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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(2)
 帝国歴488年9月26日、帝都オーディン上空は、ローエングラム軍の艦艇で埋め尽くされた。
 ミッターマイヤーが宰相府を押さえ、国璽を奪うと、ほぼ同時刻、完全武装した兵を率いたロイエンタールは、リヒテンラーデ公爵邸に乱入し、就寝前のカスパーをローエングラム元帥暗殺未遂事件の主犯として逮捕拘禁した。
「無礼者! いったい何の証拠があって・・・私を誰だと思っているのだ!」
 父に似ず大柄で恰幅のいい公爵は、平民の兵士に両脇を拘束されながら、尚も事態を把握できずにいた。哀れな壮年の男は、父親より遥かに状況判断能力に欠け、往生際が悪いらしい。
 ロイエンタールは、この蒙昧な男に一言説明する労力さえ惜しむように、ただ端然と、彼の代名詞ともいうべき冷笑を以って見送った。
 階下の居間には、公爵の家族と主だった使用人達が集められた。
 20名程の兵士が、捧げ銃の姿勢で周囲を取り囲む中心には、夫人と思しき公爵と同年輩の女性と、15、6歳と見られる令嬢、10歳前後の令息の三人が、ガウン姿で不安げにソファーに座って身を寄せ合っていた。
 ロイエンタールの部下達は、次いでローエングラム陣営と対立する構えを見せていたリヒテンラーデ一族やその他の門閥貴族達を、その家族に至るまで悉く捕らえ、兵士達の厳重な警戒の中、それぞれの屋敷に軟禁した。

「ばかな・・・」
 昨夜の騒ぎについて、軍務省から連絡を受けたゲルラッハは慄然とした。同時に覚悟もした。
 言葉とは裏腹に、彼はこの事態をさして意外なものに感じていなかったのだ。
 門閥貴族連合を破った後に起こるであろうローエングラム陣営と枢軸派との間で、粛清の嵐が巻き起こることは、予測済みだった。
 それが、リヒテンラーデ公の急死と主だった枢軸派貴族の忙殺で、対立の色分けが微妙に変わってきたのは事実だが、基本的にはローエングラム候が自身の野望の為に、貴族を悉く排除したい方針であることに変わりはないと知っていたからだ。
 だが、その時期があまりにも早く唐突であったことが、ゲルラッハを怯えさせた。
 小心翼翼として、リヒテンラーデの腰巾着だの忠犬だのと揶揄される彼だったが、優れた行政官としての一面と、危険を嗅ぎ分ける独特の嗅覚を有していた。今回の突然のオーディン制圧は、その彼の嗅覚をしても嗅ぎ分けることができなかった程に不意を突いたものだった。
 そして、あらためてローエングラム候の恐ろしさを実感したのだ。
 恐らく、カスパーをはじめとする旧守派は、ローエングラム候自身の帰投を待って全員が処刑されるだろう。
 自分はどうなるのか? 宰相閣下が亡くなった時、比較的分別があると目される貴族や開明派の官僚達を纏め上げ、いち早く候への忠誠を誓約した自分を、まさか一緒に処刑などしないだろう。いや、もうこの際、自分はいい。妻は? 息子達は? エルフリーデ嬢は? まさか連座などということはないだろうが、あのローエングラム候のことだからわからない。
 ゲルラッハは青くなって頭を抱えていると、執事が宰相府からヴィジホンが入っていると伝えてきた。
 彼は、いよいよかと重い腰を上げた。
 ローエングラム候が何を言ってくるのか、だいたいの想像はつく。
 リヒテンラーデの腹心であったゲルラッハに対する処罰の理由など、彼らにはどうにでも難癖をつけてでっち上げることができるのだ。
 しかし、宰相府の係官は見慣れない顔の新参で、彼は単にゲルラッハに急ぎ新無憂宮に出仕するようにとの命令を伝えてきただけであった。
 背筋に冷たいものが流れる音を聞いたような気がした。
 もうだめだ。出頭したら最後、待っているのは処刑宣告のみである。少なくとも彼はそう思っていた。どの道、全権を掌握したいローエングラム候にとって、自分のような人間は邪魔なのだと判らない程、彼は空気が読めない人間ではなかった。
 身支度をし、刑場に向う囚人の心境で、ゲルラッハは妻に最後の別れを告げると、何度も屋敷を振り返りながらランドカーに乗り込んだ。
 屋敷を出る前、自分に何かあれば、まさか妻のお前にまで類が及ぶことはないだろうが、貴族としての地位や財産の保障はないものと考えてくれと言い置いた。そして、そうなったら、速やかにここを引き払い、エルフリーデ嬢を連れて実家の荘園にでも身を潜めて暮らし、恩赦を待つようにと言い聞かせた。それを夫の遺言と感じた夫人は、「必ず仰る通りに致します」と行って、帰らぬかもしれない夫を送り出した。
 エルフリーデとゲルラッハ夫人は、祈るような気持ちで屋敷で待っていたが、3時間後、ゲルラッハは、無表情で無事帰宅した。しかし、その顔には、命が助かった喜びも安堵感もなく、深い困惑と疲労とが色濃く浮かんでいた。
 ゲルラッハは、昼食の席で、つい先ほど、新無憂宮で起こったことを語った。
 黒真珠の間で彼を待っていたのは、幼い皇帝の勅命だった。玉座の隣には、見知った顔の文官と、反対側には、恐らく国璽を奪取したミッターマイヤー提督であろう、大将の軍服を着た少し小柄な青年が立っていた。
 古式ゆかしい巻紙に記されたそれは、彼が副宰相として、リヒテンラーデ公の急死により空席となった宰相の代理を勤めることと、長年の功績により、爵位を子爵から伯爵に格上げして叙すというものだった。しかも、亡きリヒテンラーデ公の政務補佐官ワイツまでもが、何の咎めも受けず、引き続き同じ役職でゲルラッハの配下に入ることとなった。
 処刑される覚悟でやってきたゲルラッハは、あっけに取られると同時に、この人事に底知れぬ不気味さを感じた。
 しかし、断る理由もなく彼は、謹んで拝命し、恭しく礼をしながら黒真珠の間を辞したのである。
「まあ、それでは、あなたは今日から宰相代理で、我が家も伯爵家ですの?」
 ゲルラッハ夫人の嬉しそうな声が、夫の沈んだ表情と対照的に食堂に響いた。
 貴族の家に生まれ、貴族に嫁いで跡取りとなる男児にも恵まれ、有能な行政官の夫の庇護下で今日まで豊かで平穏な生活を送ってきたこの夫人は、五十歳を過ぎても少女のような無邪気さを残していた。よく言えば天真爛漫、悪く言えば単純な性格ではあったが、夫が一存で引き取った令嬢を、嫌な顔一つせず母親代わりに面倒みる善良な女性でもあった。
「そう簡単な問題じゃないんだよ」
 ゲルラッハは、低く呟いて、夫人の喜色を嗜めるように俯いたが、やがて、意を決したように妻と非保護者である令嬢を交互に見詰めた。
「二人とも、これから言うことをよく聞いて欲しい」
 ゲルラッハが改まった口調で告げると、夫人とエルフリーデは、僅かに背筋を緊張させて宰相代理に視線を戻した。食後のコーヒーは、既に冷め切っている。
「昨夜、カスパー殿、いや、リヒテンラーデ公が逮捕された。ガイエスブルク要塞で起こったローエングラム元帥暗殺未遂事件の主犯及び、今月初頭の爆破テロ事件の共犯としてだ」
「!」
 エルフリーデとゲルラッハ夫人は同時に息を呑んだ。
 やがて、それまで黙っていたエルフリーデが、この数週間分の疑問と不満を一気に吐き出すよう叫んだ。
「嘘よ! そんなのデタラメだわ。伯父様が、お父様やお母様を・・・そんなことするはずがないわっ!」
 母の従兄であるカスパーとは、滅多に会うこともなく、特に親しみはなかったが、娘のマリア・アンナは、領地惑星の両親の元を離れ、祖父の屋敷からエルフリーデと同じ貴族女学院に通う一年先輩だった。同年代の親族として、自然と親しくなった。
「勿論、カスパー殿がそんなことを考えるはずがない。彼はローエングラム候を侮っていたからな。ブラウンシュバイク公もリッテンハイム候も亡き後は、貴族達は当然、帝国騎士出身のローエングラム候よりも自分につくものと信じて疑っていない方だった。爆弾テロの件にしても、オーディンにやってきて僅か数日の間に、賊軍の残党と結んで事を起こすなどという周到さは・・・そんな能力は・・・彼には、ない・・・。彼はただ、元々あったテロ計画の仲間に引きずり込まれただけだ・・・」
 ゲルラッハは最早、あまり出来の良くなかったかつての上司の息子の無能ぶりをオブラートに包んで表現する気力さえ失せていた。彼の疲労と落胆とは、それだけが原因ではなかった。ゲルラッハは、再び顔を上げると、焦点の定まらない目線を宙に浮かせた。
「カスパー殿だけではないんだ。ファルツ候も、ウェーバー男爵も、ピャスト男爵も、リヒテンラーデ一族は、皆、先代が亡くなった後に、ローエングラム候に忠誠を誓わなかった者は全員暗殺未遂事件の共犯として今朝処刑された。しかも、当主だけでなく10歳以上の男子全てがだ」
 ゲルラッハ夫人とエルフリーデは、たっぷり30秒は言葉を失った。
「そんな・・・まさか・・・10歳以上なんて・・・では、カスパー様のご子息やファルツ候のお孫様も? ウェーバー男爵家のヨーゼフは・・・? ピャスト男爵家のアルベルトは?」
 ゲルラッハ夫人が、自分の知る限りのリヒテンラーデ一族の10代の男子を挙げ、恐る恐る夫に問う。
「ああ、『10歳以上の男子は全て処刑、女性と10歳以下の男子は全員流刑』というのがローエングラム公が下した処断だ。10歳だろうが11歳だろうが、条件に達している者は例外なく今朝処刑されたよ」
 ゲルラッハは、深く瞑目し、全身で嘆息した。
 エルフリーデは、向かいの席で嗚咽を漏らすゲルラッハ夫人の声を遠くで聞いていた。 突然自邸が爆破され、家族を一度に失くしてからというもの、どこか現実味がなく、全ては夢の中の出来事のような気さえする。
『10歳以上の男子は全て処刑』
 つい先ほどのゲルラッハの言葉を反芻し、弾かれたように現実に戻る。
「エーリッヒ様は? ファルツ侯爵家のエーリッヒ様は?」
 エルフリーデは、声を震わせながら、今年18歳になる親族の少年について尋ねた。
 ファルツ侯爵家は、元はリヒテンラーデ家と同格の一門きっての名門である。現当主は90歳近い高齢であるが、跡取り息子が早世した為、孫が成人するまでと言って現役を続けていた。その早世した息子の長男がエーリッヒ・フォン・ファルツだった。
 侯爵家の世継ぎでありながら、一昨年、祖父の反対を押し切って士官学校に入学し、リップシュタット戦役開戦後は、准尉待遇で枢軸派として従軍しているはずだ。
 少しくすんだ金髪と空色の瞳をした端正な容姿の青年貴族に、エルフリーデは、子供の頃から淡い思いを抱いていた。エーリッヒもまた、お人形のような親族の美少女に優しかった。
「私はきっとファルツ侯爵夫人になるのね」
 それが、つい先日までエルフリーデが思い描いていた自身の未来予想図だった。
 正式に婚約したわけではなかったが、双方の親達も、二人が将来結婚することを望んでいるようだった。
 多分、このままいけば、18歳くらいで婚約、20歳になったら結婚ということになるだろう。周囲から祝福される身分と年齢のつり合った貴族同士の平凡だが幸せな結婚・・・しかし、砂糖菓子のように甘かった幻想は、ゲルラッハの次の言葉で、文字通り砂糖菓子のように脆く崩れ去った。
「・・・軍人として、名家の名に恥じない立派な最期だったそうだ」
 途端、エルフリーデの視界が回転する。
 ゲルラッハ夫人は、遂に堪えきれず、わっと泣き崩れた。
「う・・・そ・・・うそだわ・・・私、信じない・・・信じられない・・・。だって、エーリッヒ様は、ローエングラム軍で戦っていたのよ。キルヒアイス提督の艦隊に配属されて・・・」
 エーリッヒは、キルヒアイス上級大将の旗艦バルバロッサの艦橋で、『艦長補佐』という名目でローエングラム陣営の中に在った。任官前の仕官候補生に与えられる仕事など、従卒に毛の生えたようなもので、本来、このような役職は存在しなかったのだが、彼は枢軸派の有力貴族の総領息子であり、彼の従軍は、ローエングラム軍にとっては、人質の意味合いも強かった。故に、適当な役職を創り、最前線の中では比較的安全な旗艦の艦橋に配置されたのである。
「そのキルヒアイス提督が亡くなったのだよ。ガイエスブルク要塞での式典で、ローエングラム候を暗殺者から庇って・・・」
「だからって、何故?」
「私にもよくわからんのですよ、フロイライン。ただ、ローエングラム候にとって、キルヒアイス提督は、半身とも言うべき特別な存在だったと聞いています。恐らく、余程堪えたのでしょうな・・・今までの候なら、女子供には寛大だったのだが・・・」
 事実、ラインハルトは、オーディンに取り残されたリップシュタット盟約側の貴族やその家族に対して、財産を没収した以外何らの処罰も加えていなかった。
 エルフリーデは、漸く少し事態が呑み込めてきた。エーリッヒの死という残酷な現実を受け入れざるを得ないことを知ったのだ。
「でも、あなたは大丈夫なのですよね? あなたやローエングラム公に忠誠を誓った方々には、何もされないですよね?」
 ゲルラッハ夫人が、泣き腫らした目で夫に縋った。
 しかし、夫は、彼女が期待した返事を返してはくれなかった。
「いや、わしとて何時まで首が繋がっていることやら・・・」
「だって、現にあなたは宰相代理を拝命して、伯爵にもなったではありませんか」
「そんなものは、彼等にしてみれば、一時的にくれてやってるに過ぎない。ローエングラム候という人は、貴族そのものが、いや、彼はゴールデンバウム王朝自体が憎いのだよ。いずれそれらを根絶やしにするつもりなんだろう。或いは、こんなわしにも、何か別の使い道があると思われているのかもしれん」
 ゲルラッハは、何時もの彼に似合わない過激な発言を、半ば投げやりに吐き出した。
 皮肉なことに、この時期になって漸く、ゲルラッハは、帝国不滅幻想から開放されつつあった。彼があと一年早くこの境地に達することができていれば、その後の彼や彼の家族の運命も大きく変わっていたかもしれない。
「叔母様達や、マリア・アンナは? 何時流刑地へ行くの? 他の女の子達は全員同じ場所に送られるの?」
 エルフリーデは、俄かに気になり出したことを矢継ぎ早に質問した。
「もう、今朝出発しているはずだよ。私が知る限りでは、家族毎に数十人単位に振り分けられ、何箇所か別の場所へ送られるらしい。皆、フェザーン回廊やイゼルローン回廊に近い星系の辺境惑星だ。今までとは比べ物にならない辛い生活になるだろうが、捕虜収容所と同じように、必要最低限の生活物資は供給されるらしいから生きていく分には問題はない。ローエングラム候は特に軍規に厳しい方で、虐待や暴行も固く禁じている。特に女性への暴行は、即決裁判で処刑されるそうだから、とりあえず奥方やご令嬢方の貞操は安全といったところか・・・」
 言ってしまってから、ゲルラッハは、14歳の少女の前で言う言葉ではなかったと後悔し、少しバツが悪そうに顔を背けた。だが、当のエルフリーデは、ゲルラッハの言葉の意味を何処まで理解したのか、流刑地での彼等の不自由な生活を心配する言葉をしきりに繰り返した。
「恩赦が出る可能性はないのですか?」
 ゲルラッハ夫人が訊く。
「それは、あるかもしれない。これから同盟領に侵攻し、大きな戦果を挙げるか、或いは何か慶事があれば・・・」
 と、そこまで言ってゲルラッハは押し黙った。その後に続く言葉が実現する時、果たして自分は現世に足を止めているだろうか?と、真面目に考えてしまう。
 帝国にとっての慶事とは、皇室の慶事、即ち婚姻や世継ぎの誕生、新皇帝の即位などに他ならない。現在の皇帝は、僅か六歳の男児であるから、前者二つは論外である。残るもう一つについては、今の時点で軽々に論じるのは甚だ危険だ。だが、ゲルラッハは、それが遠からず訪れることを敏感に察していた。


 帝国歴488年10月10日、ラインハルト・フォン・ローエングラムは、旗艦ブリュンヒルトと共に、オーディンに帰投した。
 大勝利を収めての凱旋にも関わらず、キルヒアイス上級大将の戦死により、戦勝祝賀の一切の行事が中止された。
 宰相府でラインハルトを迎えたゲルラッハは、自ら「代理」を返上し、健康を理由に政界から引退したい旨を請願した。
 同時に、領地惑星と荘園の三分の二を国家に寄贈し、残りの財産で余生を過ごしたいと殊勝な態度を示した。ワイツをはじめ、終始彼に従った官僚達も、皆それに習った。
 命惜しさ故の、屈辱的な迎合だったが、今はこうすることが最善だと考えてのことだった。いずれまた何かが起こり、時勢が変わる時まで、今は雌伏の時なのだと、彼に従っている者達に言い含めて。
 ラインハルトは、この請願を冷たく一瞥しただけで、あっさり聞き入れた。
 これ以後、ゲルラッハは、ローエングラム元帥府の総参謀長オーベルシュタイン上級大将の厳重な監視下に置かれることとなる。


 しかし、ゲルラッハの臥薪嘗胆の努力も空しく、彼はそれから僅か10ヵ月後の帝国歴489年8月20日、幼帝誘拐事件の共犯として、帝国宰相にして帝国軍最高司令官ローエングラム公爵より、爵位の返上と自裁を命じられることとなる。
 召し上げではなく、自主的に返上する形をとったことと、家族に連座が及ばないことが、せめてもの温情であった。
 無論、彼はこの事件には無関係であったが、事件の犯人を作りたがっている人間に、どう弁解しても無駄であることを熟知しているゲルラッハは、妻と息子夫婦の安全と引き換えに、殆ど抵抗もせず毒杯を呷った。
 オーディンの広大なゲルラッハ邸が接収されると、夫人は息子夫婦の家には行かず、都内からランドカーで8時間ほど田舎にある、唯一所有が認められた荘園に隠棲することになった。
 オーディンを発つに当り、ゲルラッハ夫人は、予てから貴婦人達で作るボランティア組織で親しくしていたシャフハウゼン子爵夫人を通して、子爵夫妻にエルフリーデを託した。
「貴族としては奇跡的に善良」と言われるシャフハウゼン子爵夫妻は、家族を失くした美しい伯爵令嬢を、一も二も無く引き取ることに同意した。
「シャフハウゼン子爵夫人は、ローエングラム公の姉君グリューネワルト伯爵夫人の親友です。子爵の弟のハッセルバック男爵も、公の覚えが目出度いとのことです。私たちよりも、フロイラインのお力になってくれるでしょう」
 別れの間際、世間知らずと思われていたゲルラッハ夫人が、唇の端を僅かに上げた意味深な微笑で、そう言った。彼女にとって、激動のこの一年は、強かさを養うのに充分だった。
「ありがとうございます。伯爵夫人。ご恩は忘れません」
 15歳になったエルフリーデは、短い間だったが生活を共にした年長の友人の手をしっかりと握り締めた
 彼女の流転の人生は、まだ始まったばかりだった。
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