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イノセント・プリンセス(12)
 ヒルダが容疑者候補として推理した2人の男達に対して仕掛けた罠は、ごく単純なものだった。
 打ち合わせの翌日、ヒルダ達は絶妙な連携で2人の男を引き離しにかかった。
 作戦の一つとして、この日ベアトリスは、傷の具合がよくないということにして休暇をとり対策室を不在にした。
 出仕直後、まず、サーシャが事前に口裏合せを頼んでおいた工部尚書の秘書官との打ち合わせと称してヘレーネとアンナと共に外出した。
 ヒルダは、暫く4人の男性メンバーと自分の仕事を片付けていた。
 昼近くになって、一番若いアルフレット・フォン・リスナー中尉が、同期の友人と昼食を摂る為に部屋を出た。これも事前にそうするよう手配済のことだった。
 それを見たヒルダは、即座に、カール・フォン・リスナー管理官に対して、彼の担当区域の施設の件で工部省から問い合わせが入っているので、ちょっと話をしたいと言って、続き部屋になっている会議室へ誘った。
 残された2人が何か言葉を発する間もなく、突然リンザーが部屋に現れ、リヒャルト・クリューガー中佐とアルベルト・フォン・ケルトリング管理官の2人に親しげに声をかけた。
「あれぇ? やけに殺風景じゃないか」
 軍属のクリューガーは、准将のリンザーに敬礼すると、ここに今自分達しかいない事情をかいつまんで説明した。
「なんだ、せっかくご馳走しようと思って来たのにな。まあ、いいか。どうだ? 卿等だけでも来ないか? 奢るぞ」
 リンザーが偶然を装って二人を昼食に誘ったのは、隣のビルの地下に明日オープン予定の“リンザー”の新たな店舗だった。
 通常、夕方から深夜にかけての営業のビアホールだが、オフィス街のこの店舗は、昼時も営業することになっている。
 2人を引き連れて店内に入ったリンザーは、挨拶に出てきた店長に軽く手を振ると、奥の6人掛けテーブルに着いた。
 ミネラルウォーターを運んできた店員に、勤務時間だからと言って看板メニューの黒ビールを断り、ランチメニューから適当に見繕って料理を運ぶよう指示した。
「丁度いい機会だ。卿等に話しておきたいことがある」
 食事が終わりかけた頃、リンザーはそう切り出した。
「本当は、今夜退庁後に、別室に集まってもらう予定だったが、早い方がいい。ここはうちの店だから、盗聴もされていないしな。これはまだ、関係者の佐官クラス以上にしか知らせない機密事項にしてある。その点では、リスナー中尉と准尉達に外してもらう手間が省けた」
 2人の男達は互いに顔を見合わせる。
 クリューガー中佐は、軍務省の所属だが、大本営に出向するに当たり、文官にも役職に応じた待遇階級が与えられていた。管理官であるケルトリングとリスナーは共に少佐待遇だった。
「何でありましょうか?」
 上位者であるクリューガーが代表する形で尋ねる。
「シュトライト中将とフェルナー准将の件だ」
 2人の文官と武官の背筋に緊張が走る。
「フェルナー准将は、軍病院に搬送され、手術も成功して回復に向かっていると伺っておりましたが、直属の部下である私とも、未だ連絡もとれない状態です。軍病院に問い合わせても、転院先も教えられない始末で、いったいどうなっているのかと気を揉んでおりました」
 フェルナーの部下であるクリューガーが、これまでの不満を吐露した。
「まあ、卿の気持ちはわかる」
 リンザーは、勢い込むクリューガーを宥めるように制すると、バッケスホーフの不審死で、危機感を感じたヒルダが、フェルナーとシュトライトを一部の軍医を使って密かに安全な別の場所に移したことを伝えた。
 2人は、都心から地上車で3時間程の郊外都市の総合病院に、架空名で入院して治療を受けており、機密保持の為、具体的な場所は、搬送に携わった軍医とヒルダ、そして自分しか知らないのだとリンザーは語った。
「憲兵隊と警察の合同捜査本部は、今度の爆破テロ事件で、一般市民以外の被害者の中に、ブラウンシュバイク公に縁のある人物達が多いことに注目している。恐らくは、何らかの怨恨が絡んでいると思われるので、安全の為にフェルナー准将とシュトライト中将を隔離した」
 リンザーは、少し虚偽を交えて、こちらの手の内を少しだけ覗かせた。
「今回、卿等にこの話をしたのは、少し事態が変わったことと、卿等がフロイライン・マリーンドルフの下にいることで、今後、あの爆破テロ事件の捜査にも協力してもらうことになるかもしれないからだ」
「事態が変わったとは?」
 今度はケルトリングが訊く。
「うむ。フェルナー准将は早い段階で命の危険は脱していたが、動ける状態ではなかった。シュトライト中将に関しては、フェザーンでなければ確実に死亡していただろう。だが、この数日で2人共、こっちの医者も驚くような驚異的な回復を見せて、シュトライト中将の意識も回復したらしい。まだ、きちんと話ができる状態ではないらしいが、短い会話なら可能とのことだ。そこで、やはり場所的に警備の面で不自由だし、偽名がバレるおそれも出てきたということで、昨夜、再び2人を首都に戻したのだ。ただし、軍病院ではなく、フェザーン医科大学附属病院の要人専用病室に収容されている。バッケスホーフの件で、どうやら帝国軍内にも地球教徒が巣食っているのがわかったからだ」
「なるほど」
 クリューガーとケルトリングが同時に頷く。
「それで、我々は、何をすればよろしいのですか?」
 クリューガー少し身を乗り出すように尋ねたのに、リンザーは、ゆっくりと食後のコーヒーを一口運んでからあらためて目の前の同年代の武官と文官に交互に視線を合わせた。
「フェルナー准将は、一昨日蘇生カプセルから出られたが、何しろ突然の爆発で、何が起こったのか、やっと自分の状況を把握できたような状態だ。従って、今のところクリューガー中佐には、引き続き対策室での出向業務に専念して欲しいとしか言えない」
「はっ。それは、そのつもりであります」
「ケルトリング管理官には、ご苦労だが、明日、時間を作って、極秘にシュトライト中将に面会して欲しい」
「私がですか?」
 リンザーの意外な言葉に、当人のケルトリングだけではなく、隣に座るクリューガーも怪訝そうな顔を向ける。
「うむ。シュトライト中将は、意識が戻ったとはいえ、まだ会話がおぼつかない。そんな中で、医療スタッフにしきりに卿を呼ぶように訴えているそうだ」
 リンザーは、さり気無く核心に迫ると、必死にケルトリングの胸の内を探ろうと試みた。
「シュトライト中将が、私にですか?」
 ケルトリングは、さも意外なそうな様子で聞き返す。動揺を隠す為の演技なのか、本心なのか、わからない。
「ああ、どうしても卿にとのご指名だ。何か聞きたいことがあるらしいが、まだ聴取ができるような状態ではないそうだ。そこで、この際、卿に事情聴取を予て、話を聞いてきてもらいたい」
「わかりました。そういうことでしたら、明日早速伺います」
「ご苦労だがよろしく頼む。この件は、機密事項に属するので、ここにいる我々とフロイライン・マリーンドルフ以外の人間には内密に行なって欲しい。女性准尉達と、両リスナー氏方にも内密に願いたい」
「了解致しました。」
「ところで、卿は、以前からシュトライト中将と面識があったのか?」
 目の前の男が犯人の一味だとしたら、絶対に真実を言うはずがないとわかっていながら、リンザーは、好奇心も働いて、一応訊いてみた。
「面識というほどではありませんが、ブラウンシュバイク家が主催する夜会や園遊会に顔を出した時に、何度か見ました。顔を合わせれば挨拶くらいはしましたが、今や皇帝陛下の高級副官殿である彼が、私などのことを覚えていたとは、意外でした」
 予想通りの言葉に、リンザーは軽く頷いた。
 結局、この時の会話からは、ケルトリングの心底を探ることはできなかったが、失望はしていなかった。
 遡ること数十分前、対策室内の会議室では、ヒルダとリスナー管理官が、リンザー達と同じ会話を交わしていた。
「シュトライト中将が、私にですか?」
 ケルトリング同様に怪訝そうな声が室内に響いた。
「ええ、そういうわけなので、ご足労ですが、あなたには、明日中に時間を作って内密に、シュトライト中将に会って話を聞いてきて欲しいの。収容されているのは、フェザーン中央病院のVIP病棟7階のA室です」
「かしこまりました。そういうことでしたら、早急に行って参ります」
 リスナーの少し緊張気味の声から、ヒルダも彼の真意を探ろうとしたが、結局、結果はリンザーと同様に終わった。
 全ては、今夜から明日の間に決まるだろう。


「どうでしたか? どちらが怪しかったですか?」
 ヒルダ達が、居候先のボーデン邸に帰ると、早速オティーリエの質問攻めに遭った。
「どちらも同じような反応よ。今の段階ではどちらが怪しいとは言えないわね」
 ヒルダの苦笑混じりの答えに、オティーリエは、がっくり肩を落とした。
 夕べ、作戦を聞かされてから、ずっと結果を待ち焦がれていたらしい。
「ははは…そう簡単に尻尾を出すような相手じゃありませんよ。でも、慌てなくても、結果は早ければ今夜にでもに出ますよ」
 リンザーが言い添えると、他の女性達も、勝負はこれからだと言って、逸るオティーリエを落ち着かせる。
 今夜から明日にかけて、バッケスホーフの時と同じことが、フェザーン医科大学附属病院かフェザーン中央病院のどちらかで起こるだろう。
 前者なら犯行グループの手先は、ケルトリング管理官であり、後者ならリスナー管理官ということになる。
 それに備えて、双方の病院側でも今日の早朝から準備を進めていた。
 シュトライトに化けて、蘇生カプセルに入っているのは、警察の特殊捜査班に所属する囮捜査員であり、前の病院から引き続き治療に当たると言って周囲を取り囲んでいるのは、ベルタことファーレンハイト軍医中佐がが自ら選抜した絶対の信頼の置ける医療チームである。
 病院側には、ごく上層部にしかこの患者の素性を知らせていない。
 万が一に備え、31日に検診で来院する予定のエルフリーデにも、病院側から要請して日程を変更してもらった。
「あとは、ひたすら網にかかるのを待つだけってことね」
 アンナがオティーリエ同様、待ちきれない様子だった。
 夕食の席でも、やはり話題はこの件ばかりで、皆、本来なら旨いはずのフェザーン料理の味も感じられないでいた。
「あの…フロイライン・アデナウアー、あのことをご報告した方が…」
 カルツ夫人が、今日、休暇をとったベアトリスに視線を遣り、何事かを促した。
 ベアトリスは、「しまった」という表情をして、慌ててヒルダに向き直る。
「肝心な報告を忘れておりました。申し訳ございません」
 彼女にしては珍しい失態に、ヒルダは苦笑で応える。いつもは冷静沈着な女性であるベアトリスも、今日ばかりは、自分の任務より、ヒルダの仕掛けた罠の結果の方が気になって仕方ないようだ。
「昼間、カルツ夫人と2人で、シュヴァイツァー夫人にお話を訊いてきました」
 一同の視線が一斉にベアトリスに注がれる。
「それで、何かわかったの?」
 ヒルダの問いに、ベアトリスは、小さく首を振った。
「残念ながら、大したことは…。まず、エリザベート嬢のお世話をしていたと思われるモンタージュの夫人ですが、20年前のCGを見て、宇宙港の待合室で何度か見た人に似ている気がすると…」
「貴重な情報だわ。やっぱり、貴族の領地惑星に仕えていた使用人だったのね」
「でも、何分昔のことなので、同一人物かどうかも自信がないそうです。夫人のご主人は、平民とはいえ、シャフハウゼン家の所有する鉱山会社の運営や、領地惑星の統治にも関わるような重臣だったそうですから、その方々と同じ待合室にいたとしたら、使用人でもかなり重要な地位にいた人だと思いますわ」
 旧王朝時代は、とにかくあらゆる場所で身分差別があり、空港はもちろんのこと、殆どの交通機関の座席や待合所で、身分によるクラスが厳格に定められていた。
「わかりました。早速、ケルトリング伯爵家とリスナー男爵家、それと、リスナー管理官の実家の伯爵家の旧領地に調査員を派遣して調べるよう依頼します。ただ、どこも場所が帝国領の辺境地ですから、調査結果を待つよりも、こちらの結果が出る方が早いでしょう。しかし、たとえ後付けになっても、彼女は重要な生き証人です。どちらにしろ、身柄を確保しなければなりません」
 ヒルダの言葉に、それぞれが「そうですね」と頷いている。
「それから、もう一つ。こちらは、証拠と言えるものかどうかわかりませんが、ベルト…ケルトリング管理官には、今、宮内尚書のご令嬢との縁談が纏まりかけているそうです」
「宮内尚書のご令嬢って、フロイライン・ベルンハイムのこと?」
 ベアトリスの思わぬ聞き込みの成果に、ヒルダは驚きの声を上げた。
 宮内尚書ベルンハイム男爵の令嬢は、ヒルダの貴族女学院での1年後輩に当たり、彼女を慕っていたファンの一人だった。当人は、貴族令嬢としての規範を越えない道を選び、上級科へ進級した後、社交界デビューしている。現在は、多分、いい縁談が持ち込まれるのを待って花嫁修業中だったのだろう。
 大学を出て自ら働くヒルダやヘレーネ達に比べれば、保守的でつまらない生き方に感じなくもないが、これがつい2、3年前までの帝国貴族女性の王道だったのだ。
 これまで、全くの非主流派であり、地位にも名声にも縁のなかったベルンハイム男爵は、その誠実な人柄を新皇帝に信頼され、親族であったシャフハウゼン子爵の推挙もあり、旧王朝時代では考えられなかった「尚書」という文官の最高位に就いた。
 無論、形式上は同格とされる軍の元帥や、政務に於いて実質権限の大きい財務尚書や工部尚書に比べれば、名誉職的な色合いの強い地位ではあったが、「尚書」の肩書きには、まだ普遍的な権威のようなものがある。
 旧体制下では、若手官僚にとって、現役尚書の娘との結婚は、自らの将来を約束するものだった。
 ローエングラム体制では、そうした身分や縁故ではなく、武官でも文官でも実力主義を徹底させる方針だったが、実際にその仕事ぶりが皇帝の目に留まる機会の少ない文官の世界では、旧来的な派閥や人間関係が人事に影響を全く与えないとは言い切れないものがあった。
 もし、皇帝の覚えが目出度い宮内尚書の娘婿ともなれば、ケルトリングは、それだけ皇帝の目に留まる機会が増えることになり、同年代の同僚達より一歩抜きん出ることは確実だろう。
「確かにな。実際には軍といえども100%実力通りに昇進するかと言えばそうではない。実力があってもそれを出せるチャンスに恵まれるかどうかが重要だし、運もある。上官との相性のようなもんだってあるさ。俺だって、ワーレン提督が地球で偶々俺にあの任務を命じてくれなければ、今の地位にはなかったわけだしな」
 見栄も謙遜もないリンザーの言葉には、説得力があった。
 ただ、この縁組は、同時に旧来の見方をすれば、父親が尚書に就いた以外一門に特に傑出した人物もなく、血統も財力も平凡な非主流派男爵家の娘が、次男とはいえ、代々高名な軍人を多数輩出してきた名門軍閥の伯爵家の息子と結婚するという、女性側にとってこそ願ってもない良縁とも言えた。
 その点で考えれば、ケルトリングという男は、旧体制下のステイタスよりも現在の新たな秩序に迎合する、良くも悪くも現実派なのだろう。
「カールの方には、そういった話はなかったのかしら?」
 ヒルダは、もう一人の容疑者についても、公正に確認した。
 ケルトリングの件は確かに動機の裏付けになるが、二十代後半の年齢のエリート官僚である彼のような男に縁談が持ち込まれるのは自然な成り行きと言える。
「ええ、リスナー管理官にも、当然縁談の類の話はあると思いますが、具体的な話はシュヴァイツァー夫人の耳には今のところ入ってきていないようです。ただ、彼にはオーディンに恋人らしき女性がいるようです」
 ベアトリスは、できる限り自分の主観が入らないよう判明している事実のみを報告するよう心がけて言葉を続けた。
「彼と同じ艦でフェザーンへ移動してきた民生省の文官の中に、大学の同期がいたのを思い出して、昼間ヴィジフォンを入れてみたんです。私が、彼に気があるので彼のことを知りたがっているということにして話を聞きました。彼女によると、カールを宇宙港に見送りに来ていた若い女性がいたそうです。かなり名残り惜しげだったので、一緒にいた男性官僚達が、恋人かとからかったら、『そうなれればいいんだけどね』と答えたとのことです。それで、念の為に、どんな女性なのか訊いてみました」
「どんな人だと言っていたの?」
 同じ日に同じオーディンの宇宙港で、同じようにリンザーを見送ったヘレーネが真っ先に興味を覚えて身を乗り出した。ベアトリスと同じ大学出身の彼女は、話を聞いたという同期の女性キャリアとも顔見知りであった。
「彼女と目撃した複数の人間の印象では、年齢は二十歳前後で服装も地味で学生風だったとのことだわ。あくまでも彼等の主観ですが、かわいらしい感じの小柄な女性で、特別美人というわけではなく、平凡なタイプで、少し意外に思ったらしいわ」
「ふーん。確かにカールにしては意外な趣味ね」
 アンナが率直な感想を漏らすと、ベアトリスもそれに頷いた。
「その場にいた人達も皆そう思ったらしく、先輩の一人が『どちらのご令嬢だい?』と訊いたら、更に意外なことに、『いや、彼女は平民の普通の家の娘だよ』と答えたというのです。確かに身なりも物腰も、貴族女性には見えなかったそうです」
「平民と言ってもピンキリよ。中には貴族並みかそれ以上の富豪だっているわ」
 リンザーの婚約者であるヘレーネが、実感のこもった口調で言うと、ベアトリスは否定的に首を振った。
「それが違うのよ。その後、艦に乗り込んでから一度食事中に独身の男性官僚達が話題にしていて、再度突っ込んで色々訊いていたらしいのよ。カールはベルトと並んで民生省の若手官僚の中では、容姿家柄共に頭一つ抜けた存在だったから、その恋人らしき女性の平凡さがかえって興味を誘ったようなのよ。それで、カール曰く、彼女は本当に普通の平民家庭の娘で、父親は退役傷病兵で、家はあまり裕福じゃないから大学を出たらフェザーンで働きたいと言っていたと言うの。健気でかわいいんだと惚気けてたそうよ」
 数瞬の沈黙が流れる。
「ふーん、カールって意外に欲がない人だったのね。てっきり、結婚はしっかり計算して、出世に有利な相手を選ぶタイプだと思ってたわ」
 アンナが再び率直な感想を言う。
「私もそう見えたけど、いくら時代が変わったとはいえ、門閥貴族の息子にしては随分さばけてない? なんか彼のイメージじゃないわね」
 サーシャが同意すると、ヒルダも少し考え込んだ。好意的に解釈すれば、彼は見かけによらず純粋な男だったということになる。
 ヒルダは、その優れた論理的思考頭脳の代わりに、女性特有の所謂第六勘的なものがあまり働かないタイプだった。そのヒルダをしても、彼女の知るカール・フォン・リスナーという男と、平民の平凡な女性というのが、頭の中でどうにもしっくり結びつかない。
 よく、最初に聞いた時は意外に思っても、後で2人並んだ姿を見たら、まるで初めから一対であったかのようにぴったりはまっていたというカップルは存在する。
 ロイエンタール元帥夫妻もそうだし、先日のルトヴィカとオヒギンス夫妻もそうだった。工部尚書の秘書官とビッテンフェルト提督のことを知った時も、最初は驚いたが、後で2人一緒の姿を見て妙に納得したものだった。
 反対に、意外に感じる間もなく、最初から結ばれるべくして結ばれたように見える男女もいる。ファーレンハイト夫妻やリンザーとヘレーネがその典型だった。
 だが、リスナーと平凡な平民女性というのが、どうしても上手く言葉に出来ない違和感のようなものが残ってしまうのだ。
 しかし、ヒルダは客観的事実ではないこの感覚を、今は敢えて切り捨てて考えることに決めた。
「やはり、本命はケルトリングの方ですね」
 リンザーが、確認するように同意を求める。
「そうですね。状況的には、私もそう思います」
「では、念の為、フェザーン医科大学附属病院の方の人員を増やします」
 リンザーが結論付けるように言う。
「お願い致します。私は、いつ連絡が入ってもいいよう待機しております」
 ヒルダは、自分の中にある違和感を抑えながら、軽く頭を下げた。


 日付が変わった午前3時、予想通りフェザーン医科大学附属病院に配置した特殊部隊から待望の知らせが入った。
 シュトライト中将に化けた囮捜査員が入っている蘇生カプセルの酸素供給を切ろうとした男を捕えたが、その場で奥歯に仕込んだ毒物を飲んで自殺したというのである。地球教徒と思われるその男は研修医で、バッケスホーフを殺した地球教徒とは違い、同盟領の出身者だったという。
 それを聞いたヒルダ達は、本部が壊滅して尚、帝国、フェザーン、同盟の3勢力を股に掛ける地球教の根深さに慄然とするのだった。
 リンザーが、すぐにケルトリングの身柄を確保するよう待機中の別の部隊に指示を飛ばした。
「やはり、フロイラインの読みは正しかったようですね」
 リンザーが、ヒルダに向かって笑顔で賞賛の眼差しを向ける。
「ええ…」
 だが、ヒルダは、何故かわからないが、素直に喜べなかった。
 何か、あまりにも上手く出来すぎている気がしてならない。
「やっぱりヒルダって天才だわ」
「これで、この事件も解決ね」
 一緒に徹夜待機していた4人の女性軍人達も口々にヒルダの推理力を讃える。
「まだわからないわ。最後まで気を引き締めていきましょう」
 ヒルダが自分自身に言い聞かせるように言うと、ボーデン邸で待機していたメンバー全員は、リンザー配下の士官が用意した地上車で、捜査本部が設置されている憲兵隊の仮庁舎ビルに向かった。
 午前4時10分前に到着すると同時に、リンザーの携帯端末に、ケルトリングを連行する為に向かわせた部隊の指揮官から連絡が入った。
 だが、充分な人員を割き、無事確保の知らせを信じて疑っていなかったリンザーの顔が、見る見る険しくなっていく。
「どういうことだ!?」
 通話口へ向かって怒鳴るように相手を問い詰めたリンザーは、その後ですぐにスピーカーモードに切り替えた。
 端末から聴こえてくる指揮官の言葉に、ヒルダ達は数秒間呆然となった。
 ケルトリング逮捕に向かった部隊は、彼の宿舎となっているホテルの部屋の扉を蹴破るようにして突入したが、そこで目にした光景は、彼等の予想外のものだった。
 部屋の中央で、ケルトリングはホテルの従業員の制服を着た2人の男に両脇を抑え込まれ、もう1人の男に口をこじ開けられて、赤ワインの入ったグラスを無理矢理飲まされていたのだった。
 3人の偽ボーイ達は、突然部屋に飛び込んできた兵士達に驚き、咄嗟にケルトリングの身体から離れたが、逃げられないと知るや、即座に自害したという。その用意周到さと、自身の命をもいとわない献身は、彼等も地球教徒と考えて間違いないだろう。
 必死で抵抗したケルトリングは、飲み込んでしまった毒物が僅かに致死量に足りなかったらしく、辛うじて息があったという。
 毒物自体は旧体制下に於いて、主に高貴な人物の自裁に使われる種類のものだったようだ。
 軍病院へ搬送されたケルトリングに対し、すぐに胃洗浄と解毒薬の投与が行われたが、元々神経系統の麻痺を引き起こす即効性の猛毒故に、フェザーンの医療技術をもってしても、予断を許さない容態らしい。
『私の考えは、間違っていたの?』
 事態の詳細を知ったヒルダは、再び考え込んだ。
「もし、ベルトがこのまま亡くなれば、手先に使われた彼も、最後に消されたということなのでしょうか?」
 ヘレーネが自問自答するように尋ねる。
 そうだとしたら、ヒルダの推理は、概ね正しかったことになる。
「その可能性もあると思うけど…」
 だが、答えるヒルダの声に、いつもの自信に満ちた響きはなかった。
『私の考えは正しかったのかしら? それとも、私は真相に近づいたつもりで、知らず知らずのうちに、彼等の術中はまってしまっていたのだろうか?』
 窓の外には、夜明けを待つ薄暗い空が広がっている。
 
 策士策に溺れる。

 徐々に白み始めた空を見上げながら、ヒルダはふと、大学時代に知った古代地球の古い格言を思い出していた。
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