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ハーレクインもどき −番外編(10)−
 他人への気配りの行き届いたシャフハウゼン子爵夫人は、テラスの端で、一人所在無げにしているブルーノ・フォン・クナップシュタインを見つけると、丁度近くにいたエルフリーデの同級生らしき少女達二人に声をかけ、さりげなく引き合わせた。
 特に意図したわけでも、誰かに頼まれたわけでもなく、ただ、せっかくの夜会に若い男がぽつんと一人でいるのを可哀想に思っただけである。が、クナップシュタイン自身は、そうはとらなかった。
『やはり、俺を将来有望と見込んで、仕掛けてきたか』
 とんでもなく勘違いしているが、気分は上々だった。
「ごきげんよう。クナップシュタイン提督」
「帝国軍の次世代双璧のお一人と言われる閣下にお目にかかれて光栄ですわ」
「そのお若さで大将にまでおなりになるなんて、さぞ輝かしい戦功をお立てになったのでしょうね」
 令嬢達は、当たり障りのない社交辞令の挨拶をしたつもりだったが、クナップシュタインの勘違いを更に膨張させることとなった。
『ここは、しっかり自己PRすることが肝要だ』
 そう決心した彼は、「いやぁ、大したことではありませんよ」と言いながら、任官時から始まる自身の戦歴を披露し始めた。
 令嬢達は、クナップシュタインの「大したことない大手柄」を延々聞かされるはめになったが、話が大佐に昇進したところまで来ると、「失礼します」と言って去っていった。
「自分の自慢話しか話題のない男なんて、最っ低よ!」
 クナップシュタインから離れた令嬢の一人が、友人に同意を求めると、もう一人の令嬢も全くその通りと頷いた。
 哀れなクナップシュタインは、再びテラスの端に取り残された。


「ふっ、野暮な奴等め。やはりご令嬢方のお相手は、俺のような洗練された男でなければ勤まるまい」
 イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼンは、同僚達の失態を横目に、そう独りごちると、花壇の赤薔薇を一輪摘んで口に銜えてポーズとった。
『決まったな・・・!』
 傍から見ると、かなり恥ずかしい行いだったが、本人は悦に入っていて、これから自分にご令嬢達が大勢群がるのを今や遅しと待ち構えていた。
 前方に目をやると、エルフリーデを先頭に、30名以上はいると思われる妙齢の貴婦人やご令嬢方が、目を輝かせてこちらへ一直線に向ってくる。
 トゥルナイゼンは、余裕を見せるポーズを作って、押し寄せてくる女性達を制した。
「まあまあ、みなさん、慌てずに。私はどこにも逃げませんから。順番にお相手させて・・・」
 と、言葉を繋ごうとした瞬間、30余名の女性達は、小走りに近づく速度を全く緩めることなく、トゥルナイゼンの脇を鮮やかに通り抜けた。
 呆然と立ち竦むトゥルナイゼンの20mほど後方では、先ほどの女性達が、シルヴァーベルヒ工部尚書を取り囲んでいた。
 エルフリーデが、例によって、崇拝者達を一人一人紹介している。
『文官版ロイエンタール』の異名をとるシルヴァーベルヒは、女性の扱いも手馴れたもので、紹介された令嬢達一人一人の手をとっては、如才なく言葉をかけた。
 一通り紹介が済むと、シルヴァーベルヒは、徐に脇の花壇に咲いている薄紫色の小さな薔薇の花を摘んで、鼻先に持っていった。
「ブルー・フォー・ユー」
 唐突に発せられた言葉を、崇拝者の一人が、薔薇の品種名だと気づくのに、数秒の時間を要した。
「まあ、お詳しいんですのね。拙宅にも同じ薔薇が咲いておりましてよ」
 一人の令嬢が他を先んじようと得意げに言う。
 しかし、次に発せられた工部尚書の言葉に、全員が凍りついた。
「いや、妻の好きな花なもので」
 涼しい声で言うシルヴァーベルヒに、皆が押し黙ってしまった。
「・・・・そうですか。では、後ほど花束を作りますので、奥様にお土産にお持ちください。さあ、皆様は、あちらでチョコレートフォンデュなど召し上がりません?」
 傍で聞いていたエルフリーデが、何とかその場をフォローし、女主人の面目を保った。 官吏として、五階級特進の異例の抜擢で尚書になったシルヴァーベルヒについては、データベースの修正が行われておらず、三年前の内容がそのまま使われていた為、家族欄が未婚のままになっていたのだ。戦功を立てれば異例の昇進も珍しくもない軍部では、個人データが逐次見直され、ほぼ最新のデータが公開されているが、ローエングラム政権になり、実力主義の人事に刷新されたとはいえ、まだまだ軍部よりも年功序列のまかり通る文官の世界では、シルヴァーベルヒの尚書就任は、実績からも年齢からも異例中の異例だった。
 こうして、『工部尚書夫人候補者連盟』は、ファーレンハイト同盟、ビッテンフェルト組に続いて殲滅したのである。


「エルフィー、ロイエンタール元帥。これ、我が家からの結婚祝いですの。貰って下さい」
 そう言って、“ロイエンタール夫妻”に一通の封書を手渡しに来たのは、ミュラーファンクラブのメンバーの一人、クラリス・フォン・ヴァルブルクだった。
 エルフリーデと同じクラスの子爵令嬢で、リッテンハイム候の一門だったが、目立ったところのない平凡な貴族だった為、候がオーディンを脱出してガイエスブルク要塞に立て篭もった際、置いてけぼりを食った。結局それが幸いして、早々にローエングラム陣営に恭順の意を示した為、家門を安堵され、生き延びることができた。ただし、下屋敷を除く帝都内の不動産全てと、領地惑星を召し上げられ、今は、一族全員で下屋敷に暮らしながら、唯一所有が許された首都星内辺境の小さな荘園の運営で生計を立てている。
 生まれ育った上屋敷や、よく遊んだ別邸は、新政府によって傷病兵の長期療養施設としてリニューアルされ、使用人の多くも再雇用されているという。以前より貧しくなったとはいえ、新政府は最低限の生活を保障してくれたし、一箇所に集まったことで、家族の距離が縮まって喜んでいると、きっぱりと言っていた。
 ただし、新施設に再雇用が叶わなかった者達や、今後の家族の生活の為には、このままでは立ち行かないことも現実だった。そこで、彼女の父は、フェザーンのコンサルティング会社と提携し、残された荘園を地の利を生かして、高級リゾート地として再開発する道を選んだ。
 エルフリーデに贈られたのは、そのリゾート地にある水上コテージの3泊4日分のチケットだった。一つしかないインペリアルスイートの最高級タイプで、半径1キロ以内に別のコテージがないという超贅沢な造りのものだった。
「新婚旅行まだでしょ? ロイエンタール元帥ご夫妻が泊まった宿として宣伝させて頂きたいの。ここの成功には、一族全員と他に行き場のない使用人達の生活もかかってるの。お願い・・・」
 率直な飾らない表現が、エルフリーデの心を動かした。最早、体裁を気にしている場合でないくらい旧門閥貴族の生活は切実なのかもしれない。
「いいわ。ここに4日間行ってくればいいのでしょう。それでお役に立つなら私も嬉しいわ」
 気軽に応じたエルフリーデに、クラリスは感謝と安堵の笑みを返した。
「よかったわ。きっと気に入って頂けると思うの。このタイプなら、周囲に何もないから、完全に二人だけの世界になれるわ」
『え?』
 エルフリーデは、硬直した。クラリスは、それに気づかず、パンフレットを見せながら、一生懸命コテージの宣伝をはじめた。
「ほら、二人で入れるこんな大きなジャグジーバスもあるのよ。ベッドもキングサイズを更に一回り大きくしたの」
『冗談じゃないわ!』
 エルフリーデは、心の中で叫んでいたが、喜んでいる友人を前に、今更行けないとは言い出せなかった。
「目玉は、コテージの下の海底にある最新式の『重力制御ルーム』なの。私もまだ行ったことないんだけど、すっごくいいんですって」
 パンフレットを見ると、コテージの床下から、海底に向って透明なシリンダー状のものが延びている。
「重力制御ルームって、フライングボールとかやる時の部屋でしょ? 私、フライングボールはやらないし、この男・・いえ、主人も一人じゃできないわ」
 エルフリーデが、疑問を口にすると、クラリスも首を傾げた。
「そうねぇ・・・私にもよく解らないんだけど、この装置のメーカーの人によると、この部屋は、二人で楽しむ部屋なんですって。どうやって使うのか、私には教えてくれないの。でも、お父様が、大人の人ならわかるはずだからって」
「ほう・・・」
 何事かを察した様子で、金銀妖瞳が、妖しい煌きを宿す。
 それまで黙って二人のやり取りと聞いていたロイエンタールが、初めて興味深そうに口を開いた。
「了解した、フロイライン。ありがたく頂戴すると、ヴァルブルク子爵にお伝え願いたい」
 ロイエンタールの言葉に、クラリスは、ぱっと顔を輝かせると、丁寧なお辞儀をし、スキップするような足取りで二人の前から去っていった。
「私、お前と二人でフライングボールなんてやらないわよ」
 友人を見送った後、エルフリーデは、一人で意味ありげに薄く笑うロイエンタールに、ムキになって言い放つ。
「そんなものはやらんから安心しろ。使い方は、現地で実践で教えてやるから、楽しみにしておけ」
 ロイエンタールは、そういい捨てると、彼を呼んでいた従兄のマールバッハ伯に歩み寄る為に身を翻した。
 エルフリーデは、尚も疑問が晴れない顔をしていたが、やがて、仲のいい友人のグループに声をかけられたので、忘れてしまった。


 中庭の中央部に設えられた皇帝の御座所では、ラインハルトのイライラが爆発寸前だった。
『なぜ・・・なぜ皆、予の気持ちをわかってくれぬのだ・・・!』
 主君の不機嫌を察したシュトライトや、リュッケが、しきりに気を遣ってワインやオードブルを差し出すが、ラインハルトの表情は一向に変わらなかった。
『ああ・・・こんな時、フロイライン・マリーンドルフが居てくれたら・・・』
 皇帝は、側近中で唯一自分を本当に理解してくれている首席秘書官の不在を密かに嘆いた。
 午後7時半近くになり、漸く国務尚書マリーンドルフ伯と令嬢の首席秘書官との到着が告げられた。
「遅くなりまして申し訳ございません。陛下」
 皇帝の表情が、一瞬、迷子センターに保護された幼児が、迎えに来た母親の姿を目にした時のように輝いた。
 ヒルダは、いつものパンツスーツではなく、この日は膝丈の清楚なワンピースを着ていた。少年めいた美貌が、こころなしか艶めいて見える。
「フロイライン・マリーンドルフ。ご苦労。・・・・国務尚書も」
 皇帝が、表情を引き締めて時間外勤務を労うと、ヒルダは丁寧にお辞儀をし、一旦傍を離れた。
 数分後、ヒルダは、大きめの皿に、串に刺したものを大量に積み上げて戻ってきた。
「陛下、どうぞ、召し上がって下さい」
 蒼氷色の瞳が、戦場で大勝利を収めた時以上の輝きを放った。
「うむ」
 ラインハルトは、精一杯皇帝としての威厳を崩さぬよう務めて頷いたが、その目は既に目の前のチョコレートフォンデュしか見ていなかった。
「こちらに、ミルクシェイクと、アップルジュースもお持ちしました」
「うむ」
 ヒルダが、グラスをテーブルに置くと、若き皇帝は更に嬉しそうに頷いた。
『やっぱり、フロイライン・マリーンドルフだな。予のことをわかってくれているのは♪』
 ラインハルトは、嬉々として、チョコレートに包まれたイチゴやマシュマロを頬張った。
 ロイエンタール邸に入った時から、この比類なき覇者の心を惹き付けて止まなかったのは、エルフリーデが友人達のリクエストに応えて用意させた、特大のチョコレートの池だった。
 貧乏だったラインハルトは、幼年学校時代に、貴族の同級生に呼ばれたパーティーで生まれて初めて『チョコレートフォンデュ』なるものの存在を知ったのだ。以来、これは、彼の大好物の一つとなったが、残念なことに、階級が上がる度に串に刺したフルーツやスポンジケーキをチョコレートに浸す楽しみは奪われていった。
 彼の異常な甘党を知る者は、ジークフリード・キルヒアイス亡き今、側近の中では、マリーンドルフ伯爵令嬢のみである。

 ロイエンタール邸の夜会は、まだまだまだ続く。
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