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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(14)
 ユリアン等はロイエンタールと40分程サロンで時間を潰していると、先ほどの執事が、晩餐の支度が整ったことを伝えに来て、4人は食堂に移った。
 来客用の豪華な食堂に着席すると、正装した女主人の優美な姿が現れた。
 白い肌に薄紫色のドレスが映え、やや古風なデザインが一層彼女の気品を引き立たせている。先ほど出会った時は、年齢相応に見えた少女が、一人前の貴婦人に見事な変身を遂げていた。
 しかし、息を呑んでその姿に魅入っている3人の異国人の脇で、最も胸中がざわめいたのは、他ならぬ彼女の夫だった。
 ロイエンタールは、僅かに残る写真と肖像画の中の母の姿を、色の異なる両目に写すと、抑えがたい衝動に理性の鎧を纏って、さり気なさを装い視線を外した。
 エルフリーデは、毅然として女主人の席に音も無く腰掛けると、あらためて3人に礼を述べた。
「なあに、困っている美しいご婦人を黙って見過ごしたら、男じゃないさ。これは帝国でも、フェザーンでも同じですって」
「ついでに、同盟でもか」
 ポプランがくだけた口調で言うと、食前酒に口をつけていた邸の主の皮肉な声が、3人を凍りつかせた。
 ぎょっとして視線を集中させる3人の前で、ロイエンタールは平然とグラスを呷った。
「ねえ、ユリアン、よかったら携帯のアドレス教えて下さる? 友達が、フェザーンで流行っているゲームとかが面白いって言っていたわ」
 エルフリーデは、そんな4人の男達に、本能的に危うさを感じ取り、強引に話題を変えた。3人はそれに救われたように、ほっと胸を撫で下ろす。
「ええ。構いませんよ。後で交換しましょう。それより、僕達の方こそ、申し訳ございませんでした。観光に忙しくて、滅多にテレビも見なかったものですから、伯爵夫人のことを存じ上げなくて」
 ユリアンの穏やかで紳士的な声が、エルフリーデの耳に心地よかった。
「いいえ。私も不用意だったわ。自分のことを皆が知っているなんて、今日まで全然知らなくて・・・。さっき、侍女達に言われて初めて知ったの」
 気さくに話をする同年代の彼等を、ロイエンタールは、誰にも気取られないよう不快感を押し殺しながら、給仕が注いだ白ワインに口をつける。
 間もなく、前菜が運ばれてくると、ユリアン等3名は、帝国に来て以来、いや、生まれて以来最も美味な夕食を堪能した。
 エルフリーデが言った通り、一流ホテルで修行したというこの家のシェフは、個人宅の料理人には勿体無い程の腕前だった。
 前菜は、バジルソース仕立てのイエローテイルのマリネに、ベビーリーフのサラダ添え。スープは、かぼちゃの冷製ポタージュ、材料の小麦にまで拘っているというパンも絶品だった。メインディッシュの魚料理は、白身魚とホタテのテリーヌ、肉料理は、牛フィレ肉ステーキのマスタードソース、デザートは、ラズベリータルトにチョコレートムース添えというメニューだった。
 全てエルフリーデの好物を揃えたらしく、ロイエンタールにだけは、デザートは供されず、代わりにキャビアやアボガドのカナッペを肴に、相変わらず白ワインのグラスを空けていた。
 晩餐の席で、エルフリーデは一度も夫と目を合わせることがなかった。
 その代わり、ワーレン艦隊と地球から帰還したという彼等の話に大いに興味を持ったらしく、ユリアンと現在の地球の様子についての話で盛り上がった。
「そう・・・地球って、今はそんな風になってしまっているのね」
 エルフリーデは、女学院の授業で習った人類の興亡の歴史に思いを馳せた。
 旧体制下での教育は、ルドルフに始まるゴールデンバウム王家と、その藩屏たる門閥貴族支配の正統性を全国民に幼い頃から刷り込むことにあったので、帝国人の殆どは、合理的な歴史教育を受けていなかった。
 しかし、銀河帝国とも、それ以前の銀河連邦とも時間的距離のある遥か古の古代地球についての歴史は、人類の発祥から文明が誕生し、13日間戦争から90年紛争を経て再統一されるまでを、義務教育課程でほぼ客観的事実に沿って教えられていた。
 数多の英雄や天才の活躍した人類の母なる大地も、今は見る影もないらしい。
「でも、地球教の本部が壊滅したことで、どこかの企業が地球を観光資源として再開発するという噂もあるんです。これから平和な時代になれば、伯爵夫人も行く機会があるかもしれませんよ」
「まあ・・・」
 エルフリーデの成層圏の青の瞳に、好奇心の光が満ちた。
 更に話は弾み、ユリアンが、自分も孤児で、今は15歳年上の保護者に世話になっている身だと話すと、余計に親しみが湧いた。
 そんな彼女の向かいで、夫の方は、時折儀礼的に客達に話しかけるだけで、妻を完全に無視しているように見える。しかし、その神経は常に一点に注がれていることを、ポプランだけは見抜いていた。
 若いユリアンには、新婚であるはずのそんなの二人の真意が測りかねた。
 そう言えば、彼等と同じ頃結婚したヤンとフレデリカは、今頃どうしているだろうか、上官と副官の関係から、少しは夫婦らしくなっただろうか、ユリアンは、ふとそんなことに考えを巡らせていた。
 最後のコーヒーまで飲み終えると、満腹になった3人は、宿泊先のホテルへ戻るべく、執事が手配した無人タクシーに乗り込んだ。
「ありました。やっぱり帝国内では、今、あの二人のことは皇帝に関するニュースに次ぐ関心事のようです」
 車内で携帯端末の電源を入れると、マシュンゴが早速データ検索をして、情報収集をはじめた。
 ユリアンとポプランも同じ検索を開始する。
「ほんとだ。伯爵夫人は16歳、お前さんより一つ年下か」
 ポプランがユリアン向って言った。
「そのようですね。同盟じゃまだハイスクールの学生でしょう。ヤン提督が、僕の同級生の女の子と結婚するようなものですから、考えられませんね」
 ユリアンがそう言って笑うと、ポプランは更に端末に見入った。
「なになに、『二人は皇帝即位式典後のパーティで、宮内尚書を通じて互いを紹介され、二週間後に結婚』って、速攻かよ。まあ、16歳の花嫁に、交際期間が2年も3年もあったら、それこそロイエンタール元帥の趣味が疑われるか」
「それにしても、貴族同士の政略結婚って、あんなものなんでしょうかね。二人共、なんか、よそよそしい雰囲気でしたし・・・」
 ユリアンが、食卓での二人の様子を思い出しながらしみじみ言うと、ポプランは、優越感に浸った態度で、愛弟子を諭した。
「ダメだなぁ・・・まあ、お前さんの経験値じゃ、そう思うのも仕方ないか」
「何がです?」
「ありゃ、ベタ惚れ。特に元帥閣下の方が」
「そうなんですか? そんな風には見えませんでしたが・・・元帥も伯爵夫人もお互いに無関心そうで・・・」
「ほんとにそう思うなら、試しにあの場で伯爵夫人を口説いてみるんだったな。お前さん、確実にロイエンタール元帥に、ブラスターで頭撃ちぬかれてたぞ。いや、白兵戦技にも長けているそうだから、トマホークで真っ二つってとこか」
 ユリアンは、ぶるっと身震いする素振りを見せて笑った。
「ポプラン中佐がそう言うなら、その通りなんでしょうね。じゃあ、僕はやっぱり命拾いしたってことですね」
「まあ、素っ気無いのは、帝国貴族のプライドなのか意地なのか、それとも何か別の理由があるのかはわからんがね。あれがもし、シェーンコップの不良中年だったら、俺達の晩飯なんてすっかり忘れて、奥方を無理矢理寝室へ連行して、明日の朝まで滅茶苦茶にしてただろうな。美味い飯にありつけたのは、ロイエンタール元帥の理性のお陰様ってとこだ」
「いくらなんでも、それはないでしょう・・・」
 ポプランの下品な発想に、ユリアンは可憐な伯爵夫人の姿を思い出して、少し頬を赤らめた。
「人は、運命には逆らえませんから」
 マシュンゴが締めくくりの台詞を言うと、無人タクシーは、ホテルに到着した。
 しかし、安寧はすぐには訪れてはくれなかった。
 3人が、ホテルの部屋で、激動の一日の疲れを癒そうとドアを開けると、迎えたのは、憮然として腕組みし、仁王立ちしているコーネフとマリネスクだった。。
 3人は、カフェで憲兵隊に囲まれた時、とっさに携帯端末の電源を切っていた。その為、突然連絡がとれなくなった彼等を心配し、居ても立ってもいられない状態が何時間も続いていたのだ。
 ところが、つい20分程前、ポプランから、『今、3人でロエンタール元帥の家で夕食を食べてタクシーで帰るところだから、あと少しで着く』というメールが入ったのである。
 コーネフもマリネスクも、「もっとましな冗談を言え」と言わんばかりに険しい顔つきで、怒気も露わに3人に非難の視線を向けた。
「いったい、どこに行ってたんだ? 正直に言え!」
 コーネフが詰め寄ったが、ポプランは同じ答えを繰り返すしかない。
「だからぁ、メールした通りさ。俺達3人は、ついさっきまで、帝国軍一のモテ男にして、金銀妖瞳の名将、ロイエンタール元帥のご自宅に招かれ、元帥とお美しい奥様に、とびきり美味いディナーをご馳走になっていたのさ」
「どうせそこまで言うなら、新無憂宮で、皇帝と会食してたとでも言ったらどうだ? いいか、お前達は、身分証を偽造して入国してるんだぞ。お前等が捕まったら、俺達もただじゃすまないんだっ!」
「待って下さい。ポプラン中佐の仰ることは、本当なんです」
 掴み掛らんばかりのコーネフを制し、ユリアンが2人の間に割って入った。
「まあ、とにかく話を聞いてみましょうよ」
 一番年配のマリネスクが、冷静さを取り戻した。
 ユリアンは、街の路地裏を歩いていた時に、偶然ひったくりを捕まえて、エルフリーデに出会ったことから、順序立てて事の次第を語った。
「・・・・しかし、すごい体験をしたものだな」
 話を聞き終えたコーネフは、一応納得したものの、まだ半信半疑で腕組をしたままだった。
「ああ、こんなことなら、元帥夫妻と一緒に、記念撮影でもしとくんだったな」
 ポプランがぼやく。
「本当ですね。でも、これでまた一つ、ヤン提督にいい土産話ができましたよ」
 ユリアンが、低く笑うと、その場の5人に、やっと平穏が訪れた。


ふいの来客達を送り出して、侍女達と共に自室に戻ったエルフリーデは、パールのイヤリングとネックレスを外すと、ふと思い立って携帯端末を開いた。
 外されたアクセサリーは、侍女が丁寧に手入れし、専用のジュエリーボックスに仕舞っている。
 エルフリーデは、つい先日、同級生達からプレゼントされた携帯端末をまだ使い慣れず、しばしば電源を入れ忘れてしまうことがあるが、この日も、宇宙港で一旦電源を切って以来、そのままにしてしまっていた。
 先ほど、ユリアンとアドレスを交換した時には確認しなかったが、メッセージボックスには、邸を飛び出した彼女を心配する同級生や、流刑地から戻り別邸に住む親族、叔父のゴットルプ子爵、シャフハウゼン夫人や、ゲルラッハ夫人、先輩として最近知己を得たフロイライン・マリーンドルフ等からのメールが入っていた。
 エルフリーデの行方を捜す為、使用人達が手分けしてこれらの人々へ問い合わせたのだろう。その後、憲兵隊に無事保護されたとの知らせが入ると、心配をかけたことを詫びる知らせをまた同じ人々に送ったらしい。
 メールの内容は、皆、それぞれ彼女からの連絡を請うものや、無事の知らせを喜ぶ内容ばかりだった。
 エルフリーデは、あらためて自分の軽率な行動で、たくさんの人々に心配と迷惑をかけたことを申し訳なく思った。
 そして、明日改めて一人一人に連絡するつもりで、とりあえず全員に、無事戻ったことと、心配をかけた侘びと、感謝の言葉を一斉配信して端末を閉じた。
「今日はもう退っていいわ」
 そう言って侍女達を部屋から退出させると、入れ替わるようにロイエンタールが訪れた。
「何の用?」
「ご挨拶だな。夫が妻の寝室を訪れるのに、理由が必要か?」
 険しい目つきで睨み返す妻に、夫はサロンと寝室の仕切りの壁に、軽く右腕を持たれたまま、例によって、唇の端を少し上げて薄く笑った。なまじ端正なだけに、それは実際以上に冷たく感じられる笑みだった。
 しかし、態度とは裏腹に、ロイエンタールは一応妻に昼間の非礼を詫びるためにやって来たのだ。
 エルフリーデの無事が知らされると、彼女が憲兵隊に護衛されて帰宅するまでの数十分の間、ロイエンタールは家令をはじめとする古株の使用人達に取り囲まれ、とにかく奥様に詫びるよう懇々と説諭された。
 彼自身は、大して悪気はなく、ちょっとした悪戯心から出た言葉だったが、予想に反してエルフリーデが過剰に反応した為、事が大きくなってしまったというのが、本音だった。
 ロイエンタールは、謝ることは不本意だったが、長く仕えてくれている使用人達とまで口論する気がなかったので、その場を収めるために仕方なく詫びることを承諾した。
 だが、帰宅したエルフリーデが連れて来た思わぬ来客をもてなす為、ふたりきりで話をする時間がとれず、結局この時間になってしまったのだ。・・・・というのは、実のところ彼の言い訳に過ぎない。本当は、どう切り出していいものか、優れた戦略家であるはずの名将は、意外にもこのような場面に相応しい言葉が思いつかなかった。故に、来客を口実に、意識的に彼女と話すのを避けていたのだ。
「さて、どう言い訳するつもりだ?」
 結局、彼の口から出た言葉は、謝罪とは程遠いものだった。
「私に、お前に詫びろというの?」
「そうではない。今日、お前一人の為に、何人の警察官や憲兵隊員が休日を返上するはめになったと思っている?」
「それは・・・」
 そう言われると、エルフリーデには、返す言葉がない。携帯端末に溜まっていたメールを見ただけでも、自分の行動が、いかに多くの人達に心配をかけたか理解できる。
「ふん、下の人間が自分達の為に、あくせく働くのが当たり前の大貴族らしい所業だったな。だが生憎と、そんな時代は終わった。憲兵隊が迅速に動いたのは、俺が直接依頼したからだ。お前が伯爵夫人だからではない」
『言われなくてもそんなことは解っているわ』と、エルフリーデの目が睨んだ。
 わかっているのは、その言葉を口にしたロイエンタールも同じだった。
 そうだ。わかっている。わかっているのだ。言うべきは、そんな言葉ではないことを。言いたかったのは、そんな言葉ではないことを。だが、彼には、他に言葉が見つからなかった。
 すまなかったと、傷つけるつもりはなかったと、どうしても言えなかった。
 そんな自分にいらついて、更に残酷な言葉を発してしまう自分をまた嫌悪する。どこまでも歪んでいる。底なしの悪循環だった。
 彼は初めて出会った時から、なぜかこの女の前で、たとえ表面上だけでも穏やかに取り繕う気持ちになれなかった。
 エルフリーデの前でのロイエンタールは、好きな女の子をわざといじめて楽しむ小学生であり、父に疎まれた孤独な少年であり、そして、母に片目を抉られかけた哀れな乳児だった。
 剥き出しの自分を晒し、それによって、相手も自分も傷つける行為を不毛と解っていてもやめられなかった。
 エルフリーデは、嫁いできた2日目の晩に、はじめて口論した時、ロイエンタールの屈折した内面を感じ取った。しかし、それが、自分に対しての何のサインであるのか理解するには、彼女はあまりにも人生経験が少なすぎた。
「大勢の方々に迷惑をかけたことは、私だって申し訳ないと思っています。でも、お前が私の一族を侮辱したことは許せないわ!」
 エルフリーデは、生きた嵐と化して、目の前の男を睨みつけた。
 彼は、このきつい目が好きだった。そして、その瞳で睨まれると、抑えがたい欲情に駆られるのだ。決して媚びることのない冷たいその瞳は、彼が今まで付き合ったどの女にもないものだった。
「結構だ。そうやっていつまでも、昔の特権を懐かしむだけの能無しどもの為に、せいぜい俺を楽しませるんだな」
 金銀妖瞳に毒を湛えて、ロイエンタールの長い腕が延びた。
 その掌に、彼が最も憎悪し、そして焦がれている白い美しい手を納める。
「何をするの!?」
 エルフリーデの怯えた瞳が揺れた。
「何を? 決まっている・・・」
 ロイエンタールは、短く冷笑すると、母の衣装を身に着けた女を引き寄せ、懐に押し付けた。
 エルフリーデは、逃れようともがいたが、自分の2倍近い体格の屈強の男は、無論、びくともしない。
 ロイエンタールは、エルフリーデの背中に廻した手で、ドレスのファスナーを引き下げた。ビスチェと一体になったデザインの薄手のドレスの下で、下着の着けていないすべらかな背中の感触が掌いっぱいに広がる。沁み一つない白皙の肌の感触を暫く楽しんだ後、指で背筋を軽くなぞると、エルフリーデの身体が、びくっと震えた。
「や・・・」
 軽い抵抗を完全に無視し、ロイエンタールは、この2ヶ月間に知った彼女の身体の快楽の急所を確実に攻めていた。
 エルフリーデの身体から徐々に力が抜けていくことを確認すると、ロイエンタールは彼女を抱え直し、瞬時に顎をとった。
 長い口づけが、いつもの貪るような激しいものではなく、労わるような優しさを感じて、エルフリーデは少し意外に思った。自分が泣いていることにも、この時初めて気が付いた。
 この男の前で決して弱みを見せまいと、今までずっと堪えていたものが、決壊し雪崩をうって流れ出してきた。
 今日一日で、自分が今までやってきたこと、信じてきたことが全て否定された。
 何の為に自分は生きているのだろう。
 何の為に、自分はこの男に抱かれているのだろう。
 そう思った時、エルフリーデの心は限界だった。
 宇宙港でのマリア・アンナとアウグスチーネの冷たい拒絶、ヨーゼファの刺すような視線、街で遭った引ったくり男の罵り、それらが頭の中でフラッシュバックする。
 エルフリーデは、溢れ出る涙を塞き止めようと硬く目を瞑じたが、最早彼女の意思では制御できなかった。
 だが、それは決して、頬を伝って流れ落ちることはなかった。
 ロイエンタールの唇が、いつの間にか、けぶる睫を軽く愛撫しながら、目尻から伝う涙を丁寧に吸い取っているのだ。
 エルフリーデは、驚きを感じながらも、その温かい心地よさに身を委ねていた。
 長い時をそうしていると、やがて、静かに抱き上げられ、そっと身体が寝台に横たえられた。
 エルフリーデは、霞がかかったような意識の中で、半開きの目に、自分を覗き込む金銀妖瞳を見た。その目には、いつものような意地の悪い皮肉な光はなく、そんなことは、有り得ないはずなのに、何だか優しげに見えた。
 ロイエンタールは、エルフリーデの肩口からドレスを剥ぎ取ると、最後の下着に手を掛けた。
 寝台の上で、生まれたままの無防備な姿を晒されると、エルフリーデは、最早抵抗しなかった。
 膨らみかけた白い乳房が、氷菓子を味わうように愛撫される。
 蕾のままに摘み取られた花は、まだ開花の時を迎えていなかった。
 ロイエンタールは、手早く服を脱ぎ捨てると、少し汗ばんだ熱い身体を重ねた。
 男の重みと熱と一緒に、不思議な安心感と温かさが伝わってくる。
 幼さの残る瑞々しい肢体を、隅々まで愛撫しながら、ロイエンタールは、自分の身体の下で震える妻に語りかけていた。
『お前の優しさのわからない奴等の為になど、泣くな』
『お前の誠意の伝わらない奴等など捨ててしまえ』
『お前には俺がいる・・・お前を守ってやれるのは俺だ・・・』
 エルフリーデは、聴こえるはずのない声を聴いた気がした。
 いつもは、おぞましいと感じていた行為が、この時は傷ついた心を癒し、凍りついた身体をそっと包み、温めてくれるような気がした。
 やがて、ゆっくりと官能の扉を押し開くように、ロイエンタールは、妻の中に自身を沈めていった。
 不思議なことに、それは、彼が今まで関係した一個中隊程の女達としてきた行為と同じものであるはずなのに、全く違うものだった。
 支配し、ただ快楽を貪る行為ではなく、相手を慈しみ、温める為に一つになる。
 熱く繋がった部分から、エルフリーデの身体が、今まで感じたことのない未知の領域に達しようとしていた。
 この時、ロイエンタールは、思いもしなかった感情に捕われている自分に漸く気が付いた。
『これが、愛、か・・・!』
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