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ハーレクインもどき −番外編(2)−
 3日程地方視察から戻らないというロイエンタールが留守の間、エルフリーデは家令やシュヴァイツァー夫人等と協議し、招待客の人選や、バンケット業者の手配、自らのドレス選び等を着々と進めていた。
 日取りは、10日後の軍の公休日を選び、エルフリーデは内心気が進まなかったが、宮内尚書を通じて皇帝の行幸も仰ぐことにした。ロイエンタールの立場ならば、直接彼の口から願い出ても皇帝は快諾しただろうし、むしろその方が話は早かったが、老練な家令の配慮で、ここは文官の顔を立てることにした。
 ロイエンタール邸で近々夜会が開かれるらしいという話は、次の日にはオーディンの上流社会中に知れ渡ることとなり、主の了承を待たずして、夜会の開催は既定の事実と化してしまった。
 ロイエンタール邸の使用人達も、この企画に家令からコック、従僕に至るまで、どこか浮き足立っており、明らかに楽しんで準備を進めている。
 彼等にとっては、この邸がこれ程華やぐのは、先代夫人の存命時以来のことであるから、無理もない。
「お若い奥様がいらして下さり、やっとこのお邸にも灯が灯った。これまでお仕えしてきた甲斐があったというものだ。これでお子様が生まれれば、もう思い残すことはない」
 ロイエンタールが生まれる前から仕えている老執事は、そう呟くと、人目を忍んで涙を拭った。
 シュヴァイツァー夫人も若い侍女達もはりきっていた。
 旧王朝が滅び、度重なる外征と、新皇帝の質素な性癖を反映して、新王朝下では、ゴールデンバウム王朝時代の貴族的風習は、悉く排除されていった。貴族の社交界が事実上崩壊し、新無憂宮での贅を尽くした舞踏会や園遊会の類が廃止され、その分の予算を民間福祉に充てるという政策は、大多数の民衆の支持を得てはいたが、一方で、貴族相手の商売で生計を立てていた平民も確実に存在し、経済効果の面では一時的なアンバランスも産んでいた。貴族や裕福な平民相手の造園業を営んでいるミッターマイヤーの父も、この一年で業績が悪化した事業者の一人だった。
 そんな中で、今回国家の元勲たるロイエンタール元帥が、久々に大規模な夜会を開くとあって、貴族社会もそれに付随する人々も一時的に活気づいた。
 天気予報では、当日は夜まで晴天であり、気温も高いことから、中庭も開放することになり、急遽庭全体にも手を入れることとなった。勿論、選定された業者はミッターマイヤーの父の経営する会社だった。
 着々と準備が進む中、エルフリーデは、またしても同級生達の訪問を受けた。
 今度は4人組だったが、驚いたことに、全員髪をバッサリショートにしている。それぞれ髪の色も違えば、髪質もウェーブがかかっている者も直毛もいるので、それぞれ個性は保っているが、貴族女学院の生徒としては、斬新過ぎる。
「ど・・どうしたの?みんな」
 呆然と訪ねるエルフリーデに、リーダー格の少女が名刺大のカードを取り出して見せた。
「私達、『カイザーの寵姫を目指す会』を発足させましたの。だから、皇帝陛下のお好みの髪型に変えたんです。つきましては、コールラウシュ伯爵夫人には、来週の夜会に、ぜひ私達をお招き頂きたく、お願いに上がりました」
「・・・・寵姫って、皇妃を目指すのではないの?」
 彼女達は、この政変で没落したとはいえ、一応全員名の通った名門貴族の子女である。それが、まだ皇妃を娶っていない皇帝の妃になりたいならともかく、最初から愛妾になりたがるとは、エルフリーデは理解できない。
「それは、やはり、あの方はあまりに神々し過ぎて、隣に並ぶには気が・・・」
「それに、フロイライン・マリーンドルフもいらっしゃるし・・・」
「私たちは、皇妃になろうなんて、大それたことは考えてません。ただ・・毎週一度、順番にご寵愛を頂けて、お子を授けていただければ、それで天にも昇るくらい幸せなんです」「だって、あのカイザーですものねぇ・・・」
「どうしましょう、お傍に侍ったら、それだけで緊張して何も言えなくなっちゃうかも」「最初になんてお言葉をかけて下さるかしら?」
「カイザーともし、・・・・なことになったら、私、死んでもいいかも」
「私も。神様と一体になれるようなものかしら?」
 エルフリーデは、この第二陣妄想集団の会話を冷めた気持ちで聞いていた。
 皇帝は、姉君の件が長年の心の傷になっているらしく、後宮とか愛妾といった類を殊更嫌悪しているらしいと聞いたことがあったからだ。目指すとすれば、皇妃の座しかないが、フロイライン・マリーンドルフこそ最も相応しいと思っているエルフリーデには、皇帝と引き合わせたところで、どうにもならないことが解っていた。
 結局、彼女達にも、夜会への招待と、一応皇帝に拝謁できるよう取り計らうことを約束してご帰宅頂いた。
 ほっとしたのもつかの間、午後になると、また別の集団がやって来た。
「それで、みんなのお目当てはどの提督なの?」
 こうなると、予め心の準備ができているので、余裕だ。
 アールグレイの紅茶を優雅な手つきで口に運びながら、エルフリーデは6人の集団を見渡した。
「私達、あなたの結婚式の中継で、ミュラー提督を一目見て『絶対にこの方と結婚する』って思ったの」
 今度は「ミュラーファンクラブ」のメンバーらしい。
 曰く「何と言っても一番優しそうで誠実そう。それにカイザーやロイエンタール元帥よりも現実味のあるハンサム」なのだそうだ。
「結婚したら大切にしてくれそう」
「子供も3人くらい産んで、いい父親になるわ」
「絶対に浮気はしないタイプね」
「家庭では気が弱そう。案外主導権握れていいかも」
 こちらの妄想も負けていない。
 エルフリーデは、先ほどと同じ対応をして、彼女達を招待客リストに加えると、丁重にご帰宅願った。
 翌日になると、また別の集団がやって来た。
『今度は誰よ?』
 内心で辟易しながら居間の扉を開けると、また同級生が3名待っていた。
「私達、ビッテンフェルト提督を・・・」
 もう皆まで聞かなくても用件が解るエルフリーデだった。
 今度の集団は、対象が対象なだけに、表現も際どくストレートだった。
「あの鋼のような胸におもいっきり抱きしめられたい!」
「案外女性には気を遣うタイプに見えるって、お母様も仰っていたわ」
「ああ、あの腕に一晩中抱かれて眠りたい・・・!」
 エルフリーデは、先刻の同級生達と同じ対応をすると、今度こそ最後かと思ったが、夜半になって、一年先輩の少女が、運転手のみを供に連れて、人目を忍ぶようにやってきた。学年は違うが、乗馬クラブで何度か顔を合わせたことのある名門子爵令嬢だった。
 サロンでコーヒーを勧めても、なかなか用件を切り出さず、もじもじと下を向いて何か逡巡しているようだ。
「夜会へのご招待なら、お送りするつもりでおりますが、何か私にできることがおありですか?」
 業を煮やしてエルフリーデの方から切り出した。
 相手の少女は、余程躊躇いがあるのか、俯いたままなかなか返事をしない。
「どなたか、意中の方でもいらっしゃるんですか?」
 その言葉に、覚悟を決めたように、相手はゆっくりと顔を上げると、蚊の泣くような声を搾り出した。。
「・・・・オーベルシュタイン元帥を、ご紹介頂きたいのです」
 今度はエルフリーデの方が絶句する番だった。
 結婚話が決まったころ、周囲はこぞって「これで帝国の兵権を支える双璧が二人揃って家庭を持つ身となる。実に目出度い」といった論調が周囲で聞こえて来た。それに対して、流石に世間知らずのエルフリーデも奇異に感じた。帝国軍の元帥は三名おり、その内最も年長で、役職も格上であるはずのオーベルシュタイン元帥が独身でいることには、誰も言及しないのである。そのことを問うと、彼は先天性の目の障害をもっており、旧体制下の貴族社会では、優生学上、最初から結婚相手としては、考えられない人物だと説明させた。マクシミリアン・ヨーゼフ二世が劣悪遺伝子排除法を有名無実化した後も、人間の差別意識自体がそうそう簡単になくなるわけではなく、実際、オーベルシュタインのような障害を持った人間は、結婚し、子孫を残すことは暗黙の了解でタブー視されていた。
 エルフリーデは、当然のように目の前の少女にそれを伝えると、相手は「全て承知の上です」と答える。
 彼女に言わせると、ドライアイスの剣と渾名されるオーベルシュタインも、「誰に対しても公平で、穏やかなよい家庭を築けそうな人」なのだそうだ。
 皇帝即位式の中継で、血気盛んそうな他の諸将の中で、一人冷静で超然とした態度が彼女のツボをぐりぐりと押したらしい。
 目のことも、全く気にしないという。むしろチャームポイントくらいに思っている節がある。
 エルフリーデは、少し疲れを感じながらも、友人の希望をできるだけ叶えると約束すると、何度も振り返って礼を述べながら帰っていく一年先輩を玄関先で見送った。
『明日、あの男が帰ったら、早速色々とやらせなきゃ』
 伯爵夫人のエルフリーデにとって、自邸で主催する夜会を開くのに、帝国騎士である夫の了解などとる必要を感じていなかった。
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