いていたロイエンタールは、形の良い唇をへの字に曲げて小さく嘆息する。
 いったい、お前は俺のことを何だと思ってるんだ? と訊いてみたい衝動を抑える。
 少なくとも俺は、女に対して愛だの恋だのといった感情を持ったことなどない。
 お前に出会うまでは…
 口に出して言う代わりに、ロイエンタールは、いきなり幼妻を掬い上げるようにしてバスタブから立ち上がった。
「観はぐってしまった映画の埋め合わせをしてやろう。実体験した方が何百倍も感動できるぞ」
 妖しく光る金銀妖瞳と視線が交叉すると、エルフリーデの胸は、恐怖と期待とが綯い交ぜになった。
 送風乾燥が、一瞬にうちに髪と皮膚表面の水分を吸収していくと、ロイエンタールは、そのままの格好でバスルームを出た。
 ふと、ベッド脇のカウチに、見慣れない形のオレンジ色のシルク地のクッションが置かれているのが目に入った。一辺が20pくらいの三角柱を横にした形で、6、70p程の長さのある少し硬めのものだった。これもオリエンタル風とかいう内装の一部か。
 ロイエンタールは、身籠っているエルフリーデの身体を丁寧に寝台に降ろすと、何かを思いついて、その変わった形のクッションを彼女の足元に置いた。
 エルフリーデが、その行動の意味を問う間もなく、ロイエンタールの身体が覆い被さってきた。
「…待って…お前、子供がいるのよ…」
 愛撫を始める夫に、幼妻は小さく抗った。
「わかっている。安心しろ、そっと動いてやるから」
 耳元で囁かれた最後の一言に、エルフリーデはかっと頬を朱に染めた。
 何という恥ずかしいことを平気で言うのか。この男は。
 だが、本当に言葉の通り、ロイエンタールは、いつもの何倍もの時間をかけてエルフリーデを高まらせた。
 乳白色の陶磁器のような肌は薄紅色に染まり、花芯が熱く疼く。
 甘く漏れる吐息を押し殺しながら、エルフリーデの中心は、愛撫を続ける男を求めて濡れそぼっていた。
「俺が、欲しいか?」
 再び耳元で囁かれた低い声に、エルフリーデは答える代りにきつく目を閉じて顔を背けた。
 ふっと嗤う男の気配を感じたと同時に、下肢が一瞬宙に浮いた。
 ロイエンタールは、先程のクッションをエルフリーデの腰の下に挿し込むと、ゆっくりと自身を彼女の中に沈めていった。
 エルフリーデは、クッションで腰を支えられた形で、自分の中心を捧げる格好になったが、誇り高い彼女に、不思議と屈辱感はなかった。
 身体の芯が燃えるように熱くなり、甘い痺れが走る。
 常よりも負担が少なく受け入れることができ、より深く繋がっている感じがした。
 比翼連理の絵が見下ろす中、2人は身体を絡ませていた。
 ロイエンタールは、当初こそ約束通り懐妊している妻を気遣ったが、次第に動きが早くなり、どこか先を急ぐような激しさでエルフリーデを征服していった。
 この女が、自分だけのものであるのは、あと僅かだという思いが、彼を突き動かしていた。
 大神オーディンは、実の親に愛されなかった双色の瞳の少年を憐れんで、この女を創りたもうたのだ。
 だから、俺にはこの女一人で十分だ。
 この時点でのロイエンタールにとって、まだ気配すらない我が子は、自分とエルフリーデの間に突然割り込んできた闖入者だった。



 羽のように軽い幼妻の身体を胸の上に抱いたまま、ロイエンタールは、充足感の中、フェザーンでの最初の朝を迎えた。
 目覚めると、オーディンの邸でしていたように、寝室に朝食を運ばせた。
 この日、エルフリーデは、玄関ホールで出仕する夫を見送った後、シュヴァイツァー夫人を伴って、邸の斜向かいに位置するフェザーン中央病院へと向かった。
 本来なら、歩いた方が近い距離を、わざわざ車を使って迂回する形で到着すると、要人専用の裏口から人目を避けて中に入った。
 先行していた執事によると、フェザーン内でのエルフリーデへの関心の高さは尋常でなく、オーディンとは比べ物にならないくらい遠慮のないマスコミが、邸の周囲を取り囲み、その姿を捕えようと狙っているという。
 その為、車もわざわざ一般家庭用の小型の自動運転車を用意し、使用人が買い物にでも出る素振りで裏口から発進させた。
 老練な執事とシュヴァイツァー夫人が前以って手配を済ませていたお陰で、エルフリーデ達は病院内に入ると、万事心得た感じの係員に案内され、VIP専用病棟の産婦人科フロアで、専門医の診察を受けた。
 この病院は、表向きは公立の総合病院で、あらゆる階層の一般市民患者を受け入れているが、その裏で昔から帝国内では治療不可能な病に罹ったり、政治的意図で姿を隠したい皇族や大貴族専用の特別病棟を持つことが一部に知られていた。
 王朝が代わっても、その需要は健在らしく、今でもリップシュタット戦役や、ハイネセンに正当政府を樹立した貴族達の生き残りが何人か潜んでいるらしい。
 新政府は、既に抵抗勢力ではなくなった彼等を見て見ぬふりをして見逃してやっていた。
 立地面や設備面だけでなく、このような病院の性質上からも、ここはエルフリーデが出産するのに最適な場所と言えた。
 今日、ここを訪れたのは、正式な主治医と副主治医、主任看護師を選定して、最初の診察を受ける為である。
 フェザーンの最新医療機器では、子宮内を立体映像で見ることができるので、胎芽の状態まで確認できる。
 また、出産予定日を明確にし、今から彼女の身分に相応しい病室を抑えておくことも重要な目的の一つだった。
 エルフリーデの主治医には、60代の産婦人科長が当たり、今後実際に検診を行う副主治医には、40前後と思われる女医が就くことになった。
 恐らく、帝国中が注目する中で産まれてくると思われる子の為に、病院側も人選に最善を尽くした。
 診断の結果は、船医の見立て通り、間違いなく現在妊娠6週5日であり、出産予定日は、来年5月28日前後であるとのことだった。
 だが、宙に浮いた形の自分の子宮内の立体映像を見ても、エルフリーデには全く妊娠の実感は湧かなかった。
 主治医の老医師が、僅かな突起のようなものを指し、
「これが、お子様です」
 と言われても同様だった。
「まだ、3pにも満たない大きさですし、つわりもない時期なので、無理もありません。これからだんだんと大きくなるにつれ、人間らしい形になってきますよ」
 穏やかな医師の言葉に、少し和んだ気がした。
 しかし、その後に告げられた思いもよらない言葉に、エルフリーデよりも付き添ってきたシュヴァイツァー夫人の方が先に眉を顰めた。
「大変申し上げ難いのですが、最上級の特等A室が既に予約済みの為、確保ができません。伯爵夫人には、恐れ入りますが、特等B室にご入院頂くことになります」
 額に薄っすらと汗を滲ませながら、本当に申し訳なさそうに言う医師に、エルフリーデとシュヴァイツァー夫人は、怒りや非難ではなく、疑問の目を向けた。
 この病院の性格上、暗黙の了解として、患者の身分で部屋割を行うはずだった。
 7ヶ月も先の日付で、病室を予約するということは、出産以外には考え難い。
 しかし、付き添っているシュヴァイツァー夫人には、未だ皇帝に皇妃もなく、エルフリーデ以上の身分の女性の出産など有り得ないことに思える。
 同じ帝国元帥であるオーベルシュタインは独身であり、尚書クラスの文官の夫人や娘で出産するような年齢の者はいない。
 第一、軍事独裁政権のローエングラム王朝では、皇帝の次に位置する者は、文官の尚書ではなく、事実上軍を統括する元帥であることは、周知の事実だった。
「実は、丁度同じ時期に、リンダーホーフ侯爵夫人がご出産されるということで、一昨日、出産予定日の前後2週間を押さえてしまわれたのです」
 医師の説明に、エルフリーデ達も漸く得心した。
 リンダーホーフ侯爵は、ゴールデンバウム王朝の止血帝エーリッヒ2世の即位前の称号である。
 即位後、侯爵号は、成人した第3皇子に与えられ、以後、王朝末期まで絶えることなく代々続いていた。
 だが、エルフリーデには、この侯爵家の現当主について記憶がなかった。
 出産するというからには、若い女性なのだろうが、貴族女学院の同級生や先輩で名前を聞いた覚えがない。
 母親が公爵家の出身で、ゴールデンバウム皇室とも血縁関係にあるエルフリーデにしてみれば、血統ではひけをとらない相手だったが、爵位が上位であるのは確かであり、旧貴族社会の慣例に従えば、ここは譲らなければならない。
「わかりましたわ。そういうことでしたら、仕方ございません。侯爵夫人のご懐妊をお祝い申し上げます」
 エルフリーデは、そう言って、医師達をほっとさせた。
 入院と言ってもどうせ数日のことであり、大通りを隔ててすぐ目の前が自邸であるし、部屋の等級程度のことで意地を張ることもないと思った。
「それにしても、リンダーホーフ侯爵家は、随分と羽振りがよろしいんですのね。確か、リップシュタット戦役では、ブラウンシュバイク公にお味方なさったので、財産は没収されたはずですが…」
 年の功で、貴族社会の事情に通じていたシュヴァイツァー夫人が不思議そうに尋ねると、言われてみればその通りだと思ったエルフリーデも一緒に疑問の目を向けた。
 現在、新王朝下で隆盛を誇っている貴族と言えば、旧王朝末期のローエングラム公時代からラインハルトを支持してきたマリーンドルフ家とその一門くらいである。
 その彼等でさえ、質素を好む皇帝に遠慮してか、昔のような贅沢は慎んでいる。
 戦役に加わらず、生き残った他の貴族達も、新体制下で悉く特権をはく奪され、これまでのような生活はできなくなったはずだった。
 この病院の特別病棟の特等室は、1泊がフェザーン市民の平均月収に相当する。
「いえ、羽振りがいいのは、侯爵家ではなく、御夫君の方です」
 主治医は、どうせこちらでは知られていることだからと言って、事情を話してくれた。
 彼によると、ブラウンシュバイク公爵家と縁戚関係にあったリンダーホーフ侯爵家は、リップシュタット戦役時には、当然の如く公に味方することを表明した。
 しかし、初老にさしかかった年齢の当主の侯爵自身は、その当時、フェザーン回廊に近い領地惑星で病気療養中であり、妻と娘がそれに同行していた。
 代わって息子達が、ブラウンシュバイク公等と行動を共にし、ガイエスブルク要塞に籠ってローエングラム軍と戦った。
 しかし、血気に逸るだけで、戦略も実戦経験もない彼等は、相次いで倒され、息子達の戦死の報を受けた侯爵は、親族と数名の従者を連れて、いち早くフェザーンに亡命してきた。
 そこで、領地惑星を出る時に持ち出した僅かな資産を元に事業を始めたのだが、殿様商売が上手くいくはずもなく、逆に莫大な借金を抱えてしまった。
 しかも、折から体調が悪かった侯爵は、急激な環境の変化によるストレスのせいか、バーラトの和約が締結された直後、心臓発作で急逝してしまった。
 その時点で、有名無実化した爵位は、自動的に兄弟を全て失くした長女ルトヴィカが継いで、彼女がリンダーホーフ侯爵夫人となった。
 とは言え、彼女にあるのは、今や名ばかりの侯爵号と、養わなければならない母親や親族達、そして、父が残した莫大な借金だけだった。
 そんな彼女に、自分との結婚を条件に、救いの手を差し伸べようとする男がいた。
 一代でフェザーンでも指折りの豪商に成り上がった、ルトヴィカより20歳以上も年上の中年男だった。
 貴族特権が廃止され、名ばかりとなった爵位でも、それに価値を感じる人間もいるということなのだろう。
 母親と、ここまでついて来てくれた親族達の為、侯爵夫人は、親子程も歳の離れたその成り上がり者の求婚を受け入れた。
 これが半年前のことだという。フェザーンの社交界では、既に彼女を知らぬ者はいないらしい。
 話を聞いていたエルフリーデは、自分同様に数奇な運命をたどる帝国貴族女性に、深い同情を覚えた。
 彼女こそ、ヒルダがその行方を案じていた同級生の一人、ルトヴィカ・フォン・リンダーホーフであることを、エルフリーデはこの時まだ知らなかった。
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