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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(17)
 べルゲングリューンとビューローを玄関で見送ったロイエンタールとエルフリーデは、互いの視線を避けるように、それぞれの自室に戻った。
 エルフリーデは、一人部屋に籠もったまま、夕食の時間が来ても食堂に現れず、使用人達を心配させた。
 ロイエンタールは、後で部屋に夜食でも運んでやれと指示し、暫く放っておくように命じた。
 エルフリーデは、あたらめてエーリッヒの遺品を愛しそうに一つ一つ手に取ると、何度もその感触を確かめながら、ずっと眺めていた。
 堪えていた涙が一気に溢れ出す。
 ゲルゲングリューン達によって語られたエーリッヒの最後の様子は、まるでソリビジョン映画の映像を見ているように、エルフリーデの頭の中で鮮明に再生されていた。
 自ら旧体制の貴族に生まれた者の宿命に殉じたとしても、さぞ無念だったことだろう。今でも彼が、慣例を破って士官学校に入学することになった時のことが思い出される。まだ幼かったエルフリーデには、なぜ父も母も、親族の大人達が揃って戸惑いを見せるのか理解できなかった。
 少し後になってから、通常、門閥貴族の世継ぎの男子は、職業軍人にはならず、爵位の継承と共に、予備役という形で、名誉称号的に身分に応じた階級を授与されるのが慣例であることを知った。
 ミュッケンベルガー退役元帥は、伯爵家の次男であったし、亡命したメルカッツ提督も、貴族とはいえ、門閥からは遠い傍流の出だった。
 それに対し、ブラウンシュバイク公もリッテンハイム候も、一度も実践経験がないばかりか、士官学校にも行っていなにも関わらず、『予備役大将』という名目で賊軍を指揮していたのだ。
 士官学校へ入学する門閥貴族の子弟は、圧倒的に家督を継承する可能性の少ない次男以下の男子が相場であり、名門侯爵家のたった一人の男子であるエーリッヒが士官学校へ入学することは、貴族社会では、かなり異色の出来事だったらしい。
 彼がいったい何を思ってそのような道を選んだのか、もう誰も永久に知ることはできない。
 それでもエルフリーデは、もしかしたら、側室腹という自らの出生が、彼なりに旧体制への疑問を生んだのではないかと、あてもない想像を巡らせる。
 自分は、公爵家出身の母と、格上の家から妻を迎え、側室どころか妾一人置かなかった父の間で、慈しまれて育ったが、最後まで生みの母を乳母として扱い、実の息子を「若様」と呼ばなければならなかったエーリッヒとツィタ夫人にとって、旧王朝の貴族社会は、決して居心地のいい場所ではなかったのかもしれない。
 2年間で味わった辛酸が、エルフリーデにもそれだけ世間を多角的に見る目を育ませた。
 もしかしたら、エーリッヒは、ローエングラム候が、今の様に旧体制を完膚無きまでに叩き壊してくれることを、真情から望んでいたのではないか。だから、卒業を待たずに、進んで従軍したのではないか。だとしたら、そのローエングラム候によって処刑されるとは、なんと言う皮肉だろう・・・
 エルフリーデは、再び遺品のデジタルフォトフレームに視線を落とす。
 彼女自身も一緒に写っている写真にじっと見入ると、再びこみ上げるものがあった。
『ヨハン・・・アルベルト・・・ヨーゼフ・・・』
 同じ画面に収まる、親族の少年達の顔をそっと指でなぞる。
 4年前、まだ8歳〜12、3歳の子供達も、2年前には全員10歳以上の男子として、その親と共に処刑されている。彼等を殺すことで、何か世の中にとって良いことがあったのだろうか?
 エルフリーデには、それがどうしても納得できない。
 ベルゲングリューン等によると、エーリッヒの計らいで、彼等の最期は、安らかであったという。それは、この2年間、彼等の死の瞬間を思う度に悪夢にうなされてきたエルフーデにとって、僅かな救いであった。
 エーリッヒは、親族の年少者に特に慕われていた。
 男の子達も、女の子達も、皆、彼の周囲に纏わり付いた。
 昨日、事実上の絶縁宣言をされたマリア・アンナも、自分同様彼に思いを寄せていたらしい。
 エーリッヒ様にとって、私はどんな存在だったのだろうかと、エルフリーデは思う。
 自分を慕う、複数の親戚の年少者の内の一人に過ぎなかったのか、それとも、彼も未来の花嫁候補として、少しは意識していてくれたのだろうか?
 フォトフレームのエーリッヒの笑顔は、永遠にその答えを出さない。
『私は、これから何のために生きればいいのかしら・・・?』
 エルフリーデは自問する。
 この2年間、流刑になった親族達をオーディンに帰還させることに心血を注いできた。その為に生きていると言っても過言ではない程、手段を選ばず、不本意な結婚までして目的を実現させた。
 しかし、それも昨日で終わりを告げた。
 ツィタ夫人も、アウグスチーネもマリア・アンナ等も行方を晦まし、残りの親族達は、別邸でそれぞれが、新しい社会に適応する準備を進めている。
 後は、彼等が自力で生活できるようになり、この遺品を、無事にファルツ家の人々、とりわけ、実母であるツィタ夫人に手渡すことを残すのみとなった。
 それが成った時、自分の役目は本当に終わる。エルフリーデは、そう考えていた。
 そして、役目を終えた時、自分はもう誰からも必要とされない。そうしたら、何を支えにして生きていけばいいのか、考えるのが恐ろしくて、今日まで考えないようにしてきたが、もう逃げてばかりいられないと思った。
 ただ一つ言えるのは、自分は、エーリッヒに恥じない生き方をしなければならないということ。彼の生きた証を、いつか残された人々に伝えなければならないという使命感とも言うべき思いだった。
 しかし、それでもマリア・アンナ達の拒絶が、エルフリーデの決意に影を落とす。
 いつか、彼女達と再会し、もう一度解り合える日がくるだろうか? それとも、この先ずっと、自分は彼女達にとって裏切り者でしかないのだろうか?
 出口のない迷路にはまったような思考の中で、エルフリーデは、いつしか睡魔に身を委ねていた。


 その夜、ロイエンタールは、珍しく部屋を訪れることなくエルフリーデは、泣き疲れるように、そのまま眠ってしまった。
 浅いまどろみの中で、エルフリーデは不思議な夢を見た。
「大丈夫だよ・・・」
 夢の中で、エーリッヒの懐かしい声を聴いた。
 子供の頃から、何度となく聴いた言葉だ。お転婆な彼女が庭で転んで半べそをかく度に、彼は決まってそういって頭を撫でて慰めてくれた。
「エーリッヒ様・・・」
 穏やかな安らぎを感じながら、エルフリーデは、笑顔で振り返ると、声の主に向って手を伸ばした。だが、その手は虚しく空を掴むばかりで、何も捉えられない。
「大丈夫だ。エルフィー、君は強い」
 再び耳に心地よい声がする。
 そして、優しく諭すようにこう言った。
「君を誰よりも大切に思って、必要としている人がいる。君はまだ、それに気づいていないみたいだけどね。目を開いてごらん、本当の幸せは、とても近いところにあるんだよ」
「エーリッヒ様っ・・・!」
 エルフリーデは、再び声に向って手を伸ばしたが、やはりエーリッヒには届かない。
「大丈夫だよ、エルフィー、君の幸せを願っているから・・・」
 最後の声が遠くなる中、エルフリーデは、目を閉じると、誰かに優しく髪を撫でられたような気がした。そして、不思議な安堵感の中で、深い眠りに落ちていった。


 翌朝、久々にたっぷり睡眠をとったエルフリーデは、寝台の上で午前7時に目覚めた。昨夜、着替えもせずソファの上で眠ってしまったのは覚えているが、ベッドへ移動した記憶がまるでない。
 少し不思議に感じたものの、深く考えずシャワーを浴びると、着替えを済ませ、階下の食堂へ降りていった。
 ロイエンタールは、大本営の移動準備に多忙で、既に出仕していた。
 朝食の席で、エルフリーデは、自分も夫についてフェザーンへ行くことを告げた。
 使用人達は、皆一様に一瞬驚いた顔をしたが、善い方へ解釈し、笑顔で顔を見合わせている。
「新婚でいらっしゃるのですものねぇ・・・」
「やはり仲がおよろしいのですわ」
 侍女達の会話に、エルフリーデは若干不満そうな顔をしただけで済ませた。最近では、こういった誤解にも慣れてきて、いちいち反論する気にもなれない。
 ただ、フェザーンへ移住するとなると、せっかく気心の知れてきた彼女達とも別れなければならない。無論、元からロイエンタール邸にいた使用人の半数近くは同行することが決まっているし、残る使用人は、引き続きこの邸で働くことも保障されていた。しかし、高齢のシュヴァイツァー夫人や、幼い子を持つ母親である若い侍女達には、同行を強要できない。
 近い将来、フェザーンへの完全な遷都が実現したとしても、5世紀に渡り帝国の中心であったオーディンが、引き続き経済、政治両面の要衝であることに変わりなく、今後は新帝都との間で、要人の往来も活発化させる見通しである。
 その為、大本営移転後、この邸は、フェザーンから赴任する高官用の宿舎として使用されることになり、使用人達も引き続き雇用されることが決まっていた。
 エルフリーデがオーディンに残ることも想定し、女主人と主の私室だけを残して、20室ある客間を無償で政府に提供する形となる。平たく言えば寄付行為だ。
 ロイエンタールの莫大な資産を公に還元する意味と、顧問税理士による助言を容れて、新体制下で公正化された税制の下での税金対策の側面もあった。
 シャフハウゼン家からついて来たエルフリーデの侍女達も、そうなれば、今以上に邸に女手が必要となるはずなので、引き続き同じ待遇で勤務することが確約されていた。
 元々、貴族が大勢の使用人を雇うのは、権勢の誇示や単なる贅沢というより、これといった技能も教育もない平民達に雇用の場を与える意味合いが強かった。
 エルフリーデの侍女達も、実のところ、大した仕事があるわけではなく、本来彼女一人の世話に4人もの人手は必要としない。しかし、平民の戦争未亡人の彼女達にとって、夫の遺族年金だけで残された子供や親を養うのは非常に困難であった。
 帝国女性は、特に平民階級の場合、高等教育を受ける者は皆無に等しく、殆どの場合、義務教育を終えると単純労働に従事するか、結婚するかくらいしか選択の余地はない。貴族階級でさえ、ヒルダのように大学に通う女性は極めて珍しい程だ。故に、貴族の召使という無学でも勤まり、体力的にも楽な仕事は、幼い子供を抱えた若い未亡人達の救済手段とも言えた。
 新王朝のドラスティックな民政改革や学制改革により、今後は徐々にこういった旧習も変わっていくことだろう。特に学芸省は、『教育の機会の平等』『性別出身身分による就学格差撤廃』を指針として掲げている。しかし、それが実を結ぶのは、もう一世代先の話になるだろうこともまた自明の理だった。今は兎にも角にも、現時点で収入の道を必要としている人間に、仕事を与えなければならない。
「私は、御供させて頂きますよ」
 突然、侍女頭のシュヴァイツァー夫人の明朗な声が響いた。
 エルフリーデは、驚いて温厚な老婦人の顔に視線を移した。シャフハウゼン子爵夫人の叔母である彼女は、元々生活の為に仕えているわけではなく、女主人の相談相手となり、精神的支えとなるよう子爵夫人のはからいでここにいるのだ。高齢者にとって、今更住み慣れた地を離れるのが容易でないことは誰にでも想像がつく。エルフリーデがフェザーンに行くなら、他の侍女と違い経済的な事情のない彼女は、当然シャフハウゼン家に戻るものと誰もが思っていた。
「私もこの歳ですからね。これが最後のチャンスですわ。死ぬまでに一度でいいからフェザーンというところに行ってみたかったんですよ」
 どこまで本心かわからないが、とにかく彼女は同航する民間船に、自分も同乗できるよう手配してくれと頼んだ。
 確かに、平民の帝国人女性は、恒星間移動などする機会は滅多になく、生涯一度も生まれた惑星を出ることなく一生を終える者も珍しくない。先進技術と文化の地であるフェザーンは、多くの一般帝国人にとって憧れの地である。しかし、エルフリーデは、この夫人の申し出を、自分を心配する彼女の善意と受取った。
「私もご一緒させて頂きます」
 他の3人の内、一番年長者で「ミミ」という愛称で呼ばれている侍女が進み出た。15歳になる一人息子が、丁度9月からフェザーンの高等専門学校への入学が決まり、あちらで寮に入ることになったのだそうだ。他の2人も、名残惜しげだったが、それぞれ首都星内の地方都市に住む両親の元へ子供を預けて奉公している身であり、遠く離れるわけにはいかない。
 こうして、女性達の中で、フェザーンへ同行する者と残る者とが決まった。
 エルフリーデは、朝食を済ませると、執事に出かける旨を伝えた。
 一旦自室に戻ると、ブルーグレーの上質だが地味なワンピースに着替え、鍔の広い白い帽子を目深に被った。
 大げさな警護はいらないというエルフリーデに、執事とシュヴァイツァー夫人は、それでも一昨日のようなことを心配したのか、ボディーガード代わりの運転手と、侍女の一人を供につけて送り出した。
 エルフリーデは、朝予約した都内の行きつけの美容サロンを訪れると、腰まで伸びた髪を肩よりやや長めのところで切った。毛先を軽くしてもらい、少し内巻きにセットする。最近流行りのフェザーン流だったが、帝国式に結い上げるのも、この長さがあれば充分である。
 仕上がりに満足したエルフリーデは、美容サロンを出ると、どこでもいいから近くの花屋に行くよう運転手に命じた。
 運転手は、ナビゲーションを操作し、数分の後には、小奇麗なフローリストの前にランドカーを停めた。
 エルフリーデは、侍女と共にランドカーを降りると、白い花だけで花束を作るよう注文した。
 今や帝国中に顔が知れている彼女だが、こうして帽子を被り、地味な服装で化粧気のない顔をしていると、年齢相応の少女にしか見えず、言葉を交わした店主でさえ気づかない様子だ。
 花束を受取ったエルフリーデは、今度は郊外の墓地へ向うよう指示した。
 30分程ランドカーを走らせると、貴族専用の広大な墓地に着いた。両親も弟妹も、他の親族達も、この一画に眠っている。
 エルフリーデは、侍女と運転手に、ここで待つよう言い置くと、一人で墓地の敷地内へと入っていった。
 エーリッヒの墓は、ファルツ侯爵家の墓石の並ぶ一角にあった。
 墓碑の前には、丸一日は経っているのだろう、既に少し萎れた花束が置かれていた。ツィタ夫人が来たのだろうか。それともアウグスチーネ達か、昨日のベルゲングリューン大将達だろうか。
 エルフリーデは、萎れた花束の隣にそっと自分の持ってきた花束を置くと、静かに墓碑の前に跪いた。
『昨夜、あなたは私に会いに来て下さいましたか?』
 無論、答えは返ってこない。
『私は、フェザーンに行きます。今度はいつ来られるかわかりませんが、あなたの事は忘れません』
 エルフリーデは、エーリッヒの墓の前で、小一時間を過すと、次いで他の親族の墓を廻り、最後に両親と弟妹の墓に詣でて、出口へと向った。
 敷地内を歩いていると、反対側の通路から、見覚えのある人物の姿が近づいて来た。
 くすんだ金髪を短く切り、オーダーメイドのパンツスーツを見事に着こなした美しい女性。優雅な身のこなしが、男装の麗人のようだった。ミネルバ神にも例えられる美貌は、見間違いようがない。
「フロイライン・マリーンドルフ」
 エルフリーデは、小さく手を振りながら呼びかけた。


 昼の12時を少し過ぎた時間に、ロイエンタールが一時邸に戻ってきた。
 昼食を済ませたら、再び統帥本部へ出勤するという慌しさだ。
 使用人達は、珍しいこともあるものだと思いながらも、急いで支度に取り掛かる。
 ロイエンタールは、何気ない様子で視線を泳がせ、無意識に何かを目で追っていた。
「奥様でしたら、今朝、ご家族とご親族のお墓にお参りにお出かけになられました。ご昼食は外で済ませて来るとのことです。運転手と侍女を付き添わせましたので、ご心配はないかと」
 いち早く察した家令が報告すると、主人は、「ん・・・」とやや不服そうに小さく頷いた。
『別に探していたわけじゃない』
 と、反論しかけて言葉を止めた。言い訳めいているのが自分でも解ったからだ。
『俺も相当焼きが廻ったな』
 自嘲しながら、金銀妖瞳を伏せる。
 気を取り直して、何気なく食堂の壁に視線を遣っていると、普段見ないようにしている両親の肖像画が目に入った。
 ふと、父も、こんな風に母を追っていたのかと思った。
 酒に溺れ、血走った目で息子を罵り続けた父。
 憎悪と恐怖の対象でしかなかった亡き父に、ロイエンタールは、この時初めて哀れみを感じていた。
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