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ハーレクインもどき −番外編(11)−
 ウルリッヒ・ケスラーは、自身の旗艦フォルセティのトリアピーの前で、エルフリーデが招待した7人ばかりの貴族女学院の下級生に囲まれていた。
 14、5歳の少女達ばかりの集団は、流石に37歳のケスラーの花嫁候補というわけではない。
 当初彼に紹介された女性達は、いずれも20代半ばから後半の分別のある年頃の令嬢ばかりだった。皆、この数年の政変で、婚約者が戦死したり、家の没落で生活の術を失った為に破談になったりといった、何らかの事情で婚期を逃した女性達だった。
 フェザーンや同盟なら、まだまだ若い未婚女性で通る年齢の彼女等も、やんごとなき令嬢は、20代前半までに結婚するのが常の帝国の貴族社会に於いては、完全に嫁き遅れの部類に入ってしまう。
 平民出身とはいえ、謹厳実直で、皇帝の信頼も厚い若き憲兵総監に、少し薹が立った令嬢達は、礼儀正しく挨拶し、二言三言、当たり障りのない会話を交わすと、それ以上の進展を見せないまま、自然に散っていった。
 暫くすると、招待客の中から、まだ大人たちの思惑とは無縁な年頃の娘が、一人、また一人と、誘蛾灯に吸い寄せられるように、ケスラーに寄って来ては、一言二言話しかけて行くという現象が起こった。ケスラーも、駆け引きと無関係な彼女達に気を許して相手をしてやっているうちに、人数はどんどん増えていった。
 彼は、ふと、自分が今、とても癒されて、気持ちが安らいでいることに気づく。そして、もしかしたら、自分が真に求めているものは、彼女達のような純真無垢な魂の中にこそ、あるのではないかと思い始めていた。
 だが、一方で、少壮の弁護士のようである彼の理性と自制心が、それにブレーキをかける。
『いかん・・・・いくら何でも、それはダメだ。第一、親子ほど年が違うではないか』
 頭を振って自らの内に芽生えた欲望を否定しつつ、自分もまだまだ若いなと思いながら自嘲気味に胸の裡で呟いた。
『認めたくないものだな・・・』
 ケスラー憲兵総監が、22歳年下のトロフィー・ワイフを得るまでに、あと4年の年月を要することになる。


 ミドルティーンの少女達に囲まれたケスラーが、暫しの幸福に浸っている場所から約10m離れた花壇脇では、義眼の軍務尚書が、エルフリーデに紹介された17歳の子爵令嬢と何やら話し込んでいた。
“あの”オーベルシュタインと女性、しかも十代の少女という奇怪な取り合わせは、いやでも周囲の人間の耳目を集めることとなった。
 とはいえ、あまり露骨に近づくことも叶わず、将帥達は、そ知らぬふりを決め込みつつ、耳だけを一点に集中させていた。
 驚いたことに、挨拶を済ませてから、もう10分以上も二人は会話が続いているのである。
 あのオーベルシュタインと、初対面でいったい何を話しているのか?
 黒ビールを酌み交わしているルッツとワーレンも、ウィスキーのグラスを手にして談笑してるファーレンハイトとビッテンフェルトも、玉砕直後の△組も、興味の泡を弾けさせながら聞く耳を立てる。
「そんな・・・! 避妊手術だなんて、あんまりです!」
 突然、令嬢の際どい台詞が耳に入り、聞いていた者達は全員咽た。
「いやです・・・そんなの・・・女の子ですもの、やっぱり赤ちゃんを産みたいですわ」
「そのような感傷こそが、結局のところ、余計な悲劇を生むのだ」
 オーベルシュタインの感情を押し殺した冷徹な声が、ドライアイスの剣の如く突き刺さる。
「残すべきでない遺伝子というのもあるのだよ。フロイライン」
「でも・・・」
 涙ぐむ令嬢を、軍務尚書は無表情で見据える。
『許せん! オーベルシュタインの野郎、あんな年端もいかない娘を泣かせるとは。しかも、あんな露骨な言葉で・・・!』
 ルッツとワーレンは、同時に持っていたグラスを握り潰しそうになった。
「・・・わかりましたわ。閣下」
 令嬢は、それでも気丈に涙を拭った。
「仰る通りに致します。ですから・・・ですから、また、お会いして頂けませんか?」
 丁度呼びに来た部下に応じて踵を返そうとするオーベルシュタインに、令嬢は縋るように問いかけた。
「機会があれば・・・な」
 素っ気無く応じるオーベルシュタインだったが、令嬢は、完全な拒絶でないことに僅かな光明を見出し、潤んだ瞳で見送った。
「バカな! なんだって、あんな野郎にそこまで・・・うっ・・うっ・・許せん! オーベルシュタインめ、何様のつもりだ。貴様なんぞに求愛する女がいるだけでも有り難いのに・・・しかも・・・しかも・・・あんな若い娘が・・・! くそっ・・・あんな奴なら・・俺だって・・・」
 ワーレンが低く呻きながら怒りを堪えている。「だったら素直に再婚話を受ければいいのに」とルッツは思ったが、何も言わなかった。
 その隣では、△組が悶絶して頭を抱えている。
『うぉぉぉぉぉぉ!!! なぜ?? なぜだぁぁぁぁぁぁ? なぜ俺ではなく、オーベルシュタイン元帥なんだぁぁぁぁぁぁ???? 俺の方が若くていい男だろ? 俺なら絶対泣かせたりしないぞ! 子供なんて何人でもOKなのにぃぃぃぃぃ!!!!』
 バイエルライン、トゥルナイゼン、グリルパルツァー、クナップシュタイン等は、立ち直れない程に打ちのめされた。


「はい、ルイーゼ」
 エルフリーデが、たった今オーベルシュタインと話していた令嬢に、オレンジジュースのグラスを手渡しながら、気遣わしげに涙に濡れた顔を覗き込んだ。
「ありがとう。エルフィー」
 ルイーゼと呼ばれた少女は、ハンカチで目を押さえながら、ジュースのグラスを受取った。
「それで、オーベルシュタイン元帥は何と?」
「機会があれば、またお会いして下さると仰ったわ」
「そう。よかったわね」
 エルフリーデの問いかけに、ルイーゼはプラス思考解釈で答えた。
「でも、やっぱり避妊手術をすることになると思うわ」
「そうなの・・・仕方がないわね・・・」
「ええ、その方が、結局は、あの子達の為だって・・・」
 ルイーゼは、そう言うと、再び涙を拭った。
「やっぱりオーベルシュタイン閣下は、私が思った通りの方だったわ。冷たいようで、誰よりも温かい心をお持ちなのよ。人間の奥が深い方なのよ。私、あきらめないわ。絶対、オーベルシュタイン閣下とお付き合いするわ」
「あなたがそこまで言うなら、私も応援するわ。決心がついてよかったわ」
「ありがとう。エルフィー。やっぱり、閣下の言う通り、ポロンちゃん達にとっても、その方がいいのよね?」
 ルイーゼは、動物愛護団体のボランティア活動をする過程で、オーベルシュタインの存在を知り、年老いたダルマチアンを引き取ったという彼に興味を持った。
 リップシュタット戦役勃発時、ブラウンシュバイク公等と共にオーディンを脱出した門閥貴族達は、充分な準備もないままに住み慣れた屋敷を後にすることを余儀なくされた。そんな中、彼等が狩猟用や愛玩用として飼っていた犬達が取り残され、一部が屋敷を抜け出し、市内に散って野生化してしまった。野犬たちは、無秩序に繁殖を繰り返して市井を徘徊し、帝都民の生活を脅かすこともしばしばだった。
 治安面、衛生面からこの事態を重く見た民政省は、警察や保健所と連携し、軍をも動員して大規模な野犬狩りを行い、捉えた犬たちを殺処分していった。それに対して、皮肉なことにローエングラム政権下で言論の自由を許された市民の一部から、非難の声が上がった。曰く、元々人間の都合で飼われていた犬が、人間の都合で置き去りにされて今日の状況に至った。それをまた人間の都合で殺すとは、あまりにも身勝手ではないかというのである。世論に配慮した民政省は、方針を変え、都内の何箇所かの空き屋敷を野犬の一時保護施設とし、新たな飼い主を斡旋することにした。もっとも、ブラウンシュバイク派の貴族達の身勝手さを国民に示す宣伝材料として有効と判断されたことも否めない面はあったが。
 しかし、保護施設はすぐに満杯になり、収容された犬達は、今度は動物愛護団体に登録しているボランティアの家庭で、新しい家族を待つことになった。その間、一定の月齢に達している犬達は、これ以上の繁殖を防ぐ為、オス犬には去勢手術を、メス犬には避妊手術を施されることも、保健所から指導されることとなった。
 ルイーゼも、一時預かりのボランティア登録をしている動物好きな市民の一人で、現在、若い雌犬を5匹預かっている。避妊手術をすることになる「ポロンちゃん」は、彼女が最初に預かった生後半年ほどの雑種犬だった。
 ルイーゼは、オーベルシュタインに紹介されると、真っ先にその話題を持ち出した。
 鉄面皮で知られる軍務尚書は、思いがけず話に乗ってきて、官民一体で首都星から野犬を一掃すべく今後の計画を淡々と語った。その際、最後まで引き取り手がいない犬に関しては、最終的に薬物による安楽死処分にすることもやむを得ずと冷厳に言い放った。
 だが、当初のガス室での殺処分の実態を知るルイーゼは、下手にキレイ事を言わないオーベルシュタインの態度に、かえって好感を持った。
 好みは人それぞれとはよく言ったもので、同僚たちには忌み嫌われているオーベルシュタインの口調や態度は、この深層の令嬢の心を、ど真ん中に射抜いたらしい。
「私・・・あんまり優しい人ってダメみたい・・・」
 自分にきつく当る女にしか萌えない男がいるように、冷たい男に萌えてしまう女もまたいるようだ。
「がんばって、ルイーゼ。あなたがオーベルシュタイン元帥と結ばれるよう、私もできる限り協力するわ」
 笑顔で励ます一年後輩に、ルイーゼも涙を完全に消した。
「ありがとう。エルフィー。恋に関しては、あなたの方が先輩だわ。これから色々教えてね」
 エルフリーデは、またも自分が誤解されているのを知って顔が引き攣った。
『違うわ。私、恋なんてしてない。恋って、同じ学校に通っていたり、同じ職場で働いたり、共通の趣味があったり、二人で難事件を解決したりして生まれるものでしょ? 私とあの男には、そういうの全然ないんだもの』
 エルフリーデは、最近はまっているソリビジョンドラマを思い出していた。
 それでも、自分を頼っている友人に対し、「ええ」と見栄を張って答えてしまうのだった。


「今は、ああゆう格好が流行っているのかな? フロイライン・マリーンドルフ」
 黄金獅子のトリアピーの真下では、皇帝が、自称寵姫候補の少女達の短髪にシンプルなスーツ姿を指して、首席秘書官に下問していた。
「さあ・・・私も、詳しいことは存じ上げませんが、陛下の開明政策のお陰で、活動的な服装や髪型を好む女性が増えたのではないでしょうか」
 皇帝とどっこいどっこいの鈍感さを誇る伯爵令嬢が、笑顔で答えた。
 俗世に疎い太陽神とミネルバ神が並んで立つ姿は、そこだけが光を放っているようだ。
「フロイライン・マリーンドルフ。ようこそ」
 邸の女主人が満面の笑みで近寄って来た。
「本日は、お招きありがとうございます。伯爵夫人」
 ヒルダは、自分を慕う後輩に、丁寧な礼を述べた。
「またお会いできて嬉しいです」
「こちらこそ。来月早々に我が家でも園遊会を開きますので、ぜひいらして下さいね」
「ええ。ありがとうございます。ぜひ出席させて頂きますわ」
 マリーンドルフ伯爵家では、内戦勃発以前まで、上屋敷に於いて半年に一度ペースで園遊会が開かれるのが代々恒例となっていた。権威付けや貴族の贅沢といった意味合いより、昔から付き合いのある出入り業者や使用人達への、ささやかな富の分配という性格の強いものだった。その為、このロイエンタール邸での夜会同様、内戦の完全終結と、新王朝によって真の平和が齎されたことを国民に知らしめる為に、過度に豪奢にならない程度なら、こういった旧習が少しづつ復活されるのは、この時点ではむしろ歓迎されていた。新体制で再雇用が難しい単純労働者を少しでも救済する意図もあり、貴族相手に商売をしてきた事業者の廃業、倒産に歯止めをかける意味も大きかった。国家の元勲と、首席秘書官が相次いでそれを実践することで、他の生き残った貴族や、振興富裕層にもそうした空気を促したのである。
「でも、私、園遊会については、今まで全部父と家令夫妻に任せきりだったんで、自分では何をしていいやらわからなくて・・・こういうことって、私、不得手で、正直困っているのよ。特にご招待するお客様への対応とか、悩んでしまうわ」
「まあ・・・」
 そう言って、本当に困った表情をするヒルダに、エルフリーデは、完全無欠と思われていた女性の意外な一面を見た思いがした。
 ヒルダは、更に言葉を続けた。
「実は、一昨日、開催を発表して以来、女学院や大学の同期が、ひっきりなしに訪ねてきて大変なのよ。まだ結婚してない人達が、独身の提督方を紹介してくれって」
 エルフリーデは、自分の時と全く同じパターンに思わず笑い出しそうになった。
 ヒルダの年頃では、貴族令嬢のみの女学院の同期生は約半数が、身分の垣根のない大学の同期では、元々少ない女子学生の8割以上がまだ未婚である。
「それでしたら、ご参考になるいい対処法がございます」
 エルフリーデは、そう言って、自身が考案した○×△リストのことを話した。
「こうやって『○の人』『△の人』っていう風に覚えて、優先順位を決めておけば、合理的に動けるんですよ」
「まあ、なるほど。伯爵夫人は、優れた事務処理能力をお持ちだわ。さすが、代々有能な官僚を輩出してきたリヒテンラーデ一族だけのことはおありだわ」
 ヒルダは素直に感嘆して褒め称えた。エルフリーデも、自分ばかりでなく一族を褒められてご満悦だった。
「前回の開催は3年前だったので、私も未成年で学生でしたから親任せで済みましたが、今は成人して、公職に就いている身ですから、嫌でも先頭に立って仕切らなければならなくなって・・・伯爵夫人はお偉いわ。そのお若さで、これだけの規模の夜会を、堂々と執り仕切ってらっしゃるなんて。私が同じ年頃の頃を思えば、とても敵いませんわ」
 多分に社交辞令が入っていることを差し引いても、帝国きっての才媛の惜しみない賞賛に、エルフリーデはこの夜会の成功を確信して安堵した。
「ありがとうございます。フロイライン・マリーンドルフ。あの・・・、よろしければ、メアド交換して頂けませんか?」
 エルフリーデは、そう言って、先刻友人たちからプレゼントされた携帯端末を取り出した。
 ヒルダは快く応じると、「では、また」と言ってその場を離れた。


 中庭に出たヒルダは、話の腰を折らない程度に人の輪に入って、自邸の園遊会の件を前以て知らせて回った。
「後ほどあらためて招待状をお送りさせて頂きます」
 如才なく挨拶して回る美貌の女性の姿を見送ると、早くも多くの客達の関心は、マリーンドルフ邸での園遊会に移っていった。
「ぜひいらして下さい。私の友人達も多く招待しておりますので、ご出席をお待ちしております」
 皇帝首席秘書官からそう申し込まれたバイエルライン、トゥルナイゼン、グリルパルツァー、クナップシュタイン等の次世代有望株提督達は、先ほどの奈落の底から一気に天国に昇った。何時の間にか、「モテない男4パターン」で固まっている。
『うぉっ! やっぱり大神オーディンは俺を見捨ててはいなかった。考えてみれば、伯爵夫人の同級生なんて、まだガキだもんな。フロイラインくらいの年齢の女の子の方が、俺の魅力を理解できるってものさ♪』(By 4人全員)
 立ち直りの早さは流石というべきである。
 喜びに浸っている4人を後にしたヒルダは、自邸に訪ねてきた友人たちの要望を思い出しながら、早速頭の中でエルフリーデの○×△リストの概略を描いた。
『あの人達は△でいいわね』


 午後8時を回ると、それまで静かなバックミュージックを演奏していた楽団が、音量を上げてワルツを演奏し始めた。
 ライトアップされた中央に、真っ先に進み出たのは、メックリンガー上級大将と、彼にエスコートされたヴェストパーレ男爵夫人のカップルだった。
 メックリンガーが、洗練された物腰で、鮮やかな深紅のカクテルドレスを纏った淑女の手をとると、二人は見事なステップを踏んでワルツを踊り始めた。
 絵のように美しい男女の姿に、招待客達は一斉に見惚れていたが、やがてそれぞれが、近くの相手に手を差し伸べると、次第に音楽に合わせて翻るドレスの輪が増え始めていった。

 ロイエンタール邸の夜会は、いよいよ佳境に入っていった。
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