egotop
Egoist
Mail
HomeAboutMainLinkLog&PresentBlog
エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(32)
 御前を辞したエルフリーデは、先日の夜会の折のように、複数の男性達とダンスを踊ることはなかった。
 そんな心境になれないこともあったが、今はなぜか少しでも夫と離れたくなかったのだ。
 エルフリーデは、最初のワルツを夫と踊った後、ずっと彼の腕に寄り添い、時折近づいてくる人間に適当に相槌を打ちながら、ひたすらお開きになるのを待った。
 ロイエンタールも、何も言わずに、ずっと慣れないヒールの高さに足が痛くなった幼妻を支えてくれていた。
 深夜の11時近くになった頃、そんな2人に近づく一組の男女がいた。
「元帥閣下、伯爵夫人、お久しぶりです。いや、伯爵夫人は今宵もお美しい」
 賑やかに現れたのは、マリーンドルフ伯の縁戚で、宮内省次官の要職にあるツェルプスト子爵だった。相当酒が入っているらしく、足元が少しふらついている。
 しかも、同伴している女性は、エルフリーデと旧知の子爵夫人ではなく、見知らぬ若い女だった。多分、これが、先日子爵の子を出産したという側室なのだろう。
 サビーネ逝去の情報は、文官ではまだ尚書クラスまでで止まっている為、事情を知らないのだろうが、この騒々しさには、エルフリーデだけでなくロイエンタールも不快感を露わにした。
 何より、エルフリーデには、フレデリーケという立派な正妻がいるのに、このような場に、妾を堂々と連れてくる子爵の非常識が不愉快だったし、女の慎みのない態度にも腹が立った。
「こんばんはー、伯爵夫人。本当におきれいですわぁ」
 鼻にかかった甘えた声でそう言った子爵の側室らしき女は、エルフリーデより2、3歳年上に見えるだけの若さだった。
 こういう場に不慣れなのは仕方ないとしても、自分より若いと思ったエルフリーデを軽く見たのか、完全に公式の場での格上の人間に対する礼節を欠いている態度だった。
 子爵の方も、酒の所為もあったのだろうが、マリーンドルフ家の一門だということで、気が緩んでいるのか、建国の功臣である帝国元帥へ敬意を払うのを忘れている。
 あの思慮深いマリーンドルフ伯と、聡明なフロイラインの血縁とは思えない程の軽薄さだ。
 それでも、ロイエンタールもエルフリーデも、皇帝臨席の公式行事で、他の列席者と揉め事を起こす愚は避けたいという一般常識は持ち合わせていた。
「伯爵夫人、そのドレス、とってもステキだわぁ。どちらでお買いになったの?」
 女は、エルフリーデの身に付けているものに、興味があって仕方ないらしく、しきりに出所を尋ねてくる。
 エルフリーデは、仕方なく、これは買ったのではなく、スポンサー契約を結んでいるブランドから提供されたのだと答えると、女は周囲に聴こえる声で大げさに感嘆の声を上げた。
「ええぇー? じゃあ、それ、タダなんですかぁ? すごーい! 羨ましいわぁ!」
 エルフリーデは、今度こそ傍目に判るほど不愉快な表情を作ったが、それでも何とか黙って我慢した。こんな下賎の者の為に、自分がゴシップのネタになることの方が耐えられない。
 しかし、初めて宮殿に足を踏み入れて有頂天になっている下級貴族の娘には、それさえも読み取ることができなかったようで、更に馴れ馴れしく伯爵夫人に話しかけてきた。
「伯爵夫人にも、早くお子様ができるといいですわねぇ」
 他意はないのだろうと解っていても、エルフリーデはドキリとした。
「やっぱり、女は、旦那様の子供を産むことが一番の幸せですわよぅ。どんなに身分が高くてご立派でも、子供を産めない女なんて無価値だわ。その点、伯爵夫人ならお若いし、これからたくさんお産みになれますわねぇ」
 何ですって!? お前のような女が、フレデリーケ様を貶めるのか?
 女にしてみれば、阿るつもりで言った言葉であろうが、エルフリーデは激怒した。周囲の目がなければ、目の前の若い女を平手打ちしていたかもしれない。
「おいおい。元帥ご夫妻は、まだご結婚されて2ヶ月だぞ。それに伯爵夫人はお前よりお若いんだから、まだずっと先の話だよ」
 流石に子爵がその場を取り成そうとしたが、相変わらず酔っているのか、呂律が回らない。
『ブタどもめ!』
 ロイエンタールは、嫌悪感を隠そうともせず、目の前の男女に、双色の瞳で冷たい視線を投げた。
 彼は、エルフリーデ以上に不愉快だった。
 ロイエンタールは、昔から子作りの為の性行為を行なう男女や、跡継ぎを作る為の結婚というものに、激しい嫌悪感を覚える。
 ただし、これは、封建的な帝国社会の価値観からは、少し外れていた。
 余人には理解し難いことだが、彼の頭の中で、エルフリーデとの結婚と子供の誕生は、最初から剥離していた。
 ロイエンタールは、相手が誰であれ、自分の子を持つ気はなかったし、自分の代でロイエンタール家は終わらせるつもりだとミッタマイヤーに語った言葉に嘘はなかった。
 彼は、他人が想像もつかない純粋さで、年齢半分の少女と結婚したのだ。
 彼がエルフリーデに望んだことは、無論、彼の子を産み、血統を残すことではない。
 彼女の何に惹かれたのかと問われても上手く表現できないであろう。
 彼が真情から求めたものは、彼女の若さでも美しさでもなければ、高貴な血筋でもない。もっと、根本的なもの。例えるなら、素のままの彼女自身の『核』のようなものだった。
 だが、酒に酔った子爵と、舞い上がっている女には、そんな元帥夫妻の心底を読み取る思慮は存在しなかった。
 女は、今度は、エルフリーデの左手中指にはまる8カラットのピンクダイヤに目を留めた。
 今夜の衣装は、ドレスとそれに合わせたハイヒールと首飾りと耳飾は、契約ブランドが用意した品だったが、ティアラとこの指輪だけは、レオノラの形見の中から、今夜のドレスに合うものを選んではめてきたのだった。
 地球産の天然ダイヤで、この大きさのダイヤとしては奇跡的なクラリティと美しい色を持つ一品で、ロイエンタールの父が、レオノラの為に、フェザーンの宝石商に頼んで3年がかりで手に入れたものだった。これ一粒で、商船が2、3隻買えるほどの値段だったが、購入した当人の息子もその嫁も、そんな金額などに無関心だった。
「それ、本物ですの?」
 無遠慮に尋ねる女に、エルフリーデは、ムッとして顔を背けた。
 貴婦人が、このような場所にイミテーションなどつけてくるわけがない。
「ばかだなぁ、お前の基準で考えるな。伯爵夫人が偽物をはめてくるわけないだろ」
 子爵が酔ったまま女を諭したが、その声さえエルフリーデには耳障りだった。
「こんな大きな本物のダイヤ、見たことないわぁ。それに、こんなきれいなピンク色・・・ねえ、伯爵夫人、これもスポンサーからの提供品ですの?」
「いいえ。これは夫の母の形見ですわ」
 目を輝かせてダイヤに見入っている女に、エルフリーデは素っ気無く答えた。
 それを聞いた女は、即座に傍らの子爵にしなだれかかった。
「ねぇん、だんなさまぁ〜、私にも、あんなダイヤ買ってぇ〜ん」
「無茶言うな、今の我が家にそんな余裕はないぞ」
「なら、大奥様の形見の大きなダイヤがあったでしょう? あれでいいわ」
「あれは、代々女主人に受け継がれるものだ」
「だって、奥様は滅多に外に出ないじゃない。持ってても無駄でしょ? それにお世継ぎの母は私なのよ」
 耳に入ってくる低俗な会話に、エルフリーデの怒りは頂点に達していた。
 地球学をかじりはじめていたエルフリーデは、フェザーンの先進医療、とりわけ妊娠の可能性を告げられてからは、産科医療に興味を持ち始めていた。
 帝国では、不妊治療どころか、不妊理由を検査しようとする夫婦も少ない中、フェザーンに行けば、子供に恵まれないミッターマイヤー夫妻や、側室に先を越されてしまったフレデリーケにも、子供ができるかもしれないと考えたのだ。
 正妻の方に子が出来れば、先に生まれていたとはいえ、跡継ぎは正妻の産んだ子で、側室腹の子は兄であっても庶子に過ぎない。
 しかし、今日、あらためてツェルプスト子爵と会ったエルフリーデは、あのフレデリーケが、これ以上無理してこんな男と一緒にいる必要などないと思い直した。
 この男には、この下品な女がお似合いだ。フレデリーケのような素晴らしい女性は勿体無さ過ぎる。子供の頃、結婚式で見たツェルプスト子爵家の令息は、もう少しマシな人間だと思っていただけに、今日の醜悪振りには、がっかりだった。
「ねえ、伯爵夫人、もっとよく見せてぇ〜」
 女が、無遠慮に手を伸ばし、エルフリーデの指に触れようとした時、遂にエルフリーデの堪忍袋の緒が切れた。
「無礼者! 分を弁えなさい!」
 一瞬でその場の空気を引き裂く叫びに、一喝された女も隣の子爵も呆然と口を半開きにして立ち尽くした。
「失せろ」
 続いて聴こえた帝国元帥の、低いが背筋が凍り付くような声に、一気に酔いが冷めた子爵は、女の手を引いて、あたふたとその場を離れていった。
 周囲の人々のひそひそと囁き合う声が聴こえる。
 前後の事情を知らない人間が、最後の場面だけを見れば、権門出のエルフリーデが、下級貴族出の娘を苛めたように映ったかもしれない。
 何より、公式行事の場で自分の感情を爆発させてしまったことに、激しい自己嫌悪を覚えた。こんなことを亡き父や母が知ったら、きっと叱られるに違いない。
 だが、そんなエルフリーデの一撃に、密かに拍手喝采している男がいた。
「お見事です。伯爵夫人」
 夫妻の後方で、一部始終を見ていたミュラーが、エルフリーデの手をとって口付け、ロイエンタールに握手を求めた。
「どうなることかと冷や冷やしていました。私が出て行く場面でもなし、正直、胸のすく思いでしたよ」
 フレデリーケを侮辱されたミュラーは、一瞬本気で子爵と女に殺意さえ覚えた。それを、寸でのところで伯爵夫人が救ったのだった。
 ロイエンタールもエルフリーデも、彼とフレデリーケとのフェザーンでの経緯など知るよしもないが、最近、軍部でも文官の間でも、マリーンドルフ家の威光を笠に着た貴族達の増長を快く思わない空気が存在していた。
「ほんと、私もすっきりしたわ。ツェルプスト子爵も、以前はもっと分別のある人だったのにねぇ・・・。これで少しは懲りて、目を覚ますといいのだけど・・・」
 そう言って現れたのは、子爵と女のすぐ脇で、メックリンガーと一緒にいたヴェストパーレ男爵夫人だった。
「元帥もよく我慢された」
 メックリンガーが、ロイエンタールに右手を差し出す。
「ああ、妻がああしなければ、俺が子爵を殴り倒していたかもな」
 冗談とも本気ともつかない口調で、そう答えるロイエンタールは、芸術家提督と固い握手を交わした。
 楽団が、ラストワルツを告げると、エルフリーデは、今宵2曲目のダンスを夫と踊って、新無憂宮を後にした。


「お前は、自分の子供を欲しくないの?」
 帰りのランドカーの中で、エルフリーデは、とうとう先延ばしにしていた話を切り出した。以前、エヴァンゼリンから、ロイエンタールが自分の血を残さないつもりでいると言っていたという話を聞いていたので、こんな言い方をした。
「ああ、いらんと思っていた」
 エルフリーデは、キッと顔を上げて夫を睨み付けた。
「俺には親になる資格がないからな。俺の子など、どうせろくな人間になるまいと思ってな。世間に迷惑の種を残さぬつもりだった」
「どうしてそう決め付けるの? 親になる資格がないと思っているなら、立派な親になれるよう努力なさい」
 姉さん女房のような口を利く幼妻に、帝国軍随一の名将は、苦笑を禁じえない。
「ああ、そうだな。俺は今でも子供など、煩わしい存在に思えるが、もし、お前が産むなら、悪い気はしない」
 今は、それが彼にとっての精一杯だった。
 実の親にも愛されなかった自分が、人の親になどなれるわけがないと思っていたが、この女が産む子ならば、違うかもしれない。
 この愚かしいほど一途で、無謀で、何よりも肉親を大切にするこの女の子なら、もしかしたら、自分の子であっても、まともに育つかもしれない。
 エルフリーデもまた、今はそれでいいと譲歩した。
 自分達は、大恋愛で結ばれた夫婦ではない。長く愛を育んできた2人の歴史もない。
 新婚旅行以来、この男なりに、自分を愛そうと努力してくれているのだ。
 夫が手放しで妻の懐妊を喜べない理由を、エルフリーデはそう解釈して自分を納得させた。
 ロイエンタールの妻に対する気持ちは、この時点ではまだ彼の熱情の100分の1も伝わっていなかった。
「ところで、渡航前検診の結果はどうだったのだ?」
 核心に触れる問いに、エルフリーデは、身を強張らせた。
「・・・・初期・・妊娠の可能性・・・・と言われたわ」
 エルフリーデは、俯いたまま夫の顔を見る勇気が持てなかった。
「そうか」
 静かに聴こえた声に、ほっと安堵する。
「乗船直前に、最終的な検査をもう一度しろ。渡航中は、絶対に船室から出るな。もし、確定なら、船医に予め報告しておけ」
 思いがけない親身な言葉に、エルフリーデは顔を上げた。
「他に医者は何か言っていなかったか?」
 ロイエンタールのところには、妊娠の可能性の件しか報告が届いていない。
「別に・・・何もないわ。健康そのもので、内臓疾患も感染症とかも問題ないみたいだし。あ、半年前の健康診断より、身長が2.5cm伸びていたわ。でも、体重が4kgも増えてたから、少し食事に注意しなきゃ」
 最後の一言に、ロイエンタールは鼻白んだ。
 妻とはいえ、自分は未成熟な子供を妊娠させてしまったのかという何とも言えない気分だ。
「成長期なのだから、当たり前だ。変な減量などするな。お腹の子に障ったらどうする!?」
 言った傍から、顔を背けた。
 エルフリーデの顔に、久しぶりに笑顔が戻った。


 翌朝、エルフリーデは、喪服に着替え、親族の子爵夫人と共に郊外の軍用火葬場に向った。
 サビーネの葬儀の参列者は少なかった。
 異母姉ヘレーネと、乳母のカルツ夫人、エルフリーデを含めた数名の同級生たちと元の使用人達、ヒルダと対策室の軍人が数名。
 皇帝の孫娘の葬儀としては、誠に侘しいものだったが、参列者全員が、心から彼女の死を悼んでいるのが救いだった。
 質素だが、心のこもった告別の儀式に、遺族を代表する形で異母姉のヘレーネが参列者に謝意を述べると、午前中で葬儀は終了した。
 ヘレーネに、花嫁衣装を着せてくれたことにもう一度お礼を言われると、エルフリーデは、後発部隊でフェザーンへ行くという彼女と連絡先を交換した。
「あちらでは、裁判を傍聴したいと考えております」
 というエルフリーデに、ヘレーネはもう一度表情を引き締めた。
『そうだ。まだこの事件は終わっていないんだわ。むしろ、これからなのよ』
 ヘレーネは、フェザーンでも対策室へ出向する予定であることを告げると、絶対に最後までこの事件を解明し、罪人達が全員処断されるまでやり遂げると誓った。
「ヘレーネ様・・・」
 エルフリーデは、亡き友人の姉の手を握り締めると、フェザーンでの再会を固く約束した。
 葬儀の後、エルフリーデは、参列した同級生達と長楽宮へ行き、一緒に昼食を摂り、オーディンでの別れを惜しんだ。
 涙ぐむ友人達に、これからはフェザーンとの行き来の便も増えるし、往来し易くなるので、また会えるようになると言って励ました。
「私、本格的に多国籍料理の勉強をする為に、来年フェザーンの専門学校に留学するつもりよ。長楽宮の支店も作るから、その店を手伝いながら学校に通うつもり」
 カタリナが涙を拭いて元気に言うと、他の友人達も、それぞれ自分の未来の抱負を語り出した。
 皆、大人達の起こした政争で、すっかり運命が変わってしまった少女達だった。
 どうか、もう、誰も不幸になりませんように。
 エルフリーデは、大神オーディンに、強く祈った。


9月16日。フェザーンへの出発を明日に控えたこの日、エルフリーデは、再度ジークリンデ皇后恩賜病院へ赴くと、専門医の診断を仰いだ。
 妊娠3週目後期に入っている可能性90%。
 それが診断結果だった。
 邸に帰って、侍女にそれを伝えると、邸内はお祭り騒ぎとなった。
 家令は、ハンカチで涙を拭い、独断で統帥本部の主人に知らせて、早く戻るよう促した。侍女の一人はすぐに先行しているシュヴァイツァー夫人に電信で朗報を送った。暫くすると、乗船する民間船に、専門医を同乗させるべきだとか、渡航中の世話をする女手を手配しようという話になった。
 古株の使用人達は、フェザーンへ持ち込む荷物の中に、レオノラの懐妊の時に誂えたマタニティドレスや、主人の赤ん坊の頃使用していたベビーベッド等も入れたらどうかなどと言っている。
 騒ぎが一段落すると、早くも子供の性別の話になり、あれこれと想像を巡らせはじめた。
「坊ちゃまでも、お嬢様でも、それはお美しいお子様でしょうね」
 侍女達は、まるで自分が妊娠したように嬉々として言う。
「まだわからないわよ。完全に確定したわけじゃないのだし・・・」
 エルフリーデの方が困惑していると、すっかり子供が生まれる気になっている使用人達が一斉に、「9ヶ月なんてあっという間ですよ」と言って更に盛り上がっている。
 オーディンに残る者は、子供を実際に抱けないことを残念がり、生まれたらぜひFTLで映像を送って欲しいとねだった。
 活気付く邸に、午後6時に主人が帰宅した。
 使用人達は、口々に祝いの言葉を告げると、主人は妻と同じように「まだわからない」と熱のない声で言う。
 それが、照れている時の彼の口調だと知る家令は、またそっと涙を拭った。
 オーディンでの最後の夜となったその夜、エルフリーデは、自ら望んで夫の寝室で抱かれた。
 明日からフェザーンに着くまで、二週間もの間離れなければならない現実が、彼女に余計な殻を破らせた。
 今の時期では、夫婦生活について特に自粛することはないらしいが、ロイエンタールの愛撫は、これまで経験したことのない程丁寧で優しかった。
 一つ一つの動作を確かめるように、白磁の肌に刻みつけていく。
 長い時間をかけて、昇りつめ、深く一つになって一度だけ達すると、あとは崩れるように互いの身体を絡ませて、繋がったまま朝を迎えた。
 もしかしたら、この男は、私が思っているよりも強く、私を思っているのではないか? 
 自分の胸の上で無防備に眠る男の顔を見て、エルフリーデはふとそんな風に思った。


新帝国歴1年9月17日早朝、皇帝の本隊を含む帝国の大艦隊が、一斉に軍用宇宙港を飛び立った。
 同時刻、民間船用の宇宙港から、エルフリーデは、フェザーン資本の会社が運行する豪華客船『ヴェルサイユ』に乗り込んだ。
 全室個室の最新鋭の快適な船の中で、1室しかないロイヤルスイートを同じく夫についてフェザーンへ移住するゴットルプ子爵夫人と子供達と共有することになった。
 公職に就いている叔父の子爵本人は、他の文官達と戦艦に割り振られて移動するので、民間船には乗っていない。
 エルフリーデは、28歳になる若い義理の叔母とも仲がよく、従弟妹にあたる幼い子供達も彼女に懐いていた。
 部屋は、広いダイニングとリビング、主寝室が2つに少し狭いサブ寝室が一つ、各寝室に併設のバスルームの他に、プールのように広いオーブンビューのジャグジーバスがあり、星々の大海と大艦隊を眺めながら入浴できるのだそうだ。
 エルフリーデは、一番広いツインタイプの主寝室を子爵夫人親子に譲り、自分は一回り狭いクイーンサイズベッドが一つの部屋に入った。サブ寝室には、子爵一家に同行する長年仕えているという年配の婦人が入ることになった。
 娘夫婦をオーディンに残してのご奉公とのことだったが、シュヴァイツァー夫人同様、はじめてのフェザーンに期待で胸を膨らませている様子だった。
 400人を越す乗客の快適な船旅の為に、優秀な船医や看護師が何名も乗船しているとのことだったが、同じ部屋に出産経験者が2人いてくれることは、エルフリーデにとって心強かった。
 同行するロイエンタール邸の男の使用人達も、同じ船の2等船室がそれぞれ充てられているはずだった。
 窓の外は、出向を待つ同じフェザーン行きの客船で埋まっている。
 それぞれグレードが異なり、設備や等級で運賃も違ってくるらしいが、出発自体はそれらに関係なく合理的基準で順番が決められた。
 膨大な人数の乗船手続きは、半日以上を要し、エルフリーデ達の乗った『ヴェルサイユ号』がオーディンの地表を離れたのは、既に夕刻だった。
 次第に小さくなる大地を眼下に、エルフリーデの胸に様々な思いが去来する。
 父と母が眠る地。エーリッヒの眠る地。そして、サビーネが眠った地・・・
 大本営が移動し、正式な遷都が布告された後は、元帥夫人として暮らすエルフリーデが再びこの地に戻るのは、いつのことになるかわからない。
 大気圏を抜け、もう一度窓の外を見ると、美しい惑星オーディンの緑の大地が眼下に広がっていた。
『私は、前に進まなければいなけい。生きていくのだから・・・さようなら・・・オーディン』
 エルフリーデは、万感の思いで、生まれ育った地表に別れを告げた。
BACK TOP NEXT
footer
Copyright(C)2010 Jeri All rights Reserved.