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イノセント・プリンセス エピローグ
 新帝国歴1年11月2日、前日に、高等弁務官レンネンカンプの密葬を終えた帝国政府は、去る10月22日の爆弾テロ事件の全容と犯行グループを特定し、実行犯を逮捕したと発表した。
 主犯格としては、地球教徒の残党と、逃亡した前自治領主アドリアン・ルビンスキーの一派とされたが、その手先となり、事前に爆薬を設置し、起爆スイッチを入れたのが、帝国人の軍人と高級官僚だったことも隠されることなく公表された。
 実行犯のクリューガーとリスナーは、既に起訴されて拘留中であり、間もなく裁判も始まる。2人共、起訴事実を全面的に認めており、減刑嘆願もしていないことから、裁判は早期に結審し、2人がそれぞれ軍人と文官の方法で処刑されて、一旦幕を閉じることになるだろう。無論、ルビンスキーや地球教の残党の捜索は、引き続き憲兵隊が行う。
 これは、フェザーン人の間でも評価が分かれた。
 結局のところ、平和なフェザーンに帝国の宮廷闘争が持ち込まれたと解釈する者と、一方で自分達に不利な事実を包み隠さず公表した帝国政府の誠意を讃えるべきと考える者もいる。
 いずれにしろ、ローエングラム王朝は、未だ全人類を完全統一するに至っていないことを内外に対して認めたことになった。
 一方で、明るいニュースも齎された。
 意識不明の重体だったシュトライトとフェルナーの容態が峠を越え、意識が戻ってからは加速度的に回復に向かっているらしい。この分だと月半ばには退院でき、月末には再び出仕可能との診断が下された。
 無理矢理毒を飲まされたケルトリングも、一命を取り留め、今月中には対策室に復帰できるとのことだ。
 発表の翌日には、ヒルダは対策室の欠員を補充する申請を人事管理局に提出しており、間もなく新メンバーが着任する予定である。
 そして、この日は、警察の科学捜査チームが遺体収容作業を終了した日でもあった。
 DNA鑑定を終えたボーデン夫人とエリザベートの遺体は、どちらも全体の4分の1程が判明して、棺に入れられて戻ってきた。
 オティーリエは、来週、オーディンからベアトリスの家族が高速船でやって来るのを待って、母親と共にエリザベートの葬儀も同時に執り行うつもりだと言う。
 事件の終結を見届けたヒルダは、翌日の退庁後、密かに拘留中のリスナーに面会を求めた。
 警察上層部の特別なはからいで、透明なシールドごしではあったが、30分だけ余人を交えず、会話記録もとらない形での面会が認められた。
「よくいらして下さいました」
 リスナーは、穏やかな微笑で迎えた。既に死を覚悟した人間の全ての煩悩から開放されたような笑だった。
「私も、貴方と、もっとお話ししたいと思っていました。残念です」
 ヒルダは、悲しげに目の前の端正な青年を見詰めた。
 リスナーが、有能で誠実な官吏であったことは、今でも微塵も疑っていない。何か、少しだけ歯車が狂ってしまったことが、彼を凶行に走らせた。
 彼の犯した罪は赦されるものではないし、死を以ってしか償えない程のものではあるが、それとは別に彼の才能や識見をヒルダは素直に惜しいと思う。
 また、彼の政治思想や政策方針は、かなり自分と近いものがあることも感じていた。
 だが、リスナーは、濃茶色の瞳に変わらずに穏やかな笑を湛えていた。
「自分の器をもう少し早く見極めていれば、こんな不毛なことをせずに済んだのでしょうが…全て自業自得です」
「私は、貴方は本当に、将来尚書になれるはずの方だったと思っています。少し、急ぎすぎて、方法を間違ってしまったようですが…本当に、残念です」
 ヒルダは再度自分の意思を伝えた。
「ところで、私の私物等はどうなりますか?」
 リスナーが思いがけないことを尋ねた。
「それは…犯行に直接関係のないものは、ご家族に返還されると思いますが…」
 不意をつかれたヒルダは、曖昧に返答した。
 先進的司法制度を採り入れつつあるローエングラム王朝では、重犯罪者といえども確定した処罰以外の過度な懲罰は受けないことになっていた。
 犯した罪とは別に、リスナーの私物も、彼の遺品として遺族は受け取る権利を有してるはずだった。
「そうですか。…フロイライン・マリーンドルフ。今一度、頼まれていただけませんか?」
 リスナーが改まった口調で向き直った。
「何でしょう? 私でできることでしたら、何なりと」
「ありがとうございます。実を言うと、皇帝陛下の主席秘書官たる貴女にとっては、あまり有難くないはずのものなのですが、私の遺品として、是非受け取って頂きたいものがあるのです。ただ、ものがものなので、お断り頂いてもお恨みはしません。帝国領では発禁処分になっているある著作物のデータ版なのです」
 ヒルダの背筋に緊張が走った。恐らく彼の遺品は、ヒルダが3年前からずっと興味を抱いていたものに違いない。
「承知致しました。私もアイスラー先生の教え子の一人です。頂くのではなく、責任を持ってお預かり致します。いつか、発禁が解かれる日まで」
 ヒルダの蒼碧色の瞳に、強い光が宿った。
 リスナーは、これで思い残すことはないと言いたげに、満足そうに頷くと、対策室の自分のデスクの引き出しの中に、緑色のチップがあるので、パスワード制限がかかっていると言う。
「パスワードは単純に、私の生年月日の7桁の数字です」
 最後にもう一度、丁寧に面会の礼の述べるリスナーに深く一礼して、ヒルダは拘置所を後にした。
 ヒルダはその足でもう一度大本営に戻ると、対策室のリスナーのデスクから、彼に託されたデータチップを回収した。
『今は、まだ早いのね…でも、人間は成長するものです。そうでしょう?』
 ヒルダは誰にともなく胸の裡で問いかける。
 問いかけた相手は、リスナーなのか、アイスラーなのか、死んでいったゼミの仲間達だったのか…?
 再び大本営ビルを出たヒルダは、久しぶりに晴れ渡った初冬の夜空を見上げた。


 政治権力の世襲を否定したアイスラーの著作は、その後、ヒルダ自身が帝国を立憲体制に移行させた後、彼女自らの手で公開することとなる。
 この事件から実に43年の後のことであった。
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