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イノセント・プリンセス(11)
夕食後のテーブルを囲んでの捜査会議はまだ続いていた。
「では、ヒルダが絞り込んだ容疑者候補って、やっぱりフレッドとベルトの2人ということになるの?」
 アンナが、話を最初に戻して、アルフレット・フォン・リスナー中尉と、アルベルト・フォン・ケルトリングの名前を挙げた。
 2人ともファーストネームの愛称は、一般的に「アル」であり、ブティック店員が記憶していたエリザベートの言葉と一致する。
 だが、それに対してヒルダは小さく首を振った。
「綽名は、必ずしも本名からとは限らないわ。私の大学時代の友人に、すごい童顔だという理由で『べべ』と呼ばれていた人がいたわ。本名は全く無関係なのに…」
 そう言ったヒルダの瞳が何故か曇った。
 だが、人々がそれを詮索する間もなく、ヒルダは自分の大胆な仮説を披露し始めた。
「私は、この事件の実行犯となった人物は、リップシュタット戦役以前に、エリザベート嬢の結婚相手に内定していた人物ではないかと考えています」
 全員が目を見開いた。
「そう思われる理由は?」
 少し間を置いて、リンザーが代表する形で尋ねる。
「彼女と共に殺された2人と、殺されかけた2人が、それを知っていたと考えると全ての辻褄が合うからです。また、今の官界の中で、有能な若手官僚が、自分がブラウンシュバイク家と深い繋がりを持っていたと判れば、出世コースから外れると考えても不思議ではありません。まして、エリザベート嬢のお相手となれば、皇位に野心のあった人物として、新政府に警戒される。そういう発想に行く人もいるでしょう。残念ですが…」
 ヒルダは、きっぱりと言い放つと、無念そうに視線を落とした。
 決して本意ではなかったが、現在の帝国の政官界の勢力図の一端を書き換えたのが、他ならぬ自分自身の行動だったことは否定できない。
「わかったわ。それで、ヒルダが容疑者として絞り込んだ2人は、誰と誰なの?」
 アンナが自分の端末からデータを出し、テーブルの真ん中に、バッケスホーフを除く対策室の男のプロフィールを投影させて見せた。
「消去法で考えれば、まず、平民のクリューガー中佐とやらは除外だな」
 リンザーが、真っ先にVONのついていないクリューガーに視線を遣った。
「ええ。念の為、彼の経歴を調べたけど、何代遡っても生粋の平民家庭だったわ」
 ヒルダも同意すると、アンナがクリューガーのデータを消去し、3人の若い貴族の男が残った。
「この3人の家柄って、どの程度なんですか? 一口に貴族と言っても色々あるでしょう? 3年前の時点で、エリザベート嬢の夫に相応しい出自の人がいるんでしょうか?」
 現実主義者のサーシャが、率直に尋ねる。『相応しい』とは、その人間の人柄や能力ではなく、当時の価値基準で女帝になるかもしれない公女の夫として釣り合いがとれるかという意味である。まして、相手は貴族の優位性を信じて疑わない血統至上主義のブラウンシュバイク公である。
「フレッド…、アルフレット・フォン・リスナー中尉は、5代前に当時の典礼省から帝国騎士号を受けている下級貴族で、どの門閥とも血縁関係にないことがわかっています。現体制下では、出世に不利を感じる出自ではありませんから、彼も除外していいと思います。彼ともう一人のリスナー氏とは、血縁関係はありません。よくある姓ですから、全くの偶然でしょう」
 ヒルダが、調査会社に調べさせた報告書の内容を告げると、アンナが彼のデータも消した。
 残ったのは、男爵号を持つカール・フォン・リスナー管理官(26歳)と、アルベルト・フォン・ケルトリング管理官(28歳)の2人である。
 2人に共通しているのは、共に帝国の最高学府、オーディン帝国大学の法学部を出ていることと、旧体制下の基準で言うところの由緒正しい血筋である。
「確かに2人とも、私達平民から見たら、ついこの前までは、雲の上のお方だけど…でも、正直言って皇婿殿下としては、ちょっと物足りないんじゃない? ブラウンシュバイク公も夫人のアマーリエ妃も、ものすごく気位が高かったんでしょ?」
 アンナの意見に、ヒルダもその点は同感だったし、引っ掛かっている部分でもあった。 ゴールデンバウム王朝では、「ルドルフ大帝の直系子孫」という以外、明確な皇位継承基準が設けられておらず、女帝を禁じてはいなかったが、実際に女で帝位に就いたのは、乳児で傀儡皇帝だったカザリン・ケートヘンのみである。
 ゴールデンバウム王朝の歴代皇帝の皇后には、伯爵家以上の家柄の娘であるというのが暗黙の了解として存在し、爵位の無い家出身で皇后になったのは、かのマクシミリアン・ヨーゼフ2世の皇后ジークリンデだた一人である。
 子爵令嬢から皇后になった例も4例のみで、男爵令嬢は1例。いずれも元寵姫に侯爵夫人号や伯爵夫人号を授与された後か、本来皇位を継ぐはずではなかった大公や、臣籍に下って公爵や侯爵の爵位を賜っていた皇族に嫁いで後、皇位継承者の不在や皇太子の突然の死などで夫が即位したという事情の上だった。
 もし、エリザベートかサビーネが女帝に即位することになれば、皇婿選びもこの旧来の皇后選びの基準に則って、皇室と縁の深い公爵家や侯爵家の子息が候補として挙げられたはずだった。
 リスナーとケルトリングは共に伯爵家の次男だが、いずれの家も門閥貴族の中では非主流派のリップシュタット以前のマリーンドルフ家と同格程度の地味な家柄だった。確かに、血統を絶対視していたブラウンシュバイク公夫妻が娘の婿に選んだとしたら疑問である。
「それを説得したのが、母やシュトライト中将だったのではないかしら?」
 沈黙を破ったのは、オティーリエの発言だった。
 ヒルダは、「あっ」と顔を上げた。これでパズルのピースがまた繋がった。
「こう言ってはなんですが、エリザベート様は、お遊び相手の私から見ても、賢いとは言い難い方でした。父や母が話しているのを聴いていると、リッテンハイム候派も、その点を突いてきて、本来なら年齢も父親の爵位も上のエリザベート様と対等に皇位争いをしている感じでした。そのマイナス面を補う意味で、配偶者に、家柄よりも本人が優秀なことを条件にしたのではないでしょうか。それに、なまじブラウンシュバイク家と対等かそれ以上の名家だったりすると、逆に向こうに主導権を握られてしまう恐れもあると思うんです」
 実際に、エリザベートの婿選びをしてた父母の話を間近で聞いていただけに、オティーリエの言葉には説得力があった。
 確かに、身分や権力が伯仲するような家から優秀な婿君を迎えでもすれば、即位させた娘の摂政となるつもりでいたブラウンシュバイク公の野望が潰えかねない。しかし、かといっていくら優秀でも、下級貴族の息子や新興の家柄と縁組をするのは、彼らの矜持が許さなかっただろう。
 リスナーとケルトリングは、その妥協点だったと言っていい。
 通常、士官学校に進学しない貴族の子弟の9割以上は、貴族専用の私立大学を出て、形だけの学士号を得るのが常套だった。
 ここは、家柄で入学が容易なのと、教官にそれなりの金銭を送れば成績の上乗せもしてくれることで、貴族社会では人気があった。
 無論、真面目に勉強してきちんと学問を修める貴族もいる。ヒルダの父のマリーンドルフ伯などは、その典型だし、ブラウンシュバイク公やリッテンハイム候は、前者の典型だった。
 出自による優遇措置がいっさいないのが、帝国大学や商科大学、文理科大学などで、これらを卒業することは、貴族社会でも平民の世界でも大変なステイタスだった。
 ボーデン夫人達が、婿君の学歴を根拠にエリザベートの凡庸さをカバーし、名門だがあまり権勢家とは言えないの出の男をお相手に推薦したとしたら、容疑者2人の条件はぴったり一致する。
 学問の出来不出来が、必ずしもその人間の全能力ではないし、これだけを以って人間の能力を計るのは危険だが、一応の目安にはなるはずだ。
 リスナーとケルトリングは、それぞれ難関の官吏登用試験も優秀な成績で合格し、配属された後の実務面でも、同僚や上司の評価も高い。
 もし、ボーデン夫人やシュトライトが彼等のうちのどちらかを推挙したとしたら、まずまずの人選だったと言える。
 もし、ゴールデンバウム王朝が続いていれば、2人が結婚し、政治に無関心なお飾りの女帝を支える優秀な実務派の皇婿殿下が、王朝の多少の延命を担ったことだろう。
「でも、数千家もある貴族で、本当にこんなに選択肢が狭かったのかしら?」
 ヘレーネが少し納得できない気持ちを吐露した。
「お婿様の選びの第一の振るいは、家柄でも学歴でもないと思います。はっきり言いますが、エリザベート様ご自身が気に入られなければ、他の条件がどれほど満たされていても破談になったことでしょう。これは、女性側が男性を選べる縁組なのですから」
 オティーリエの言葉に、再び一同は納得した。
 ヒルダと女性士官4人にとっては、いつも見ている顔だが、改めて映像を見ると2人とも気品のあるなかなかの美男子だ。
 そう言えば、晩年こそ中年太りぎみだったが、ブラウンシュバイク公も、若い頃は長身の美男子で、リッテンハイム候もハンサムで洒落者として社交界では人気だったらしい。 周囲の人々の売り込みも無論あっただろうが、何よりもそんな男達を、2人の皇女が気に入ったからこそ成立した縁組だったと想像できる。
 彼女たちが、もう少し、結婚相手の見た目よりも中身の方に重点を置いた選択をしていたら、リップシュタット戦役はなかったかもしれないと、ふとヒルダは思った。
「すると、まず、そこそこの条件を満たしている家柄の貴族の独身の息子で、年齢的に釣り合う者、エリザベート嬢より、まあ、上限10歳として、見栄えの良い者が候補として挙がったと見ていいわね」
 ベアトリスがこれまでの情報を纏めるように言う。
「ええ、多分、当時はエリザベート様ご自身よりもお母様のアマーリエ様の好みが大きく反映されていたと思いますわ」
 オティーリエの言葉に一同も大きく頷いて同意した。
 エリザベートの婿選びが水面下で本格化したのは、恐らく、アマーリエにとって弟である皇太子ルートヴィッヒが死亡した後からと思われる。
 当然、当時ローティーンだったエリザベートの嗜好よりも親の意向が大きく働いただろう。そうして、振るいにかけられ、最終選考に残った男の中から、最終的にエリザベート自身が一番気に入った者が婚約者に内定したと考えられる。
「伯爵家以上の家の息子で且つ容姿の優れている者となると、その時点でかなり絞られるわね」
 アンナが言葉を継いで、推理を進めていった。
「ブラウンシュバイク公夫妻も、エリザベート様が貴族社会で『頭が弱い』と陰口を叩かれていたことはご存じだったでしょうから、ボーデン夫人やシュトライト中将達が、『帝国大学出の男を花婿に発表して、リッテンハイム派の鼻を明かしてやりましょう』とでも言って、少しでもマシな婿君を迎えるよう説得した可能性はあると思いますわ」
 これまで殆ど口を挟まず黙っていたカルツ夫人が、久しぶりに怜悧な宮廷女官の顔に戻って話に参加した。
 ヒルダは、がぜん力を得た。自分の推理の方向が正しいことに自信を深めたのだ。
「では、花婿候補の条件をまとめてみましょう」
 ヒルダはそう言って、自分の端末で音声入力を始め、それを文字化したものをアンナと同じようにテーブルの真ん中に投影させた。

1.帝国歴488年当時の段階で未婚であったこと
2.伯爵家以上の門閥貴族の子弟で嫡出子であること
3.帝国歴487年の段階で25歳以下であったこと
4.帝国歴486年の段階で国立オーディン帝国大学、オーディン商科大学、オーディン文理科大学のいずれかに入学または卒業していること
5.実家は、家柄はいいが、あまり権力や財力のない家であること
6.血縁者が少ないこと
7.眉目秀麗であること

「どうかしら? この辺りが、当時の“ブラウンシュバイク家の三傑”が考えた皇婿殿下の条件だと思うのですが?」
 ヒルダが、オティーリエに向かって問うと、生前の母の言葉を思い出しながら、少し涙ぐんで、はっきりと頷いた。
「ええ、あの当時の母ならそう考えたと思います。公爵夫妻の血統主義や希望を受け入れつつ、国のことを考えて自分たちの要望も入れて、最大限譲歩できるような上手い妥協案を提示するんです。母もシュトライト中将も、アンスバッハ准将も、そういった折衝に長けた人達でしたわ」
 気丈に答えるオティーリエに、ヒルダも深く頷いた。
 リスナーとケルトリングは、まさにこの7つの条件を全て満たしている。
 リスナーは、名門伯爵家の二男だが、両親共に亡くなっており、兄が爵位を継いでいる。一族に目立った有力者はなく、権力中枢から遠い家柄と言っていい。
 485年に帝国大学を出た彼が、一族の期待を担って、一門で後嗣の絶えていたリスナー男爵家の家門を継ぎ第19代リスナー男爵となった。
 第3代リスナー男爵は、ゴールデンバウム王朝初期の功臣で、歴史の教科書にも必ず登場する人物だった。
 ケルトリング伯爵家の方は軍閥貴族で、代々高名な軍人を輩出してきた。一族にはリップシュタット戦役直前に退役したミュッケンゲルガー元帥がいる。代々高級軍人の家柄だったが、対策室でベルトの名で呼ばれていた彼は、士官学校には進まず、官僚の道を選んだ。
 伯爵家を継いでいる兄は、既婚者で現在4歳の息子がいる。爵位のある貴族の当主への慣例として、予備役中将の肩書を有していたが、ローエングラム政権に変わった時点でそれを返上している。
 リップシュタットにも参戦せず、オーディンで事態を静観し、家門の安泰を図っている。ただし、計算の上の行動というより、一族の重鎮であるミュッケンベルガー退役元帥に強く説得された結果らしい。
 才気闊達な弟とは逆に大人しい人物との評判で、良くも悪くも周囲に流されながら生きる、典型的な生まれながらの御曹司といった感じだという。
 高速船でオーディンへ派遣した調査団の報告書を見ると、2人とも犯人の条件を等分に満たしている気がする。
「それならやっぱり、『アル』が愛称のケルトリングの方が怪しいということになりませんか?」
 リンザーが尤もなことを言うと、ヒルダはゆっくり首を振り、少し困惑した表情を見せた。
「それが…そうとも言えないのよ。リスナー管理官のフルネームは、カール・アルベルト・フォン・リスナーというの。彼の生家は、男子のファーストネームに代々カールとつけて、ミドルネームで呼び分けていたらしいわ。父親は、カール・アウグストで、兄はカール・フランツよ。男爵家の家門を継いで、官吏として出仕するようになってからミドルネームを省略していたらしいけど、身内の間では今でも『アルベルト』でしょうし、もし、エリザベート嬢と内々にお見合いして会っていたとしたら、やはりカールよりも、アルベルトの方で呼ばれたと思うわ」
「と、いうことは、また5分と5分ですか…」
 リンザーが嘆息し、再び腕を組んで考え込む。
「ガーデンパーティの時、ベルトは、ヒルダと一緒に邸内に逃げ込んで来たのよね?」
 ふいにアンナが言った。
 ヒルダもその言葉で、あらためてあの時の記憶を辿った。
 爆破スイッチを押したのが彼等のどちらかなら、逸早く自分の安全は確保すべく行動したことだろう。あの時、視界が悪く、ケルトリングの爆発の瞬間のリアクションはわからないが、瓦礫に躓いてかすり傷を負ったヒルダに対し、庭にいながら無傷だったのは事実だ。
「今にして思えば、わざわざヒルダに声をかけて一緒に避難してくるって、怪しくない?」
 アンナの言葉に全員が考え込んだ。そう言われてみるとそのような気もする。
「私は、この通り運悪く足を怪我してしまって他の人のことは全くわからなかったんだけど、カールの方はどうだったの?」
 ベアトリスの問いに、今度はヘレーネが「あっ」と声を上げた。
「彼は、バッケスホーフ事務官…アレクに一番近いところに倒れていたわ。自分は単に気を失っていただけで殆ど無傷だったんじゃない? もしかしたら、視界が悪くなった隙に、落ちてきたコンクリートの破片か何かでアレクの頭を殴って殺して、自分は何食わぬ顔で倒れた振りをしていたのかもしれないわ。その点で怪しいと言えば、彼の方が怪しいと私は思うわ」
 また全員が考え込んでしまう。そう言われてみれば、そのような気もまたしてしまう。「これ以上仮定の話はやめましょう。そもそも彼等の中に犯行グループの手先がいるという推理自体が、思いっきり飛躍した仮定なのだから」
 ヒルダが自戒を込めて言うと、リンザーが少し遠慮がちに疑問を口にした。
「フロイラインの推理は、半分は納得できるんですが、正直言って私にはどうにも腑に落ちないんですよ。仮に2人の内どちらかが、本当に以前ブラウンシュバイク公の令嬢と婚約していたとしてもですよ、今はこうしてご時世も変わって、旧王朝時代の契約などいくらでも無効を主張できます。しかも誰もそのことを知らないところをみると、正式なものではなかったということになります。だったら一言『お前とは結婚できない』と言えば済む話じゃないですかね? しかも2人とも、将来有望とはいえ、今や一官僚にすぎませんし、貴族は新政府や皇帝陛下の意向に添うように、次々と領地惑星や荘園を返上していて、結婚しても以前のような贅沢はできないでしょう。相手が新王朝で、尚書か元帥にでもなっているというならともかく、ご令嬢が金もステイタスも失った婚約者に、それ程執着するでしょうか?」
 それは、ヒルダ自身も密かに感じていた疑問ではあった。自分で推理しておきながら、殺人の動機としては、どうしても弱いように思えてしまう。
「エリザベート様が、非公式だったご婚約者のお傍を離れず、その方がご自分の面倒を見るのを当然と考えていたとしたら、それは、内々でご婚約したお2人が、既に他人ではなかったということでございましょう」
 カルツ夫人の低く冷静な声が響いた。
 その意味を、疑問を口にしたリンザーとヘレーネ、サーシャとアンナの4人は瞬時に理解し、ヒルダとベアトリスとオティーリエは一呼吸置いて顔を上げた。
「でも、普通の男女ならともかく、相手は当時は身分が上の公爵令嬢で、しかも未来の女帝陛下かもしれないお方よ。そんな方に対して、そんなことができるものなのかしら?」
 お堅い性格のベアトリスが疑問を呈した。ヒルダも同じように感じていた。
「確かにな。せっかくの大抜擢をふいにしかねない」
 リンザーも同意見らしかった。
「あの…エリザベート様ご自身が望まれたことだとしたらどうでしょう? 逆にお相手にとっては、まだ非公式な婚約を既成事実化するものですし、願ってもないことだったと思いますわ。それに、エリザベート様には、残念ながら王朝が代わって、今までの身分制度や特権がなくなってしまったこともあまり理解できなかった可能性があります。だから、以前の婚約者の方が、そんなエリザベート様を持て余したということは、十分考えられます」
 この中で、直にエリザベートに接したことがあり、その為人を一番よく知るオティーリエの言葉だけに、皆納得した。彼女の中で、母を殺した犯人に対する憎しみと同情とが複雑に混在しているのがよくわかる言葉だった。
 シュトライトやアンスバッハが、暴君のお守りに苦労したのと同じように、彼女もまた暗愚な姫君のお相手に腐心していたことだろう。
「なるほどね。あの年頃の女の子って、アレに一番興味を持つ時期かもね。なんか、同級生達に対して、自分が一番早く経験したいみたいな、妙な対抗心が芽生えたりして…」
 アンナのあけすけな発言に、この場の唯一の男であるリンザーが、気まずそうに俯いた。逆にヒルダとベアトリスは、「そういうものなの?」という顔で、アンナと彼女の意見に同意しているヘレーネとサーシャに視線を遣る。
 女学院時代から現在に至るまで、女性同士のこの手の会話に加わったことのないヒルダは、自分の人生経験の浅さを少なからず感じていた。
「で、結局のところ、どっちがいい男かしら?この2人」
 サーシャが話題を戻すように、投影された2人のプロフィールデータの画像をまじまじと見詰める。
 ケルトリングもリスナーも共に長身で品のいい美男子で、大まかに分類すれば同タイプの男だ。単なる優男ではなく、データによると、ケルトリングは軍閥貴族の一門だけに、スポーツにも長け、学生時代はホッケーとフェンシングの選手で、リスナーもテニスの星系選手権に出場する程の腕前らしい。
「これは、もしかしたら、2人揃って最終審査まで残った可能性高いわね」
 アンナの推測とも軽口とも言える言葉に、全員が同意した。
「そうなると、もうこれは、好みの問題ってことになると思うけど、こればかりはエリザベート嬢本人でないとわからないわね。オティーリエはどう思って?」
 ベアトリスが、血の繋がらない従妹に問う。
「私も何とも…お2人ともエリザベート様好みのように見えますし…」
 エリザベートの嗜好を良く知るはずのオティーリエにも判断がつかないようだった。
「私は、あえてどちらか選べと言われたら、やっぱりベルトだわ。カールは、ちょっと線が細い感じだし」
「あなたの趣味は問題じゃないのよ。で、ヒルダはどちらだと思うの?」
 アンナとサーシャのやり取りで水を向けられたヒルダは、困惑した。彼女はこの年齢になるまで、男性を恋愛とか結婚相手の対象として見たことがなかった。
「ばかねぇ、皇帝陛下を毎日生で見てるヒルダにそんな事訊いても無駄よ」
 アンナが勝手に解釈してくれたので、笑って誤魔化したが、やはりヒルダには、女性にとってどちらが魅力的な男性と言えるのかさっぱりわからない。
 但し、彼女の指摘はあながち外れてはいない。確かにケルトリングもリスナーも世間一般的には美男子の部類に入るが、ラインハルトと比べれば恒星と隕石くらいのレベル差がある。
「私達の感覚じゃなくて、16歳の女の子の視点で考えるべきなんじゃない?」
 ヘレーネが、リップシュタット戦役時のエリザベートの年齢を指摘して言った。
「そうね。16歳って言えば、丁度今のコールラウシュ伯爵夫人と同い年ね。じゃあ、今度ヴィジホン入れる時、ついでに意見を聞いてみましょうか」
「バカね。それこそ無駄よ。あちらは、あのロイエンタール元帥と一緒に暮らしてるのよ」
「そうか…じゃ、やっぱりこれ以上議論しても絞り込めないか…」
 女性士官達がそんな会話を交わしていると、カルツ夫人が再び遠慮がちに発言しようとした。
「あの…このお二方には、現在どこからかよい縁談話はないのでしょうか。お2人とも、丁度ご結婚を考えてよいお歳ですし、以前なら、お家柄もいい将来有望なエリート官僚なら、本人が黙っていても結婚話が持ち込まれたはずです。王朝が代わっても、貴族社会のそういった慣習は、一朝一夕にはなくならないと思うのですが…」
 ヒルダは、目を剥いた。そうだ。きっと、それこそが、“彼”がエリザベートを早急に排除したがった直接の理由だったのではないか?
「ありがとうございます。カルツ夫人。これで、決心がつきました」
 ヒルダはそう言うと、すっと椅子から立ち上がった。
「今まで確信が持てない部分が多かったので、私も実行を躊躇っていましたが、皆と話していて、やっとその不安が消えました。犯行グループの手先は、やはりあの2人のどちらかに間違いないと思います」
 ヒルダの決意に満ちた言葉に、全員の視線が注がれる。
「では、フロイラインは、これからどうなさるおつもりですか?」
 リンザーが訊いた。
「2人に、罠を仕掛けたいと思います」
「罠?」
 一同が口々にその言葉を反芻する。
「ええ。そして、その罠にかかった方が犯人に間違いありません」
 断言する皇帝主席秘書官の言葉に、全員が緊張して次の言葉を待った。
 そして、ヒルダは、明日実行に移す予定の『罠』について、淡々と説明を行ったのだった。
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