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ハーレクインもどき −番外編(12)−〔やっと最終回〕
「エルフィー、僕達も踊ろうよ」
 そう言って、エルフリーデに手を差し伸べたのは、マールバッハ伯爵家の子息だった。 ロイエンタールは、母の死以来、絶縁状態だったマールバッハ家と、結婚を期に不承不承ながら親戚付き合いを始めることになってしまった。三女だった母レオノラの兄や姉達には、彼よりも幾分年上の従兄や従姉がいて、彼等の子供達には、エルフリーデと同年代の者も多かった。同じ貴族同士で年齢が近いこともあり、彼等はすぐに仲良くなった。
 エルフリーデも、歳の離れた皮肉屋な夫よりも、優しい少年たちとの方が、ずっと打ち解けている。表層には出さないものの、ロイエンタールにはそれがあまり愉快ではなかった。
「ええ、いいわ。ロベルト」
 エルフリーデはそう応えると、ロベルトと呼ばれたロイエンタールの従兄である現マールバッハ伯爵の長男の手をとった。ギムナジウムの最上級生で、エルフリーデより一つ年下のこの少年は、貴族の気品と美貌を兼ね備え、彼女のお気に入りの一人だった。
「オスカー叔父様、奥様をお借りします」
 ロベルトが、殆ど形式だけの断りを入れると、ロイエンタールは、僅かな不快感を押し殺して無言で頷き、彼を完全に無視して目の前を通り過ぎる妻の華奢な背中を見送った。
「今日の君は本当に綺麗だね。そのドレス、とっても似合っていて、まるで本物の妖精・・・うんん・・・女神様みたいだ」
 頬を高潮させ、あらん限りの賞賛をする少年に、エルフリーデも若干癒される思いだった。どうせ、あの男は、自分がどんな姿をしていようと興味などないに違いない。
「ふふ、ありがとう、ロベルト。お世辞でも嬉しいわ」
 そう言って、誰も真似のできない軽やかなステップを踏んで踊る伯爵夫人に、パートナーの少年は、大げさなくらい首を振った。
「お世辞なんかじゃないよ。今日は、女学院のコ達も大勢来ているみたいだけど、君が一番綺麗だよ。・・・・ダンス、上手だね。ずっと習っていたの?」
「いいえ。社交ダンスは、始めたばかりよ。でも、バレエとスケートを4つの時から習っていたわ。私、ジャンプが苦手で12歳の時からアイスダンスのレッスンを受けていたのよ」
 エルフリーデは、旧社会で貴族のみに許されていた競技を懐かしむように答えた。
「ほんと? すごいなぁ・・・僕なんか、学校でホッケーしかやったことないから。あ、携帯持ったんだって? 後でメアド交換しよう」
「ええ」
 二人がそんな他愛のない会話を交わしている時、それまで静かに座してマンゴージュースを飲んでいた皇帝が、シュトライト中将に目配せして何事かを命じた。
 シュトライトは、軽く一礼すると、その場を離れ、会場内を見渡して目的の人物を見つけると、音もなく近づいていった。


「ねえ、次は僕と踊って、エルフィー。僕ともメアド交換しようね」
 一曲目が終わった時、今度は別の少年が声をかけた。レオノラの姉の孫、ロイエンタールにとっては従姉に当る女性の息子で、幼年学校の生徒だった。
「ええ、いいわ」
 エルフリーデは気軽に応じると、その少年と二曲目を踊り始めた。そのやや斜め後方では、ファーレンハイト夫人となったベルタが、シュトライト中将から何事かを打診されていた。
 ベルタは、シュトライトと二言三言会話を交わして彼が去ると、傍らの夫と弟に向き直った。
「さてと、私達は、これから、宇宙一の美男子と宇宙一の色男のお相手をしてくるから、あなた方は、ファンサービスに務めなさい」
 ベルタはそう言って軽く手を振ると、ビアンカを促して皇帝の居る方へ向った。
 二人の気遣いを察したファーレンハイトとビッテンフェルトは、周囲に散らばるそれぞれのファン達に声をかけ、皆とダンスをする意思を伝えた。
 全艦撃沈状態のファーレンハイト同盟とビッテンフェルト組の面々が、全員満面の笑みで再浮上したのは言うまでもない。
 二人の上級大将は、一人2フレーズほどでパートナーをチェンジし、公平に少女達に一時の夢を与えていく。
 ファーレンハイトは、どこで覚えたのか、踊り慣れた様子で、巧みに相手をリードしている。ビッテンフェルトは、昨日ビアンカと猛特訓した成果をいかんなく発揮し、一夜漬けとは思えぬ巧さで、彼には似つかわしくないことを意外なほどスムーズにこなしていった。
 その様子を眺めていたミュラーは、ここは二人に倣うのがマナーと判断し、ファンクラブのメンバーに同じように対処してやった。


 宴も酣になった頃、比類なき美貌の皇帝が、重力を感じさせない所作で椅子から立ち上がると、流麗な足取りで数歩歩みを進め、一人の女性に向って手を差し出した。
 周囲からどよめきが起こる。
 ベルタは、軽く膝を折ると、その手をとり、今宵、皇帝から最初のダンスを申し込まれる栄に浴した。
 皇帝からファーレンハイト夫人となった彼女への、ささやかな結婚祝いのつもりだった。
 ラインハルトは、幼年学校の一般教養として社交ダンスを一通り学んで以来、実際にパーティで踊ったことは滅多になかった。その場にいたほぼ全員が初めて目にする皇帝のダンスを、固唾を呑んで見守った。
 慣れていないせいか、当初若者の動きはどこかぎこちなかったが、それでも、相手を気遣い、年上の女性を精一杯リードしようとする初々しさが感じられた。驚いたことに、たった数分間の中で、終盤にさしかかる頃には、すっかりコツを覚えたように、見事な身のこなしでステップを踏んでいた。
 やがて、人々は、艶熟した美しい人妻と優雅にワルツを踊る皇帝の姿を、芸術品を眺めるように見惚れていた。
 同じ頃、ビアンカは、夜会の主催者である邸の主人の前に進み出て、そっと右手を差し出していた。既に妻帯した帝国軍一の漁色家に対し、この機会を狙っていながらも一歩踏み出せず、遠巻きに見ていた周囲の貴婦人方から、ビアンカに対して一斉に羨望の眼差しが注がれた。金銀妖瞳の元帥は、無造作に美貌の秘書官の手をとると、鮮やかに身を翻してワルツを踊り始めた。
 ミッターマイヤー夫妻が互いに目を合わせてポジションをとり、ワーレン、ルッツ等もつられるように適当な相手を見つけて輪に加わる中、ケスラーやオーベルシュタイン等の軍務省関係者は、周囲を警戒するように、警護の者に指示を出すと、自らはライトの届かない会場の端に下がり、後ろ手を組んでダンスに興じる面々を凝視していた。
 次の曲を、ラインハルトとロイエンタールは、互いのパートナーをチェンジした。
 ビアンカは、ラインハルトがローエングラム伯爵家を継いだ頃からの知己であり、ロイエンタールもビッテンフェルトの姉の軍医としてのベルタを見知っていた。
 少し間を置き、その次の曲をビアンカは上司である工部尚書と、ベルタは、メックリンガーと踊った。
 その様子を指を加えて見ていた△組の4人は、はっと我に返ると、若手有望提督の意地と面子にかけて、近くの女性に声をかけはじめた。
「申し訳ございません。ちょっと先約がありますので」
 バイエルラインが、心臓が飛び出す思いでダンスを申し込んだ某令嬢は、素っ気無く断ると、テラス脇で部下に警護の指示を出しているフェルナーに向っていった。
 上司のお供で渋々同行し、元々夜会を楽しむつもりなどないフェルナーは、当惑した。まして、貴族令嬢とダンスなど思ってもみないことだった。しかし、女性に恥をかかせてはいけないという最低限のマナーを心得る彼は、結局その令嬢の手をとって、慣れない所作でワルツを一曲踊ることになったのである。
『なぜ? なぜだぁぁぁぁぁぁ?????? なぜ俺よりフェルナーなんだぁぁぁぁぁぁ!!!!』
 バイエルラインは、声にならない絶叫を上げた。
 
 
 一方、ロイエンタール艦隊随一の若手有望株シュラーもパートナー探しに余念がなかった。
 シュラーは、豪奢な金髪に美貌の青年で、用兵家としても非凡な才能を発揮し、二十代の若さで提督と呼ばれる身である。にもかかわらず、なぜか女ッ気がまるでなく、存在感が極度に薄くて、よく「誰だっけ?それ」で片付けられてしまうのが玉に瑕であった。  そんな彼が、一念奮起して、目の前のブルネットの髪の少女にダンスを申し込んだ。
「すみません。急いでおりますので・・・」
 少女はあっさりそう言うと、足早に去り、前方にベルゲングリューンの姿を見つけると嬉々とした足取りで駆け寄った。
『なぜだぁぁぁぁぁぁ?????? ロイエンタール艦隊で一番若くて男前は俺だろ? なぜ、あのおっさんなんだぁぁぁぁぁ!!!!!』
 シュラーは、声にならない絶叫を上げた。


 次世代双璧候補のグリルパルツァー&クナップシュタインと、自称「今夜の主役」のトゥルナイゼンの3人は、丁度一息吐いてカクテルを飲んでいるビアンカを虎視眈々と狙っていた。3人の視線は、ずっと彼女の胸の谷間に注がれている。
『よし!今だ』
 3人が同時にビアンカに向って進攻を開始しようとしたまさにその時、崇拝者全員へのファンサービスを終えたファーレンハイトが、水色の瞳を彼女に向けると、優雅に手を差し出した。
 ビアンカも自然な所作でその手を取る。
 折りしも時刻は午後10時をまわり、楽団が、音あわせの合図で、ラスト二曲であることを知らせている。
『これで完全制覇ね』
 ビアンカは、ほくそえんだ。
 皇帝、ロイエンタール、シルヴァーベルヒ、ファーレンハイトという帝国の「いい男四天王」全員とダンスを踊るという帝国婦女子の誰もが憧れる偉業を、彼女は一夜にして成し遂げたのである。
 またもあぶれてしまった3人は、今度はその視線を、美しい軍医中佐へと向けた。
 だが、またしても彼女の手をとったのは、夫の僚友である義手提督だった。
『うっ・・・うっ・・・俺も彼女欲しい・・・いや、結婚したい・・・』
『むなしいよな・・・遠征から帰還する度に娼館通いなんて・・・』
『くそっ・・・! 俺もダンス踊りてぇ・・・』
 △組は、目の前で繰り広げられる華やかな光景を、ただじっと指を咥えて見ているしかなかった。


 最後から二曲が始まった直後、ラインハルトは、それまで踊っていたヴェストパーレ男爵夫人に一礼すると、邸の女主人の姿に目を留めた。
 真っ直ぐに歩み寄る皇帝に、エルフリーデは礼に則ったお辞儀をしたが、差し出された手をとる時、一瞬僅かに躊躇した。
 それでも、今夜の主催者として、主賓である皇帝の面目を保ち、恙無く夜会をお開きにしなければならないことは充分承知していたので、彼女は胸の中に蟠るいくつもの感情を押し殺してダンスのお相手を務めたのである。
 すっかりダンスに慣れて、華麗にステップを踏む若者に、エルフリーデもよく合わせている。
 ラインハルトは、手に触れた伯爵夫人の身体のあまりの儚さに、珍しく胸の奥に痛みを感じていた。
 ロイエンタールが、リヒテンラーデ一族の女性と結婚すると聞いた時、彼の脳裏に真っ先に浮かんだのは、眼光鋭い老獪な宮廷政治家の姿だった。信頼する最古参の幕僚の配偶者として、当然、いい気はしなかったが、臣下の私生活に干渉しないのが名君であるという信条を持つラインハルトは、ロイエンタール本人が決めたことならと、自分の中で折り合いをつけた。
 ところが、結婚式で初めて花嫁の姿を目にした時、彼は、そのあまりに幼く可憐な姿に、少なからぬショックを受けた。16歳になったばかりだという少女は、嫌でも15歳で拉致同然に後宮に納められた姉の姿を連想させた。そう思った途端、リヒテンラーデ一族という出自に対する拘りは払拭され、まだ少女の身で一族の為の結婚をする彼女が痛々しかった。
『いや、相手はロイエンタールなのだ。姉上とは違う』
 ラインハルトは、酒色に溺れ年齢よりかなり老け込んだ旧王朝の皇帝と、美丈夫の青年提督とを思い比べて、自身を納得させた。
「伯爵夫人。ロイエンタールは、あなたが一生を委ねるに足る男だ」
 優雅にターンを繰り返しながら、金髪の覇者はそう囁いた。
 エルフリーデは、黙っていた。反論したいことは山ほどあるが、ここで言いたいことを全部吐き出す程、彼女も子供ではなかった。
「あなたが、予に対して、虚心ならざることは解っている。だが、予はそれでも、あなたには幸せになって欲しいと思っている。だからあなたも、ロイエンタールの支えとなって欲しい。それが予の願いだ」
 皇帝の静かな言葉が続いた。
『フロイライン・マリーンドルフと同じことを言うのね』
 エルフリーデはそう思いながらも、僅かに目を逸らし、
「・・・努力いたします」
 と言うのが精一杯だった。
 それでも、皇帝は、一瞬、少年のような笑顔で頷いた。その顔が、ふとエルフリーデに既視感を覚えさせたが、この時は、その意味に気づくことはなかった。
「奥方をお返しする。ロイエンタール元帥」
 曲が終わると、皇帝は、伯爵夫人の手をとり、そっと彼女の夫に引き渡した。
「御意」
 金銀妖瞳の男が、その手を引き取ると、楽団が最後の調律を始めた。
「陛下」
 それまでヒルダと踊っていた芸術家提督メックリンガーが、若い君主の前に恭しく進み出た。
「恐れながら、お願いの儀がございます」
「なんだ? 珍しいではないか、メックリンガー。今宵は無礼講。堅苦しいことはなしだ。予にできることなら、何でも言ってみるがいい」
 鷹揚に答えた皇帝に、メックリンガーは尚も平身低頭で言葉を継ぐ。
「では、お言葉に甘えましてお願い致します。私は最後の曲は男爵夫人のお相手をしなければなりませぬ故、陛下には、ぜひ、フロイライン・マリーンドルフと踊って頂きたいのですが、お聞き入れ頂けましょうか?」
 言葉が終わらない内に、当事者二人は同時に顔が沸騰した。
 そこに居たのは、史上最大の征服者と帝国随一の才女ではなく、世慣れぬ若者と奥手な娘の二人だった。
「そっ・・・そ・・・そうだな。・・・それでは、仕方ない・・・いや、よろこんで・・・」
「へ・・・へいか・・・いえ・・・そんな・・・恐れ多い・・・」
「フ・・フ・・フロイライン・マリーンドルフ・・・よ・・よろしければ・・・予と・・予と・・」
「・・・はい・・・陛下・・・仰せに従います・・いえ、光栄でございます・・・」
 今時、中学生でももっとましな反応をするわと思いながらも、二人を見ていたヴェストパーレ男爵夫人は、くすりと微笑してメックリンガーを促した。
 それでも、ラインハルトは、異常な胸の高鳴りを抑えつつ、ヒルダの手をとってポジションに着く。これだけ長い間一緒にいて、初めて彼女にまともに触れるのだ。ほっそりと華奢な体型と思っていた高貴な女性の、意外な程に豊かな胸を目の前にして、本当に心臓がパンクしそうだ。
 ヒルダはヒルダで、人類史上最高の芸術作品ともいうべき男に抱きとめられ、日頃の怜悧さをすっかりなくしてパニック状態だった。
 それでも音楽が流れ出すと、自然と身体がワルツを踊っていた。
 ふと、今夜、ほんの気まぐれで、いつものパンツスーツではなく、ワンピースを着てきたことを、心の底からよかったと思っているヒルダだった。
 光り輝く太陽神と知恵(ミネルバ)神の如き二人の姿は、漸く半身を得たようにひたりと一対を成し、より一層輝きを増して周囲を照らした。


 ベルタとビアンカは、最後のパートナーチェンジをして、ラストダンスを本命の相手と組んだ。誰と踊っていてもそれなりに様になっていた二人だったが、やはりこの姿が、誰の目にも一番自然に映る。
 メックリンガーと男爵夫人は、相変わらず華やかさで人目を引いている。
 本命のいないミュラーは、ファンクラブの女の子達全員にサービスを終えると、周囲でラストダンスの相手をめぐって、バトルが勃発しそうになった。険悪になりそうな雰囲気をいち早く察した好青年は、専ら宥め役に徹し、結局最後のダンスは誰とも踊らなかった。
 もっとも、この彼の気配りが、後にまた一騒動起こす切っ掛けになってしまったのだが。
「ミュラー提督は、私と一番長く踊って下さったわ」
「あら、私の手を一番強く握り締めて下さったのよ」
「私とは、お話して下さって、お優しい言葉をかけて下さったわ」
 ミュラーとダンスをした少女達は、拒絶しない彼の態度を、勝手にポジティブに解釈して更に妄想を膨らませている。
 ファーレンハイト同盟、ビッテンフェルト組、工部尚書夫人候補者連盟が相次いで解散を余儀なくされる中、ミュラーファンクラブは、その後も人員を着実に増やしながら、当分の間、健在だったそうな。


 中庭中央付近では、暫く休んでいたミッターマイヤー夫妻も、もう一度向かい合って今宵最後のダンスを楽しんだ。
 オーベルシュタインにご執心のルイーゼは、流石に彼がダンスをする男でないことを察し、たまたま近くにいて申し込んできた青年の手をとった。
 シルヴァーベルヒは、彼を待ち構えていた数名の女性達に向って、さも残念そうなポーズを作って見せた。
「どうも、踊り疲れてしまったらしい。今夜はこの辺で退散するとしよう。すまんが、卿等代わってくれないか?」
 そう言って、△組に情けをかけてやった。
 工部尚書に群がっていた女性達は、代役の若手提督達と手をとることになったのである。
 こうして、女性達に無視しつ続けられていた△組も、シルヴァーベルヒの粋な計らいで、最後に僅かに報われることとなった。
 

「なかなか上手いじゃないか」
 ロイエンタールは、皮肉な口調とは裏腹に、上機嫌で幼な妻の細い腰に手を回し、彼独特の力強さとしなやかさの完璧な均衡で華麗にワルツを踊る。
 エルフリーデは、「当然よ」と言わんばかりに、夫を睨み付けた。
 彼には話したことも、話す気もないが、彼女は子供の頃は、アイススケートの地区ブロッククラスのシングル競技者だった。一流とは言えないまでも、アスリートの端くれだという自負もあるし、平行して習っていた古典バレエも、プロになれる程の才能はなかったが、一緒にレッスンを受けていた仲間達の中では、一番上手かった。スケートの方は、12歳の時、コーチの勧めでアイスダンスのレッスンを主体とするようになり、一通りのエレメンツを教え込まれた。ワルツもタンゴも、氷上で踏むステップに比べれば、地上での社交ダンスなどエルフリーデにとっては、子供だましだ。
「お前こそ。野蛮人のわりには、まあまあだわ」
 愛想の無い口調でそう言ったものの、エルフリーデは、内心で一緒に踊る男の身のこなしに舌を巻いていた。
 また、いつものように、胸の奥がつくつくと痛んで、身体が熱い。
 考えてみれば、寝台の上以外でこの男に触れるのは、初めてのような気がする。自分達は、それくらい険悪な夫婦なのだ。
『この男、士官学校に行ってなければ、帝国スケート連盟に確実にスカウトされていたわね』
 不思議なことに、大嫌いなはずの男は、初めて一緒踊るとは思えないほど、今までのどのパートナーよりも息がピタリと合った。相手の呼吸や、先の動きが何故か読めて、自然に身体が動く。それは、競技経験のある者にしかわからない、一種独特の感覚だった。
「ペアやアイスダンスで成功する鍵は、個人の才能半分、本当に安心して身を委ねられる相手に出会えるかが半分。残念ながら、運命のパートナーに出会える幸運は、誰にでも平等に与えられるものじゃないわ。だから、これだと思う相手に出会ったら逃がさないことね」
 エルフリーデは、アイスダンサー出身の女性コーチのそんな言葉を思い出していた。
 ふと、この男となら、自分は帝国五輪クラスの選手になれたかもしれないという思いが頭を過ぎり、慌ててそれを振り払った。
『バカね。私ったら、何を考えてるのよ。第一、この男と私とは、歳が離れ過ぎているわ』
 エルフリーデは、競技者としてのピーク年齢が合致しないことに、15歳という自分たちの年齢差を初めて意識した。
「お褒めに預かり光栄ですな」
 男がそう言って、ターンに入った瞬間、エルフリーデの両足は地面から離れ、ピンク色のスカートが花びらのように広がった。
 あっ、と声を上げる間もない程の早業だったが、目撃した周囲の人々から一斉に賞賛の歓声が上がった。
 再び地に足を着けても、次のステップは全く乱れない。見事な男のリードだった。
 自分の夫となった男が、類稀に美しく力強いことが、悔しいのか、嬉しいのか、エルフリーデは時々判らなくなる。
「リフトとはいかないが、まあ、こんなものでよろしいか?」
 そう言って、余裕の笑みで見詰める金銀妖瞳を、エルフリーデは精一杯の虚勢で睨み返した。
 音楽が終わると、人々から楽団と主催者に対し、自然な拍手が沸き起こった。
 皇帝一行が、帰途に着く為に隊列を成すと、参加者は全員左右に分かれて道を開け、礼をしながら一行が通り過ぎるのを待つ。
 やがて、賓客たちは、邸の主夫妻に、今宵の会を賞賛する言葉を贈り、順にランドカーに吸い込まれていった。


「ねえ、ねえ、聞いた? シュトライト中将って独身なんですって!」
 大人たちが静かに邸を去ろうとする中、女子校生の一団は、相変わらずかしましい。
「えーー? ほんとー?」
「間違いないわ。さっき、携帯見たら、軍の公開用データが追加更新されてたの」
「あの方渋いわよねぇ。いかにも大人の男で、いぶし銀の魅力って感じ」
「それだけじゃないわ。ベルゲングリューン大将も、ビューロー大将も独身ですって」
「きゃぁ! 私、絶対、紹介してもらうわ」
「私もよ」
「軍務省のフェルナー准将も、今日見たらステキだったわ。ちょっと危険な感じがして」
「私も、フェルナー准将、目をつけてたの」
 かくて、壊滅状態にあったファーレンハイト同盟、ビッテンフェルト組、工部尚書夫人候補者連盟は、ここにきて急遽、シュトライト、ベルゲングリューン、ビューロー、フェルナー等の求愛者団体に再編成されつつあった。


「ねえ、エルフィー、私達、ずっとお友達よね?」
「私もよね?」
「私だって・・・」
 エルフリーデの同級生たちは、10日前と同じ台詞を吐いた。
「・・・・もちろんよ。どうしたの? みんな」
 エルフリーデは、半ば予想している答えを待った。
「来月のマリーンドルフ家の園遊会に、私達も呼んで下さるようヒルダお姉様に頼んで頂きたいの。それで、私をシュトライト中将に紹介して頂きたいのよ」
『え? あなた、もう一生恋はしないって、さっき言ってたじゃない』
 エルフリーデは、元ファーレンハイト同盟メンバーの少女の変わり身の早さに呆れた。
「私も、ビューロー大将とお近づきになりたいの。お願い」
『あなた、あと10年は立ち直れないんじゃなかったの?』
「私もエルフィーみたいな幸せな結婚、早くしたいわ」
「私も。できればフェルナー准将と・・・きゃっ・・・」
 女子学生達の妄想は、既に第二段が本格的にスタートしていた。
「いいわ。皆の望み通りになるよう、私からフロイライン・マリーンドルフにお願いしてみるわ」
 もう勝手にやってという思いで、半ばやけ気味にエルフリーデは答えたが、友人達は歓声を上げて大喜びである。
 更に夜は更け、最後まで残っていた客達も、追々引き上げていく中、ミュラーファンクラブメンバーの友人、クラリス・フォン・バルブルクが、帰り際、エルフリーデに念を押すようそっと耳打ちした。
「新婚旅行、必ず行ってね」
 エルフリーデが、やけくそで「ええ」と答える傍らで、金銀妖瞳の夫が、毒を含んだ笑みを湛えていた。


 こうして、ロイエンタール邸の夜会は、大盛況のうちに幕を下ろした。

Ende
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