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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(16)
 まるで秒単位まで計ったかのように、午後2時ぴったりに、べルゲングリューンとビューローは、ロイエンタール邸を訪れた。
 二人をサロンに通し、執事が4人分の紅茶を運んで来て退ると、入れ違いにエルフリーデが現れた。
 彼女と二人の大将達は、結婚式の時と先日の夜会で儀礼的な会話を交わした程度の面識である。
 二人が訪ねてくることと、その用件を伝えた時からずっと、エルフリーデの表情は硬かった。
 ロイエンタールは、何か予感めいたものを感じつつ、ベルゲングリューンの言葉を待った。
「お目通りが叶い光栄です。伯爵夫人。本来なら、昨日オーディンに帰還されたファルツ侯爵家の方々にお渡しするつもりだったものですが、どなたの行方も判らないとのことですので、ご面倒をおかけするのを承知の上で、ご親族であられる伯爵夫人にお預かり願おうと考えた次第であります」
 ベルゲングリューンは、威儀を正してそう説明すると、テーブルの上に数十センチ四方のジェラルミン製の箱を置いた。
「エーリッヒ・フォン・ファルツ准尉の遺品であります」
 エルフリーデは、僅かに瞳を揺らしたのみで、表情を変えなかった。彼等の来訪を告げられた時から、予想はしていたのだろう。しかし、箱に伸ばす手は微かに震えていた。
 ロイエンタールは、その名を聞いて、自分が明らかに落胆していることを自覚して、密かに動揺していた。
 初夜の晩、エルフリーデの口から出た「エーリッヒ様」というのは、おそらくこの遺品の主のことなのだろう。
 そして、その青年は、彼が考えていたような男ではなく、こうしてベルゲングリューン等からその死を悼まれる程の人物であったのだ。
 ロイエンタールは、この時初めて、エーリッヒが、彼が嫌悪してきた典型的な『門閥貴族のバカ息子』であることを、予測していたのではなく、期待していたのだということに気づかされた。それは、敗北感にも似た感覚であった。
 あの政変さえなければ、エルフリーデが結婚していたかもしれない男、既にこの世にない者に対して芽生えた感情が、嫉妬であることに気づいて、ロイエンタールは愕然となる。
 エルフリーデは、箱を受取ると、そっと蓋を開けた。
 中に入っていたのは、愛用の腕時計とペン、携帯端末、プライベート写真を入れた小さなデジタルフォトフレーム。それだけだった。
 エルフリーデの白く美しい両手が、宝物を扱うように、そっとフォトフレームを取り出した。
 最初に目に入ったのは、16歳で士官学校への入学が決ったエーリッヒが、家族や親しい人間達と自邸の庭で写した写真だった、
 祖父の侯爵や継母や妹、嫁ぐ前の姉のアウグスチーネ等と一緒に、共に処刑された親族の少年達や、12歳のエルフリーデ、13歳のマリア・アンナの姿もある。そして、一番端に遠慮がちに生母ツィタ夫人も写っていた。
 次に表示されたのは、ギムナジウムの同級生達とのものだった。その次は、士官学校の友人等と、その次は、キルヒアイス艦隊に配属された後、提督達と一緒に写したものだった。中央には、ひと際背の高い赤毛の青年の笑顔がある。
 そして、最後に現れたのは、若いツィタ夫人と、彼女に抱かれた4、5歳くらいの幼いエーリッヒの姿だった。
 エルフリーデは、溢れそうになる涙を堪えながら、じっとそれらに見入っていた。
 やがて、その手の中のものを胸に抱きしめると、静かに目を閉じた。
 懐かしさと、悲しみと、愛しさと・・・様々な感情が一度に押し寄せてくる。
 その様を、3人の男達は、何か神聖なものを見ているような感覚を覚えながら見詰め、長い沈黙が流れた。
「ファルツ准尉は、身分や階級を越えて、我々の良き僚友でありました」
 沈黙を破ったのは、ビューローの言葉だった。
 彼によると、エーリッヒは、侯爵家の息子という立場に奢ることなく、現在はシュタインメッツ艦隊に転属になっている平民出の大佐の艦長をよく補佐し、司令官のキルヒアイス提督や、当時副官として同じ艦橋で勤務していたべルゲングリューンやビューローの信頼を得ていたという。
「どうにも解せないのだが、なぜ卿等は、キルヒアイスの名を出して、ローエングラム候にその者の助命を願い出なかったのだ?」
 ロイエンタールが、予てからの疑問を口にした。
 そうしてくれていれば、この女と結婚することもなかったろうし、今、自分がこんなにも苦い惨めな思いをすることもなかったはずだ。
「無論、我々もそうするつもりでおりました」
 べルゲングリューンが、鎮痛な表情で、きっぱり言い切った。
 そして、べルゲングリューンとビューローは、時折相手と目で確認し合いながら、今でも鮮明に覚えている2年前の出来事を淡々と語り始めた。


帝国歴488年9月26日、キルヒアイス艦隊の残存部隊は、他のローエングラム陣営の艦隊と共にオーディンに帰投した。
 ベルゲングリューンの指揮する艦艇が、ドックに接舷されるやいなや、同乗していたエーリッヒを待っていたのは、先発して、リヒテンラーデ一族の逮捕拘禁に当っていたロイエンタール艦隊のディッタースドルフ提督からの軍務省への出頭命令だった。
 当初、ベルゲングリューンもエーリッヒ本人も、このことをさして重大に考えておらず、出頭は形式的なものと楽観していた。
 この時点では、艦隊司令官クラス以上の者に対しては、リヒテンラーデ派に先んじて、オーディンを制圧する作戦が通達されており、べルゲングリューンもビューローも、リヒテンラーデ一族であるエーリッヒが、微妙な立場になることは察していた。
 しかし、キルヒアイス存命の頃より、エーリッヒは、自分は、最後は貴族としてよりも、軍人としてローエングラム候と行動を共にすると明言しており、万が一、宰相派の貴族達と衝突することがあったとしても、彼と自分達が決裂するようなことはないだろうと考えていた。それが、短い間とはいえ、バルバロッサの艦橋内でキルヒアイスを中心に培った彼等の固い絆だった。
 だが、当時の中将以上の階級の軍首脳部の間では、リヒテンラーデ公をローエングラム元帥暗殺未遂犯に仕立て上げ、それに乗じて、その一族と枢軸派貴族を共犯として全て粛清する作戦を遂行することが確定していた。
 エーリッヒが出頭してから3時間後、ベルゲングリューンの元に、彼が翌朝、軍務省内で処刑されることが決まったと伝えられた。
「バカな!」
 ベルゲングリューンは、通信パネルに拳を叩き付けた。
「彼が、ローエングラム候暗殺の共犯などではないことは明らかだ。彼は今までずっと我等と共にキルヒアイス提督の下で戦ってきた男だ。ローエングラム候は、それを知らんのだ!」
 ベルゲングリューンは、直ちに候と連絡をとろうとしたが、通信回線の都合でそれが叶わず、とにかくエーリッヒを助け出さねばと、ビューローと二人、軍務省に駆け付けた。 特別な計らいで、30分の面会を許された二人は、死を覚悟したエーリッヒと最後の対面を果たした。
 出頭したエーリッヒは、当初、指揮官に、自分が亡きキルヒアイス提督の知己であり、ローエングラム候への忠誠は揺ぎ無いことを訴え、助命を請うつもりでいた。
 ところが、処刑される一族の男達が集められた部屋へ入って、最初に彼が見たのは、不安げに彼に駆け寄る10歳から14、5歳の親族の少年達だった。
 貴族社会で生まれ育った彼は、瞬時にそこで全てを理解した。
 90歳を過ぎた祖父は、10歳以上の男子全てを処刑という処断を聞くと、心臓発作を起こし、隣の部屋で臥せっているらしい。
 絶望し泣き叫ぶ者、覚悟を決め静かに瞑目する者、自暴自棄になり差し入れの酒を何本も呷る者など、反応は様々だった。
 その様子に、エーリッヒは、門閥貴族としての覚悟を決めたという。
 彼は、最後の望みをかけ、ディッタースドルフに、自分が処刑される代わりに、年少の者達を、流刑でも構わないので、何とか命だけは助けることはできないかと尋ねた。
 ディッタースドルフは、苦渋の表情で否と答えた。彼とて、子供を殺すのは本意ではない。しかし、この作戦の総指揮を執るロイエンタール提督やオーベルシュタイン総参謀長にまで、念を押されても翻意しなかったというローエングラム候の決定を、今更覆すことは、候の権威に関わる。一度例外を認めてしまえば、助命の対象は、際限なく拡がってしまい、そのうち処罰自体の正当性をもなくしてしまう。
 それよりも、逆に卿一人ならキルヒアイス提督の知己であることを理由に、暗殺未遂事件とは無関係ということにして助命可能かもしれないと、ディッタースドルフは言う。自分が、ロイエンタール提督やローエングラム候へ掛け合ってもいいとも付け加えた。
 だが、その申し出を、エーリッヒは、静かに首を横に振り、毅然として拒否した。
 暗殺未遂事件になど、元々ここにいる人間は全員無関係なはずだ。
 親しい親族の10歳の少年を犠牲にして、どうして自分だけ助かることができよう。
 エーリッヒは、処刑を受け入れるので、一つだけどうしても了承して欲しいことがあると申し入れた。
 自分は軍人なので、軍規に則って銃殺刑で構わないが、幼い少年達や非軍人の高齢者には、薬物注射による安楽死をと頼んだのだ。
 ディッタースドルフは、この件に関してのみは、独断で了承を即答した。後で問題になれば、元々処刑方法までは命令を受けていないので、現場指揮官の判断で行ったと言い張るつもりだったらしいが、結局この件が問題視されることはなかった。
「卿の気持ちはわかるが、もう一度考え直せ。ローエングラム候とて、キルヒアイス提督が、目をかけておられた卿を処刑したと知ったら、きっと後悔なさる」
 ベルゲングリューン等は、懸命に説得を試みたが、エーリッヒは頑なに、自分一人助かることを潔しとしなかった。
「私が助命されるなら、あの部屋の者達は、全員助命されるべきです。でなければ、ローエングラム候の識見が問われましょう」
 べルゲングリューンとビューローは、言葉を亡くして顔を見合わせた。
「我々ゴールデンバウム王朝の門閥貴族は、500年間、こうしてきたのです。もし、先のリヒテンラーデ公が急死しなければ、逆に私の親族があなた方を処刑していたかもしれない」
 居住まいを正し、静かにそう言った士官候補生の言葉は、年齢が2倍以上の将官達を圧倒するほどの威厳に満ちていた。
 べルゲングリューン等は、そこに、生まれた時から、将来侯爵となり、人々を統べるべく育てられた本物の貴族の姿を見た気がした。
「我々門閥貴族は、代々平民から搾取し、富を独占し、飽くなき権力闘争を繰り広げては、政敵を抹殺してきました。そして、その都度、罪の無い者達までもが連座させられてきたのです。私自身、そうして勝ち残ってきた門閥貴族の一員として、特権を享受してきた一人です。ならば、その戦いに敗れた以上、私も慣例に従って連座するのが、筋でしょう」
 厳かに覚悟を語る少年を、べルゲングリューンとビューローは、畏敬の念を以って見詰めるしかなかった。最早、彼を翻意させることが不可能なのは明白だ。
「ローエングラム候に、お伝え下さい」
 少し間を置き、エーリッヒは、あらためて二人に視線を戻した。
「・・・承りましょう」
 べルゲングリューンが代表する形で応じた。
 エーリッヒは、小さく頷くと、二人を交互に見詰めながら、万感の思いで言葉を継いだ。
「どうか、我々を、連座に因って死を賜る最後の帝国民と成して頂きたい。そうなれば、私達の死も、少しは意義のあるものであったと言えます。そうお伝え下さい」
「確かに、承った」
 今度は、ビューローが応えた。
 エーリッヒは、それを聞くと、微かに笑みを漏らした。
「あと、候のお創りになる新たな帝国に期待しております。自分の目で見ることができないのが残念ですが、きっと、今より多くの国民が幸せになる国であると、信じています」
 最後にそう言った時は、金髪の覇者に憧れる一人の少年の目に戻っていた。
「残られるご家族に、何かご遺言は?」
 ビューローの問いに、エーリッヒは、数瞬視線を泳がせて思案している様子を見せたが、やがて、しっかりと二人と目を合わせると、「・・・母に、」と言って、一瞬口を噤んだ。
「母達に、ご不孝をお赦し下さいと。そして、どうか、恨みを残さぬようにと。流刑地にあっても、恩赦のあることを信じ、新たな世界で強く生きて下さい、と」
 エーリッヒは、静かに立ち上がると、二人に向って最後の敬礼をした。
 べルゲングリューンとビューローも、敬礼を返した。
 それが、二人とエーリッヒとの今生の別れだった。
 翌日、処刑終了の知らせを受けたベルゲングリューンは、ビューローと共に、再び軍務省に赴き、地下の遺体安置所で、エーリッヒの遺体と対面した。
 棺に納められ、こめかみをブラスターでたった一撃されただけの遺体は、銃創は髪に隠れ、その後の処置を施された為か、見た目はきれいで、眠っているかのようだった。薬物投与による措置がとられた他の少年達の遺体も、どれも安らかだったのが、二人にとって唯一の救いだった。
 べルゲングリューンとビューローは、遺体をそれぞれの家の墓地に葬ることを許可して欲しいと、ディッタースドルフに願い出た。本来、引き取り手のない罪人と、国事犯とそれに連座して処刑された者は、郊外の罪人用の共同墓地に、無造作に掘った穴に一緒くたに放り込まれるのが慣わしだった。無論、個人の墓碑もない。
「よろしいでしょう。我々は、埋葬方法についての指示は受けておりません。ロイエンタール提督は、今、首謀者のリヒテンラーデ公の自裁に立ち会っておられるので、小官から後ほど報告しておきましょう」
 ディッタースドルフは、そう言ってこの件を彼の独断で事後報告とした。これが自分に出来る精一杯だと言いたげな、苦悶の表情を見せる提督の心中を、べルゲングリューン等も充分察することができた。
 ロイエンタールもラインハルトも、処刑した政敵の埋葬方法などという小事に拘る男ではないので、この件に関してもディッタースドルフの独断が咎められることはなかった。
 図らずもこの3人の配慮により、リヒテンラーデ一族は、反逆罪による処刑にも関わらず、手厚く葬られ、残された遺族や親族が、その墓に詣でることが可能となったのだった。
 しかし、処刑から2年を経た今でも、エルフリーデは、エーリッヒや処刑された親族の墓を訪れたことはない。自分の中に、まだ彼の死を受け入れられない自分が存在し、墓標を確かめる勇気が持てないでいたのだ。
 だが、今、べルゲングリューンとビューローの口から彼の最期の様子を聞き、彼女の中で、ある種の決着を見た。
「小官は、今でも、あの若者を助けることができなかったことを悔いております。当人の意思など無視してでも、助命すべきだったのではと・・・」
 べルゲングリューンが、怒りを含んだ声で、俯きながら拳を握り締めた。
 彼等は、結局、今日まで、皇帝にも遺族にも、エーリッヒの遺言を伝えられずにいた。
 リヒテンラーデ一族への処断は迅速を極め、流刑が決まった彼の家族は、その日のうちに流刑地へ送られてしまい、話すことができなかったのだ。
 ラインハルトに対しては、その後の、要塞戦、バーミリオン会戦と出征につぐ出征で、個人的な話ができる機会に恵まれず、その内に、新皇帝即位前後の人事刷新などで忙殺される日々が続き、今日に至っている。
 ただ、エーリッヒの言葉を伝えるまでもなく、その後、帝国の全権を掌握したラインハルトは、ゴールデンバウム王朝時代の旧悪を悉く排除し、司法省が、連座制の廃止を立法化したことにより、彼の最後の願いは、既に叶えられていた。
 現に、新帝国になって最初に起こった皇帝暗殺未遂事件の実行犯のキュンメル男爵は、国務尚書マリーンドルフ伯と、皇帝首席秘書官である伯爵令嬢の親族であったにも関わらず、2人がいっさい罪に問われることがなかったことは、記憶に新しい。
 新帝国の改革により、社会は確実に良い方向へと動いている。
 身分間での、不公正が悉く廃止され、国民は活気付いている。そんな中で、ただでさえキルヒアイスの死に自責の念を持つ皇帝に、更に追い討ちをかけるような事実を伝えていいものかという迷いもあった。
「我々は、皇帝陛下と共に、旧弊を改め、門閥貴族の支配から国民を解放することこそが、正義と信じて戦って参りました。その気持ちは今でも変わりません。ですが、同時に、どうしても疑問に思わずにいられません。あの崇高な若者を殺す必要が、本当にあったのかと。あの若者や、幼い少年達が死ぬことで、いったい誰が幸せになったのだ、と」
「お、おいっ・・」
 思わず口に出てしまった本音だったが、下手をすれば皇帝に対する不敬になりかねないべルゲングリューンの不穏な台詞を、ビューローが慌てて制した。
 べルゲングリューン自身も、さすがにまずかったと思ったのか、
「失礼致しました。失言でした」
 と言って、ロイエンタールに向って、軽く頭を下げた。
「いや・・・」
 ロイエンタールは、小さくそう言って首をふり、今の彼の発言を問題にしない意思を伝える。
 その時、エルフリーデが、音も無く椅子から立ち上がると、二人の来客に向って、深々と頭を垂れた後、ゆっくりと身を起こした。
 オフホワイトのサマードレスを着たその姿が、断崖に凛として咲く、一輪の白百合を思わせる。
「エーリッヒ様らしい、見事なお覚悟です。家名に恥じないご立派なご最期と承りました。今、お聞きしたことは、私から必ずやファルツ侯爵家の方々にお伝え致します」
 そう言った彼女の顔は、16歳の少女のものではなく、今や多くの一族の命運を背負う女伯爵のそれだった。
「・・・親族として、両大将閣下のご尽力に感謝致します」
 エルフリーデは、再び優雅なお辞儀をし、暫くそのままの姿勢を維持していた。
 べルゲングリューンとビューローは、反射的に立ち上って敬礼した。
 ロイエンタールには、伏したエルフリーデの肩が、小刻みに震えているように見えた。
 しかし、ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳に、涙はなかった。
 ただ、大気圏最上層の青い瞳が、いつもより強い光を放ち、美しく輝いているだけだった。
『ああ・・・そういうことか』
 ロイエンタールは、独り得心していた。
 この女は、決して変わらない。そして、裏切らない。
 可憐な姿の下に、誰より強靭なものを秘めている。
 汚しても汚しても汚れない。
 踏まれても踏まれても美しく咲き続ける花。
 自分はまさしく、その強さに魅入られたのだ。
 彼女はこれからも永遠に、ヴァルハラに旅立った気高い魂を持つ少年を、慕い続けることだろう。
 たとえ誰の妻になろうとも、誰に肉体が支配されようと、その心まで奪うことはできない。エルフリーデは、そういう女だ。
「たとえあなたとお別れしても、私は一生あなたを愛し続けます」
 別れの愁嘆場で、一方的に捨てた女達のいったい何人から、この台詞を聞いたことだろうと、ロイエンタールは思う。
 彼は、そんな女達を鼻で笑って振り返ることはなかった。
 女達の言う愛など、彼は全く信用していなかったし、その女達の、その後の消息にも興味はなかった。
 一生誰かを愛し続けるなど、女にできるはずはない。女の愛などまやかしだ。それが漁色家と言われた彼の偽らざる本音だった。
 だが、エルフリーデが、エーリッヒ・フォン・ファルツという少年を思い続けることは、確信的に信じることができた。
 何故なのか、何故彼女にだけそう思えるのか、ロイエンタールにもわからない。
 だが、自分のような男にも、理屈で説明できない感情に支配されることがあるのだということだけは理解できた。
 そう思った時、ロイエンタールは、自分が初めて、決して叶うことのない恋をしたことに気づいていた。
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