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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(12)
 エルフリーデが、バックをひったくった男を追いかけ、数十メートルほど走った時、その更に数十メートルほど前方を走る男が、急に前につんのめるようにして倒れるのが目に入った。
 地面にべったりとうつ伏せる男の脇で、男を足蹴にして倒した瀟洒な赤毛の男が、建物の影からひょいと姿を現して、エルフリーデのバックを素早く取り上げてこちらを見ていた。
「ほい、お嬢さん」
 赤毛の男は、指先に引っ掛けたバックを両手で掴み直して、息を切らして追いついた彼女の鼻先に、差し出した。
「あ・・・ありがとう・・・ございます」
「大儀であった。褒めてとらす」などとは、もう流石に言える時代ではなかった。
 何かしてもらったら、身分に関わらずお礼を言うことを、エルフリーデもこの2年の間に学んでいた。
 しかし、ぎこちない礼を述べながら、目の前の男が不躾に自分を眺めるのを、無礼者と言わんばかりに、不快感を隠さず睨み返す。
 その隙に、倒れていた引ったくりの男が起き上がって逃げようとした。が、瞬時に赤毛の男の後から、今度は別の人物が二人現れ、あっという間に引ったくりを捕まえると、右腕を後ろ手に捻り返した。
 一人は、エルフリーデとそう歳の変わらなさそうな、亜麻色の髪をした品のいい感じの美少年、もう一人は、黒い肌をした若い大男だった。赤毛の男と同様、その風体からして、明らかに帝国人ではない。
「この男、警察に突き出しますか? フロイライン」
 亜麻色の髪の少年が、流暢な帝国公用語で訊いた。
 引ったくりの初老の男は、観念したのか、抵抗を止めていたが、転倒した衝撃と捻られている腕の痛みで低く呻いている。
 エルフリーデは、改めて目の前で無残に捕縛されている男の横顔をまじまじと見ていた。男の顔に、見覚えがあったのである。名前は知らないが、リッテンハイム候の邸に出入りしていた貴族の一人に間違いなかった。
 候の娘、ザビーネと同級生だったエルフリーデは、枢軸派との対立が顕著になるまで、仲の良い友人として、互いの邸を頻繁に行き来していた。皇帝の娘婿であるリッテンハイム候の邸には、何かと取り入ろうと出入りしている貴族や官吏も多く、目の前の男も偶然見かけたそんな者達の一人だった。爵位がある人物なのか、どのような身分なのかも知らないが、見事な白髪と鼻の脇の小豆大の大きな黒子が特徴的で、記憶に残っていたのだ。
「いいえ。離してあげて」
 エルフリーデは、即座に言った。
 目の前の初老の貴族は零落著しく、見れば、元は上等なものだったと思われる着衣も、薄汚れて何日も着たきりなのが一目でわかった。
 ローエングラム政権に変わって以来、リップシュタット側についた貴族達は、悉く特権を剥奪され、財産を没収されていった。
 とは言え、新政権が、旧王朝的な大量処刑は、かえって民心の動揺を産むと判断したことと、収容所の許容量の問題もあり、ブラウンシュバイク・リッテンハイム派の貴族達は、積極的に賊軍に加わった者や、組織的な反政府活動を起こす恐れのある者以外は、特に罪を問われることなく放免されていた。
 しかし、それは同時に、他人から搾取することしか知らない生活力のない人間が、数千名以上も、無一文で野に放たれたことを意味していた。
 現に、帝都内では、最近こういった引ったくりや、置き引き、無銭飲食などの軽犯罪が多発しており、局地的に治安が悪化していた。多くは人命に関わるような重大なものではなく、一件当りの被害額もたかが知れたものだったが、警察も憲兵隊も防止活動に躍起になっていた。しかし、王朝の交代という動乱期のこうした現象は、根本的な解決策を執らない限り、いくら摘発しても減るはずもない。
 また、今年度に入ってから、首都星各地で娼館の新規開業が急増し、今や帝都内の娼館の数は、旧王朝末期の5倍に達すると言われていた。どこも、高貴な血筋の令嬢や貴婦人を格安で抱けることを売りにしている。
 性病の蔓延や社会風紀の乱れといった観点からも、この事態を好ましくないと判断した民政省は、開業基準を引き上げるなどの規制に乗り出したが、効果は一向に上がっていないという。
 滅多に外出しないエルフリーデは、このような具体的な状況までは知らなかったが、貴族階級全体が逼迫していることは、自身でも肌で感じていた。
 顔だけしか知らない目の前の男に、自分と同じ年頃の娘や孫がいるとしたらと考えると、とても警察に突き出すような真似はできなかった。
「いいんですか?」
 亜麻色の髪の少年が念を押す。
「ええ。放しなさい」
 エルフリーデは、つい命令口調で言ってしまってから、目の前にいる少年をじっと見詰めた。
 自分と同じくらいの年齢だろうか。涼しげな目元が、優しく笑っているのに、一瞬癒された。彼女は、この手のタイプに弱い。
「わかりました」
 少年はそう言うと、一緒に男を抑えていた黒い肌の大男に目線で促し、手を放した。
 引ったくりの男は、開放されるや否や、身を翻し、一目散にその場を逃げ出したが、去り際に吐き捨てるように、「けっ、売女がっ!」という声が聞こえた。
 エルフリーデは、心臓に氷の矢が突き刺さる気がした。
 宇宙港での、マリア・アンナ達とのやり取りが蘇る。
「おい! お目こぼし下さった方になんて言い草だ!」
 最初の赤毛の男が、エルフリーデよりも先に、怒りの声を上げると、彼らの間を素早くすり抜けて逃走を図った引ったくりを、少年と大男が再び捉えようと手を伸ばした。
「いいの! もう、いいわ!」
 エルフリーデが、強い調子でそれを制止すると、少年と大男は、思わず振り返り、その隙に男は逃げ出していた。
 エルフリーデは、この時になって初めて、マリア・アンナやアウグスチーネだけでなく、多くの旧貴族達から、自分がどのように思われているのかを知ったのだ。
「知り合いだったのかい?」
 赤毛の男が訊く。
 エルフリーデ自身は自覚がなかったが、結婚以来、彼女の顔はほぼ帝都中に知れ渡っていた。
「いいえ。それより、何か、褒美をとらせ・・・・いえ、お礼を・・・」
 気を取り直して向き直った。
 本当は泣きたい気持ちだったが、自分の取り乱した姿を見せるわけにはいかないと思ったし、また一人になることへの不安もあった。初めて会った異国人をいきなり信用する気はなかったが、悪い人達ではなさそうだとも思っていた。
「礼なんて、いいからさ。それより、せっかくのご縁だ。もし、お礼をしてくれる気なら、そこの表通りのカフェで、お茶でもしない?」
 赤毛の男が軽く誘った。
 エルフリーデは、一瞬躊躇したが、他に身を置くあてもないので、とりあえず彼らとカフェのテーブルを囲うことを了承した。
 赤毛の男は、自分達はフェザーンの貿易商人で、自身をオリビエ・ポプランと名乗った。次いで、亜麻色の髪の少年が、ユリアン・ミンツと名乗り、彼を護衛するように付き従っている大男をルイ・マシュンゴと言って紹介した。
 先週、ワーレン艦隊と共に地球からやって来て、現在オーディン観光中だとのことだった。この機会に、一ヶ月程じっくりオーディンを見ていくつもりだとも付け加えた。
 エルフリーデは、自分の名だけを名乗り、ユリアンにだけそっと右手を差し出した。
「お目にかかれて光栄です。フロイライン」
 如才ないユリアンが、そう言って帝国式の挨拶をした。
 自分は既にフロイラインではないが、エルフリーデは、あえて訂正しなかった。
 4人は連れ立って路地を表通りに向って進んだ。
「おい、本物のお貴族様かよ?」
 歩きながら、ポプランが小声でユリアンをつついた。
「らしいですね。一目で一般人とは違うのがわかります」
 この時点では、異国人である彼らは、今帝国中から注目されている『ロイエンタール元帥の幼な妻』のことを知らなかった。
「だな。何でこんなところを一人で歩いていたのかは詮索しないとして、こりゃまたとびきりのお姫様だな」
「ですね。彼女なら、『帝国で三番目の美人』の御眼鏡に適いますか?」
 ユリアンは、冗談めかして微笑した。
 ワーレン艦隊とランデヴゥーでオーディンに向う中、彼等は何度か艦隊の帝国人と話す機会を持てた。その中で、早速ポプランの本領が発揮されたのである。
 彼は、オーディンに着いてからのハンティングの下調べとして、何人かの下士官を掴まえては、帝国一の美女は誰か、どこへ行けば口説けるのかと熱心に訊いて回った。問われた連中は、生真面目な顔で異口同音に、「帝国一の美女と聞いて誰もが真っ先に思い浮かべるのは、皇帝の姉君であるグリューネワルト大公妃だ」と答えた。これには流石のポプランも、即時撤退を余儀なくされた。いくらなんでも、カイザーに殺されたくない。
 そこで、二番目の美女でもいい。他にいないか? と問い直すと、やはり皆異口同音に、それならば、皇帝首席秘書官のフロイライン・マリーンドルフという女性が、カイザーと並んでも見劣りしない程の絶世の美女だと答えた。年齢も22歳と、丁度食べ頃だ。ただし、こちらも以前から皇帝の妃候補筆頭として取り沙汰されており、簡単に会えるようなお方ではないらしい。ポプランは、こちらも撤退するのが良策と判断した。あの皇帝と毎日顔を合わせている女を口説こうなど、余りに成功の可能性が低すぎる。イゼルローン要塞を真正面から無策で、スパルタニアン一機で攻略しに行くようなものだ。
 それでもめげずに、「じゃあ、三番目は?」と訊くところが、彼の彼たる所以である。この質問には、回答者それぞれが別の著名人の名前を挙げた。どうやら、帝国美女ナンバー3は、今のところ空席のようだ。
「よし、決まった。俺はオーディンにいる間に、帝国で三番目の美人を口説くぞ」
 ポプランの方針は決まった。無論、質より量をこなすのが信条の彼のことだから、他の数多の美女を口説きつつ並行してという意味である。
 ユリアンの質問は、この言葉を受けてのことだった。
「資格は充分だがな。残念、惜しいな。年齢が俺の守備範囲外だ」
 ポプランは、エルフリーデの美しいが、まだ幼さを残す容姿を後から眺めで言った。
「口説くなら、ユリアン、お前さんの方が似合いの年頃だぞ。お前さん、あのお嬢様に気に入られたようだし、今回は譲ってやるから、がんばってみろ」
「はは・・・遠慮しときます。彼女、人妻ですよ。さっき、指輪が見えました」
 ポプランの動きが一瞬止まった。
「マジかよ? いくつだ? あの子? てっきり大貴族の箱入り娘とばかり・・・」
 ポプランは、参ったなぁという風に頭を掻いた。既婚者と判ったショックではなく、自分の女性鑑定眼が外れたことの方がショックだった。
「たしか、新王朝になって法律が改正されるという話をききましたが、元々帝国人は平均結婚年齢が低いと学校でも習いませんでしたか? 特に貴族は、15、6歳で結婚するのも珍しくないみたいですね。皇帝の姉君が、15歳で後宮に入った話は有名ですし」
 ユリアンが、穏やかだが、少し憂いを含んでそういうと、ポプランは露骨な嫌悪感を隠さずに、やだやだと言いながら頭を振った。
「女と果物には、食べ頃ってもんがあるのを知らんのかね。帝国人は」
「人は運命には逆らえませんから」
 ポプランと偶然目が合ってしまったマシュンゴが、いつもの台詞を吐いた。
 そんな会話を交わしているうちに、4人は大通りへ出て、最初に目に入ったオープンカフェに入って行った。



 その頃、ロイエンタール邸では、使用人達が、突然家を出た女主人を心配して、大騒ぎしていた。
 今朝、持病の高血圧で寝込み、宇宙港へ同行しなかったシュヴァイツァー夫人は、エルフリーデが邸を飛び出して行方がわからなくなると、更に血圧が上がり、転倒しそうになったところを侍女達に助け起こされた。
 家令も執事も青くなって、警察だ、いや、奥様の立場的に憲兵隊ではないか、いや、それより、シャフハウゼン子爵家や友人宅など行きそうなところに連絡が先だと、右往左往していた。
 エルフリーデが飛び出してから一時間半後、友人知人宅のどこにもいなし、連絡もないことがわかると、事態は深刻度を増した。最近持ち始めた携帯に連絡しても、電源を切っているのか、繋がらない。
「旦那様。どうか、旦那様からも憲兵隊にご連絡頂くようお願い致します」
 家令が、使用人を代表する形で主人に懇願した。
 しかし、自分の妻が行方不明だというのに、夫の態度は冷淡そのものだった。
「知らんな。自分で勝手に出て行ったのだ。放っておけ」
「オスカー様っ!」
 ロイエンタールが産まれる前から仕えている老人が、ついに堪りかねて、主人が子供の時の呼び方で非難の声を上げた。
 確かに、これが普通の人間なら、それほど騒ぐほどのことではないかもしれない。しかし、エルフリーデの場合は事情が異なる。彼女は、その生まれ育ちと年齢からして、これまでの人生で、一人で公道を歩いたことがないはずである。更に、結婚を期に、良くも悪くも帝国中に顔が知れ渡っているが、本人にはその自覚がない。街中に一人でいれば、当然大騒ぎになるだろう。それだけならまだいいが、最近治安が悪化しているオーディンの街で、何かの犯罪に巻き込まれないとも限らない。大事に至らぬうちに、一刻も早く連れ戻さなくてはならないはずである。
 そんなことは、主人にもわかっているはずなのに、この意固地さは、子供の頃から全く変わってないと、ロイエンタールの生い立ちを知る老家令は、心の中で深く嘆息していた。
「今は、意地を張っている場合ではございません。一刻を争うやも知れません」
 三十年以上に渡って、ロイエンタールを見てきた彼には、主人の気持ちがよく解っていた。
 二ヶ月前、漁色家で知られる主人から、突然結婚することになったと伝えられた時、古くから仕えている使用人達は、皆一様に喜びよりも、驚きと困惑の方が大きかった。
 当時、ロイエンタールには、その二週間ほど前から付き合いはじめたばかりの女優の愛人がおり、早速ゴシップ誌にその仲をスッパ抜かれたばかりだった。
 元より、いつものことなので、長く続くとは思っていなかったが、その女性に今日別れを告げ、昨日の皇帝即位式典後のパーティーで紹介された令嬢と、二週間後に結婚すると言うのだから、驚くのも道理だった。
 しかし、結婚準備を一任され、花嫁となる令嬢をシャフハウゼン子爵家に訪ねた時、家令も執事も、瞬時に納得したのである。同時に、彼らの主人の渇望が、如何に深く強いものであったのかを思い知らされた。
 女主人となる予定の令嬢は、亡き主人の母親によく似ていた。
 顔立ちは、それほど似ているわけでもないし、髪や目の色も違ったが、独特の高貴で優雅な肢体が、前女主人と酷似しており、形見の衣装を、殆どサイズ直しすることなく着ることができた。何よりも、その立ち居振る舞いや声が、まるでレオノラ奥様が、そこにいらっしゃるようだと、他の古株の使用人達も同じ感想を述べた。
 愛人をつくり、我が子の目を抉ろうとした主人の母親のことは、今でもロイエンタール家では禁句であるし、ロイエンタール自身も、母親を意識してエルフリーデと結婚する気になったつもりはなかった。
 邸での生活が始まると、エルフリーデは、レオノラと似ているようで全く似ていないこともはっきりしてきた。
 没落した家の出であったレオノラは、どこか退廃的で流され易く、内面に脆さを抱えていたが、最後まで旧王朝の舵取りを担った権門出であるエルフリーデは、可憐な姿と対照的に、一本筋の通った鋼を内部に隠持していた。
 その譲らない強さと頑固さに遭遇する度に、ロイエンタールは、成り行きだけで結婚したと思っていた妻に、どんどん惹かれて、のめり込んでいったが、彼自身は、自分のその感情に、全く気づいていなかった。
 だが、それなりに人生経験を積んだ周囲の年配者には、一分の隙もない主人の冷たい態度が、不器用な少年のように見えて仕方がなかった。
「オーディンは、最近治安が悪く物騒だと聞いています。何かあってからでは遅うございます。旦那様からのご通報とあれば、警察も憲兵隊も迅速に動くでしょう。お急ぎを」
 老人が、強い調子でダメを押すと、主人の金銀妖瞳が、僅かに揺れた。
「ふん、世話の焼ける女だ」
 ロイエンタールは、それだけ言うと、いつもの典雅な歩みで、通信室に向った。
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