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エルフィーでハーレクインもどき書いてみる(1)
「こんなに慌しく嫁がれるなんて・・・」
 夕闇が迫る屋敷のサロンで、シャフハウゼン子爵夫人ドロテアは、1年前から自邸で預かっている令嬢に向って、微かに涙ぐんだ。
 僅かの間であったが、女児に恵まれない子爵夫妻にとっては、何時の間にか娘のような存在になっていたのだった。
「そんなに悲しそうなお顔をなさらないで、子爵夫人。遠くに行くわけではないのですから。同じオーディン都内、ランドカーでたった15分ですわ」
 エルフリーデ・フォン・コールラウシュは、人の良い平民出身の貴婦人を、励ますようにミドルティーンの少女特有の高く無邪気な声を作って微笑した。
 豊かなクリーム色の巻き毛、いかにも気の強そうな峻烈な光を放つ大きな成層圏の青色の瞳、貴族の娘らしいノーブルな鼻梁にツンとした唇、きめ細かくすべらかな白い肌、バレリーナを思わせるような、長く伸びやかな四肢。
 貴族社会が長年かけて品種改良を重ねた造形美を体現した少女の心の裡は、しかし、その美しい姿に似合わず、これから戦いに赴く戦士の心境だった。
 母親というには若すぎ、姉というには年長のシャフハウゼン子爵夫人は、高級なビスクドールを思わせる容貌の高貴な伯爵令嬢のまだ幼さの残る姿に、慶事の晴れがしさよりも、痛ましさを感じていた。
 果たして、この深層の令嬢は、本当に「結婚する」ことの意味を解っているのだろうか?
 ドロテアは、何度も自問しながらも、どう問うていいものか、かえって非礼にあたらないか、などと逡巡しているうちにとうとう華燭の典は明日に迫ってしまった。


 今宵は、新帝国歴1年7月8日。
 全宇宙を永久に支配するかに思われたゴールデンバウム王朝は滅び、ラインハルト・フォン・ローエングラムが至尊の冠を頭上に戴いて、ローエングラム王朝が開闢したのは、僅か半月前の、6月22日のことだった。
 エルフリーデは、明日7月9日に、16歳の誕生日を迎えると同時に結婚する。
 相手は、新帝国の重臣であり、王朝開闢の功臣、オスカー・フォン・ロイエンタール元帥である。
 幾多の偶然と、成り行き、そして何よりロイエンタール自身の気まぐれとが重なり、エルフリーデは間もなく自分より15歳以上も年上の男の妻になるのである。
 互いに愛はない。
 エルフリーデには、この結婚に際し、譲れない条件があった。そして、男にはそれを実現できる権力があった。それがこの結婚の全てだった。
 今でも、なぜ、一生結婚するつもりはないと言っていたはずのロイエンタールが、よりにもよって、皇帝即位の祝賀パーティーで、自分に平手打ちを食らわした娘との結婚を受諾したのか、当人のエルフリーデにも、この縁談に後押しした旧リヒテンラーデ派の貴族達の誰にも判らなかった。
 しかし、こうなれば、一度は承諾した契約である。周囲は、この期を逃さずとばかりに、この縁談を纏めるべく奔走した。
 それでも、エルフリーデの年齢からして、実際の結婚は、早くても2、3年後のことになるだろうと誰もが予想していた。
 ところが、当のロイエンタールが予想外の返答を寄こした。
「俺には婚約期間などと、何年も茶番に付き合う趣味はない。結婚するなら、明日だ。不服ならこの話はなしだ」
 どうせ政略結婚ならば何時しても同じだと言わんばかりの投げやりな返答だったが、流石にそこまで性急な運びは、エルフリーデの名目上の保護者である叔父のゴットルプ子爵も、実質上の保護者であるシャフハウゼン子爵の弟の侍従長ハッセルバック男爵も異議を唱えた。
 せめて1年の準備期間をという侍従長に対し、結局、エルフリーデが16歳の誕生日を迎え、ロイエンタールが要塞の視察から戻る7月8日の翌日、即ち二週間後の7月9日ということで、双方が妥協点を見出したのだった。
 帝国宰相リヒテンラーデ公爵の一族であり、名門伯爵家の令嬢であるエルフリーデが、いかに元帥とはいえ、爵位もない帝国騎士の身分の男に嫁ぐ。
 エルフリーデはふと窓辺に立つと、この2年間で、目まぐるしく変わった社会情勢と自身の境遇に、茜色に染まる街路樹に目を遣りながら、2年前の「あの日」に思いを馳せていた。

 2年前のあの日、いつものように迎えのランドカーで貴族女学院を下校したエルフリーデが、邸の1kmほど手前で見たものは、前方に赤々と立ち昇る炎の柱だった。
 それが、自分の家を焼く爆弾テロだと判ったのは、邸の門の前を多数の消防車と軍用者が取り巻いていたのを見た時だった。
 父と母、弟と妹、一家に仕えていた数十名の使用人達が瞬時にして、個々人の判別もつかない程の肉片と化してしまっていた。
 代々伝わる調度品、母から受け継がれるはずのティアラ、お気に入りのドレス、社交界デビューの日の為に誂えたローブデコルテ、去年の誕生日プレゼントに父から贈られたサファイヤのネックレス、幼い頃一緒に寝ていた人形やぬいぐるみ、彼女が生まれてから今日までを育んできた品々は、家族の命と共に廃塵に帰した。
 犯人は、対立する門閥貴族連合の生き残りらしく、憲兵隊が行方を追っていると、消火の責任者らき佐官の軍人が説明してくれたが、呆然自失のエルフリーデの耳には届いていなかった。
 折りしもその日の前日には、一族の長であり帝国宰相でもある大叔父も亡くなっていた。
 全てに恵まれていたはずの貴族令嬢は、家族と後ろ盾をいっぺんに喪い、天涯孤独の身となったのである。


 旧帝国歴488年9月5日早朝、銀河帝国を二分した内戦リップシュタット戦役の勝敗が決しようとする時期、帝都オーディンに在った齢76歳になる帝国宰相クラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵は、自邸の寝室で死亡しているのを起床時間を告げに来た家令によって発見された。
 後の検死によれば、死因は、高齢者にはよくあるくも膜下出血で、発見が早く適切な処置を施していれば、一命を取り留めた可能性は高かったらしい。しかし、不運なことにリヒテンラーデは十数年も前に妻に先立たれており、彼のような身分の男には珍しく、同衾する愛妾もいなかったので、家令が恐る恐る主人の脈をとった時には、既に死後硬直が始まっていた遺体は冷たかった。
 リヒテンラーデ公に愛妾の一人もいなかったのは、別に彼が清廉な性格であった為ではなく、単にこの老人は、若い頃からこちらの方面での欲求が乏しかっただけである。
 その旺盛な権力欲に比して、極度に性欲に乏しいという点では、奇しくも彼の同盟者たるラインハルト・フォン・ローエングラムと類似するものであったが、皮肉にもその性癖故に、彼はこの時代の戦死者を除く平均寿命より20年以上も早くヴァルハラに召されることとなってしまったのである。
 リヒテンラーデ公の死に、枢軸派の貴族や官僚たちの動揺は大きかった。
 貧弱な体躯に爬虫類を思わせる容貌の老人だったが、痩身の身体は健康そのもので、突然の逝去の報に接した側近達も、あまりの意外さに一定期間その死を秘するという政治的配慮さえ忘れてしまったほどだった。
 首魁の急死によって、宰相府に終結した枢軸派は、案の定その日の内に真っ二つに割れた。
 リヒテンラーデの腹心であり、自身も政治手腕に長けた財務尚書ゲルラッハ子爵を中心とする官僚貴族達は、事態を現実的に見極めていた。リヒテンラーデ公という求心力を失い、固有の武力を持たない自分達が、ローエングラム陣営と事を構えたら身の破滅だと論じ、速やかに公に忠誠を誓うべきと主張した。彼らの中には、リヒテンラーデの親族や門閥貴族も若干名いたが、多くは能力が評価されて役職に就いた下級貴族や平民出身の官僚達であった。
 後に新王朝の高官となるシルヴァーベルヒやエルスハイマーも、将来を嘱望される若手テクノクラートとして、この中にいた。
 寒門の出ながらリヒテンラーデに重用された政務補佐官ワイツも迷うことなくゲルラッハに従った。
 エルフリーデの父コールラウシュ伯爵は、官職には就いてはいなかったが、最低限に備わった常識的判断力で、ゲルラッハについた数少ない貴族の一人だった。
 しかし、リヒテンラーデの親族を含めた多くの名門貴族たちは、これを由としなかった。彼等に言わせれば、自分達は生まれながらの誇り高き帝国貴族であり、盟主が帝国宰相リヒテンラーデ“公爵様”だからこそお味方したのであって、寵姫の弟だと言うだけでついこの前爵位を与えられた帝国騎士生まれの金髪の孺子の下風に立つなど考えられないというのだ。
 そんな性根なら、最初からブラウンシュバイク公につけばよかったのだ!
 ゲルラッハは、内心で舌打ちをしながらそう言ってやりたい衝動を懸命に堪えた。
 今、ここで枢軸派が内部分裂を起こしては、ローエングラム候等の思う壺である。どうしてそのような理屈もわからないのか?
 後の歴史家は、この時の枢軸派を指して、ゲルラッハ等を、ローエングラム陣営に積極的に協力したとして恭順派若しくは先見派と評し、彼等と対立してあくまでも貴族の優位性を以って事に当たろうとし、あえなく粛清された一派を旧守派又は揶揄を含んで迷盲派と名付けた。
 その旧守派の急先鋒が、他ならぬリヒテンラーデ公の唯一の息子カスパー・フランツだったことが、二派の亀裂を深刻なものにしてしまった。
 生前のリヒテンラーデは、貴族の当主としては当然のように一粒種の息子に爵位を譲るつもりでおり、それなりに遇してきたが、政治家としての彼は、どう贔屓目に見ても官僚としても行政家としても素質のなさそうな嫡男を、国政に関わらせることを極度に嫌った。その政治指針はどうあれ、門閥貴族にありながら、自身の才覚で最高権力者に登りつめた男のせめてもの矜持だったのかもしれない。
 カスパー・フランツ・フォン・リヒテンラーデは、帝国宰相の長男にして、40代半ばの働き盛りの年齢でありながら、1年の殆どを辺境の領地惑星で過ごし、単調な事務仕事に明け暮れる無為な日々を過ごしていた。彼は当然、この状況を不遇であると感じていたが、それを面と向って父親に抗議する気概もまた持ち合わせていない男だった。
 そんな彼が、いよいよリップシュタット戦役の戦況が決するとなり、領地からオーディンの公爵邸に家族共々移った矢先、父であるリヒテンラーデ公の逝去に居合わせることとなった。
 父親が死んだことは、カスパーにとって悲しみよりも開放感を齎した。
 そうだ。今日からはこの俺が「リヒテンラーデ公爵」なのだ。俺が枢軸派の盟主なのだ。あんな下級貴族出の金髪の孺子なんぞは、俺の前に平伏すべきなのだ。
 1年の大半を領地惑星で過ごし、オーディンの情勢に疎かったとはいえ、こういう発想しかできなかったことが、結果的に彼に、父親のすぐ後ろからヴァルハラの門をくぐらせることとなってしまった。


 リヒテンラーデ急死の報は、その日のうちにオーディンで無党派貴族達の懐柔に当たっていたマリーンドルフ伯爵令嬢ヒルダの知るところとなり、彼女が即座に超高速通信でガイエスブルク要塞のラインハルトに一報を送ったのは、同日午後のことだった。
 その翌々日には、閣僚を代表して、ゲルラッハから正式にリヒテンラーデ公逝去が報告され、同時に、自分を含めた枢軸派の約半数が連名でローエングラム公に忠誠を誓う旨の誓書を提出する意向を伝えた。その中には、一族の有力貴族、コールラウシュ伯爵やゴットルプ子爵の名もあるとのことだった。
 それに対して、ラインハルトは満足そうに頷いた。
 門閥貴族派との戦いが終われば、次に待っているのは、更に陰惨な枢軸派との権力闘争だと読んでいたのだが、その中心人物が思いがけず急逝し、残った者達で、内部分裂を起こしかけているとなれば、これは思ったより楽に全権を手中にできるかもしれない。
「うむ。卿らの忠誠と献身には、篤く報いるであろう」
 慇懃に平伏したゲルラッハではあったが、次いで昨日、その恭順派の主だった貴族や官僚が爆弾テロにより殆どが死亡していることを伝えると、流石のラインハルトの顔色も変わった。
 ヒルダからの第一報で、大まかなことは聞いていたが、彼女とてその時は自邸の損害のことで精一杯で、全体の被害を把握していなかったのだ。
 ラインハルトは、テロで死亡した枢軸派の葬儀を礼を尽くして行うことと、何としても犯人を逮捕することを厳命して通信を切った。


 リヒテンラーデの急死により、それまでオーディンで地下深く潜伏していた門閥貴族連合の残党達は色めきたった。中には、一旦は枢軸派についた者までが裏切る始末だった。 また、所詮価値観を同じくする者同士、旧守派と密かに結んで、情報を得る枢軸派も現れた。他ならぬ新しいリヒテンラーデ公カスパー・フランツもその一人だった。
 彼等は、私兵を使い、ローエングラム公に恭順した有力貴族や高級官僚達の邸宅に、一斉に手榴弾やロケットランチャーによる攻撃を仕掛け、報復に出た。
 襲撃された邸は、全壊半壊含めてオーディン市内で12箇所に及び、コールラウシュ伯爵邸もその中の一つだった。
 軍部の意向により、元々一個小隊程の警備陣を配置していたマリーンドルフ伯邸は、門扉の一部を破壊されたのみで事なきを終え、伯爵と令嬢をはじめ使用人も全員無事だった。
 ゲルラッハの屋敷も瓦礫の山と化したが、幸いにも彼は丁度その日、夫人と共に半年前に結婚した息子夫婦の新居を訪れており、犠牲になったのは、邸内にいた7名の使用人達だけだった。
 幸い彼には、同じオーディン市内に本宅に劣らない広さと豪華さを誇る別邸があり、妻と生き残った使用人達と共にそちらに移ることになった。
 ついでに、ゲルラッハは、自分を引き立ててくれた上司の親族であり、家族を亡くしたまだ幼い令嬢を引き取って、妻共々ぜひ面倒を見たいと申し出た。幸か不幸か、一人息子も結婚し家を出ており、老夫婦(というには少し若いが)だけではあまりにも寂しい、亡きリヒテンラーデ公のご恩に報いる為にも、娘か孫と思ってお世話申し上げたい。そして、将来できれば、我が家から嫁がせたいと。こう言われては、エルフリーデに断る理由はなかった。
 ゲルラッハとしては、一日にして家族を失った13、4歳の少女を純粋に哀れんだ気持ちが半分、エルフリーデの美貌が、あと数年もすれば、自分達の有力な手駒になってくれることを期待した気持ちが半分だった。
 ともあれ、14歳になったばかりのエルフリーデは、こうしてゲルラッハ子爵邸に暮らすことになったのである。
 彼女のこの屋敷での暮らしも、1年に満たないものになろうとは、この時のエルフリーデには知りようもなかった。
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