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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(3)
 帝国歴489年9月20日、ゴールデンバウム王朝最後の皇帝にして最初の女帝、カザリン・ケイトヘン一世が即位すると、その年の11月には「神々の黄昏」作戦が発令され、12月には帝国軍がフェザーンを制圧した。
 その間、急速に崩壊していく貴族社会の中で、エルフリーデのシャフハウゼン子爵邸に於ける生活は、これまでとさして変わらぬ水準を保っており、平穏な日々であった。
 子爵夫妻は、孤児となった伯爵令嬢を最大限に気遣い、この情勢下にあっても不自由をさせないよう気を配った。子爵家の幼い二人の息子の存在も、家族を喪ったエルフリーデの慰めになった。
 それでも、今の自分の境遇が、奇跡的に善良な子爵夫妻の好意の賜物であり、異例中の異例であることを認知するには、生粋の貴族であるエルフリーデは若すぎた。
 リップシュタット戦役以降、エルフリーデの通っていた女学院の生徒達は、門閥貴族派の親に従ってオーディンを脱出する者が過半数を超え、教室は閑散とし出した。更に戦役終結後も、自家の没落で退学者が相次ぎ、リップシュタット戦役末期に、遂に休校に追い込まれた。
 かつて、同じ教室で学び、共に社交界デビューする日を夢見たクラスメイトの殆どと、連絡がとれなくなった。中には、疎開先の領地惑星で、領民が叛乱を起こし家族共々皆殺しにされたらしいという噂が伝わってくる友人もいた。
 そんな中で、オーディンに留まり、一応爵位も領地も安堵されて、親身になってくれる保護者もいる自分は、恵まれているのだと、頭ではエルフリーデにも解っていた。だが、何の罪も無い友人や親族の女性や子供の多くが、収容所や流刑地にいることに、どうしても心が納得できない。貴族という特権階級に生まれ、その特権を血統に拠る当然のものとして教えられて育ったエルフリーデには、下級貴族出身のローエングラム公が、由緒正しい門閥貴族を処断すること自体が許せなかったし理不尽だった。
 何よりも、暗殺未遂事件の真偽がどうあれ、エーリッヒを始めとする明らかに無関係な一族の少年達までが処刑されたことに、深い悲しみ以上に、激しい憤りを感じてしまうのだ。
 しかし、今や政治、軍事の両権を握るローエングラム公を相手に、真正面から不満をぶつけても、何も解決しないことは、流石にエルフリーデにも理解できた。
 エルフリーデは、ゲルラッハ邸にいる頃から、しきりに流刑地にいる親族の放免を主張したが、ゲルラッハは消極的だった。自分の立場を充分過ぎる程理解しているゲルラッハにとっては、藪を突くような真似をして、粛清の格好の口実を自ら与えるようなことはしたくなかった。今はひたすら耐え忍び、時が来るのをじっと待つべきだと諭したが、エルフリーデは聞き入れなかった。
「フロイラインには、まだ理解できないことかもしれませんが、権力闘争とはそういうものなのですよ。もし、あなたの大叔父様がご健在なら、ローエングラム公らが動く前に我々が彼等を粛清していたかもしれないのです。そうなれば、ローエングラム公や幕僚達だけでなく、その家族にも類が及んだはずです。ローエングラム公はまだ、10歳以下の子供と女性はお許しになったが、我々は一切の禍根を断ったかもしれない・・・」
 ゲルラッハが嘆息してそう言うと、エルフリーデは大きく目を見開いて言葉を失っていた。
 そんな! これは正義の戦いではなかったのか!?
 共にブラウンシュバイク公等の専横を打倒する為の枢軸体制ではなかったのか!?
 自分が今まで信じてきたものが、全部嘘だったというのか!?
 エルフリーデの中で、様々な思考が目まぐるしく交叉する。
 ゲルラッハは、更に言葉を継いだ。
「或いは、先のリヒテンラーデ公の突然のご逝去がなければ、私もあなたのお父様達を説得して、ローエングラム候に忠誠を誓約するといったことは考えなかったはずです。カスパー殿もあのような暴挙に出られることはなかったでしょう。さすれば、あの状況下で、先にローエングラム候がクーデターを起こしたら、あなたも今頃は流刑地にいたかもしれないのですよ」
「そんな! だから今のままで我慢するべきと、そうおっしゃるの?」
 エルフリーデは、眩暈を感じるような衝撃を抑えながら、自分を叱咤するように叫んだ。
「そうは申し上げてません。ただ、時期を待つべきと」
「私はイヤよ。どうして何も悪いことをしていないエーリッヒ様やヨーゼフ達が処刑されて、叔母様達やマリア・アンナが流刑地に送られるの? そんなの絶対に間違ってるわっ!」
 自分が男だったらと、エルフリーデは何度思ったことかわからない。
 男だったら、私も幼年学校か士官学校を出て、ローエングラム候のように武勲を立て、彼よりも強大な力で一族を守ってみせるのにと。
 それでも、ゲルラッハは、大きな青い瞳に悔し涙を滲ませる令嬢に根負けしたのか、「上手くいく保障はありませんが」と断った上で、いくつかの提案をした。
 まず、ローエングラム候の宰相就任と、公爵への昇格を祝い、エルフリーデが相続した伯爵領の半分を献上して恭順の意を示すこと。その上で、頭を低くして、流刑地にある一族の内、リヒテンラーデの本流から遠いものや高齢者、乳幼児とその母親の釈放を請願するというものだった。
 領地の献上というのは、エルフリーデには不本意だったが、今や当主もなく、未成年の彼女一人で統治していくには、手に余るだろうと言われて、なるほどと思い直した。実際、元々領地経営などに携わっていなかった彼女には、半減したところでその実感はなかった。エルフリーデにとって、とりあえず残った領地から得られる収入で、赦免された一族達を養うことが第一で、再起を図るのはそれからだと考えたのだ。「請願」についても、屈辱的ではあったが、文書の上でのことなので、我慢できた。民衆の支持を背景に権力を奪取したローエングラム公は、貴族から召し上げた領地を領民の自治に委ねたり、オーディンから有能な行政官を派遣するなどして、臣民の生活の安定と向上に努めていると聞いていた。代々治めてきた領地と領民の今後を思えば、その点でも安心できた。
 これらが功を奏したのかどうかはわからないが、間もなくして、80歳を超える高齢者と、乳児とその母親が赦免されてオーディンに戻ってきた。彼等は、ゲルラッハが手配したコールラウシュ家が所有していた郊外の別邸に身を落ち着けることとなった。
 エルフリーデは、ゲルラッハ夫妻の助言を得て、老人は、このままここで生涯を終えることができるよう、若い母親とその子供達は、将来経済的に自立できるよう計らうことにした。経済的自立とは、即ち労働により代価を得るということに他ならない。これは、平民から吸上げた富で、夫や父親に一生養われるのを当然として育った貴族女性には、俄かに受け入れ難いことであった。しかし、現実問題として、貴族は次々に財産を没収され、今までのような不労所得的な収入は得難くなっている。ローエングラム政権が続く限り、今後、その傾向は益々顕著になることは疑いない。
 特にリップシュタット盟約に加盟した貴族の親族の中には、無一文で放り出され、オーディンの街を彷徨っている者も少なくないと聞く。彼等に比べれば、粗末とはいえ、一応衣食住の保障された流刑囚の方がまだましであると言えた。これからは、貴族といえども、公職に就くか、自分で商売でも始めるか、どこかの企業に勤めるかしなければ、生活できない世の中になるのは必至だった。権力の中枢近くにいたエルフリーデにも、一旦流刑という憂き目にあった一族の人間にも、それは実感として伝わっていた。
「ここでお世話になりながら、この子を大学に行かせて、将来は閣下のように官僚になってくれればと思っています。私も、何かできるお仕事があれば、働きたいと思っています」
 ゲルラッハ夫妻とエルフリーデが別邸の様子を伺いに訪問した際、2、3歳の幼児を連れたさる男爵夫人が、ゲルラッハに向ってそう言うと、それに呼応するように、幼い子を抱えた若い母親達が、次々と自分もそうしたいので、尽力をお願いしますと頭を下げた。彼女達の夫も父親も処刑されている。頼るものがない状況になって、リヒテンラーデ一族の女性たちは、意外な逞しさを見せてエルフリーデを力づけた。
 更に嬉しいことに、門閥貴族連合側として収容所に送られた貴族や関係者も、段階的に釈放されてきたので、エルフリーデは、音信不通となっていた学友の何人かと再び交流できるようになった。もっとも、これは、エルフリーデの働きかけによるものではなく、収容所のキャパシティの問題で、反ローエングラム政権的な活動の心配の低いものから順に解き放って負担を軽減した過ぎない。
 貴族女学院も再開され、エルフリーデ達も1年遅れで卒業できることになった。
 代々優秀な官僚を輩出してきたリヒテンラーデ一族の娘らしく、彼女はこの学院では、首席を争う数名の上位グループに属していて、学校生活は充実していた。
 しかし、それでもエルフリーデの気持ちは晴れなかった。
 彼女の本当の目的は、エーリッヒの母と姉妹、リヒテンラーデ直系のマリア・アンナとその母親の釈放にあった。また、年頃を迎えている女性達もこのままでは辺境の地で朽ち果てる事になりかねないし、就学齢に達する子供達も教育の機会に恵まれないままでは、たとえ何年後かに釈放されても人生を取り戻せない。
 エルフリーデは、尚も強く残りの一族の釈放を主張した。
 だが、1年足らずで親族の過半数を放免し、主犯と一族第一の重鎮の家族まで続け様に赦免しては、処断そのものが不適当であったと言わんばかりで、帝国の威信に傷がつく。
「今回は、これで充分な成果と言わねばなりますまい。第一段階としては、成功と言えます。後のことは、追々情勢を見て、タイミングを計りましょう」
 ゲルラッハにそう言われて、エルフリーデも一旦引き下がることを承諾した。
「近々にまた恩赦はある。次に行動を起こすとすれば、今度また大きな軍事的成果を挙げた時か、あるいは・・・」
 と言ってゲルラッハは口を噤んだ。
 何か重大な、言葉に出すのがあまりにも憚られることを飲み込んだように見えた。
 エルフリーデは、ゲルラッハが飲み込んだ言葉の続きを待ったが、遂に彼はそれを語ることなく、幼帝誘拐事件で自裁させられるのである。
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